ノマルは二部だが愛がある   作:rairaibou(風)

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328 殴られ屋

 ラーノノジムには変化が少ない。

 十年ほど前よりマイナーぐらしが変わっていないのも理由の一つではあるが、ジムリーダーであるノマルが、自分本位の革新よりもラーノノの町とともにあるべきだと考えているのも大きいだろう。

 だが、その日はそんなラーノノジムの数少ない変化の日であった。

 

「ミスミ君!」

 

 ジムチャレンジスペースにて備品の点検を行っていたミスミのもとに、ラーノノジムリーダーノマルが訪れた。

 彼女はどう考えても巨大なボードを抱えており、身長と同じく短い腕をいっぱいに使いながら「よいしょ」と、それを裏返した。

 

「今日これを駅に持っていこうと思うんだけどどう思う?」

「なんですかそれ?」

 

 点検表に自らの名前をサインしたミスミは、視線を彼女が抱えるボードまで落とした。

 そして、彼は言葉を失う。

 彼女が体全体で抱えていたそのボードには、非常にポップなガラル語で『ウェルカム☆ラーノノ♡』という歓迎のムードをこれでもかと言うほどに貼り付けたような言葉がいくつも並んでいたのだ。

 しかもご丁寧なことに、その文章最初には『スロワくん』と名前まで書いてあったのだ。

 

「あのねえ」と、ミスミはようやく言葉をはき、その言葉のトーンを不思議がるノマルに呆れる。

 

 今日は、カントーからの研修生がラーノノに到着する日であった。

 ミスミにとっては顔面オクタンもののこっ恥ずかしい思い出であるクシノの訪問から話はトントンと進んだようで、彼の弟子の一人がラーノノジムに派遣されることになった。元リーグトレーナーであるらしいクシノという男は、どうも即断即決の男らしい。

 研修生の名前はスロワ、ミスミはカントー地方に詳しいわけではないが、東の名前にしては珍しい名前の彼は、自分よりも少し年下らしい。

 ノマルやミスミにとっても、その話は負担が増えるだけの話ではなかった。

 

 マイナージムであるラーノノジムにとって、スロワは久しぶりの研修生であった。そして、ノマルがジムリーダーとなってからは初めての経験である。彼女らにとってその経験は悪いことではないだろう。

 故に、ミスミは遠慮なくノマルに続けた。

 

「友達が遊びに来るわけじゃないんですから。そういうのは違うでしょうよ」

 

 その苦言に対し、ノマルは「なるほど」と頷き、大きく体を使ってボードを回転させて自らが作った文面を眺める。

 

「確かに、ミスミくんの言うことにも一理あるね」

 

 沈黙をもってしてその意見を肯定したミスミに、ノマルが続ける。

 

「流石にハートマークは恥ずかしいよね、ちょっと直してくる」

 

 一瞬検品表に目を落としていたミスミは、ノマルのその言葉に対して「いや、そういうことじゃなくて」と慌てて訂正しようとした。

 だが、彼が顔を上げたその時、彼女はすでに彼に背を向けて離れつつあった、何故だかわからないが、こういうときだけは彼女は素早い。

 今日は忙しくなりそうだなあと、彼は思った。

 

 

 

 

『前日お伝えしたとおり、今日はカントーからの研修生を受け入れる関係で午後からジムは休業となります。私にとっては初めての研修生、私やジムトレーナーも研修生くんに負けないほどに緊張しています! なにか一つでも学んで帰ってくれるといいなあ』

 

 

 

 

 ラーノノタウン、ラーノノ駅。

 降り立つ人々がそれぞれ時計を気にしながら昼食のことを考え始めるその時間に、その少年は降り立った。

 ラーノノの人々は、彼を特別に変わっているとは思わなかった。

 それは、彼の容姿がガラルの人々と対して変わらない、むしろ垢抜けたものであったということもあっただろうし、彼が持っている荷物が小さめのボディバッグ一つだけということもあっただろう。とにかく、誰もが、彼がカントーからの訪問者であり、ラーノノについては右も左も分からないわからない少年だとは思わないだろう。

 

「まいった」

 

 少年はその容姿に似合わぬ安っぽいプラスチック製のデジタル腕時計を眺めて続ける。

 

「予定よりも早くついだっけ」

 

 ガラル語であったが、そこには隠しきれぬ訛りがあった。

 

「どこかで時間をつぶすすかなさそうだな」

 

 そう呟いて駅を後にしようとした彼は、一瞬だけちらりと周りを確認し、そして、それに気づいた。

 一人の女の子が、券売機の前でぼうっと立ち尽くしていたのだ。彼女は目に涙をため、今にもそれをこぼしそうになっている。

 不幸なことに、彼女を気にかける大人がその時にはいなかった。

 ラーノノは冷たい町ではない、大人や駅員はすぐに彼女に声をかけるだろうし、彼女がなにか問題を抱えているのならばそれに協力するのだろう。

 だが、その少年も冷たい男ではなく、そして、生まれ持った周りを見る能力が、大人たちよりも先に彼女を見つけたのだ。

 

「どうかすた?」

 

 自分よりも随分と背の低いその女の子を怖がらせぬように、少年はゆっくりと彼女に近づき、膝を折って目線を合わせる。

 彼女はその少年を少し警戒しながらもそれに答える。

 

「……お金、落としちゃった……」

「ながに使うお金?」

「シュートシティに行くお金……」

 

 その会話で、少年は大体の事情を察した。

 つまり、彼女は電車賃を紛失したのだ。

 

「シュートシティか」

 

 シュートシティからラーノノタウンまでは今来た道だ、ガラルに疎くともその運賃はわかる。

 

「まいったなあ」

 

 運の悪いことに、金銭的な援助は少年にはできそうになかった。ガラルに来て初日であったし、何より現金をほとんど持ち歩かないのがその少年の性分であったのだ。

 

 しかし、彼はしばらく考えた後に「わがった、俺がなんとがすよ」と立ち上がる。

 

「づいて来な」

 

 力強くそういう彼に、女の子はなんとなく安心感を覚えた。

 

 

 

 

 ラーノノ駅から降り立つ人々は、小さな体格の女性と、ネズのファンであること丸出しの白黒の髪色を持つ少年が、露骨なまでに誰かを歓迎しているその様子に一瞬ぎょっとしたが、その歓迎ボードに書かれている名前が自分ではないことに気づくとどこかホッとしながらそれぞれの目的地へと向かっていた。

 そうして人がまばらになった改札前にて、体の殆どを覆い隠さんとしている歓迎ボードを抱えたノマルが首を傾げた。

 

「見逃したのかな?」

「いや、それだけはありえないでしょうよ」

 

 ハートマークがしっかりと修正された歓迎ボードを抱えていたミスミは、ノマルのその言葉を信じられないといった風に首を振りながら言った。このボードを見逃すなどありえないだろう。

 恥ずかしくて名乗り出られなかったんじゃないですか、という言葉をなんとか飲み込んで彼が続ける。

 

「一本遅れてるんじゃないですか?」

 

 相手は初めてガラルに来る少年だ、時間通り来ることができなかったとしても、礼儀を欠いているわけではないだろう。

 

「それなら、次の電車までは待ってみようか」

「次の電車にもいなかったらどうします?」

「一旦ジムに戻って、クシノさんに連絡かな」

「まあそうなりますよね。まだジムには来ていないようですし」

 

 ジムリーダーとただ一人のジムトレーナーが外しているが、今のラーノノジムは無人ではなく、警備員が一人待っており、もし来客があればノマルに連絡が行くようになっていた。そこからの連絡がないということは、まだ研修生はジムにはたどり着いていないということだ。

 やれやれ、と、ミスミがボードを地面に下ろしたその時、ワッという歓声が彼等のもとに届いた。

 二人が察するに、ラーノノ駅前広場に人が集まっているようだ。

 

「やっぱり駅前広場でなにかやってるみたいですね」

 

 全く知らなかったわけではない。

 彼女らが駅についたその時から、駅前広場には少し人だかりができていた。

 だが、人を出迎えるという役割があった彼女らはそれを気に留めなかったのだ。ラーノノ駅前広場にはちょっとしたスペースが有り、移動販売やパフォーマーが人を集めることはよくあることだった。

 

「気になるなら見てきてもいいよ」と、ノマルはボードに少し体重を預けながら言った。

 

「良いんですか?」

「次の電車が来るまで少しあるし、戻ってきてくれるなら全然大丈夫だよ」

 

 ジムトレーナーとしてしっかりしているとはいえ、ミスミはまだ十七歳、人だかりにはまだ多少の興味があることをノマルは知っていた。

 そして、ミスミもまた、そのようなノマルの気遣いを理解している。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて」と、彼は持っていたボードをノマルに立て掛けた。

 

「すぐに戻ってきますんで」

 

 

 

 

 

 

 駅前広場で行われていた催しは、ラーノノの人々にとって目新しいものだった。

 主催者である少年はガラル地方ではそこまで珍しくない碧い目をしていた。だが、彼が繰り出しているポケモンは、ガラルには生息していない珍しいものだ。

 

「パッチールか」

 

 人混みをかき分けてそのポケモンを確認したミスミは、へえ、と感心しながら言った。

『ぶちパンダポケモン、パッチール。そのおぼつかない足取りは、まるで踊っているように見える』

 ミスミはパッチールのそのような生態を写真と文字でしか見たことがなかった。仕方のないことだ、パッチールというポケモンは、たとえノーマルタイプのジムトレーナーであったとしても、ガラルのトレーナーが優先的に生態を確認するようなポケモンではない。

 だが、初めて実物を目の前にした彼は、図鑑のそのような記載が何一つ間違っていなかったのだなと一人納得する。

 前に歩こうとしているのか、横に歩きたいのか、はたまたその場にじっとしていたいのか。ふらふらと場を歩き回るそのポケモンが、果たして何をしたいのか、ミスミにはわからない。

 そして、それは対戦相手とそのパートナーも同じだろう。

 

「『ひっかく』!」

 

 対戦相手の青年がそうチョロネコに指示をする。

 素早い、というわけではないが、チョロネコはその指示を聞いてからしなやかにパッチールに飛びかかり、その鋭い爪をパッチールに向かって振り下ろす。

 ミスミと同じタイミングでそのバトルを見始めた人々は、その攻撃が当たることをほとんど確信していた。少なくとも素人の彼等はチョロネコは狂いなく攻撃しており、対するパッチールはボケーッと無防備にフラフラしているようにしか見えなかったのだ。

 だが、この催しをすでに何度か見ている観客たちとミスミは、その後の結末を容易に理解できていた。

 

 スカッと、チョロネコの攻撃が空を切る。

 

 フラフラとしていたパッチールは気まぐれにふらっとおぼつかない足取りで、その攻撃をすんでのところでかわしたのだ。

 力いっぱいに攻撃していたチョロネコはその反動で地面を転がった。はたから見れば随分と可愛らしい光景であったが、彼女がついさっきまで爪をむき出しにしていたことを忘れてはならない。

 決まった、と、ミスミは思った。

 無防備すぎるチョロネコに対し、パッチールはふらついているとはいえ十分な体勢だ、そこから攻撃を打ち込むことなどわけないだろう。

 だが、パッチールは攻撃を出さない。

 ミスミはそれを意外に思った、その避け方一つ見ても、彼とそのトレーナーが優秀であることはわかる、そんな彼等がこの機を逃すとは思えない。

 だが、観客たちはそうは思っていないようだった。

 あるものは歓声を、あるものはため息を付き、それを受け入れいている。

 チョロネコのトレーナーすら「ああ、くそっ」とそれに危機感を覚えることなく、緊張感なく顔を洗うチョロネコに次の指示を出した。

 

「なんだ?」と首をかしげるミスミにそばにいた男が言う。

 

「向こうは攻撃してこないんだよ」

 

 その言葉にさらに首をかしげるミスミに続ける。

 

「『殴られ屋』だからさ」

 

「『殴られ屋』」と、ミスミはそれを復唱した。

 

 その名前の響きから、大体どのような催しであるのかは理解し、瞬間的にトレーナーとしての倫理観が燃えたぎりそうになったが、チョロネコが再び攻撃を空振らせたのを確認して疑問に思う。

 

「殴られてないじゃん」

「そりゃそうだろう、自分のポケモンを無防備に殴らせて金を得たらそりゃあレンジャー沙汰だ」

 

 男は少年を指差して続ける。

 

「賞金制なんだよ、あのポケモンに一度でも触れることができれば、賞金一万円なんだと」「ただってわけじゃないんでしょう?」

「ああ、一回百円。結構稼いだんじゃないのかな」

 

 はあ、と、ミスミはため息をつく。

 あまり、健全な催しというわけではなさそうだった。

 

「そろそろ限界じゃないがな?」

 

 チョロネコを指差して少年が言った。すでにいくつもの攻撃を空振らせ、チョロネコの息は明らかに上がっている。得てして攻撃というものは、当てるよりも空振りしたときのほうが体力を消耗するものだ。

 青年もそれに異論はないのだろう、二、三度小さく頷いてからチョロネコをボールに戻した。

 

「さあ、次は誰がな?」

 

 少年はぐるりと観衆を見渡した。

 だが、その誘いに手を挙げる者はない。

 そのようなやる気のあるトレーナーはすでに避けられ尽くしていたし、これまでの流れを見て新たに踏み込もうという人間もいない、酔狂なリピーターを期待するには、日がまだ高すぎた。

 

「まいっだなあ……ちょびっと足りねえ」

 

 自らの催しがすでに目新しさを失っていることを少年は敏感に察知し、足元の空き缶を覗き込んでつぶやく。

 

「二回目の挑戦なら安くしとくよ、どうかどうがな?」

 

 突然の半額セールにも、反応は芳しくない。

 

「出てみてはどうかね?」

 

 ミスミの背に少し力を加えながら、男が言った。

 

「ジムトレーナーならば、思うところもあるのでは?」

 

 ミスミはその男のことを知らないが、その男はミスミがラーノノジムトレーナーであることを知っているようだった。

 だが、それは珍しいことではない。

 揺れる白黒の長髪に気づいた観衆は、やんややんやとミスミを押し出すようにうごめいた。

 見ない顔に良いように避けられ続けたフラストレーションというものは、確かに存在していたのだろう、その雪辱を無責任に託す対象として、地元出身のラーノノジムトレーナーはうってつけだった。

 

「ああ、よがっだよ」

 

 押し出されたミスミを確認し、すでに彼がそれを断ることのできない雰囲気ができあがっていることを敏感に察知した少年は、微笑みながら頷いた。

 近くで聞けば、強烈な訛りのあるガラル語であった。

 ミスミは腕時計を確認する。

 もうすぐ電車の時間だ。それに遅れることでノマルが猛烈に怒るということはなさそうだが、あの巨大なボード二枚をノマル一人に任せることは心配だ。

 それに。

 

「やってもいいが、条件がある」

 

 おそらく年下であろう少年に、ミスミは続ける。

 

「俺が最後だ、これ以上、ここでこの商売をするのはやめてくれ」

 

 ポケモンを繰り出しての『殴られ屋』

 どちらかと言うと、ノマルが怒り、悲しむのはこちらのほうだろう。

 ミスミのそのような考えをすべて理解しているわけではないだろうが、少年は少なくともミスミが自らの商売に不満を持っていることをすんなりと理解し、ニヤリと笑って答える。

 

「ええよ、んだげども、それなりの金は払ってもらう」

 

 彼は空き缶を片手にズカズカとミスミに近づき、腰のボールと彼の表情を見やって続けた。

 

「あんにゃ只者じゃなさそうだし、千円だな」

「吹っかけるな」

「早急さ金がいるのさ、現金がな」

 

 その言葉をミスミは意外に思った。どうも事情がありそうだ。

 

「入用なら貸すぜ」

「人に貸すは作りだぐね……それに、男は勝負で稼がにゃならん」

「そうかい、出店する場所を間違えたな」

 

 目の前で揺らされる空き缶に、ミスミは財布から取り出した紙幣を放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

「来ないなあ」

 

 降り立った乗客たちがやはりその巨大なボードにぎょっとしながら通り過ぎていった駅のホームで、ノマルはポツリ呟いた。

 その言葉が、現れぬ研修生に向けられているのか、それとも帰ってこないジムトレーナーに向けられているのか、はたまたそのどちらにも向けられているのかは彼女にしかわからないが、少なくとも怒り狂っているわけではないようだった。

 

「よいしょ」と、巨大な二枚のボードを胸に抱え、ノマルはひとまずジムに戻ることにした。

 

 研修生は若者だ、誘導がなくともジムに訪れることはできるだろう、自分と違って。

 だがその前に。

 

「まだやってるかな?」

 

 職務に忠実なジムトレーナーが職務を忘れるほどに夢中になる催しがなんなのか彼女は単純に興味があったし、まだ盛り上がっているようだったら、ぜひともSNSにアップしたいと考えていた。

 

 

 

 

 

 

「『メガトンキック』!」

 

 タチフサグマの右足から放たれるミドルキックは、やはりパッチールがすんでのところでかわす。

 だが、空振りした右足が地面を踏みしめたのを確認した少年は、この催しを始めて初めて声を張り上げた。

 

「次だ!」

 

 観衆がその言葉の意味を理解したのは一寸先。

 踏みしめた右足を軸に、タチフサグマが背を向けるように回転、ムチのようにしならせた左足がパッチールを狙う。

 予想しづらい連携であった、この二段目の蹴りこそがミスミの指示した『メガトンキック』である。

 ただの大振りな蹴りではない、精度と威力の釣り合いを考え、一人と一匹で技のポテンシャルを引き出すのが優れたトレーナーであり、ガラル各ジムのジムトレーナー達はそれを名乗る資格があるだろう。

 そして、そうやって研ぎ澄まされた高威力の技を、いかにも大振りで大味な攻撃であるように見切ることもまた優れたトレーナーとポケモンの能力と言えるだろう。

 少年からの声かけに反応して、パッチールは背を反らして『メガトンキック』をかわした。

 

「あんにゃムキになりすぎだや」

 

 少年はからかうように微笑んでそう言い、パッチールは取り繕うようにフラフラとおぼつかない歩みを見せるが、ミスミはそれに気づいている。

 その少年とパッチールの戦いにおいて、その背を反らせるかわし方は初めて見せたものだった。間違いない、その少年は優れたトレーナーだ、ただパートナーのパッチールが攻撃をかわすことに長けているわけではない、それは彼等が研ぎ澄ませた技術であった。

 そして、その動きはかわすことをゴールとしているわけではない。

 かわした次には、次の試みが見える。

 時間をかけて彼等を見抜こうとしたかいがあった。

 左足を振り抜いたタチフサグマが見せている動きがその証拠。

 

「『こんらん』か」

「流石あんにゃ、あんた強いわ」

 

 タチフサグマの足取りはおぼつかなく、体重のかけ方が不規則だ。

 たった一回の回転でそうなったわけではなく、そして、パッチールもただただ逃げているだけなわけでもないということ。

 その特殊な足取りから放たれる『フラフラダンス』は、相手のポケモンを混乱させる。

 これまでの対戦相手はすべてそのような技術に翻弄され、そして、あまりにも自然なそれらの技に気づくこともなかったのだ。

 

「動くなよ」と、ミスミはタチフサグマに指示した。

 

 観衆たちは、それを上手い戦略だと感じた。

 ここで下手に動けば、闇雲に体力を消費するだけになるかもしれない。

 ルール上、パッチールはタチフサグマを攻撃することができない、それならば、このまま時間を稼ぐほうが良さそうだ。

 だが、少年はそれに戸惑わない。

 

「ほんじゃ、こっちが動ぐわ」

 

 少年の言葉に合わせて、パッチールがそのおぼつかない歩みを早める。

 やがてそれがステップとなり『かげぶんしん』を作り出そうとしたときだった。

 突然、タチフサグマが地面を蹴ったのだ。

 

「『のしかかり』」

 

『かげぶんしん』が完成するよりも先に、タチフサグマがパッチールに飛び込む。

 それは、パッチールを捉えてるように見えた。

 だが、混乱状態により勢い余って地面に激突していたのはタチフサグマの方であった。

 

「油断できねな」

 

 それでも微笑む少年の頬を、冷や汗が伝っていた。

 混乱状態を恐れて固まる相手に好き放題するという戦略を完全に読まれていたのだ。

 確かにタチフサグマが混乱していたからこそ、パッチールはすんでのところでそれをかわすことができた。だが『かげぶんしん』は失敗に終わっている。

 タチフサグマはリスクを負った。悪い目を引いたが、良い目を引いていれば攻撃を当てていただろう。

 そういう駆け引きができるトレーナーなのだ、相手は。

 

「千円は安すぎだ」と、少年は漏らし、そして、気づいた。

 

 混乱のとけたタチフサグマが、パッチールに向かって『ちょうはつ』している。

 それの意味するところを、彼はすぐさまに理解した。

 

「どうするんだ?」と、ミスミが笑って問う。

「攻撃できねえんだろ?」

 

 そうだ、自分とパッチールは『殴られ屋』相手を攻撃することなど考えてはいない。

 そんな自分たちを『ちょうはつ』してきたトレーナーは少ない、それこそ、それで生活をしているプロくらいだ。

 だってそれは、この遊びの構造そのものをひっくり返すことだから。

 

「あんにゃが仕掛げでぎだんだがらな。俺はもうじらん」

 

 タチフサグマが踏み込む。

『かげぶんしん』にも『まもる』にも『フラフラダンス』にも頼れない。

 足か、手か、それとも頭か。

 横か、上か、下か、それとも、正面からか。

 

「下だ!」

 

 少年の見切り通り、下から振り上げるようにタチフサグマの右腕が襲いかかる。

 習得した技術は早々裏切らない、パッチールはやはりすんでのところで爪ををかわした。

 だが、少年はすぐさまそれを確認する。ここまで厄介な相手だ、ただただ『ひっかく』だけとは考えられない。

 そして、地面をえぐる爪痕を確認。今のは攻撃ではない『つめとぎ』だ。

 

「勝った!」と、少年は思わず叫んだ。

 

 足元をおぼつかせながら大きく攻撃をかわしたパッチールは、そのまま大きな足取りを崩さない。

 それは相手を油断させるための擬態でもある、相手に攻撃を絞らせない防御技術でもある、相手を混乱させる搦手でもある。

 だがその本質、そのおぼつかない大きな足取りは、そのまま攻撃の予備動作。大きな動きは、大きな力となる。

 トレーナーと二人で手に入れたこの技術『パッチール拳』の真髄は攻撃にある。

 力をそのままに、パッチールは仕上げと言わんばかりにぐるりと一回転して拳を振り上げる。

 

「『きあいパンチ』!!!」

 

 卑怯などと言われるものか。

 こういう戦いにしたのは向こうなのだ。

 全身全霊を込めた拳が、タチフサグマを襲う。

 だが、彼は腕をクロスさせてそれに対応した。

 

「『ブロッキング』」

 

 驚いたのは、少年とパッチール、そして、タチフサグマであった。

 地面は踏みしめている、腕もクロスさせている。

 自分の『ブロッキング』は、かつて巨大なドサイドン相手に成功させたこともある。

 ならば、この体がきしむ衝撃は何なのか。

 この小さな体から、ドサイドンの攻撃にも匹敵するそれを生み出したというのか。

 踏みしめる足に力を込め、タチフサグマはクロスさせていた腕をタイミングよく広げる。目の前には、拳を弾かれ無防備な状態となったパッチール。

 タチフサグマは、彼を称えるようにポンポンと、その胸を二度叩いた。

 

 

 

 

「終わりだ、終わり」

 

 パッチールをボールに戻した少年は、その場にどかりと座り込み、不貞腐れたように言った。

 その様子を見て、観衆はそれぞれ散っていく。そのうちの何人かは、ミスミに声をかけてそれを称賛した。

 やがて駅前広場が普段どおりの賑わいを見せ始めた頃に、少年がミスミに言う。

 

「金はねえ、殴ってぐれ」

「はあ?」

 

 無茶苦茶なことを言い始めた少年に、ミスミは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 さらにミスミの混乱を追い打ちするように、話がややこしくなる。

 

「ミスミくん!」

 

 ジムリーダーのお出ましだ。

 彼は慌てて時計を確認する、すでに約束の時間は大きく過ぎている。そのバトルに夢中になりすぎていたのだ。

 

「すみませんでした!」と、彼はノマルに頭を下げる。時間を守るのは社会人の基本だろう。

 

「いや、それは良いんだけど」と、ノマルは寛大。

 

 その時だ、ノマルが抱えている巨大なボードに気づいた少年が「あ」と、先程のミスミと同じく素っ頓狂な声を上げる。

 

「もしかして、ラーノノジムのノマルさんだが?」

 

 突然名前を呼ばれ、今度はノマルが「え?」と素っ頓狂な声を上げつつ、それでも状況の理解は早かった。

 

「もしかして、スロワくん?」

「んだ」

 

 突然の状況に少し頭の中が白くなったノマルは、とりあえず右手を差し出した。

 

「ラ、ラーノノジムリーダーのノマルです。ラーノノにようこそ」

 

 スロワもとりあえず立ち上がってその手を取り頭を下げる。

 

「カントーから来だスロワです。これからよろすくおねがいじます。ちょっとすまね、これがら野暮用済ましぇっからちょっとまってでください」

 

 そして彼は再び座り込む。

 

「さあ殴ってぐれ! 気の済むまで」

「いや待て待て待て」

 

 ミスミは目を白黒させてスロワとノマルを交互に見やる。ことの運びによってはこれまでの人生史上最も大きな雷を落とされる可能性すらあった。

 

「わかりました、説明を、説明をさせてくださいリーダー」

 

 彼は話した。

『殴られ屋』の話、バトルの話、急に金がないと言い始めた話。

 ノマルは抜けているがバカではない。大体の構造を理解しながらも首をひねるところはひねった。

 

「ちょっとまって、そもそも何故スロワくんが『殴られ屋』なんてやる必要が?」

 

 いやそうなんですよ、と、ミスミがその疑問に同調しようとした時、スロワが「あ!」と一つ言ってから空き缶を握りしめて立ち上がった。

 

「ずまね、もう一つ用があるんだ」

 

 彼は振り返って小走りになる。

 

「まずはそっぢを解決さぜてくれ、殴るのはその後で」

「いや、だから殴らねえって」

 

 

 

 

 ポケモンセンターのカフェでテレビを眺めながらホットミルクを飲んでいたその少女は、息を切らしながら入ってきたスロワを見えると「おにいちゃん!」ぱっと表情を明るくさせた。

 

「おうおう、ちゃんと待ってたが?」

「うん!」

 

 ミスミは全く話の内容が読めない。研修に妹を連れてくるなど聞いたことがないし、そもそもどういう関係なのかもわからない。

 

「あれ? ベリィちゃん?」

 

 遅れてセンターに入ってきたノマルは、彼女の顔を見るなりそう言った。

 

「あ、ノマルさん!」

 

 少女もノマルに喜んで駆け寄る。

 

「リーダー、誰ですその子?」

「覚えてない? ちょっと前に初心者教室に参加した子の妹さんだよ」

 

 あー、とミスミはそれに相槌を打とうとしたがやはり首をひねった。覚えている自信があるのは参加者までだ、その家族の顔まではわからない。

 

「こんなところでどうしたの?」

「あのね、切符を落としちゃったんだけど、お兄ちゃんが助けてくれたの!」

 

 それを聞き、ミスミはああ、なるほど、と状況を理解した。

 

「警察に行けば貸してくれただろうに」

「ポリは信用でぎん」

「どういう感覚だよ」

 

 スロワは持っていた空き缶を傾けて小銭と一枚の紙幣をジャラジャラと手のひらに広げた。

 

「これだけあればシュートシティまでは十分だ」

「ありがとうお兄ちゃん!」

「それじゃあ駅に行ごうか。殴られるのはその後だ」

「いや、殴らねえって」

 

 

 

 

 三人は、シュートシティに向かう列車が視界から消えるまで手を振り続けた。

 出産準備のためにシュートシティの病院に入院している母親のお見舞いに行くという彼女は、スロワに何度も礼を言い、ミスミには彼をあまり強く殴らないようにと懇願してから列車に乗った。

 

「さあ、好きに殴ってぐれ」

 

 どかりとその場に座り込みそうになったスロワの腕を掴み「だから、殴らねえって」とやはりミスミが言った。

 

「賞金ならチャラでいいよ、すんごい健全な目的の集金だったわけだし」

「いや、ほだなわげには行がねえ、あんにゃは俺達に攻撃当でだんだ、賞金は貰ってもらう。だけど今は手持ちがねえ、殴ってもらうしがない」

「いや待て待て、良いって、俺もジムトレーナーだから毎日顔合わせることになるし、あるときに払ってくれればいいから」

 

 その言葉に、スロワは一瞬キョトンし、そしてすべてに納得したように頷く。

 

「なるほど、んだがらあんにゃあだなに強いっけのが、合点行った」

 

 彼はノマルとミスミを交互にみやって頭を下げる。

 

「カントーがら来だスロワです、まだまだ未熟者ではありますが、これがらよろすくおねがいします」

 

 彼が頭を上げたのを確認してから、今度はノマルが巨大なボードを脇においてから頭を下げる。

 

「スロワくんはじめまして、私がラーノノジムリーダー、ノマルです。短い間ですが一つでも多く学んでいただければと思っています」

「ラーノノジムトレーナーのミスミです。図らずも君とパッチールの強さはよくわかったから、それらも踏まえて一緒に頑張っていきましょう」

 

 

 

 

 

『色々有りましたがカントーからの研修生、スロワくんとは無事に合流することができました! 色々と文化の違いで悩むこともあるかもしれませんが、そこはしっかりとサポートしていきます! 東の訛りが強いですがガラル語を理解できるのでラーノノの皆さんももし町で見かけたらぜひとも声をかけてあげてください!!!』




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