「上の空みたいだけど」
「ちょっと、考え事をね」
泳ぐにはまだ寒い季節。
だからといって何もしない訳にはいかず、体力や筋力を落とさないために走り込みや筋トレをしていた曜だが。
あまり集中できていないことに気がついた1人が合間を見計らって近寄り、声をかける。
「もしかしてまた、たわわな実りが育ちましたか」
「あ、やっぱり分かる?」
「くっ、持たぬ者に対して何ということを! 成敗! 成敗!」
「やっ、女同士だからってそれはセクハラだよ!」
「あいたっ!」
自分から話題を振っておいて最後は嫉妬から胸を揉み始めた部員にチョップを食らわした曜は隙を見て少し距離を取る。
「ちょっと元気付けてあげようとしただけじゃないか」
「私の胸を揉みたいだけの人に何を言われてもね」
「こりゃ手厳しい」
周りが二人一組になって柔軟を始めているため、曜も話をしていた子とペアになって身体を伸
ばし始めるが。
彼女の中では先ほどの話は終わっていなかったらしく。
「それで、何を悩んでるのかな?」
「あまり大した悩みじゃないんだけどね」
「好きな人でも出来た?」
「……………………そんな人、いないよ」
「まさか当たりだとは……。この立派な実りを知らん男に揉ませるのは納得いかんな」
「ほら、交代だよ」
また胸へと伸ばされた手をスルリと交わした曜は背後に回り込み座らせる。
「むむむ……最近触る機会が減って悲しいたたたたたっ」
いらん事を口にしたため、限界以上に伸びるよう背中を押す手に力を込める曜の表情は冷めていた。
「いちち……。でも好きな人が出来て悩んでるって事は、その人に彼女がいるのか、それに近しい人がいるのか」
「……ほんと、セクハラさえ無ければ良いんだけどね」
「私からセクハラを取ったら何が残るのさ!」
ブレない友人に苦笑しながらも、まさかあれだけの情報でああも当てられるとはと、曜は内心驚いていた。
「私の恋愛の価値観だとさ」
「うん?」
再び普通に柔軟をしていたところ、真面目なトーンで話し始める友人に曜は首を傾げる。
「例え好きな人が結婚していた人だとしても、寝取ることって悪いことじゃないと思うんだよね」
「いやいや、ダメでしょ」
「どうして? 自分はその人の事が好き。自分の方がその人を幸せにできる。そう心の底から思って、想っているのなら、それも1つの愛じゃない?」
「でも……結婚してるし」
曜の押す力が弱まり、上体を倒していた友人は身体を起こすが振り向く事なくそれを口にした。
「それじゃ、その人を好きな気持ちはその程度って事なんだよ」
背後にいるため友人がどんな表情をしているのか分からない曜だが。
自分が悩んでいる事を後押ししてくれている事だけはなんとなく理解していた。
「あれ、曜が悩んでる事のアドバイスになってる? これで見当違いのアドバイスだったら私、恥ずかしすぎるんだけど」
急にいつもの調子となって振り返り、謎の心配をする友人に曜は思わず吹き出してしまう。
「え、これ合ってるやつ? 間違ってるやつ?」
「それは……教えないけど、気は楽になったよ。ありがと」
「私的にはモヤモヤするけど……まあ、スッキリしたようだしいっか」
そう言ってさり気無く胸に触れようと伸ばしてきた友人の手を曜は叩き落とすのであった。
部活を終えた曜は駅の方へちょっとした買い物に来ていたが。
「…………ぁ」
視線の先には優と千歌が仲良く並んで歩いている姿が見え、思わず足を止めてしまう。
そのまま声もかけずに見ていると、何かを見つけたのか急かすように千歌は優の手を取り、引っ張っていってしまった。
姿が見えなくなってもその場から動けないでいる曜は2人が手を繋いでいたのを思い返し。
つい最近、自転車から守るため引かれた手をキュッと握る。
あの時の温もりを忘れないように留めるため。
そしてこれから先、ずっと繋いでいけるように願いを込めて。