新世紀の魔導剣士
第01話 帰還、そして再び始まる運命
――シンジは、ゆっくりと目を開けた。
「…………」
最初に目へ飛び込んできたのは、どこか懐かしい光景だった。
見覚えのある天井。
聞き覚えのある声。
そして、自分を取り囲む大人たち。
その姿を確認した瞬間、シンジは目を見開いた。
(……ここは……)
記憶を辿る。
そうだ。
ここは――かつて自分が、赤の他人へ預けられる直前にいた場所だ。
周囲の大人たちは、何事もなかったかのように動いている。
だが、シンジにとっては何もかもが違っていた。
そして――。
(……え?)
自分の身体へ視線を落とす。
小さな手。
小さな身体。
幼い頃の服。
(……五歳……?)
どうやら自分は、五歳の頃へ戻ってしまったらしい。
しかし――。
記憶だけは、何一つ失われていなかった。
彼方の世界で経験したこと。
そこで出会った仲間たち。
身につけた知識。
剣術。
魔法。
そして――魔導剣士として長い年月をかけて培ってきた戦闘経験。
それらすべてが、今のシンジの中に残っていた。
(……どういうことなんだ?)
混乱はあった。
だが、シンジはそれを表情には出さない。
まずは状況を把握する。
それが、異世界で身につけた習慣だった。
シンジは周囲を注意深く観察する。
「…………」
その時だった。
視線を感じた。
自分を監視しているような、不自然な気配。
(……誰だ?)
意識を集中する。
一人。
二人。
三人。
四人。
五人。
少なくとも四、五人。
少し離れた場所から、こちらを監視している人間がいる。
全員、黒い服を着ていた。
(……ゲンドウの部下か)
シンジは、すぐにそう判断した。
だが、気付いていないふりをする。
(はぁ……)
心の中でため息を吐く。
(帰ってきて、いきなりこれか……)
そして、隣にいる大人たちへ視線を向けた。
どうやら、その大人たちはゲンドウから渡された包みの中身を確認しているらしい。
次の瞬間――。
男たちの顔に、歪んだ笑みが浮かんだ。
包みの中に入っていたもの。
それは――大量の現金だった。
(……なるほど)
シンジは、すべてを理解した。
碇ゲンドウは、自分の実の息子を金で赤の他人へ預けた。
しかも――監視まで付けている。
(……やっぱり、信用できないな)
シンジは静かに決断した。
このまま連れて行かれるわけにはいかない。
預けられた夫婦について行き、隙を見て逃げ出す。
それしかない。
そして――。
シンジは、異世界で身につけた技術を使った。
気配を完全に消す。
足音を消す。
周囲の視線を欺く。
五歳児とは思えないほど、完璧な隠密行動だった。
やがて――。
「……あれ?」
監視役の一人が違和感に気付いた。
「子供は?」
「何?」
「……碇シンジがいない!」
「なにぃ!?」
一斉に周囲を探し始める。
「どこへ行った!?」
「周辺を探せ!」
だが――。
いくら探しても、シンジの姿は見つからなかった。
結局、二人の監視役が預け先の夫婦を追跡。
残りの三人は、碇ゲンドウへ報告するため、その場を離れることになった。
――しかし。
それから二ヶ月。
シンジの姿は、誰にも発見されなかった。
◆
――そして。
シンジは、大阪へ向かっていた。
目的地は――碇家。
母、碇ユイの実家である。
(ゲンドウが僕を赤の他人へ預けた)
(それだけなら、まだいい)
(でも……あの男なら、母さんの実家を放置するとは思えない)
ゲンドウという男を、シンジは知っている。
異世界へ行く前の記憶だけではない。
異世界で様々な人間を見てきたからこそ、ゲンドウという男がどれほど危険なのかを改めて理解していた。
実の息子を金で他人へ預ける。
さらに監視まで付ける。
そんな男が、母方の実家を何もせず放置するだろうか。
――否。
シンジはそう判断した。
そして――。
「……ここか」
大阪にある碇家本家。
目の前には、巨大な屋敷が建っている。
「ん……」
シンジは屋敷を見上げる。
「母さんの実家……碇家の本家か」
「…………」
「……でかいなぁ」
時刻は、夜の十一時頃。
シンジは周囲の気配を探った。
――敵の気配はない。
少なくとも、ゲンドウの部下らしき存在は確認できなかった。
ならば――。
シンジは門の横にあるインターホンへ手を伸ばす。
ピンポーン。
しばらくすると、屋敷の中から応答があった。
『どちら様でしょうか?』
「碇シンジです」
『…………』
数秒の沈黙。
そして――。
ガチャリ。
門が開いた。
屋敷の中から、執事らしき人物が姿を現す。
「こちらへどうぞ」
「はい」
シンジは案内され、屋敷の中へ入っていった。
◆
本人確認のため、血液検査が行われた。
その結果――。
シンジが、正真正銘の碇シンジ本人であることが確認された。
そしてすぐに、碇家の元当主。
シンジの祖父でもある――碇玄次郎との面会が行われることになった。
「……お主が、シンジか」
「はい」
シンジは、これまで自分に起きたことを話した。
ゲンドウのこと。
自分が預けられそうになったこと。
監視されていたこと。
そして――自分がここへ逃げてきた理由。
さらに、異世界で経験した出来事についても説明した。
当然、簡単には信じてもらえない。
そう思っていた。
だが――。
「…………」
玄次郎は黙ってシンジを見つめる。
そして――。
「……孫の言うことを、祖父であるわしが信じないでどうする!」
「……!」
その瞬間。
シンジの胸の奥で、何かが崩れた。
「……おじいちゃん……」
玄次郎は、何も言わずにシンジを抱きしめた。
シンジもまた、祖父の胸へ顔を埋める。
「…………」
そして――。
「……来てよかった……」
ポロリ。
シンジの目から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
異世界では、仲間たちに囲まれていた。
家族のように接してくれる人たちもいた。
それでも――。
血の繋がった家族から感じる温もりは、また別のものだった。
「……おじいちゃん」
「なんじゃ?」
「……僕、ここにいてもいいの?」
「当たり前じゃ」
玄次郎は、優しく笑った。
「ここは、お前の家じゃよ」
「…………」
シンジは、再び涙を流した。
◆
シンジが落ち着いたところで、改めて詳しい事情が話し合われた。
そして、すべてを聞き終えた玄次郎は――。
「警備責任者を呼べ!」
「はい!」
すぐに指示を出した。
「これより三年間、碇家は第一種警戒体制とする!」
「承知しました!」
こうして、碇家は厳重な警戒態勢へ移行することとなった。
玄次郎はシンジへ優しく声をかける。
「シンジや。これで、しばらくは大丈夫じゃろう」
「そうだね」
シンジは頷く。
「でも、おじいちゃんのことは僕が必ず守るからね!」
「ほっほっほ。頼もしいのう」
「本気だからね?」
「分かっておるよ」
玄次郎は笑いながら、シンジの頭を撫でた。
「ありがとうの、シンジ」
「うん」
「お前は、わしの宝じゃよ」
「……うん!」
――こうして。
碇玄次郎は、完全な「孫バカ」になったのである。
◆
――それから三年。
シンジが碇家へやって来てから、三年の月日が流れた。
そして――。
シンジの予想は、的中した。
ゲンドウは碇家の財産などを狙い、碇一族を事故に見せかけて排除しようとした。
しかし――。
事前にゲンドウの危険性を知らされていた碇家は、徹底した警戒態勢を敷いていた。
その結果――。
碇一族は、誰一人として命を落とさなかった。
ゲンドウには、理解できなかった。
何故、自分の指示がことごとく失敗するのか。
何度も部下を送り込み、工作を仕掛ける。
だが――。
すべてが失敗に終わる。
ついには、強硬手段に出た。
しかし、それすらも失敗。
そして――。
ゲンドウが所属する組織のパトロンから、碇家への一切の干渉を禁止されることになった。
これ以上、碇家へ手を出すことができなくなったゲンドウは、ついに諦めざるを得なくなった。
一方――。
碇家も黙ってはいなかった。
送り込まれた刺客の一人を捕らえ、情報を引き出していた。
その結果――。
ゲンドウが所属している組織の名前が判明する。
――ネルフ。
この情報は、今後の碇家の方針を決める上で、大きな意味を持つことになった。
◆
そして――。
シンジは、ようやく自分自身の修行に専念できるようになった。
勉強。
剣術。
魔法。
そして、異世界で培った様々な技術。
シンジは、それらを一つずつ磨き続けた。
五歳だった少年は、少しずつ成長していく。
やがて――。
約束の日まで、残り七年となった。
ここから、時間は一気に流れる。
◆
――七年後。
第三新東京市へ向かう列車の中。
十代半ばとなったシンジは、一人静かに座っていた。
(……何で、僕が呼ばれたんだろう?)
きっかけは、数日前に届いた一通の封筒だった。
中に入っていたのは――。
電報のような短い手紙。
日時指定の列車チケット。
さらに――。
ネルフのIDカード。
そして、水着姿の女性が写った一枚の写真。
「…………」
シンジは封筒から手紙を取り出す。
そこに書かれていた言葉は――。
たった一言。
――『来い』
差出人。
碇ゲンドウ。
(……何かあるな)
シンジは、そう判断した。
だからこそ――。
第三新東京市へ向かうことにした。
◆
列車が目的地へ近づいた、その時だった。
『警戒警報! 警戒警報!』
「……?」
突然、車内に警報が鳴り響く。
そして列車は、予定していた待ち合わせ場所の一つ手前で停止してしまった。
「…………」
シンジは、小さくため息を吐く。
「……仕方ないか」
呼び出した本人へ連絡しようと、駅の電話へ向かう。
しかし――。
繋がらない。
「…………」
シンジは眉をひそめる。
「……やっぱりか」
ならば――。
シンジは碇家へ連絡することにした。
取り出したのは、特殊な衛星通信機。
ネルフでも探知されないよう、独自の細工が施されている。
碇家への連絡を終える。
さて、これからどうするか。
シンジが考えていた、その時――。
上空を戦闘機が飛んでいった。
「……ん?」
シンジは、戦闘機が向かった方向へ視線を向ける。
そして――。
「…………」
絶句した。
黒い身体。
白い顔。
人間とは明らかに異なる、巨大な存在。
――巨人。
それが、街を歩いている。
「…………」
シンジは無言で、その巨体を見つめた。
「また……僕は厄介事に巻き込まれたんだな……」
ズシン。
ズシン。
巨大な存在が、こちらへ近づいてくる。
「……さて、どうするか」
シンジは周囲を警戒しながら、カオス・ワーズを唱える。
魔力を巡らせ、状況を確認する。
その時だった。
遠くから、一台の青い車が猛スピードで走ってくる。
「……あれは?」
ブーンッ!
キキィィィッ!!
車は、シンジの目の前で急停止した。
助手席のドアが開く。
「乗って!」
「はい!」
シンジは迷わず車へ飛び込んだ。
車は、そのまま猛スピードで走り出す。
「ごめんなさいね、遅れてしまって!」
運転席の女性が言う。
「あ! 自己紹介がまだだったわね」
女性はシンジへ視線を向けた。
「私、葛城ミサト。ミサトって呼んでね!」
「はい。僕が碇シンジです。ミサトさん?」
「そうそう。それでいいわ」
シンジは後ろを振り返る。
「……あの、ミサトさん」
「何? シンジ君」
「あそこにいる巨人は、何なんですか?」
「ああ、あれ?」
ミサトの表情が曇る。
「あれは――使徒よ」
「使徒?」
「そう。人類の敵よ!」
(使徒……か)
シンジは心の中で呟いた。
(あの髭……)
(僕を今になって呼び出したのは、これが理由なのか?)
(もしそうだとしたら――)
(やっぱり、何かあるな)
「シンジ君?」
「……あ、はい」
その時だった。
「……あれ?」
シンジが空を見上げる。
「ミサトさん。戦闘機が引き返していきますよ?」
「え?」
ミサトも空を見る。
「まさか……!」
その表情が一気に変わった。
「N2爆雷を使う気!?」
ミサトは叫ぶ。
「シンジ君、伏せて!」
「えっ――」
直後。
ミサトはシンジへ覆いかぶさった。
――ドォォォォンッ!!
凄まじい爆発が起こった。
衝撃波が車を吹き飛ばす。
車体は何度も転がり――。
最後には、完全にひっくり返った。
◆
「……痛たたた……」
しばらくして、ミサトが車から這い出てきた。
「シンジ君、大丈夫だった?」
「ええ……なんとか」
シンジも車から出る。
そして――。
「…………」
周囲を見渡した。
そこに広がっていたのは、瓦礫と化した街だった。
「…………」
ミサトは自分の車を見つめる。
そして――。
「イヤァァァァァァッ!!」
「……?」
「私の車がぁぁぁぁぁ!!」
ミサトは頭を抱える。
「まだローンが残ってるのにぃぃぃ!!」
「…………」
シンジは、何とも言えない表情を浮かべた。
(……異世界にいた頃より、こっちの世界のほうが厄介なんじゃないか?)
◆
――同じ頃。
第三新東京市・地下。
ネルフ指令室。
そこでは、別のやり取りが行われていた。
「十五年ぶりの襲来だな」
冬月副司令が呟く。
「……ああ」
ゲンドウが答えた。
そこにいた将校たちは、自信満々の表情を浮かべていた。
「碇君。君たちネルフには、出番はないよ」
しかし――。
「画像、出ます!」
オペレーターが叫ぶ。
「使徒、健在です!」
「なに!?」
将校たちの表情が変わる。
「馬鹿な! N2爆雷でも駄目だと!?」
使徒は無傷ではない。
だが――。
依然として健在だった。
「使徒、行動開始します!」
オペレーターの報告が響く。
将校たちは、今度はネルフへ視線を向ける。
「碇君……君たちなら、倒せるのかね?」
ゲンドウは、落ち着いた声で答えた。
「そのための――ネルフです」
◆
一方――。
ミサトとシンジは、どうにかネルフ基地へ通じるエレベーターの前まで到着していた。
二人はエレベーターへ乗り込む。
扉が閉まる。
静かな空間。
その中で、ミサトがシンジへ尋ねた。
「そういえば、シンジ君」
「はい?」
「お父さんからの手紙、持ってる?」
「え?」
シンジは封筒を取り出した。
「手紙なのかは分かりませんけど……これです」
「ちょっと見せて」
「どうぞ」
シンジは封筒をミサトへ渡す。
ミサトは中身を確認する。
そして――。
「…………」
固まった。
「……え?」
シンジが首を傾げる。
ミサトは、もう一度手紙を見る。
そこに書かれていた内容は――。
まるで電報だった。
――『来い!』
碇ゲンドウ
「…………」
ミサトは唖然とする。
「……これ、本当にシンジ君のお父さんから?」
「はい」
「……マジで?」
「はい」
「…………」
ミサトは、しばらく絶句した。
そんなミサトを見ながら、シンジは心の中で呟く。
(……やっぱり、あの髭は昔から変わってないんだな)
そして――。
運命の歯車が、再び動き始める。
今度は――。
異世界で魔導剣士として生きた少年を巻き込んで。
新たな物語が、始まろうとしていた。
⸻
次回予告
第02話 エヴァ初号機、発進!