アラベスクジムリーダーにしてフェアリータイプのエキスパート。過去編では78歳
終盤のジムを任されているのでこのときはまだ暇
フッツ(オリジナルキャラクター)
先代のラーノノジムリーダーで現ラーノノジムトレーナー、70代の人畜無害な好人物
事務仕事とジムトレーナーとして実はリーダーであった頃よりも忙しい
「邪魔するよ」
夜、リーグに規定されたジムチャレンジ時間外に、アラベスクジムリーダー、ポプラはラーノノジムに現れた。
時間外になってしまえば、一般人がジムを訪れる理由など無い、すでにロビーに一般人はおらず、受付でフッツが軽作業をしているだけだった。
「やあ、どうも」と、フッツは手を上げてポプラに挨拶した。
フッツの方が年下であり、トレーナーとしての実力もポプラのほうが一枚上手であったが、年齢や戦いの格のみで人間関係の序列が決まってしまうような若い付き合いではない。
「まだ仕事中かい?」
「いえ、もう終わりましたよ」
フッツはそう言って受付を離れると、自動ドアの電源を切ってからカーテンを下ろす。これでもう誰かがジムに気をかけることはないし、間違って入ってくることもないだろう。このラーノノで一日中明るいのはポケモンセンターくらいだ。
「心配で見に来たんだよ」と、ポプラは傍にあった椅子に座って言った。
「あんたが事務仕事ができるかどうかね」
ははは、と、フッツはそれに笑いを返しながら机を挟んでポプラの対面に腰を下ろした。
どこから持ち出してきたのかその両手にはグラスと酒瓶が持たれており、ポプラの意見を聞くこともなくそれをテーブルに並べる。
「不良だね、ジムに酒瓶持ち込むとは」
「仕事はとっくに終わってますよ。嫌いじゃないでしょう?」
「……まあね」
よく飲むのは紅茶だが、アルコールが嫌いなわけでもない。それに、ポプラは年下の男に紅茶のマナーを期待していなかった。
「ジムリーダーはどうしたんだい?」
「ノマルならリーダー室にいると思いますよ、今日のフィードバックを行っているはずです」
「仕事熱心だね」
その日、ノマルは初めて挑戦してきた男を含めて二人の挑戦者を相手にしていた。まだまだ少ない、もっと多くの挑戦者を相手にする日もあるだろう。
「呼びますか?」
まさか今更ポプラが後輩のジムリーダーに挨拶をさせろなどと言うはずもないことを理解しながら、フッツはいたずらっぽく笑いながら問うた。随分と年を取り、このように世界観の主導権を握らせることのできる話し相手は随分減った。
「いや、いいさ。あたしは新入りをイビる趣味はないよ」
グラスを傾けながらポプラが答えた。あたしという部分に力を込めることから分かる通り、二十を前にしてジムリーダーになった小娘が世の中からどのような扱いを受ける可能性があるのかということは彼女はよく知っているし、そうならないように色んな所に釘を打ち込みはした。
「そりゃ良かった。リーダーは酒に厳しい」
酒を口に含むようにしながらフッツが笑う。若い頃から健啖家ではあったが、相変わらずそうだった。
その様子を皮切りにポプラが切り出す。
「その様子だと、どこか体を壊したってわけじゃなさそうだね」
「まあ、どこかが痛いってことはないですね」
「あたしはてっきり、あんたは体が動かなくなるまでこの仕事をやり続けると思ってたよ」
その言葉に、フッツは小さくグラスを傾け、それをわざとらしく音を立てるようにテーブルに置いた。
「らしくないですよ。聞きたいことがあるならズバッと聞けばいい、それがピンクってもんでしょう?」
はあ、と、ポプラはため息を付いた。付き合いが古く気の許せる相手であることに不満はなかったが、フッツには『魔術師』の魔法は通用しないようだ。
「どうしてジムリーダーを引退したんだい? あんたはあたしと違ってこの仕事が好きだったろう?」
その質問は、フッツが後任にジムリーダーを譲ったと聞いてから、ポプラがずっと疑問に思いながらも、それでいてそれを問うことができないでいた質問だった。
彼女の知る限り、フッツという男はメジャーリーグに昇格することのできる実力こそ無かったが、トレーナーの技術を、否、それよりも根底に存在するトレーナーとして生きる楽しさのようなものを他人に伝道することのできる、ある意味ではその役職において最高の資質を持った男であった。
その質問を想定していたのだろう。フッツは特に戸惑うこと無く答える。
「好きだったし、今でも好きですよ……だからこそ、老眼鏡を片手にしながらの受付業務だって何の苦でもない。ポケモンを知らぬ……恐れてすらいた子供たちが、人生のパートナーを見つけることができる瞬間に立ち会うことは、何事にも代えがたい幸福だと今でも思っています」
「ならどうして、老眼鏡が幸福を曇らせるわけじゃないだろう?」
その言葉に、フッツは少し目を伏せて、酒の入ったグラスを指で弄ぶ。ポプラのその指摘があながち間違いではなく、フッツもその指摘を否定し切ることができないことの証明だろう。
やがて、その意見が受け入れられないかもしれないという不安を小さな声で表現しながらフッツが言う。
「……教育者として、彼女を受け入れなければならないと感じたんですよ」
「ノマルのことかい?」
「ええ、そうですよ」
「今日の試合、見させてもらったよ……ありゃ強い。調子が悪かったとはいえ、カブが手も足も出ない訳だ」
一戦だけならば、噛み合わせとかめぐり合わせとかで一気に勝負がつくこともあるだろう。あるいはノマルとカブの一戦だって、ノマルが極端に運が良かったとか、カブの運が極端に悪かったとか、そういうことが作用していることだって十分にある。
ポプラはカブへの贔屓目からそう言っているわけではない、運や偶然、運命を否定するのは戦いにおいて必要な能力ではあるが、どれだけそれを排除しようとしても、最終的にそれらの要素で決着がついてしまうこともあるということは、大ベテランであるポプラこそが理解できる領域であった。
その上で、今日のノマルの試合を見れば、彼女の実力というものが、運や偶然ではなく、マイナーリーグだから通用したとか、落ち目のカブだから勝てたとか、そういう領域ではないということがよく理解できたのだ。
「あんたが仕込んだのかい?」
ポプラの知る中で、フッツという男は勝負の厳しさを表現できる男ではないが、バトルの理屈を理解はしている男だった。少なくともマイナーリーガーである彼がその気になれば、若い頭脳にそれを詰め込むことはできるだろう。
だが、彼は「まさか」と、首を横に振った。
「初めて手を合わせたときから、彼女に修正すべきところなんてありませんでしたよ。知識も、実力も、彼女は僕のはるか上」
「じゃあ、あんたは教育者として何を教えたんだい?」
「まだ何も教えちゃいませんよ……僕は彼女に機会を与えているだけ」
「機会?」
「ええ、彼女はチャンピオンになることを求めている、そのためにジムリーダーの立場を求めることは自然ですよ。ジムチャレンジという手もあるが、彼女はそれよりもこっちのほうが近道だと思っているらしい」
彼女が他のジムリーダーに比べて『チャンピオン』というものに執着していることは、ポプラも風の噂で知っているし、そこにはチャンピオンの権利を用いた目的があることもなんとなくは理解している。
だが「わからないね」と、ポプラは一度だけ天井を見つめてから続ける。
「あたしが言うのも何だが『チャンピオンになりたい』という目的のためにジムリーダーという立場を求めるのは不純だよ。そんなに簡単な立場じゃないことはあんたが一番良くわかってるはずじゃないか。それを、大好きな仕事をやめてまで受け入れる理由がどこにある?」
フッツはそれに押し黙った。ポプラの言葉はその全てが正しい。チャンピオンになりたいというエゴを満たすために、教育者としての側面を持ち合わせるジムリーダーになることは、よくない立場の使いかたの一例だ。尤も、チャンピオンという立場ですら、教育者としての側面を持たなければならないというのに。
「なんかあんのかい?」
押し黙るということは、その言葉に反論がないということだ。
フッツは馬鹿ではない、彼は理知的に行動するタイプの男であるし、人生を左右するようなその決断を、思いつきでやるような男でもない、だからこそ、ポプラは彼を買っているのだ。
故に、ポプラは不穏なものを感じていた、フッツは理知的だが同時に優しい男でもある。なにか弱みを握られているとか、そういう黒い部分があるのではないかと、彼女はほんの少し疑っている。
しばらくしてから、フッツは口を開く。
「ガラルは、彼女と向き合わなければならないんですよ」
ガラル、というのは、ポプラが想定していない主語の大きさだった。
「ガラルが?」
「ええ、ガラルリーグだけじゃない、このガラル地方すべてが、彼女と向き合う義務があるし、彼女にはガラルと向き合う権利がある。そう思ったんですよ」
スケールの大きすぎる話だ、彼女にしては珍しく、ポプラは混乱した。
「あの子は何者なんだい?」
フッツはグラスを握り、一気にそれを傾けてから答える。
「このガラルの『愛と後悔の象徴』ですよ」
感想、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
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