そこでは、かつて地球よりも高度な文明が栄えていた。しかし、それは一日にして終焉を迎えたという。
これはその終焉の瞬間、あるいは〝あの男〟が神への道を歩み出す瞬間であり、その先を目指す全ての始まりの瞬間であった――。
神の先へ
一体の龍がいた。空を覆わんとする翼に、全ての大陸に届くであろう三つの首と二本の尾。胴体から伸びている四肢など、動くだけで天変地異を引き起こすその巨体からすれば、ただのお飾りに過ぎなかった。
人々はその姿に絶望する。
空から降る姿は星。
力を振るう姿は恐怖の大魔王。
人語を解し、自然を操り、魔法を意のままにする――恐るべき龍に。
体を変化させながら、龍は空を泳ぐように進みゆく。発達した翼で羽ばたく必要もない。動かしてはいるが、飛行の補助に過ぎない様子は見て取れた。
物理法則など――人の定めた理など関係ないといった様子rで、我が道を征かんと龍の侵攻は続く。その行進が続く限り、人々は苦しみ続け、悲鳴がやむことは無い。
重力、引力、反重力、斥力――。
龍の凄まじい力は、人が暴き続けてきた〝宇宙の法則〟を自在に操るほど。人智の超越者、という表現ではきっと足りない。しかし、これ以上その龍を表す言葉などない。強いて言うならば――
「ああ、神よ――」
……それは、その龍からへの慈悲なのだろうか?
天に座す三つ首の龍は、体を金色に発光させ始める。何やら首から規則的に並ぶ無数の突起が展開され、節々に分かれ、それぞれ回転し始める。スパークし、徐々に激しさを増していく。
視界が眩む。
その煌めきに目を塞ぎ、あるいは視線を離したら最期、人々の影も残らず蒸発していた。それも数百人、数千人という規模だ。一瞬にして、それらを簡単に蒸発させてしまうだけの力があった。
龍の顔に笑みが浮かぶ。邪悪な笑みだった。表情など――人格など一切なさそうな、無機物のような顔が歪んだのだ。
人々が怯え、泣き叫び、怒鳴りながら死んで、その魂を喰らい尽くせることへの高揚感が龍を悦ばせる。
その龍は虚空より来たりし存在。
その龍は宇宙の果てから襲来せし神。
その龍は遠い銀河から来訪した支配者。
彼ら――金星人の高度な文明をもってしても、ついに暴けなかった謎深き龍。彼らには、古くから伝わる古代言語――おそらく太古の時代、異星人との接触があり、その時に伝来されたもの、というのが定説となっていた――にあった〝ある言葉〟によって名がつけられた。
一人の科学者が終焉を迎える星を――地は砕け、天は裂け、溶岩と洪水が世界を覆い尽くす終末の中、見つめていた。視線の先には邪悪なる龍。今なお星への侵食を止めない。鏖殺の限りを尽くす邪龍だけ。
「――お前は〝ギドラ〟だ。始まりにして終わり。全てを持ち、全てを持たぬ者。矛盾の塊、あるいは純粋の塊。我々人型種族ではついにお前のことを解き明かすことはできなかった! けれど、いつかどこかの誰かが、お前を暴く! お前を打倒する!」
男の言葉は、間違いなくギドラと呼ばれた龍に届いた。耳は視認できないが、ギドラが男の方を向いたのだ。
首の節々が回転を始める。ギドラに〝容赦〟などという概念はない。どんな相手であろうと、全力を持って叩きのめす。手を抜くことなどせず、逆らう意思を示し、牙を向くのならば、確実に殺す。
知性体の意思の力は油断ならない。
ギドラはそれを知っていた。
……果てしなく前の話。ギドラは連戦を強いられた。どこにでも顕現できるその体質故に。
様々な宇宙で、様々な星で……。
強大な力を手に入れた者たちや、ギドラを打倒せんと異なる価値観や異なる種族であろうと手を組んだ者たち。
宇宙全てが敵だった、と形容しても過言ではない。とるに足らない矮小な敵が、たとえ無限永久増え続けようとも、一掃することなど造作もない、と高を括っていた。
確かにその通りだった。金色の光線は全てを圧壊させ、消滅させ、焼き尽くしてきた。だが、連戦続きの身体と傲慢さによって、ギドラは一本取られてしまった。
この星の隣に位置する星。ギドラはそこで、傷を負ってしまった。エネルギーとして纏う遺伝子も取り込まれた。
不動であった玉座も、抱いていた人格も、やがてかの者に奪われて、塗りつぶされてしまう。それは変えられない未来。変えようもない絶望の未来。
――だが、まだ変えられる。まだ手はある。
他の命に与えてきた絶望の分、黄金の龍には、それを打破する力があった。
可能性があるとするならば、それはまさしく〝運命〟に委ねるしかない。ギドラにとってそれは屈辱的であった。他の知性体のようなことをしなくてはならないなどと――と。だが、感情に流され勝ちを逃すこともない。
運命がカードを混ぜ、賭場は一度、勝負は一度きり……。
相手は鬼札、ジョーカーなのだから……。
ギドラは次なる星へ向かう前に、自身の拠点に帰還する。それは全ては準備であり、自身の座を狙う者にどんな刺客を差し向けるべきか――周到な準備をせねば、王、神としての性質を維持できない。
一つの首が金星から離れる。その視線の先には――地球。
――見えるぞ、今、眠りについているな? 〝我々〟は絶対に貴様を逃しはしない。その力を以って、驕り、自壊し、その醜態をさらすがよい。〝我々〟はその命ある限り、貴様を――貴様らを見ているぞ……。
邪龍がその体を金星から剥がす。大地が割れ、砕け、宙へ浮かぶ。
邪神の次なる歩みによって、一つの星は終焉を迎えた――。