幻想郷は、居場所を失ったものが流れ着く最期の楽園である。
実態と幻の結界、博麗大結界の2つに護られたそこでは、今なお妖怪たちが猛威をふるい、さらには神や妖精、月人までもが人間と共存して生きている。
常識と非常識で区切られた幻想郷では、外の世界で人間が力を強めるほど、魑魅魍魎が力を増す。恐怖や信仰を失ったものにとってはまさに楽園なのだ。
絶妙なバランスで成り立っているのだから、当然問題も多く起こる。
妖怪が人間に脅威を与えすぎた場合、または暴れすぎた場合、それを退治しに行くのは結界の管理も兼任する博霊の巫女だ。しかし妖怪にとっても結界の存在は必要不可欠。そのため巫女に攻撃することはできず、長らく一方的な蹂躙が続いていた。これではいけないと考案されたのがスペルカードルール、いわゆる弾幕ごっこの勝負だった。これにより、人間も魔女も妖怪も神も、誰も彼もが平等に意見を主張する本物の理想郷になったのだ。
これが博麗霊夢の説明した幻想郷だった。
霊夢は新しい異変の解決のために飛び回っている最中に異界にやってきてしまったという。
「常識と非常識の結界なんてものがあったなんて…僕らが悪魔を退治するほど、幻想郷では力を増すなんて、複雑な気分だよ」
《結界の完成とともに、幻想郷は既知の世界から去った。貴様が知らぬとも仕方あるまい》
そうは言うものの、ゴウトとて結界成立後の幻想郷の内情など詳しくは知らない。たまたま生きていた頃に存在を知ったというだけなのだ。
《だが貴様が今代博霊ならば、今ここにいるべきではないのではないか?》
「あー…そうなのよね」
霊夢は頭を掻きながら言葉を濁す。たしかにそうだとライドウも同意した。話を聞くに、博麗大結界は幻想郷の生命線の一つだ。その管理者がどこかに行ってしまっては、間違いなく大変なことになる。
「心当たりはないのか?」
ライドウが問う。
「強いて言えば、直前に妖怪の攻撃を受けたわね」
「どう考えても原因ってそれじゃない?」
「でも天邪鬼よ? 弱小妖怪が妙に力を増した異変ではあるけど、どんなに力を強化したところで「ひっくり返す程度の能力」じゃ私を結界の外に放り出したりなんてできないわ」
「あー、確かに方向性が違うような…でも、じゃあどうして?」
二人の知る悪魔も、どんなに力を増そうとも、できないことはある。例えばこの場にいるモーショボーはどんなに鍛えたところで物理特化型にはなれないように。霊夢の結界術の力量は、即席の結界だったとはいえ実際に対面した星命はよく理解していた。天邪鬼程度の悪魔が大規模な結界破りを行ったことに納得がいかない様子だ。
そして霊夢は大きく息を吸った。
「紫ぃ! いるんでしょ! でてきなさーい!」
「うわあっ!?」
「霊夢うるさい!」
いきなりの大声に、その場のものは皆一斉に驚いた。特にモーショボーは霊夢のすぐそばを飛んでいたためか、大きな被害を被ったようだ。
「……これなのよね。もし私が結界の外にいたなら、真っ先に紫が駆けつけてくるはずなのに」
「紫?」
《かつて妖怪の賢者と呼ばれた悪魔だ。しかし奴の能力を持ってしても貴様を見つけられないとは妙だな》
ゴウトは首をかしげる。どんな悪魔なのかと聞いてきたモーショボーに、霊夢は「胡散臭いスキマ妖怪よ」とだけ返した。
「もしかしたら紫自身が私を結界の外に出したのかもしれないわね」
《そんなはずはあるまい。あの悪魔はろくでもないやつだが、幻想郷に悪影響を与えるような真似は決してしないと断言できる》
「何かそう思った理由があるのか?」
「勘よ」
「キャハッ! 霊夢おもしろーい!」
あまりの理由に頭を抱えたゴウトだが、霊夢は至極真面目だった。今までの異変、これまでの人生、霊夢はこの勘だけを信じてやってきたのだ。
《原因はおいおいわかるだろう。まずは現時点での問題に対応せねばな》
「結界の維持のこと? 紫のことだし何か策でもあるんじゃない?」
《貴様の中はもうあの悪魔のしわざだと決定しているのだな…。それもあるが、博霊の処置についてだ》
「私の処置?」
霊夢はぽかんとしている。霊夢の処置。彼女が幻想郷に帰るまでの下宿先ということだろうかと、ライドウはゴウトに聞いた。
《下宿先も含め、その他もろもろについてもだな。博霊の巫女はそれだけで希少価値がある。狙う悪魔も多いだろう》
「私そこらの妖怪になんて負けないわよ」
「ちょっと霊夢! なんでアタシを指さして言うのよ!」
「あんたがそこらの弱い妖怪だからよ」
「ひどい! それに私は悪魔よ!」
「大体一緒でしょ」
ぷんすかと怒るモーショボー。それを適当にあしらう霊夢。まあまあとなだめる星命。それらを気にせずゴウトは話を続けた。
《そもそもヤタガラスと幻想郷は友好関係にあるとは言いがたい。博霊大結界が張られ幻想郷が補足できなくなってから、ヤタガラスは長らくその行方を追ってきた。そこに転がり込んできた有用な手がかりをみすみす手放すわけがない》
「それって…」
「……」
星命とライドウは嫌な予想を立てた。敵対関係の重役、それも年半端も行かぬ少女がコチラの懐に転がり込んできた。少なくとも人質にはなるはずだ。その扱いが良いものであるはずがない。
「私としては衣食住さえ確保されれば問題ないわ。それよりも異変のほうが心配よ。ヤタガラスとやらの庇護下にいたら解決できないわ」
《貴様の扱いについてはヤタガラスの決定次第だな。すまないが、我々にできることはない。代わりと言っては何だが、その異変についての調査はこちらでしよう。かまわんなライドウ》
「分かりました」
「ふーん…」
霊夢は品定めをするようにライドウをまじまじと眺めた。中断はしたものの、さっきの弾幕ごっこで彼らがかなりの実力者だということは理解している。しかし異変解決は実力があればできるというものではないのだ。
《安心して任せておけ。なにしろこやつは優秀な悪魔召喚士の一族として名高い葛葉のなかでも、最も誉れ高いライドウの名を継ぐ十四代目なのだからな》
「ごめんなさい。全然知らないわ」
《なっ…!!》
ガーン、とでも効果音がなりそうなほどの反応をゴウトは見せた。口では謝っているものの、霊夢からは申し訳ないという感情は見て取れない。
「僕も事情を知っちゃったしね。手伝うよ」
星命も控えめに声をかけた。
(正直なところ、異変は博霊の巫女が解決しなきゃ意味が無いんだけどねえ。紫が来ないのも妙だし、帰り方もわからないし、ここらが妥協点なのかしら)
霊夢としても、外の世界に不安がないわけではない。二人(二人と一匹?)からここは異界であると説明は受けたが、見た目だけなら普通の世界と対して変わらないらしい。館のようで館ではない建物、空を走る謎の線。何もかもが未知のものだった。
(まあどうにかなるでしょ)
最終的にはそんな楽天的な考えで協力を了承した。
「それにしてもヤタガラス? だっけ? それって何なの?」
《…あいつは博霊にそんな説明までしていないのか》
「私は幻想郷内の問題解決要因。外の事なんて微塵も知らないわよ」
《ヤタガラスは簡単に言えば国家機関だ。我々の上司に当たる》
「へー、組織なんだ。てっきり核融合を起こす方の鳥頭かと」
「か、核融合? 何それ?」
星命は突然飛び出した謎の言葉に混乱している。
「あー、地獄烏と八咫烏がフュージョンした奴が地上灼熱地獄化計画なんて企んだ事があったのよ」
「色々おかしいよ!?」
《こちらのヤタガラスは八咫烏そのものというわけではないが…しかしその力を持つ者の存在がヤタガラスに知れたらまたややこしくなりそうだな…。博霊の巫女よ、あまりそちらの事情は話さぬほうが身のためだぞ》
「助言してくれるのね。ありがとう」
「霊夢、ヤタガラスって結局なんなの? どっちがどっちよ」
「話す囲炉裏よ。ちょっと火力強目のね。幻想郷にはね、他にも肉体派魔女とか小さい吸血鬼とか、半分だけ幽霊なんてのもいるわ。幻想郷担当の閻魔だっているのよ」
「へ~、幻想郷ってよくわからないのがいっぱいいるのね!」
「……こっちにも、アバドン王とか」
《おい待てライドウ、何故そこで対抗心を燃やした》
その後ひとまずヤタガラスの使いの元に行くことになったのだが、またこれが手間がかかった。
まずモーショボーの入る管についてだ。霊夢は当然悪魔召喚師ではないので管を持っていないかったのだが、モーショボーが霊夢の仲魔になると言い張ったのだ。最終的に霊夢が最低限必要なMAGをモーショボーに提供するのを条件に、管なしでの契約ということになった。ぼったくりがデフォルトのはずの悪魔交渉でこうも好条件で契約できるほどに、霊夢はモーショボーに気に入られたようだった。扱いとしては、Dr.ヴィクトルのところのイッポンダタラのようなものだろうか。
さあこれで一安心だと異界から脱出しようとしたところで、霊夢が空を飛んで移動しようとしたところでまた一悶着あった。「飛んだほうが速いじゃない」「人は基本的に飛べないんだよ!」「幻想郷じゃ普通よ」「それって要するにここじゃ普通じゃないってことでしょ?」と霊夢と星命が言い合うこと数分間。なんとか説得に成功したようだ。
帝都の常識に疎すぎる博麗の巫女に、これからやっていけるのだろうかとゴウトは頭を抱えた。