ノマルは二部だが愛がある   作:rairaibou(風)

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過去編 新人ジムリーダーノマル 39 種②.

「はっはっは、元気のいい子だねえ」

 

 ラーノノジム、ミッション会場。

 真っ赤な顔でミッションフィールドを駆け巡るその少年、ダンデを眺めながら、フッツは久しぶりに声を上げて笑っていた。

 

「退屈だよお」

 

 生あくびを噛み殺しながらその傍らに立つミスミは、抱えていたピッピ人形を二度三度抱きしめながらあまりにもつまらなさそうに言う。

 二人は、少し変則的なこのミッションが、誰でも簡単にクリアできるものだとは思っていない。だが、それを差し引いたとしても、ダンデの右往左往っぷりは彼らがこれまで見てきたどのチャレンジャーよりも凄まじい。三歩歩けば、自分が振り返ったことを忘れてしまったのだろうかという動きをすることさえある。

 

「無理じゃないかな?」

「こら、そういう事を言っちゃ駄目だよ」

 

 ダンデが二人のいる場所に来るまでは、まだ随分と掛かりそうだった。

 

 

 

 

 ラーノノジム、対戦場。

 それなりの人数の観客を前にしても、挑戦者、ダンデはそれを気にしていない。

 それは、彼がジムミッションで精神と体力を使い果たしたからではない。むしろ彼は、あれだけジムミッションで駆け回り、彼なりに頭も使ったというのに、その表情を見るに全く疲れてはいないようだった。

 大きな瞳は照明の反射と希望にキラキラと光り、その瞳で真っ直ぐにノマルの目を見ている。ピッピにんぎょうを抱えているその姿は、その瞳の強さがなければ可愛らしい少年だと思わせただろう。

 

「さっきは、ごめんなさい!」

 

 そう言って彼は頭を下げた。とりあえず謝っておこうというのが、ノマルと別れた後ソニアと二人で決めたことだった。

 急に謝られたものだから、ノマルは少し戸惑った。

 

「あなた、私がどうして怒ったのかわかっていますか?」

「わからない……道に迷ったから?」

「……そういうことにしておきましょう。私もカッとなってしまいました、申し訳ありません」

 

 ノマルもそう頭を下げ、とりあえず二人の間にわだかまりがなくなったらしいということをお互いがなんとなく感じてからノマルが切り出す。

 

「少し、休みますか? 随分とミッションに手間取っていたようでしたが」

「いや、いらないぜ!」

 

 興奮からか、やはり敬語を忘れながらダンデが続ける。

 

「俺は早く戦いたい!」

 

 はあ、と、ノマルはため息を付いた。わかっていないようだ。

 

「それならば、このジム戦のルールを説明します」

「ソニアから聞いてるぜ!」

 

 誇らしげにそういうダンデ、別にそれはルール違反でもなんでも無い。

 だが、彼は抱えていたピッピ人形を脇に放り投げた。

 

「俺はこれは使わない!」

 

 その行動に、観客たちはわずかに湧いた。自ら退路を断つその行為は、その少年の見てくれの良さもあって好意的に受け入れられている。その挑発的な行為もあって、ノマルもまた情熱的なバトルを見せてくれるはずだ。

 だが、ノマルは彼らの想定外の行動を取る。

 彼女は少し歩いてそのピッピ人形を拾い上げると、それについていた汚れを払ってから、それをダンデの前に差し出したのだ。

 

「これは、持っておきなさい」

 

 それは、ダンデにとっても想定外の行動だっただろう。彼は少しばかり目を泳がせた後に「どうしてだ?」と問う。

 ノマルは間髪入れずにそれに答える。

 

「あなたがこのピッピ人形を持つのは、このバトルにおけるあなたに保証された権利です」

「でも、俺はこれを使いたくない! ノマルさんと正々堂々と戦いたい!」

「これを持っていても、私と正々堂々と戦うことはできます。正々堂々と戦い、負けそうになればピッピにんぎょうを投げればいいのです。私はそれを否定しません、観客たちもそれを否定しません……この私が、それを否定はさせません」

「でも……」

「ね、持っておきなさい。今は使いたくなくても、試合の中で使いたくなるかもしれません。そして、それは悪いことではないのです」

 

 更に彼女は続ける。

 

「私に持たされたと言えばいいのです、あなたは勇敢にこれを捨て去ろうとした。だけど、私がそれを許さなかった。それで良いのです」

 

 ダンデはそれにしばらく考えた。

 そして、彼はそのピッピ人形を受取る。ノマルは一旦ホッとする。

 だが、ダンデはそれを自らの足元にそっとおいた。

 明確な、拒否だった、観客たちはそれに湧く。

 

「やっぱり、俺はこれを使わない」

 

 更に彼は続ける。

 

「俺は、ノマルさんと戦いたい。逃げ道を用意したくない」

 

 ノマルを見上げるその目線は、美しかった。

 その美しさを曇らせる言葉はないだろう。

 ノマルはそれを諦めた。

 

「それならば、この試合でバッジを得ることは諦めることです」

 

 彼女は背を向けて、ダンデと距離を取る。

 想定はしていた。

 彼のような人間がいること、そのような人間がトレーナーとなること、ジムチャレンジを行うこと、自らの目の前に現れること。

 観客は、すでにダンデを支持しているだろう。

 ローズ委員長が彼を推薦した理由が今ならわかる。ダンデは無鉄砲であり、そして、それは勇敢であるという概念に親しい。

 無鉄砲さとニアイコールの勇敢さが、人々の心を掴む。

 そして、人々の賞賛は、無鉄砲であることを疑わさせず、強要する。

 想定した。

 そのようなトレーナーが目の前に現れることを想定していた。

 そうなればいいとすら思っていた。

 そういうトレーナーを徹底的に潰すのが、自らの使命なのだから。

 

 ノマルはダンデをにらみつけるように振り返りながら続ける。

 ダンデは、その視線に、これまで誰にも向けられたことのない、どう表現すれば良いのかわからないその視線に背筋を凍らせ、そして、その凍った背筋を溶かすほどの情熱が、自らの心を高ぶらせる。

 

「そのような考えがある限り、私は絶対にあなたにバッジを与えません!」

 

 ジムリーダーの、ノマルが、勝負を、仕掛けてきた!

 

 

 

 

 

 

「『ダイホロウ!』」

 

 ダイマックス状態となったイエッサンの攻撃だ、ゴーストタイプのその攻撃は、ノーマルとエスパーの複合タイプであるイエッサンが得意としているものではないが、決してその威力が低いわけではない。

 事実、ダンデが繰り出したポケモン、ヒトツキはその技によって戦闘不能になったようだった。無理もないだろう、鋼、ゴーストタイプである彼にとって、ゴーストタイプの攻撃は効果が抜群だ。

 ダンデがヒトツキをボールに戻すのと同時に、ノマルのイエッサンもそれまでの巨大な姿から、もとの大きさへと姿を変貌させる。ダイマックスは強力なシステムだが、その分時間制限がある。

 だが、ノマルはそのダイマックスによって十分な利を得ただろう、イエッサンはダンデのポケモンを二体以上戦闘不能にしている。

 

 ダンデの残りは一体、ノマルの残りはイエッサンを含めて三体、だが、観客たちはまだその勝負がわからないと考えているものが多い。

 なぜならば、ダンデはまだダイマックスを残している。

 

「頼んだぜ!」

 

 工夫も気取りもない言葉を投げかけられながら繰り出されたリザードは、大聖堂で見せていた姿がまるで嘘であるように、高らかな雄叫びを上げながら現れた。

 それに感慨を覚えるほど、ノマルは勝負にぬるくはない。だが、それはダンデも同じ。

 イエッサンが動くよりも先に、ダンデがリザードをボールに戻す。一見すれば不可解なその行動に、ガラル民は今更疑問を覚えない。

 巨大化したモンスターボールを、ダンデは体幹をブレさせること無く後方にオーバースローで放り投げる。

 現れたのはダイマックスしたリザードであった。低く地面を揺らすような雄叫びが対戦場に響き渡る。

 

「『リフレクター』!」

「ダイバーン!!!」

 

 巨大化したリザードが息を吸い込むより先に、イエッサンが一瞬素早く『リフレクター』を作り出す。

 それを押しつぶすように吐き出された凄まじい獄炎がイエッサンに襲いかかる。

 スタジアムは、ダイマックスされたポケモンの技の影響が観客を負傷させないように設計されている。

 だが、それでも観客たちはそのダイマックス技の威力や熱を感じ、そして、それを望んでいるからこそ、こうやって足を運んでいる。

 

 炎が晴れれば、そこには戦闘不能となったイエッサンの姿があった。仕方のないことだ、蓄積したダメージもあるだろうし、貼った『リフレクター』は物理攻撃を半減はさせるが、リザードが得意なのは特殊攻撃、おそらくその『ダイバーン』も特殊技を軸としたものだろう。

 観客たちは、その『リフレクター』に違和感を覚えた。どう考えても、壁を貼るならば特殊攻撃に強い『ひかりのかべ』を貼るべきだろう。

 さらに、観客たちと対戦場を強い日差しが照らし始めている。リザードの『ダイバーン』があたりを乾燥させ、状況を変化させたのだ。

 こうなるとますます炎ポケモンであるリザードに有利な展開となる。このように、自分の技によって自分の有利な状況を作ることができることが、ガラルにおけるダイマックス温存戦術の骨子となっている。

 ここから大逆転もあり得る、と、観客たちは期待した。

 

 だが、観客たちの期待を知ってか知らずか、ノマルは至極冷静にイエッサンをボールに戻す。

 そして、興奮を隠しもしないダンデの視線から逃げること無く、それに睨み返しながら言った。

 

「勇敢であることだけが人生ではないことを教えてあげましょう!」

 

 放り投げられたボールから繰り出されたのはヨルノズク。

 強いポケモンではない。観客たちは直感的にそう感じた。

 だが、そう感じることすら、バトルでは不純なタイムラグなのだ。

 

「『ダイバーン』!!!」

 

 再び灼熱。状況によっては、これで試合が決まることもあり得る。

 だが、ヨルノズクはその攻撃では倒れない。

 当然だ。

 ヨルノズクは特殊防御力に強みのあるポケモンであり、たとえダイマックスであろうと、最終進化も遂げていないポケモンの特殊技で倒れることはない。

 最も、反面ヨルノズクは防御力に弱みのあるポケモンではあったが、それは『リフレクター』によってカバーされている。

 

 この子、強い。

 

 ノマルは、この一連の攻防によって、ダンデの実力を理解した。

 この特殊ダイバーンによる攻撃は、単なる馬鹿の一つ覚えではない。ダンデがポケモンの特性をある程度理解し立ち回りができることはそれまでの戦いで理解している。

 この状況、浅い知識だけで考えれば物理攻撃を選択してもおかしくはない、『リフレクター』を込みで考えたとしても、ヨルノズクは物理防御の弱いポケモンであるからだ。

 それでも迷いなく特殊攻撃を選択できたのは、ダンデの知識と状況の判断力、そして何よりこのような状況で妄信的に自分を信じることのできる精神の強さがあるからだろう。

 自信を持つだけのことはあるようだ。

 

 だが、強ければバトルに勝てるのかと言えばそれは大間違いだ。

 

「『そらをとぶ』!」

 

 炎を振り払ったヨルノズクはその翼を広げて空を掴む。

 

 その行動を見て観客たちは戸惑うようにざわめいた。

 ヨルノズクは物理攻撃が強いポケモンではない、故に物理的な攻撃である『そらをとぶ』は理にかなわないように見える。

 だが、ダンデは「しまった!」と言わんばかりに表情を歪ませている。彼はすでにノマルの目的を理解していた。

 

「『ダイウォール』!!!」

 

 巨大リザードが炎で同じく巨大な壁を作り出し、ヨルノズクの攻撃を防ぐ。

 時間の限られたダイマックス状態において『そらをとぶ』というさして強くもない技を防御するという行為は、あまりにも無駄だ。

 だが、それは仕方ない。

『そらをとぶ』をしている鳥ポケモンに攻撃を当てるのは至難の業であり、それはダイマックス中のポケモンであっても同じだ。例えばこの状態でリザードが『ダイバーン』を繰り出していれば、その攻撃は空を切り、僅かかもしれないがヨルノズクの攻撃がリザードにダメージを与えていただろう。

 ノマルは『そらをとぶ』という攻撃によって、実質的にリザードの時間を奪ったのだ。

 その証拠に『ダイウォール』を打ち終えたリザードはその巨大な体を元の体に戻しつつある。

 

「くそっ!」と、ダンデはヨルノズクから目を切らずにつぶやいた。少なくともこの状況において、戦略的に優れていたのはノマルの方であっただろう。

 

 だが、冷静に『ダイウォール』の指示を出したダンデも優れた感性を持っている。並のただただ突っ込んでくるだけのトレーナーであれば、すぐさまに『ダイバーン』の指示を出し、状況をよりひどくしていただろう。

 

「『かえんほうしゃ』!」

 

 ダンデは反省を後に託して指示を出し、リザードもまた自身が最も力を発揮できる状況を削らされた焦りを一旦は忘れながら攻撃を放つ。

 まだ圧倒的に不利なわけではない。リザードの体力は満タンであるし、十分ではないかもしれないがヨルノズクの体力は削れている。

 この攻撃でヨルノズクを戦闘不能にすることができればあるいは。

 

『かえんほうしゃ』はヨルノズクを的確に捉える。だが、ヨルノズクがそれで戦闘不能になることはない。先程もらった『ダイバーン』に比べればなんてことのない攻撃だ。

 

 ダンデとリザードはその次の攻撃に備える。

 だが、その攻撃は来なかった。

 

「『はねやすめ』」

 

 ノマルの指示は、ヨルノズクの体力を回復させるものであった。ヨルノズクもその指示に戸惑うこと無くそれを完遂する。

 観客達はその選択に息を呑む。

 冷静、そして冷酷な判断であった。

 ヨルノズク自体の特殊耐久力、そして『リフレクター』、さらに潤沢な体力となると、もうリザードがヨルノズクを倒すのは難しく思える。

 さらに言えば、もう一匹ポケモンが控えているノマルの戦力は盤石だ。

 

 使いなさい、それを。

 

 ノマルは、ダンデの足元にあるピッピにんぎょうをちらりと見やった。その視線に、ダンデは気づいただろうか。

 

 もう無理です、この布陣、どれだけあなたに才能があろうと突破することはできません。

 使いなさい、投げなさい、逃げなさい。それで良い、それで良いのです。

 それこそが、正しい道なのです。

 

 だが、ダンデはその選択肢に一瞥もくれなかった。

 

「『かえんほうしゃ』!!!」

 

 リザードもその選択は頭に無いようだ。

 彼は自らの視界すべてを炎で覆い尽くすほどのそれを解き放つ。

 

「そうですか」と、ノマルは眉をひそめてつぶやいた。

 

 ダンデという人間が考えを曲げられないのならば。

 彼の前に立ちふさがる、絶対に突き破れぬ壁になることが、自分の役割なのだ。

 

 ヨルノズクがその『かえんほうしゃ』につっこみ、羽ばたきで炎をかき分ける。

 リザードの視界が不意に開け、ヨルノズクが現れた。

 

「『ハイパーボイス』」

 

 衝撃。

 

 

 

 

「ありがとうございました!」

 

 泣くでもなく、怒るでもなく、恐れるでもなく。

 妬むでもなく、憤るわけでもなく、諦めるでもなく。

 ダンデは、その美しい笑顔に汗を光らせながら、ノマルに右手を差し出した。

 その徹底的な敗北に、彼は暗い感情は持っていないようだ。

 この子ならばそうだろうな、と、ノマルはその右手と握手をしながら言う。

 

「残念ですが、私に敗北したのでバッジを与えることはできません」

「わかってます! それよりも、やっぱりノマルさんはすごいトレーナーです!」

 

 彼は興奮していた。

 ノマルの手持ちはノーマルタイプ、お世辞にも強力なポケモンが揃っているとは言えないだろう、そもそも、彼女のポケモン達はジム専用にある程度実力を発揮できない状態にあるはずなのだ。

 それを、

 

「そこまでわかっているのなら、どうしてピッピにんぎょうを投げなかったんです?」

 

 その問いに、ダンデは間髪入れずに答えた。

 

「だって、投げたらバトルが終わっちまうぜ!?」

 

 屈託のない表情だった。その倫理に欠片の疑問も持っていない表情だった。

 その表情に、言葉に、やはりノマルは決意を固める。

 

「ジムチャレンジの期間中は、いつでもこのジムに挑戦できます」

 

 彼女はダンデに背を向け、対戦場を後にしながら続けた。

 

「ですが、私は手を緩めません。あなたが考えを変えない限り、あなたにバッジは与えませんよ」

 

 ノマルも、観客も、ダンデ本人もまだ知らない。

 この敗北は、ダンデのキャリアにおける、数少ない公式戦の敗北の一つだった。




感想、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
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