ノマルは二部だが愛がある   作:rairaibou(風)

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332 いざ牧場へ

 ラーノノジム、久しぶりの朝練のためにギターを担いで扉をくぐったミスミは、普段は我が物顔で準備を進めているメンバーたちが、入口付近に固まってたむろしている光景に気がついた。

 

「なんだなんだ」

 

 彼がそうつぶやきながらそれに割って入ると、ベースの少女がミッションフィールドのど真ん中を指差した。

 そこには、何の変哲もない小型のテントが鎮座している。

 

 アレはジムの関係か、と問うメンバーに「いや、そんな話は聞いてねえけど」とミスミは答えた。ただ唯一のジムトレーナーである彼がそれを知らぬというのだから、おそらくそれは、ラーノノジムが目的を持って行っていることではないだろう。

 

「ちょっと待っててな」

 

 彼はベルトに装着されたボールを二、三度叩き、タチフサグマを繰り出した。

 自分が知らないということは、そのテントは部外者のものである可能性もある、尤も、ノマルが連絡事項をすっぽかしたことも考えられなくはないが。

 

「誰かいますか?」

 

 テントを指で叩き、一応礼儀を保ったまま呼びかける。

 すると中から「ああ、ちょっと待っでな」と、最近よく聞く声が帰ってきた。

 

「あんにゃ、時間にはまだ早くねが?」

 

 現れた少年、カントーからのジムトレーナー研修生であるスロワは、手のひらで頬を擦りながらミスミと目を合わせる。

 

「何やってんのお前?」

 

 呆れたようにミスミがため息交じりに問うた。出会ってまだ日は浅いが、年齢が近いこともあって、すでに彼らは砕けた関係となっている。

 

「何って、寝でだ」

「なんでこんなところで寝てんのかって話だよ、寝相が悪いだけで客室からここまで移動はしねえだろう、ご丁寧にテントまで貼ってよ」

 

 ラーノノジムが実習生についてあまりにも冷たいわけではない。

 むしろノマルはスロワに対してジム内の客室を開放しているし、客室にはシャワー、トイレ、インターネット環境も完備されている。その話を聞いたときにミスミが「羨ましい」と思わず呟いてしまったほどだ。

 

「ああ」と、スロワはそれに小さく頷いた。

 

「ベッドが柔らがすぎだんだ。どうにもおちづかなぐて」

「何だそりゃ」

「昔がら、土の上のほうがよぐ眠れる」

「何だそりゃ」

「ごればっがりは仕方ない、クシェだ」

「クセかあ」

 

 ミスミは髪をかいて呟く、その後ろではタチフサグマも首を傾げながら頭をかいていた。

 

「まあ、それは良いとして、これからちょっとバンドの練習でここ使いたから、少しでいいからテントを移動してくれないか?」

「ああ、そりゃがまわねよ、寝るのはどこでもできる……ベッド以外は」

 

 彼はそのまま身軽にひょいとテントから飛び出ると、同じくテントの中に居たパッチールとともにテントを持ち上げる。あまりにも軽々と持ち上げられたそれは、その中にたいしてものが入っていないことを物語っている。

 

「本当に物持たないよなお前」

「ポケモンと身一つあればいいす」

 

 メンバーに一つ目配せをした後に、ミスミもスロワの対角線に移動してテントを運ぶのを手伝う。察しのいいタチフサグマもそれを手伝い、ちょうど四隅を持ち上げることができている。それだけの力が必要かと言われればそんなことはないだろうが。

 

「そこまで徹底するなら、なんでテントがいるんだ?」

「あー、クシェ」

 

 スロワは一つ二つ頷いて続ける。

 

「天井は傍にあったほうが落ちづく」

「サンドじゃねえんだからさあ」

「いや、俺はサンドに近えど思う」

「なんだそりゃ」

 

 ミッションフィールドの随分と隅の方にテントを移動させ、腰をかがめたタチフサグマがパッチールとハイタッチする様子を眺めながらミスミが続ける。

 

「今日は遠出の予定だけど、わかってるな?」

「もぢろん、いまがら楽しみだ」

「楽しみねえ」

 

 

 

 

『今日はミスミ君、スロワ君と一緒に〇〇牧場さんにお邪魔しています!もこもこのウールーさん達と、それを追うパルスワンさん達、この光景を見るとこの季節が来たんだと実感できますね! #ラーノノジム#〇〇牧場#ウールー#パルスワン#ワンパチ#遠くに見えるのがミスミ君#スロワくんも頑張ってます』

 

 

 ブラッシータウンとハロンタウンの少し外れに存在するその土地に、ノマルらの目的地はあった。

 見渡す限りの草原であった。

 はるか遠くにはちみつ色の家々が小さくあり、吹き下ろす風は草原を波打たせている。

 ワンパチとパルスワンが波をかき分けるようにウールー達を追い、ウールー達はどこかのんびりと鳴き声を上げながら波に乗っている。

 牧歌的なその光景は、ウールー達とパルスワン達の関係がうまく構築されていることを表しているだろう。追う彼らは自らが管理者と守護者であることを理解しているし、追われる彼女らも疑うことなく身を任せている。

 それなりに理解のある人間がそれを見れば、この牧場の質の高さというものを容易に理解できるだろう。

 

「変わらず、素晴らしい光景ですね」

 

 ラーノノジムリーダー、ノマルは、キラキラとした笑顔でそれを眺めながらそうつぶやいた。彼女はパルスワン達とウールーの関係を理解できている。

 

「ありがとうございます」

 

 彼女の隣に立っていた初老の男は、愛おしげに彼女に微笑みながらそう返した。

 その傍らにいる初老の女性も、声にこそ出さないが、男と同じく慈愛の視線をノマルに向けていた。

 

「話には聞いてたげど、こうやって見るのは初めでだ」

 

 スロワは手で光を遮るようにして目を凝らしていた。彼はウールー達だけではなく、だだっ広い牧場全体を眺めているようだった。

 

「はぐれは居たか?」

 

 スロワの意図を理解したミスミが問うた。

 

「いや、いねえ。すげえな、これだげの群れなのに、誰もはぐれてねえ」

「ここはレベルが高いんだ。あのパルスワンはこの業界のチャンピオンになったこともある」

「強いのが?」

「いや、そういうことじゃねえんだよ」

 

 ミスミはノマルと男に視線を投げかける。

 その理論に関しては、自らよりもジムリーダーか本職に任せたほうが良いのだろうと判断したのだ。

 

「この仕事に必要なのは強さではなくてね」と、初老の男がスロワに続ける。

 

「必要なのはウールー達から信頼を得ることなんだ」

「信頼?」

「ああ、追わせて逃がすのではなく、道へと誘導する。それこそが、この仕事のもっとも重要な役割だ」

 

 男はパルスワンに手を振りながら続ける。

 

「強さで群れを束ねてしまえば、あるいはそれに慣れてしまえば、その群れはどこかで破綻する。私はそのような駆け出しを何人も見てきた」

「なるほどなあ」

 

 スロワは目を細めてそれに返す。

 

「先生と同じようなごとを言う」

 

 先生、という単語を聞き、ミスミはあのキザな優男の顔を思い浮かべて少し苦い顔をする。

 

「まあ、リーグトレーナーでもそれは同じだろうな」

「んだ、先生はあんまり強くなかったし、勘も悪かったけど、そういうところはじっがりしてた」

「こら、お世話になってる人にそういうんじゃありませんよ」

 

 最もそれも、スロワとクシノの信頼あっての軽口だったのだろう、故にノマルはそれを軽く咎めるだけに終わり、初老の夫婦に頭を下げる。

 

「貴重な体験をありがとうございました」

「いえいえ、せっかくガラルに来たんですから、この光景は見て置かなければ損というものですよ」

「本当に、ありがとうございまじた」

 

 同じく頭を下げたスロワの訛りを気にしながらも、男はそれに触れることなくノマルに告げる。

 

「それでは、そろそろ本題に。今年も元気な子が揃っていますよ」

 

 

 

『〇〇牧場さんの子ども達に遊んでもらっています!この子達すべてが良いパートナーに巡り会えることを祈っています! #ラーノノジム#〇〇牧場#イーブイ#子イーブイ#初心者教室#ミスミ君は子供キラー#ミスミ君のTシャツはおろしたて#群がられているのはスロワ君のパッチール』

 

 その牧場のはずれ、どこまでも続くような草原をあえて小さく区切ったそこに、彼女らは居た。

 

「おー、元気元気」

 

 まだ生まれて間もないのだろう、小さな体格を持つイーブイ達は、突然の見知らぬ人間に対してもその殆どが恐れを覚えることなく、彼らに群がった。

 ジーンズに爪を立ててそれをよじ登り、ネズのツアーライブTシャツにぶら下がるようにひっつくイーブイを左手で引き剥がしながら、右手では器用にポケじゃらしを操って、無防備に腹を見せているイーブイの柔らかな体毛をくすぐっている。

 

「イーブイの育成もやっどるんだなあ」

 

 スロワも同じくポケじゃらしを揺らめかせているが、どうにもミスミのそれとは技術に差があるらしく、イーブイ達の反応はイマイチだ。

 だが、彼が繰り出しているパッチールはその揺れるような動きそのものがイーブイの好奇心を刺激するらしく、どんどんと群がられている。

 

「だめだ、反応が悪い」

「漠然とやりすぎなんだよ、意外と賢いからなこの子ら」

 

 ミスミはそう言うと、スロワのポケじゃらしを叩いていたイーブイの目先にポケじゃらしを向ける。

 イーブイは小刻みに揺れるそれに頭を小さく振るように視線を揺らし、一つ腰を低く体勢を取ると、小さく跳ねてそれを踏みつけるように捕まえんとする。

 だが、ポケじゃらしが彼女の前足と地面に挟み込まれるより先に、ミスミはさっとそれをかわした。

 狩りに失敗したイーブイは、ムキになったように目を吊り上げ、二度三度とそれを追うが、やはりミスミは器用にそれをかわし、彼女の頭上を飛び越えるように動かせば、それを追うようにイーブイが後ろ足で立ち上がり、まだまだ高い重心を支えきらずに、後ろ向きに倒れた。

 あとは無防備になった腹をポケじゃらしにくすぐられ、その感覚に悶えるのみだ。

 

「あんにゃ、うまいもんだなあ」

「慣れだよ、小さくてもこの子らは立派なポケモンで、それぞれにも個性がある」

 

 ミスミはポケットから白色のリボンを取り出すと、未だに腹を見せるそのイーブイを抱え、器用にそれを尻尾の根元に結んだ。

 

「ざっきから気になってたけど、ぞれは?」

「目印だ。遊びに来たわけじゃないからな」

 

 彼がそのイーブイを地面に下ろすと、彼女はすぐさまに他の楽しみを見つけてイーブイの群れに混じっていく。

 見れば、その群れのイーブイたちにはそれぞれ白と黒、二種類のリボンをしっぽに巻いている。

 

「調子はどうですか?」

 

 彼らの視界の外からノマルの声が聞こえた。

 その方に視線を向ければ、両脇にそれぞれイーブイを抱えた彼女が満面の笑みで近づいてくる。

 その後ろには我先にとイーブイ達が列をなしていた。

 

「ぼちぼちですよ」と、ミスミは返す。

 

「流石に、今年もイーブイ達の質が良いです」

「ですね、私も驚いてしまいました」

 

 ノマルが腰をかがめて抱えていたイーブイたちを群れに返すと、今度は列をなしていたイーブイ達が彼女のポニーテールめがけて背中に飛び乗った。

「きゃっ」と、小さな声を上げて尻餅をついた彼女は、そのまま肩越しに頬を舐めるイーブイを優しく右手で抱えると、もう片方の手でポケットからリボンを取り出す。

 

「全く、元気いっぱいですね」

 

 その白いリボンをしっぽに巻き付けようとするが、激しく手足を振るイーブイに、うまく結ぶことができない。

 

「リーダー、手伝いますよ」

 

 見かねたミスミがさっとそのイーブイをノマルから受け取ると、慣れた手付きでパッとしっぽにリボンを結ぶ。

 

「大丈夫でずが?」

 

 スロワはノマルに手を差し出し、それを引っ張って彼女を起こした。

 

「うん、ありがとう」

「いえいえ、怪我は無いが?」

「ええ、この子達も無事で良かった」

 

 なんか、こういうところが師匠と似てるよなあ、と、ミスミはスロワとクシノの顔を交互に思い浮かべながら思った。

 

「ずまり、元気のいい奴に白いリボンを巻いてるワゲだな?」

「まあ、端的に言えばそうだな」

「この牧場からは、初心者の子ども達のパートナーとなるイーブイを提供して頂いているんですよ」

「はあ、なるほど」

 

 スロワはミスミから白リボンのイーブイを受け取ると、その表情をじっと眺める。

 

「なるほどたしがに、良い面構えだ」

 

 彼はイーブイを群れに返す。

 

「子供にはもっだいないんじゃないのか?」

 

 ノマルとミスミは、スロワの観察眼に感心しながらも、それに首を振る。

 

「そりゃまあ、白リボンは子供に渡すポケモンじゃないからな」

「え?」

「子供に渡すのは黒の方だ」

「黒?」

 

 スロワは群れを見返す。そして、それを不思議に思った。

 黒いリボンが結ばれているイーブイ達も、たしかに何匹か存在する。

 だが、それらは群れの中でもあまり主体的に動いているとは言えない個体達であった。

 群れの中でイニシアチブを持っているのは白リボンの個体であり、おそらくバトルに向いているのも、彼らの方であろう。

 

「黒は大人しすぎないが?」

「確かに白リボンの子たちに比べれば大人しいかもしれないですが、それこそが、子どもたちにとっては一番いいんです」

「どうして?」

「勇敢であれば、恐らく敵に向かってしまうでしょう。子どもたちに必要なのは『にげあし』です」

 

 その説明に、スロワは一拍おいてから「なるほど」と頷いた。彼は馬鹿ではない、ノマルの意図を理解している。

 

「ぞれなら、白いリボンは何の意味が?」

 

 その質問にノマルが答えるより先に「それはね」と、スロワにかかる声があった。

 彼が振り向くと、そこには初老の夫婦が居た。それぞれが服を着替えており、妻の方は白い花の束を抱えている。

 

「白いリボンの子たちは、ブリーダーに引き取られるんだ」

「ブリーダー?」

「ああ、よりバトルに特化した育て屋たちだ。カントーにもあるだろう?」

 

 その説明で、スロワはようやく納得したようであった。

 

「カントーにもあるな」

「そうだろう、カントーは得意先の一つだ。恐らくこの子達の何割かも、カントーに行くだろう」

「やはり、カントーはそのようなシステムが主流なのですか?」

 

 ノマルのその問いは、カントーからの来訪者であるスロワに向けてのものだろう。

 彼は「ああ」と頷いてそれに答える。

 

「カントーはかなり多い」

 

 一拍おいて続ける。

 

「先生やその友達みたいに、自分で自分のポケモンを育ててるプロはもうだいぶ少ない」

「カントーは、トレーナーの分業化が早くから行われていましたからね」

「じがたのないことだと先生は言っている、実際、ガントーのトレーナーがここまで足を伸ばしてイーブイを厳選するのは難しいだろうから」

 

「悪いことだとは思っていませんよ」と、男が返す。

 

「事実、それによる収入は、この牧場を経営する上で無視できない規模になっている。未だに衰えの見えぬ成長産業です、ウチももう少しこの方向で規模を拡大しても良いかもしれないと思っています。ありがたい話ですよ」

 

 男は足元に群がるイーブイの頭を撫で、それを群れに返す。

 

「それでは、行きましょうか」

 

 ええ、と、ノマルとミスミはそれに頷く。

 スロワだけがその言葉の意味を理解できず、だが、どこかに行くのならばと、イーブイの群れに飲み込まれそうになっているパッチールを助けるために腰をかがめた。

 

 

 

 

 それは、スロワの知るカントーのものとは全く違い、そして、彼の知るふるさとのそれによく似ていた。

 明るく、そして暖かげな場所であった。

 それらは草木で彩られ、美しく整備されている。管理が行き届いているのだろう。

 そして、地面に立てられているそれと、地面に埋め込まれている石板には、スロワの知らぬ名前が彫られている。

 そこは霊園であった。

 

「ちょうど、僕ちゃんぐらいの年齢のときだったのよ」

 

 夫婦の妻は、手にしていた白の花束を石板の上にそっと置き、潤んだ瞳でスロワを見ながら言った。

 

「友人を、野生のポケモンから守ったのだと聞いている」

 

 男はじっと石板を見つめ「実際のところはどうだったのか分からないが」と続けた。

 

「大分昔の話なのよ、生きていれば、きっとあなた達のお父さんくらいの年齢だったかも」

 

 ついに堪えきれなくなったそれを、手にしたハンカチで押さえながら、妻が零す。

 ノマルとミスミは、じっと目をつむり、その魂の安息を願っていた。

 

「おかしいと思うだろう」と、男がスロワに言った。

 

「最愛の一人息子を失いながら、それでもポケモンで生計を立てている」

 

 それは、スロワに対する男の配慮であった。

 もし仮にそう思っていたとしても、それを口にだすことは躊躇われる。ラーノノジムの実習生に対する、あまりにも優しい配慮であった。

 

「おがしいとは思いません。生ぎるということは、綺麗事だけじゃ片付がん」

 

 スロワはノマルとミスミを見やった。

 彼らは首を横は振らず、促すような視線を投げる。

 故にスロワは、男に問うた。

 

「ポケモンは、何を連れていたんです?」

「エーフィさ、ウチの牧場でとびきりに勇猛で、どんな環境にも耐える『てきおうりょく』を持ったパートナーだった。あるいは、だからこそ息子は、勇敢に戦ったのかもしれない」

 

 妻が目頭をハンカチで押さえているであろうことを背中で感じながら、男は続ける。

 

「子供達がポケモンを手に冒険に出ることを否定はしたくない。私の中で最も新しい息子の記憶は、幸せそうに、希望と期待に胸を膨らませ、私達に手を振る姿だ」

 

 一つ俯き、一拍おいて顔を上げて続ける。

 

「幸せだったろうと、思う。だからこそ、私達はノマルさんに協力を惜しまない。あるいは息子の時代に、ノマルさんのような人が居てくれれば、息子は『逃げた』かも知れない」

 

 その言葉に、ノマルはうなずくことも、謙遜することもなかった。

 ただただ、彼女は、ミスミは、そしてスロワも、ラーノノジムの存在する意味の一つを強く感じたのだった。




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