「今のところ新しい情報はなさそうだね。僕のところにはなにも情報は来ていない」
「そうか」
放課後、校舎裏でひっそりと情報交換していたのは、二人の書生であった。名は葛葉ライドウと安倍星命、共に帝都を護る悪魔召喚師である。
《やつらもそうそうしっぽを掴ませんか。しかし心せよライドウ。常に警戒は怠るなよ》
「わかっている」
しかしこの場には第三の声の主がいた。ライドウの足元にいた黒猫の業斗童子である。彼はただの猫ではなく、猫又ですら無い。この話す猫は、十四代目葛葉ライドウの目付役として国家機関ヤタガラスから使わされた立派な使いだった。かつては腕利きのサマナーだったそうだが、その正体を知るものはどほんどいない。
「このまま何も起こらないならいいんだけど、そうも行かないだろうなあ。そうだライドウくん、この後用事はあるかい?」
「今日は別件依頼の調査に行くつもりだ」
「別件依頼? そっか、こっちの事件にかまけてばかりもいられないもんね」
《ライドウたるもの、帝都に巣食う悪魔はどんなに些細な事件であれ放置はしない》
どこか誇らしげにゴウトは語る。それを見て星命は少し考える素振りを見せた後、ライドウに尋ねた。
「ねえ、それって僕も付いて行っても構わないかい?」
「構わない」
《おい、ライドウ…》
「悪魔の目星はすでに付いている。依頼も深刻なものではない」
《しかしだな…》
二つ返事をしたライドウにゴウトは咎めるような様子だったが、こう言われると言い返しにくかった。たしかに今日こなす予定の別件依頼は小さなものだ。富士子パーラーの商品をつまみ食いするような上級悪魔がいたらゴウトも逆にお目にかかってみたい。
「だが星命。そちらこそ何か予定があったのではないか」
「ううん、大したことじゃないさ。そ、その、筑土町の方で、今日カレーの入ったパンが売ってるんだけど…一人5個までしか買えなくて…」
《5個あれば十分ではないか…》
「そんなこと無いんだって! カレーがパンの中に入ってるんだよ! すごいじゃないか!」
星命の大食漢っぷりはライドウもゴウトもよく知っていたが、用事がそんなものだということまでは予想出来なかった。呆れるゴウトを尻目に、星命はカレーパンとは如何に革命的で素晴らしい食べ物であるかを熱く語っている。
「その、僕だって葛葉ライドウにこんなことを頼むなんてどうかと思ったけど、でも君しか頼める人がいなくて…」
「…依頼も同じ筑土町でのものだ。それがすんでからならば付きあおう」
「ほ、ほんと!?」
《おい…全く、はあ…》
さっさと出発し始めたライドウを嬉しそうに追いかける星命の二人をゴウトは止めることができなかった。
《最近どうも仲がいいな…この甘さが裏目に出なければいいのだが…》
ライドウはその役柄から、今まで同年代の友と呼べるような存在がいなかった。しかし今のライドウと星命が事件解決の協力者以上の仲なのは火を見るより明らかだ。鳴海あたりがライドウに仲の良い者ができたことを知れば喜ぶのだろうが、目付役のゴウトにとっては心配だった。
《これが悪い方に転がらぬように、儂がいるというわけだな…》
これからはいつにも増してしっかりと面倒を見なければと気をひきしめゴウトは二人の幼いサマナーを追いかけた。
―――
突然動き出した道具たち。暴れ始めた弱小妖怪。そして幻想郷に現れた逆さ城。この異変を解決するためにやってきた博麗の巫女に対するのは、鬼人正邪という妖怪だった。
「これからは強者が力を失い弱者がこの世を統べるのだ!」
天邪鬼の彼女が語る野望はまさしく下克上だ。幻想郷において強者であり、努力を嫌う天才である巫女には決して理解できない考えだった。
「呆れたわ。そんな誰も特をしないことをする妖怪がいるなんて」
「誰も特をしない…だとぉ? 我ら力弱き者達が如何に虐げられていたかお前には判るまい…ならば、なにもかもひっくり返る逆さ城で念願の挫折を味わうがいい!」
正邪が両手を振りかぶる。瞬間、世界がひっくり返った。何が起きたかは把握できなかったが、何とか身構えて弾幕に対応しようとした。しかし、いつまでたっても、何も飛んでくる気配がない。
「はあ? どこよ、ここ」
世界の揺れが収まると、そこに広がっていたのは人里に近い景色だった。見覚えのない建物、人の気配のない街。鬼人正邪の姿も見当たらない。
「あの妖怪の幻覚? 空間転移? そこまでの力は感じなかったのに…まあいっか。進めばそのうち何かわかるでしょ」
自身の人並み外れた勘を信じて移動することにした。そこに不安や恐怖といった感情は一切浮かんでいない。この先出会う人物、人ですら無いかもしれない何か、それらがたとえ非友好的であろうと全く問題ないと巫女は確信していた。
「あら、早速あんなところに妖怪発見。退治ついでに話でも聞いていこうかしら」
見たことのない妖怪だったが、比較的自分の知っている妖怪や妖精に近い容姿をしていたこともあり、いつもどおりの態度で巫女――博麗霊夢は話しかけにいった。
「な、なによあんた! さっきのサマナー達の仲間!?」
「サマナー? なにそれ? それよりここはどこだかわかる?」
よく見てみれば、妖怪は少し怪我をしている様子だった。髪と一体化した羽に血が滲んでいる。
「ふーん、仲間じゃないんだ。それにしても強いMAGを持ってるのね」
「話を聞け。というかあんたこそ誰?」
「私はモーショボー。恋を知らない少女の化身よ。いいわ、ここがどこだか教えてあげる。ただし…」
「ただし?」
「これから来る人間を退治してくれたらね」
「巫女が妖怪に頼まれて人間退治とは世も末ね」
「えー。やるの? やらないの?」
「やるわ」
霊夢からしたら特に断る理由もなかった。目の前の妖怪はどう見ても弱そうなので、そのサマナーとやらに加勢したほうが少ない労力で済むのだろが、そんなことは特に考えなかった。「どのみち全部退治すればいいのよ」というのが霊夢の流儀だ。
「あなた人間にしては面白いじゃない。仲魔になってあげてもいいわ。私とあなたで二体二ね!」
「二体二ね。弾幕ごっこも団体戦の時代かしら」
「それよりほら、来たわよ!」
モーショボーが指差す方向から、二人の青年がやってきた。この男たちがサマナーなのだろう。
「待て、モーショボー! …って人間? なんで異界に?」
「……」
「あんたたちが異界まで追いかけてくるからいけないんだからね!」
戸惑う青年と、無言で警戒する青年。反応は対称的だ。
《そのMAG保有量…貴様どこの召喚士だ? そいつは貴様の仲魔なのか?》
「あら貴方猫又だったのね。べつにこんなの仲間じゃないわ」
「ひどいわ巫女。私とアナタは仲魔。さっきなったばかりのね」
「ええっと、僕らはその悪魔を追ってて、でもこれ以上悪さをしないなら悪魔召喚師の仲魔をわざわざ退治したりはしません」
メガネをかけた方の青年が敵意は無いと言ってきた。だがはいそうですかと言う訳にはいかない。
「あなたは逆さまの城を知ってる? 鬼人正邪に心当たりは?」
「…なにそれ?」
「よし、人間退治ね」
「ええっ!?」
ならば用はないと霊夢は空に浮かび、弾幕を発射した。
「と、飛んだ!?」
《焦るなよライドウ! 量は多いが、威力と速度はそれほどでもない!》
「わかってる」
二人の青年と黒猫は地上で弾幕を回避し、時に防御をする。
「キャハハ! あなた空を飛べるのね! ますます気に入っちゃった!」
「あんたも飛んでるじゃない」
「アタシは悪魔、あなたは人間なのよ」
「そういうものなの?」
地上ではちょうど青年二人が霊夢の第一射を捌き切っていた。その様子から、このモーショボーでは相手にならないはずだと納得する。
しかし妙なことが2つあった。ひとつは彼らが飛ばないこと。もう一つは彼らの弾幕の捌き方だった。弾幕ごっこは基本避ける遊びだ。どうしても逃げられなくなった時のみ規定数のボムを使うことができるが、それは美しくないために本当の最終手段なのだ。だというのに彼らは「防御」を以って弾幕をやり過ごした。
《貴様ダークサマナーか!?》
「巫女よ」
《巫女風情がなぜ我らと敵対する? 最近の事件の関係者か?!》
「私は解決するほうだってば」
黒猫と会話をしつつ、第二射を放つ。それを見てモーショボーも風の刃を飛ばし始める。
特に無口な方の青年はなかなかやるようだった。刀を持っているあたり妖夢と同じ近接主体なのだろうか。足場を重視するタイプならば、飛ばなくても納得はいく、のかもしれない。
「だったらこれはどうかしら?」
【夢付「二重結界」】
スペルカード宣言。小さな陰陽玉が霊夢と青年二人をそれぞれ囲い、立方体の結界を張った。
「結界…それもかなり高度な。足止めのつもりかい?」
「それだけじゃないわよ」
霊夢は四方八方に弾幕を打ち出す。弾幕は霊夢を囲う結界をくぐると空間を跳躍して青年二人を囲う結界の端から現れた。無口な青年が刀で結界を斬りつけるがびくともしない。結界術は博麗霊夢の十八番なのだ。博麗大結界を維持する巫女は伊達ではない。
「キャハッ! すごいすごい! あなたすごいわ!」
「長年妖怪退治してないわよ」
「今してるのはサマナー退治だけどね。ねえ、名前をおしえてよ。いつまでもあなたなんて呼び方じゃつまんない」
「博麗霊夢よ」
「霊夢ね。わかったわ!」
モーショボーは嬉しそうに空中で一回転しながら霊夢、霊夢と名前を繰り返した。しかし自分の名前に反応したのはモーショボーだけではなかった。
《博霊だと…!? なぜ博霊の巫女がこのような場所にいる!?》
「ゴウト、知っているのか?」
《直接は会ったことはない。もう一方の悪魔の方とは面識はあるがな》
黒猫は苦々しげにそう吐き捨てる。どうも言い回しが気になるが、とりあえずは退治してからでもいいだろうと、霊夢は更に弾幕の密度を濃くしていった。
「くっ…」
「全部耐久をしようなんて変わってるわね。手加減はしないけど」
全てを防ぐその力量は大したものだったが、弾幕ごっこは防御だけで勝てるものではない。次第に青年の集中が切れ始め、弾幕が直撃しそになったまさにその時だった。
「急々如律令」
「えっ…!?」
いきなり結界が破壊された。スペルブレイクだ。刀を持った青年は何もおかしなことはしていなかったはず。ならば霊夢のスペルを攻略したのは誰なのか。不敵に笑っていたのは、メガネをかけた方のもう一方の青年だった。
「構成が複雑でちょっと手間取ったけど、結界術は陰陽師も得意とするところさ。ライドウくん、僕も役に立つだろう?」
「星命、助かった」
どうやら星命と呼ばれたメガネの方の青年が、あの短時間で結界を攻略したらしい。幻想郷には様々なエキスパートが存在しているが、自分以外で結界を得意とする人間には出会ったことがなかった。霊夢は彼の力量に素直に感心した。
「それじゃあ次のスペルを…」
《待て! 貴様は本当に博霊の巫女なのか!?》
しかしまた黒猫が水を差してきた。
「そうだって言ってるでしょ」
《ならば何故幻想郷の外に出てきた?》
「…はい?」
あまりの予想外の質問に、霊夢は思わずマヌケな声を出してしまった。
ここから弾幕ごっこが中断され、霊夢が現状を把握するのは10分後のことだった。
葛葉ライドウ、安倍星命、そしてまだ見ぬ供倶璃の媛。これは役目に縛られ、なお自分の意志で生きていこうとする者達と、もう一人の少女が出会う物語である。