ラーノノタウン、ラーノノスタジアム。
中年と言うほどではないが、青年というほどでもないといったその男は、ジムチャレンジのユニフォームがあまりにも少年的なデザインであることを少し不満に思いながら、ジム挑戦の手続きを終えようとしていた。
妙な光景ではあるが、彼の周りには何人かカメラを手にした記者が待ち構えており、受付を担当した前ジムリーダーのフッツと彼とを画角に収めた写真を撮影している。
その男はジムチャレンジマニアの中では少し名のしれた男であった。実力的にチャンピオンには程遠いであろうが、どういうわけかジムチャレンジに対する熱意は人一倍あり、すでに複数回ジムチャレンジに挑戦しているリピーターだ。当然、子供や一度目のチャレンジャーにありがちな戸惑いや緊張とは最も遠いところにおり、更に彼本人が『チャンピオンになる』という最も大きな目的を放棄していることから、かなり気楽な立場であった。
故に、彼のジムチャレンジ消化のスピードは早い。尤も、ジムチャレンジというのは期間内にどれだけクリアできるかというものであるので、それが早かったからどうかというものではないのだが。
ラーノノジムは、ノマルをリーダーとする体制となってからは初めてのジムチャレンジ参加であった。当然、その内容には前例というものがない。
つまり、彼はラーノノジムに挑戦するチャレンジャー一号であり、ラーノノジムのジムミッションに飛び込むこの世でたった一人の人物であったのだ。
ここまでわかれば、ジムチャレンジに関心の高いこのガラル地方で、彼の挑戦が注目される理由もわかるというものだろう。
☆
ミッションフィールドをひと目見た男は、何だ、所詮は新人ジムリーダーの考えるものらしく、まとまってはいるがつまらないものだなあと思った。
まばらに敷き詰められた草むらを模した人工芝に、バラバラに配置された二人のトレーナー。一人はほんの子供、もう一人は先程受付を担当した前任ジムリーダーのフッツだった。
大方、草むらで野生のポケモンを相手しながら、時折ジムトレーナーを相手にするつまらないミッションなのだろうと男は考えた。
「それでは、ラーノノジム、ジムミッションについて説明させていただきます!」
スタート地点に陣取っている公認の審判員が、つまらなさそうに鼻を鳴らした男をたしなめるように咳払いしてから続ける。
「このジムミッション中、チャレンジャーがポケモンを繰り出すことは禁止となっています」
「は?」と、男はついそう漏らしてしまった。
「禁止って、じゃあどうやって戦うんです?」
「このジムミッションでは、ポケモンバトルも禁止となっております」
「は?」
首をひねる男に、審判員が続ける。
「つまりこのミッションは! バトルを避けながら目的地まで進むことが目的となっています!」
そう言われ、男は再びフィールドをぐるりと見回した。
なるほど確かに、草むらにはところどころに空きがあり、うまく進めば草むらに足を突っ込まなくとも良いような構造になっているようにも見える。
だが、その前提を聞いてしまえば。
「めんどくさいミッションだ」
このミッションの印象が百八十度変わった。
理論的には、クリアそのものは簡単かもしれない。
草むらを避け、道がなくなったら引き返して新たな道を探す。途中二人いるトレーナーの視線をうまくかいくぐることにさえ気をつければ、時間をかければクリアできるだろう。
だが、自分たちトレーナーとは、そのような根気のある作業を求められたことなど殆どなかった。自分たちトレーナーにとって、草むらを避けるという選択肢は、それこそワイルドエリアの最も奥地でしか使わないものだろう。
ただひたすらにめんどくさく、爪痕を残したい新人トレーナーの、行き過ぎた考えだろうかと少し思った。
はたしてこのミッションで、何を得ることができるというのだ。
☆
どうしてもこらえきれなくなり、ポケモンに出会わないことを祈りながら入った草むらからイーブイが飛び出してきたことが二回、目ざといミスミという子供のジムトレーナーに見つかること一回。男はようやく我慢に我慢を繰り返しながら、そのミッションのゴール地点へと向かうことができた。
肉体的には大したことがないが、精神的にはかなりの疲労感があった。そこにはポケモンを持っている自分がどうして草むらに入ってはいけないのだという憤りも多少はあったし、ポケモンの目、人の目を考えなければならない緊張もあった。
ミッションのクリアを称えるアナウンスと、こころなしか量の少ないスモークが吹き出されたのちに、ある声が男にかけられる。
「ミッション突破おめでとうございます!」
見れば子供らしくピッピにんぎょうを胸に抱えたジムトレーナー、ミスミが男に向かって駆けてきた。
「クリアの記念に、これをどうぞ!」
ミスミは抱えていたピッピにんぎょうを少しも惜しむ様子もなく男に差し出した。
驚いた男は「ああ、ありがとう」とつぶやきながらそれを受け取る。
そこでようやく自分がこのミッションをクリアしたのだという実感が浮かび、これはしめたものだ、と、ピッピにんぎょうの柔らかさを腕に感じながら思った。
新品のピッピ人形だ。店などで買おうと思ったらモンスターボール五つ分ほどの値段になるだろう。クリア記念の粗品としては悪くない、気が効いている。
「どうだったかな?」
ミスミの後から腰をさすりながらゆっくりと歩いてきたフッツが、笑顔を見せながら男に問うた。彼はその男がジムチャレンジのリピーターであることを知っていた。
男もまた、フッツのその質問が、自分がこれまで経験してきたジムミッションとこのミッションとを比較してのものだということを理解していた。リピーターという立場上、そのようなことを問われることは多かったのだ。
「初めてのパターンでした。みんな戸惑うと思いますよ」
少しため息交じりにそう答える。彼はフッツがどのような考えを持ったジムリーダーであるのかは詳しくは知らなかったが、このような前例にないミッションが少なくとも彼の発案ではないだろうことになんとなく確信を持っていた。
「そうだね」と、フッツはやはり笑って答える。
「でも、たまには戦わないのもいいだろう」
「まあ、そうですが……」
渋い顔を崩さぬ男に、フッツは更に続ける。
「そのピッピ人形は、ジムリーダーとの戦いにも持っていきなさい」
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