ノマルは二部だが愛がある   作:rairaibou(風)

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キバナ(原作キャラクター)
 このときはまだ少年、飛び級でナックルユニバーシティに通う不世出の天才。
 調子に乗って言い始めた「オレさま」という一人称を修正するタイミングなくこの後に大人になる


過去編 新人ジムリーダーノマル 46 開門

 その日は、理論上はいつか来る日であった。

 ジムチャレンジの制度上、ジムリーダーはある程度レベルの制限を行わなければならないし、その逆に、チャレンジャーはいくらでも自分達を鍛えることができる。尤も、それは己達の鍛えるべきポイントを抑え、それを実現できる能力あってのことだが。

 

 ラーノノタウン、ラーノノスタジアム。

 観客達は、その挑戦者の『偉業』を確かに見届け、それに惜しみない歓声を送っていた。

 だが、その歓声を一身に受ける少年は、それに対して緊張するわけでもなく、逆に感無量になっているわけでもなかった。否、もしかすれば、その少年にその歓声はまだ届いていないのかもしれない。

 

 その少年、ハロンタウンのダンデは、相棒のリザードンをボールに戻すことも忘れ、ただただ、目の前のジムリーダー、ノマルを目を輝かせて眺めている。

 彼には、彼女はその体格よりも遥かに大きく見えていただろう。

 今の自分が持ち得るものを全てぶつけ、そして、彼女はそれを受け止めた。

 彼の足元にはピッピ人形、ついに投げられることなく、そこに鎮座している。

 三度目の挑戦にして、ついに彼は、無敗を誇っていたジムリーダーノマルから勝利を奪い取ったのだ。

 

 

 

 

 

「……おめでとう、ございます」

 

 スタジアム中央、右手を差し出したノマルは、わずかに微笑みながらダンデの目を眺めた。

 大きな瞳であった、もし、彼とバトルを行っていなければ、彼女はダンデをまるで女の子のようだと評したかもしれない。

 そして、その瞳は何よりも興奮に潤まっていた。

 その証拠に、同じく差し出されたダンデの右手はわずかに湿り気を帯びている。

 

「ノマルさん!」と、彼は予想通り興奮気味に言った。

 

「すげーバトルだった! 本当に、本当にすげーバトルだった!」

「ええ、私もそう思います」

 

 ノマルは彼のその言葉を否定しなかった。否、できるはずもなかった。

 可能であれば、勝利したかった。

 ピッピ人形を投げぬ、逃走を否定する挑戦者に、可能であれば勝利したかった。

 故に、彼女は全力であった。現時点で持ち得る技術すべてを用いて、彼に立ち向かった。後に圧倒的なチャンピオンになる少年と、それを阻止しようとしたジムリーダーのマッチアップである、いい試合にならないはずがない。

 

「規定通り、あなたにはジムバッジを贈呈します」

 

 至極事務的に、ノマルはそう言ってポケットからバッジを取り出した。

 その勝利を、少なくとも自分は称賛する気にはなれなかった。

 彼が自分の伝えたかったことを理解したとは思えない、否、理解しているわけがない。

 その勝利は、ノマルの理念から最も遠い場所にあるからだ。

 故に、彼女は事務的な姿勢を崩さない。

 これは規定であるからだ。ジムリーダーに勝利したからバッジを与える規定。ただそれでしか無い。

 

「さらに、記念として、このわざマシンをお渡しします」

 

 ジムバッジを丸型の枠に不器用にはめ込んでいるダンデに、ノマルはさらにその円盤型のわざマシンを手渡す。それはガラルでよく使用されている規格のものではなく、海外の規格であった。

 

「その中には『ほえる』が入っています。相手を驚かせ、その場から逃げることができる技です」

 

 その説明に、ダンデは少し複雑そうな表情を見せ、そして、それはノマルにとって予想外なものでもない。

 彼女からそれを送られたほとんどすべてのジムチャレンジャーが、同じような表情をしていたからだ。

 

「そして」と、彼女は続ける。

 

「これも、持っていくと良いですよ」

 

 ダンデの足元にあったピッピ人形を拾い上げ、砂をはらってからそれを差し出す。

 彼は「あ、はい」と、それまでと同じようにそれを手に取った。

 だが、彼は今後それを使わないだろう。

 

「ノマルさん」と、彼は再度目を輝かせて続ける。

 

「また、俺と戦いましょう!」

 

 彼女は、それに事務的に返す。

 

「ええ、機会があれば」

 

 

 

 

 その勝利は、広い視点で見れば大した勝利ではない。

 所詮はジムチャレンジの前半でしかなく、そのバッジ自体は勝利をしなくても手に入れることができる。恥を捨て『逃走』を選べば。

 ジムチャレンジャーのゴールはノマルに勝利することではない。あるいはジムバッジのコンプリート、あるいはセミファイナルトーナメント出場、あるいはファイナルトーナメント出場、あるいは、チャンピオン挑戦、あるいは新たなチャンピオン。

 そのバッジはあくまで通過点でしかなく、その過程など、数十年後には語られもしないだろう。

 だが、野心あるジムチャレンジャー達から見れば、ノマルから勝利するトレーナーが現れたことは、わかりやすいトロフィーであった。

 

 

 

 

 

 

 ラーノノタウン、ラーノノジム。

 ジム閉館の時間はとうに過ぎていたが、ノマルはジムリーダー室に籠もり、モニターと資料を眺め、そして安価なルーズリーフにボールペンを走らせていた。

 

「リザードンの技……」

 

 端末からアクセスできるインターネットの情報は信用できない。

 彼女は分厚い辞典とラーノノユニバーシティから取り寄せた論文を元に、欲しい情報をルーズリーフにまとめている。

 気の長い作業であった。しかし、それをやらないわけにはいかない。

 今日、初めてジムリーダーノマルに勝利した少年、ダンデは、ほとんど間違いなくジムチャレンジをクリアするだろう。

 皮肉なことに、これまで数多くのチャレンジャーを敗北に追いやった彼女には、彼が持つ圧倒的なポケモンバトルへの熱意、才能というものをこれ以上ないくらいに理解することができていた。ジムチャレンジがジムチャレンジ以上のものにならない限り、彼がそれをクリアすることを止めるすべはないだろう。

 故に、彼に用意されているステージがその次、ジムチャレンジ制覇者によるトーナメントになることも想像できる。

 否、あるいはそれ以上。

 更にその先、ファイナルトーナメントにも駒を進めるだろう。

 もし、そうなるのであれば。

 彼は、ノマルが倒すべきライバルの一人であるのだ。

 

「わざマシンによる取得技は……」

 

 幸か不幸か、彼のエースになるであろうリザードンのバトルに関する論文は、多い。

 それは、ポケモン研究におけるバトルへの応用の多さを物語ってもいた。

 

 

 

 

「ふう」

 

 丁寧にボールペンを机においた彼女は、出来上がりつつあるそれをファイルに綴じた。

 そして、デスクの中で最も大容量の鍵付きの引き出しを開いた。

 その中には、同じようにルーズリーフをまとめたファイルがぎっちりと詰め込まれている。今手にしているファイルを無理やり詰め込むことができるだろうかと行ったところ。

 信じられないことだが、彼女はジム挑戦者すべての手持ちや戦略、そこから推測できるその性格と、予想できる限りの今後の方針をまとめ、そこに保管していた。彼らへの教育という崇高な考えからではない、全てはいつか対面に立つかもしれない対戦相手への対策。

 尤も、それは優れた手段ではないだろう。彼女はジムチャレンジャーの技量に関係なくそれを行い、膨大な時間を消費していたからだ。

 新人といえど、チャレンジャーの技量の良し悪しには気づくことができるだろう、だのに、彼女はすべての可能性を考え、使える限りの時間を使ってそれを行う。その結果が、このパンパンの引き出しだ。

 

 暫くの間、彼女は弾けそうな引き出しを眺めて沈黙した。

 手にしたファイルを開けば、あの少年、ダンデの顔写真があるだろう。果たして彼は、ここにいる全ての挑戦者と同等なのであろうか。

 新しいロッカーは注文していた。いずれ届くだろう。

 だが、彼女はそれを手に取ったまま椅子から立ち上がり、部屋の奥、ダイヤル式の金庫を開き、その中に、それを置こうとした。

 ふと、彼女は再びデスクに近づく、そして、引き出しの中に詰め込まれていたファイルの束を引き抜くように取り出す。

 それらをパラパラとめくり、一冊のファイルを手に取る。

 ソニア、ガラルにおけるポケモン研究の権威であるマグノリア博士の孫娘にして、賢く、知識の豊富なトレーナーであった。

 ノマルにピッピ人形を投げたトレーナーであった。だが、終盤近くまで彼女と勝負ができていたトレーナーでもある。

 そのファイルを持って、彼女は金庫の前に戻った。

 そして、それを仕舞おうとしたときに、再び、手が止まる。

 

「ニダンギル」

 

 ふと、ダンデが使用したそのポケモンが浮かんだ。

 もちろん、それについても調べてはいた。だが、リザードンほどの時間を割いたかと言われれば、そうではない。

 そのまま、彼女は再びデスクにつこうとした。

 だが、その時、小さいが、扉が二度ノックされる音に気づく。

 それにノマルは一瞬驚いたが、すぐに「どうぞ」と答えた。

 

「リーダー」

 

 扉を開けたのは、ラーノノジムトレーナー、ミスミであった。

 

「ミスミくん」と、ノマルは戸惑いの声を上げる。

 

 彼はジムトレーナーではあるが、まだ十に満たない子供だ。その就業時間に明確な規制があるわけではないが、今、この時間まで残っているのは少し非常識とも言える。

 

「どうしたんですか、こんな時間まで」

 

 ノマルの言葉に、ミスミは少し目を伏せた。

 

「あの、今日はリーダーと一緒に帰るって」

「あっ」

 

 それに記憶を取り戻し、ノマルは言葉を失う。

 この日は、ミスミの家族の都合で彼女がミスミを家まで連れて帰る日であった。

 しかもそれは、突然に決まったものではなく、一月ほど前から、それもノマル本人はなんの問題もなく承諾した要件だった。

 

「ごめんなさい」と、彼女はミスミに頭を下げる。

 

「大丈夫、リーダーが忙しいの、わかってるから」

「淋しい思いをさせてしまいましたね」

「ううん、フッツさんと遊んでたから大丈夫」

 

 偶然か、彼がその名を呼んだタイミングで、フッツが部屋に顔をのぞかせた。

 

「戸締まりはやっておくから、今日はもう帰りなさい」

「あ、いえ、そんなわけには」

 

 ノマルは慌てて持っていたファイルを金庫にしまうと、戸締まり業務を行おうとチェックシートを取り出した。

 別にフッツを信頼していないわけではない、むしろこの世界で最も信頼できる人物の一人だろう。

 だが、それ故に、ジムリーダーである自分の仕事は自分で行わなければならないという責任感が、重くのしかかるのだ。

 

「良いから、今日は帰りなさい」と、フッツは珍しくその主張を曲げなかった。

 

 そして、視線をデスクに置かれているファイルに向けながら続ける。

 

「あまり根を詰めすぎないように、と、言えたら良いんだが。雑務ぐらいなら喜んでするよ」

 

 含むものがある発言であったが、ミスミはその年齢故にその違和感に気づけず、ノマルはその意図を問題なく理解した。

 

「ありがとう、ございます。それでは、あとはフッツさんに任せて帰りましょうか」

 

 彼女は今度はぎこちなく頭を下げ、ミスミの手を取った。

 

 

 

 

 

 

 ラーノノタウン、ラーノノスタジアム。

 ダンデのラーノノジム突破の興奮は、少しずつ落ち着きを見せていた。

 あれ以来、数人のチャレンジャーがピッピ人形を投げることを拒否し、ノマルは彼らを徹底的に追い詰め、その決意を揺らがせた。シーズン終盤から終了後にかけて『鬼教官』という二つ名がついたのは、この頃の奮闘が大きいだろう。

 尤も、それで良かったのかもしれない。

 あのまま熱狂が続いていれば、かなりギリギリの経年劣化を遂げているラーノノスタジアムが、耐えられなかったかもしれない。

 

 

 観客達は、そのチャレンジャーをやはり大歓声で迎えた。

 その少年、キバナは、ナックルシティが誇る不世出の天才児。その年齢にしてナックルユニバーシティでの学業を両立しながらのジムチャレンジは、その頻度を考えればあまりにも順調な歩みであり、彼の傑出度の証明となっている。

 

 何かを決心するような表情でピッピ人形を抱きかかえる彼は、ジムリーダーであるノマルと向き合った。

 

「ラーノノジムへようこそ、私がジムリーダーのノマルです」と、ノマルはこれまでのチャレンジャーと扱いを変えずに頭を下げた。

 

 だが、それまでと違い、もう一つ二つ付け加える。

 

「ジムミッションを、とても優秀な成績で突破されたそうですね。素晴らしい」

 

 それは珍しい言及であった。

 しかし、それを言うことに違和感はない。

 戦いを避けるというジムミッション、キバナ少年はそれをほとんど完ぺきにこなしていた。そしてそれは、ノマルからすれば称賛すべきことであった。

 だが、キバナ少年は少し背筋を伸ばして鼻を鳴らす。

 

「別に、野生のポケモンや野良のトレーナーと戦わなくて良いのならそれが一番いいに決まってる」

 

 少々生意気な口ぶりであったが、得てしてこの年齢の少年というのはこの程度のものだ、ノマルはそれを知っている。故にそれに心揺さぶられることはない。

 だが、その次の言葉ではどうだろうか。

 

「オレさまも、これは使わない」

 

 彼はピッピ人形を足元においた。

 ノマルはそれに一瞬表情を固めるが、すぐに微笑みを取り戻してそれをたしなめる。

 

「それを使うことは、貴方に与えられた正当な権利です」

「いいや、使わない」

「どうしてでしょう」

「これを使わなかった奴が、いた」

 

 それが誰のことを指しているのか、言わずともわかるだろう。

 

「オレさまは、一番になりたい。だから、オレさまより強いやつがいるのは、嫌だ。だから、あなたに勝つ」

 

 その理屈は決して乱暴なものではなく、むしろある程度正常な感覚を持っていれば、十分に理解できることであっただろう。

 だが、それをノマルが受け入れるかどうかは別なのだ。

 

「そう思うことを、否定はしません。ですが、もし一欠片でも、負けを覚悟することがあれば、貴方にはそれを投げる権利があります」

「だから、投げないって」

「それならば、ジムバッジを諦めることです」

 

 彼女は一歩、二歩と彼から距離を取り、一つ深呼吸してから、彼を指すように睨みつけた。

 

「これ以上、私は絶対に敗北しません! 必ずあなた達に、それを受け入れさせます!」

 

 その言葉に、視線に、キバナは思わず喉を鳴らし、一歩後ろずさりしてしまった。

 ポケモンをパートナーにして以降、ポケモントレーナーになって以降、一体何度恐怖を覚えただろうか。

 そのような思いを巡らせるほどに、キバナ少年から見たジムリーダーノマルは、恐ろしい佇まいを持っていた。

 

 

 

 

 

 

 観客たちは、キバナ少年の敗北に対し、それでも称賛の拍手を送っていた。

 一進一退の攻防であった。もしノマルのキレというものがもう少し悪ければ、あるいは勝利していたかもしれない。結果として敗北したが、彼は最後までピッピ人形を投げなかった。それはダンデの初挑戦と被るし、その先も見える。

 ジムリーダーのノマルがチャレンジャーのそのような姿勢を肯定する側ではないことを知ってはいるが、

 

「残念ですが、私に敗北したのでバッジを渡すことはできません」

 

 ノマルのその声を、キバナは半ば呆然と聞いていた。

 観客たちの反応とは裏腹に、キバナはその敗北に戸惑い、一時的に呆けることで本能的にその衝撃から逃れようとしていた。

 今、持ち得ることはすべて注ぎ込んだつもりだった。ダンデや他のチャレンジャーに比べて、彼は研究肌であり、ある程度の想定をしながらジムチャレンジを行っている。だが、それでも敵わなかった。戦略の幅に差があった。

 ノマルも彼のそのような様子に気づき、少し時間を与える。

 やがて、我を取り戻したキバナ少年は、鼻をすりあげながら「ヘイ、ロトムフォン」と、声を上げる。

 不意に中に浮遊しながら現れたスマートフォンに、ノマルは一瞬身構えた。彼女は当然知らないが、携帯端末にロトムを活用するその技術は、当時の世界超最先端の技術であった。

 

「オレさまを、撮って」

 

 声を湿らせながらそう呟いた。

 当然、ロトムがそれを拒否するはずもなく、涙目のキバナ少年の周りを浮遊し、何度かのフラッシュが焚かれた。

 

「何を、しているのですか」と、ノマルは思わず問うた。それほどまでに、彼のその行動は彼女には理解のできないことだった。

 

「忘れないため」

「忘れないため?」

 

 キバナ少年の返答に、やはり彼女は首をひねる。

 それに、彼は続ける。

 

「今日負けたことを、忘れないため」

 

 少年が涙目鼻声で語るその言葉は、やはり彼女にとっては衝撃だった。

 

「それは」と、彼女は口ごもった。

 

 もちろん、意図はわかる、その理屈、思想自体はわかる。

 だが、彼女にとってそれは受け入れることはできないことであった。

 故に、彼女は問う。

 

「それは、その人形を投げることよりも、大事なことなのですか?」

 

 キバナ少年は、それに何も返さなかった。

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