ガラルポケモンリーグ委員長、最大の催しであるジムチャレンジの成功を祈っている。
改革派であるが、旧派閥の老人たちからのウケが悪いわけでは無くうまくやっている。
アスチル(オリジナルキャラクター)
過去編でのガラルリーグチャンピオン。未来視と心を読む能力に長けたサイキッカー。
一応彼なりに正義感はあり、悪人ではない、一応
ジムチャレンジは、そろそろ序盤戦を抜けようかというところで、気の早いエリートやジムチャレンジのリピーターなどはすでに中位のジムを抜けようとしていた。
その中で、ラーノノジムリーダー、ノマルの成績は異常であった。
バッジの贈呈は問題なく行われている、理不尽な設定で挑戦者の詰まりが起こるわけではない、むしろバッジの贈呈率は高いくらいだ。
だが、未だに彼女に対する『勝利者』は存在していない。つまり、彼女がバッジを与えたチャレンジャーは、その全てが『投げた』トレーナーである。
ジムチャレンジャーに対するノマルの勝利数は驚異的な数値を記録しつつあり、それははるか数十年前、ポケモンバトルの概念すらも曖昧であったかもしれない時代の、そのあまりにも非現実的で破天荒な記録を更新する勢いであるのだと、過去を遡るのが得意なタイプのオタクたちが密かに話題にしていた。
だが、だからといって、ノマルがそのまま全てに勝利したままシーズンを終えると考えているファンは一人もいない。
ジムチャレンジをクリアした速度と、後世に名を残すような結果を出すこととの相関性はあまり高くない。優れたトレーナーは使える時間を目いっぱいに使って自身の弱点や性分などと向き合うものだし、いち早くジムをクリアしたいというせっかちさは、必ずしも優れたトレーナーの資質とは言えないだろう。
そして、ジムチャレンジというものは後半になればなるほど情報が共有されてジムリーダーが不利になる。
ただただトレーナーたちがジムリーダーに勝利することが条件であったジムチャレンジにおいて、ノマルのシステムには批判が多かったが『誰がノマルに勝利するのか』という付加価値のつく面白いエンターテイメントだと感じているファンも少なからずいた。
☆
「あまり、複雑なことを言っているつもりはないのだがね」
シュートシティ、ガラルポケモンリーグ協会、会長室。
放漫な新会長であるローズの性格から普段はあまり使われないはずであったそこに、ラーノノジムリーダー、ノマルは呼び出されていた。彼女はその小さな背筋を堂々とピンと伸ばし直立不動だ。
いかにも高そうな机を挟んで対面には、ローズが組んだ指で額を支えるようにわかりやすく悩んでいる。
ローズは未だに秘書を採用しかねているのだろう。その場には二人以外存在しなかったが、ローズがなにかに頭を悩ませているのは目に見えて明らかだ。
「しかし、委員長のおっしゃることは私に手を抜けということです」
「手を抜けと言っているわけじゃないよ、せめてある程度戦略を固定して流動性をだね……」
「ですから、それこそが手を抜くことだと言っているのです」
見ての通り、議論は平行線だ。
ノマルをこの部屋に呼び出したのはローズであるし、彼女に進言をしているのもローズだ。
ローズは、ジムリーダーノマルの戦略があまりにも多彩であり、勝利者がまだいないことをやんわりと指摘し、その修正を願っている。
だが、ノマルはそれを受け入れない。
はあ、とこれみよがしにため息を付いてからローズが言う。
「君は勘違いをしている。ジムチャレンジの主役はチャレンジャーたちであって、ジムリーダーではない」
「お言葉ですが、私は目立つために戦っているわけではありません。私はスタジアムにカメラが無くても、観客が一人もおらずとも、同じように戦い、同じような結果になるように心がけているつもりです」
「しかしね、ジムリーダーには教育者としてチャレンジャーを成長させる義務があるんだよ? 『再戦するたびに戦略が変わっている』のではチャレンジャーの成長につながらない」
「委員長や他のジムリーダーの方々がどのようにお考えかは知りませんが。私は組み上げられたシステムを暗記して勝利することがチャレンジャーの成長につながるとは考えておりません」
「君にとっての成長とは『ピッピにんぎょうを投げること』だということだね?」
その問いに、ノマルは強く頷いて「はい」と答える。
「私はピッピにんぎょうを投げることこそがチャレンジャーの成長につながるのだと信じています」
はあ、と、ローズはもう一度息を吐く。
「埒が明かないね。君がルールを犯して無い分、余計に」
ローズの言う通り、ノマルは少なくともジム戦においてはリーグが規定するポケモンレベル制限を忠実に守っているし、例えば『さいみんじゅつ』の連打のような悪質と規定されている戦法をとっているわけでもない。『監視役』の役割が存在するリーグ公認の審判員すらそこは問題にしていない。
しばらく黙り込んでから、ローズが切り出す。
「いいかい? はっきりというが、君はガラルリーグに所属するジムリーダーであり、私はガラルリーグ委員長。立場的には君の直属の上司にあたり、ガラルリーグの殆どの権利は私に集約されている……そして、今のラーノノジムのジムミッションは一部からは非常に評判が悪い」
ローズの指摘はごもっともだった。
『ピッピにんぎょうを投げる』それは対戦において逃げることと同じだ。勝負の最中に背中を見せることはトレーナー倫理に反すると考える人間は当然いるだろうし、ある意味でそれを強要させているようなノマルのやり方は『悪趣味』と捉えることもできるだろう。尤も、ノマルを批判する人間のどれだけが、本当にチャレンジャーのことを考えているかはわからないが。
ローズがその気になればノマルに何かを強要することができる。
ノマルは、それに抗う言葉を放とうと覚悟を決めていた。ノマルはノマルなりに主張できる利はある。
だが、ローズは彼女の思うものとは違う言葉を続けた。
「私はその気になれば君に命令することのできる立場だが、その権利を今は行使するつもりはない……私の進言を受け入れる気がないのなら、もう少し、君の思うようにやってみなさい」
それは、まさかの受容だった。
「いいんですか?」と、彼女は緊張感を持ったまま思わず問う。
「ああ、構わないよ」とローズが続ける。
「勘違いしてほしくないんだけど、私はできるだけ君の感性を尊重したいと思っているし。教育者として、君は類稀なる人材だと信じているよ……君の過去を知ってからはね」
その言葉に、ノマルは一瞬目を見開いた。だが、すぐさま自身を落ち着かせて元の凛とした表情に戻る。
「わざわざお調べになったので?」
「調べた、というほど大層なものじゃない……いや、過去を探ったのだから大層なことだね」
一度、背もたれに体重を預けてからさらに続ける。
「批判者達はまだ君の過去には行き着いていないし、私がそうはさせないつもりだ。大人のつまらないやっかみがジムチャレンジに水を指すことなんてあってはならないからね」
「……それは、同情からですか?」
意味のない質問だった。たとえそれが権力者であるローズの気まぐれであったとしても、それを頭のいい彼が自ら公言することはないだろう。
「まさか」と、ローズはある意味当然の答えを放つ。
「言っただろう。私は教育者として君を類稀なる人材だと信じている。そりゃあ君がある程度戦略を固定してくれればそれ以上のことはないけれど、君がそうしたくない以上、それを強要はできないよ」
彼は椅子から立ち上がり、ノマルに右手を差し出す。
「その代わり、君に忖度はしない。同情しているわけじゃないからね」
「……ありがとうございます」
ノマルは彼の右手を握り頭を下げた。
一気に緊張が溶けたような気がした。気を張ってはいたが、委員長のローズとの衝突があまり良いことではないことは理解している。
「失礼しました」
彼女がローズに背を向けて少し歩き、会長室の扉に手をかけようとしたその時だった。
その扉が、彼女がノブを握っていないにもかかわらずひとりでに開いた。
その向こう側には、陶器のような白い肌に、長い手足を強調するようなスキニーパンツ、視線を上げれば、癖のある明るいパープルの髪が揺れる。
「やあ」
それは、ガラルリーグチャンピオン、アスチルだった。
「まさか先客がいるとは思わなかったよ。私の未来視も、流石に見えないものまでは見えないようだ」
視線が合っている。
その表情は微笑みであるが、特徴的な薄いブルーの瞳は、覗き込むようにノマルを写している。
「……私は失礼するところでした」
「そうかい、そりゃあ都合がいいね」
「失礼します」
礼儀的に頭を下げてから、ノマルはいつもよりゆっくりとしたペースでアスチルの前を横切ろうとする。
なにか言いたいことがあるのならば言えばいい。
だが、アスチルは彼女に道を譲るだけで何も言いはしなかった。
☆
「君が私を尋ねるとは珍しい」
ノマルが去った会長室、アスチルは机を挟んでローズを対面に捉えていた。
「なに、いくつか聞きたいことがあったんでね」
「ほう、未来と人の心を見ることのできる君がかい?」
「今あなたの心を読んだところで、私の知りたい答えを持っているわけではない。だからあなたに問う」
アスチルは一歩ローズに踏み込んで問う。
「君が、ダンデ少年を選んだ理由を知りたい」
その言葉に、ローズの脳裏にはいくつもの言葉が、無意識のうちに箇条書きとなって現れた。そして、自らを探ろうとするアスチルの意図を予想する言葉も同じく箇条書きされ、それらの言葉を覆い隠すように、強い意志による『読まれてなるものか』という意識が芽生えている。
「結構」と、アスチルは頷く。
「返答は必要ない。目的は達成された」
背を向けようとするアスチルに、ローズが問う。
「待ち給え、私にその質問をした意図は何かね?」
アスチルはローズに背を向けたまま答える。
「あの少年の試合を見てね……ヒトツキを見たときにピンときたんだ。あれはあなたの息がかかったポケモンだろう?」
ローズはその言葉に驚いた。それは紛れもない真実だったからだ。
「君はそこまで視えるのか?」
「まさか、多少ポケモンを知っていれば、あのヒトツキが『垢抜けている』ことはひと目だろう。特にトレーナーやリザードと比べればね……後はダンデ少年を推薦したのがあなただと知れば、そのくらいの『仮説』を立てることはできる」
その意見に、ローズは押し黙るより無かった。アスチルの言葉が正しいのならば、彼がその特異な能力だけでチャンピオンという立場を手に入れたわけではないことがよく理解できる。
「疑っているね」と、アスチルは鼻で笑う。
「私に言わせれば、私以外のトレーナーは観察力というものが不足している……あるいはそれが、誰も私に勝つことのできない理由の一つかもしれないな」
ああそうだ、と、彼は体を返してローズを視界に捉えながら問う。
「件のダンデ少年は、随分とラーノノジムで苦戦しているらしいが……今、彼女が会長室から出てきたことと、関係はあるのかな?」
彼の言う通り、ダンデはラーノノジム最初の敗北から、未だに再挑戦を行っていない。その間にも何人ものチャレンジャーが『投げて』ジムバッジを手に入れている。
「何を馬鹿な!」
ローズはその問いにデスクを叩くようにしながら立ち上がって激昂した。
当然だ、その質問はローズのリーグ委員長としての資質を問うものであり、ひいては彼やダンデに対する侮辱と取ることもできた。
めったに怒った姿を見せない男の激昂であったし、その気になればこのガラルという地方を自由に操ることのできる力を持つ男の激昂でもあった。
だが、アスチルはそれに動揺することはない。彼もまた、ローズがガラルを操ろうがどうでもいいと考えることのできる力を持つ男であった。
「素晴らしい」と、アスチルは目を細める。
「マスタード氏をめぐる八百長騒動以来、どうも背広組の人格を疑っているところがあってね……だが、安心した。リーグ委員長によるえこひいきがあったとなれば、チャンピオンとしては見逃せないだろう?」
心配することはない、と続ける。
「あなたが懸念しているようなことは起こらない。ダンデ少年がラーノノジムでチャレンジをリタイアすることはなく、彼は今季の台風の目となる……あなたの発掘力は大したものだ、いずれ、私を打ち倒す『斥候』を手に入れることができるかもしれませんね」
ローズとの会話の興味を失ったようにそう言い放って会長室を後にするアスチルに、ローズもまた、それ以上何も問わなかった。
今作では前書きに人物紹介を入れていますがいかがですか?
-
今後も必要
-
今後は必要ない
-
もう少し詳しく
-
どちらでもいい
-
その他