ノマルは二部だが愛がある   作:rairaibou(風)

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ミスミ(オリジナルキャラクター)
 10歳にも満たない年齢でジムトレーナーになる権利を得たラーノノの天才児。本来はシュートシティのトレーナーズスクールに入学予定であったが、ノマルの戦いに惚れ込み地元のジムトレーナーとなる

フッツ(オリジナルキャラクター)
 先代のラーノノジムリーダーで現ラーノノジムトレーナー、70代の人畜無害な好人物
 後継者に悩んでいたがマツムの紹介でノマルに立場を譲ってから彼女をサポートするために事務方としてジムに残った
 彼がジムリーダーであった頃の方針は『自由に楽しく』


過去編 新人ジムリーダーノマル 32 初日の前日

 いいニュースはない、かと言って悪いニュースもない。翌日から始まるガラル最大の祭りの前日としては、これ以上無いほどにふさわしい朝だ。

 ラーノノジムリーダーノマルはすでに身支度を終え、温かい白湯を片手に朝の情報番組に目を通している。髪と肌は整えられ、服装も一人の責任ある社会人としてかけらほどの不備もない。

 親の手を離れトレーナーという世界に飛び込む時、彼女の両親はそれに反対はしなかったが、たった二つだけ彼女に約束させた。

 一つ、品格を捨てないこと。

 一つ、恋人ができたら必ず報告すること。

 前者は今時珍しいほどに「トレーナー」というものに偏見のある両親らしいものだった、今の時代、両親が思っているほどはトレーナーは粗暴であることが誇らしいと思われているわけではないし、彼女もその約束を破らないでいる。

 後者に関しては、まあ、守っていもいなければ破ってもいないというところだろう。遅くトレーナーになった彼女にとってそのような『脇道』に目を向ける暇はなかった。

 情報番組は、明日から始まるジムチャレンジについての情報で忙しそうだった。無理もない、すでに国民的な興行になりつつあるそれの、一足早い情報というものをガラルの視聴者が求めている。

 

『それでは、今季メジャーに昇格したジムリーダーを確認しましょう!』

 

 緊張感のない女子アナウンサーがそう言うと、画面が切り替わってノマルの姿が映し出された。

 

『エンジンジムリーダー、カブに勝利して昇格を果たしたノマルは、ラーノノジムリーダーに就任して二年目という経歴、長くマイナーリーグにあったラーノノジムをたった一年で昇格に導いたトレーナーです!』

 

 険しい表情でカブと対面する自分自身の姿について、少し気恥ずかしいと思うような段階はとうの昔に通り過ぎていた。

 昇格以降、自分の姿がメディアに現れることは何度もあったし、カメラやボイスレコーダーを用いたインタビューを受けたこともあった。わざとプライベートなことを聞いてみたり、少し挑発的な物言いをするインタビュアーがいないわけではなかったが、それで醜態を晒すようなことはなかった。根本的に、彼女の本質的な部分に気づいているマスメディアはまだない。

 

『ノーマルタイプのエキスパートである彼女の切り札はヨルノズク! 昇格戦では中盤に思い切りの良いダイマックスを披露し、一気に有利に立ちました!』

 

 画面が切り替わり、スタジオに戻った。

 現れたあごひげの男はニヤニヤと自分だけが満足している笑みを浮かべ、ポケモンバトルの評論家だと紹介される。司会のアナウンサーにノマルについて問われた男は、一つ鼻息を鳴らしてから答えた。

 

『え~、ノマルちゃんはですね、ガラルリーグの歴史の中で本当に久しぶりに登場したノーマルタイプのジムリーダーなんですね。ノーマルタイプのポケモンというのはむしタイプのポケモンと同じかそれよりも扱いやすいんですが、反面、バトルの相性においては不利が多いことで知られています。対戦の際には格闘タイプを選択肢に入れておけば有利に試合を進められるでしょう』

 

 そこまで聞いて、彼女はチャンネルを切り替えた。会ったこともない男に『ノマルちゃん』と呼ばれることが不快であったし、何より無責任な対戦論に呆れたのだ。何が格闘タイプが選択肢だ、ヨルノズクが切り札であることはついさっき流れた情報だというのに。

 対戦相性を読み上げるだけで仕事になるのだから楽なものだ、もし多少対戦というものを知っているのならば岩タイプをすすめるだろう。最も、ヨルノズクが切り札であるという報道自体が間違いなのだが。

 ザッピングを繰り返し、彼女は最も硬い局の情報番組にチャンネルを合わせた。

 しかし、そこも他のチャンネルと同じく明日のジムチャレンジの話題であった、仕方がない、ここ最近はあまりにも平和すぎた。

 神妙な表情を崩さない初老のアナウンサーが言う。

 

『各地で盛り上がりを見せるジムチャレンジ、しかしその一方で、バトルによる事故などが起きているという事実から目を背けるわけには行きません』

 

 カメラが切り替わり、一人の淑女がそこに映し出された、ノマルの知った顔であったが、今更それには驚かない。

 

『本日はジムチャレンジ中に息子を事故で亡くした経験を持つ『ガラル遺族協会』会長のマツムさんにお越しいただき、ジムチャレンジとトレーナーのあり方についてお伺いしようと思っています』

 

 よろしくおねがいします、と品よく頭を下げたマツムの髪が、黒いリボンで束ねられていることを確認しながら、ノマルはリモコンを手にとってテレビの電源を落とした。

 もちろん、マツムのことが嫌いなわけではない、ノマルは彼女のすべてを尊敬している。

 テレビの電源を落とした理由は二つあった、一つは家を出る時間が迫っていたこと、そして、もう一つは、その番組において、マツムの存在が一つの『反対意見』として消化されることが容易に予測できるからだ。

 マツムがどれだけその番組で『ガラル遺族協会』の立場から意見を言おうと、それが人の心を動かすことはないだろう。彼女の意見はジムチャレンジという大きな興行に対する『面倒くさい対立意見』として扱われるだけに過ぎない。出演者は神妙な顔をしてそれに頷くかもしれないが、決してそれを肯定しないだろう。誰もはじめからマツムの意見を受け入れようとなどしていない。

 聡明なマツムもそれは理解している。だが、それでも彼女は、たった一人でもそれを受け入れてくれる希望を持ってそれらの取材を受けている。

 その虚しさが、ノマルには耐えられない。

 

「よいしょ」

 

 白湯を飲み干してから、ノマルは立ち上がった。

 マツムのやり方が間違っているとは思わない、一人、一人とその悲しみを共有できる人間が増えれば、何かがわかるかもしれない。

 だが、それにはあまりにも時間がかかりすぎる。

 必要なのは、啓蒙ではない。

 必要なのは、力だ、立場だ、権力だ。

 理屈が優れていることは、全てを支配してからわかってもらえばいい。

 

 

 

 

 川と通商の町であるラーノノは、かつてより商業の盛んな町だ。バウタウンに負けずとも劣らない野外市場はその象徴だ。

 そして、ノマルの下宿先から仕事場であるラーノノジムに向かうには、その野外市場を通り過ぎる必要があった。何もおかしなことではない、野外市場はラーノノ住民の生活の基盤だ、町の中心にそれが作られたのではなく、それを中心に町が出来上がっていったのだ。

 にぎやかな、野外市場を行くノマルに声をかけるものはまだ少ない。

 もちろん、彼女がその野外市場にとって都合の悪い存在であるとか、嫌われているとかそういうことではない。ラーノノタウンはノマルのメジャー昇格によって非常に大きな経済的恩恵を受けるだろう。そして、元々多くの移住民で作られた町であるラーノノはよそ者に対して寛容である。

 だが、それがノマルをすぐに受け入れることの理由にはならない。メジャーでこそ無いが長く地域密着とポケモンとの生活の普及に努めていた先代のジムリーダーと今の彼女とのスタンスの違いは、やはり戸惑いの原因となっていた。

 それでも、ノマルを受け入れようとする人間はいる。

 

「よう、ノマルちゃん」

「あら、ごきげんよう」

 

 野外市場を行くノマルに、一人の店主がそう声をかけた。物怖じしないタイプだ。

 同じ「ノマルちゃん」であったが、彼女は店主に対して不快に思うことはない。その店主はノマルがラーノノに赴任してからの付き合いであったし、何より店主は今この瞬間ノマルと顔を合わせている。

 

「オレンのみが入ってるんだが、買ってくかい?」

「オレンのみ、ですか。それなら、三つほどいただきます」

「はいよ、それじゃあひとつオマケしておくからね」

 

 ヒョイヒョイと紙袋にそれを詰めながら、店主がさらに問う。

 

「何か他に欲しい物があったら遠慮なく言ってくれよ、仕入れておくから」

「ありがとうございます。また何かあったらお願いしますね」

 

 本当は、オボンのみやラムのみが欲しかった。

 だが、ノマルはそれを口には出さなかった。

 

「そうかい」と、店主は頷きながら言った。商人と客と、二種類の人間と付き合いながら生業を続けてきた男は、果たして彼女の言葉を額面通りに受け取っただろうか。

 

 

 

 

 

 

「リーダー! おめでとーございまーす!!!」

 

 ラーノノジム、ジムリーダー室に扉を開けたノマルを待ち受けていたのは、パーティクラッカーの紙テープと、小さなホールケーキだった。

 

「対戦場にいないと思ったら……フッツさんまで一緒になって」

 

 頭からかぶった紙テープを引きちぎりながら、ノマルはため息まじりに言った。驚きと多少の不服から少し目を伏せ口角を引き締めていたが、その表情に反比例するように、クラッカーを持った二人は笑顔になっている。

 先回りして彼女を待ち構えていた不届き者は二人。子供と老人だ。

 一人はミスミ、十歳弱でジムトレーナーとなったラーノノ期待の天才児。

 もう一人の老人はフッツ、同じくラーノノのジムトレーナー兼事務員。そして、前任のジムリーダーであった。

 

「ミスミくんの発案ですよ」と、フッツは未だにニコニコしているミスミの頭を撫でながら言う。

 

「ノマルさんに喜んでほしかったんですよね?」

「うん!」

「ケーキは僕が選びました。嫌いじゃないでしょう?」

 

 そう言われてから、ノマルは机の上に置かれたケーキを眺める、確かに小さいが溢れんばかりに果実がのせられ、バタークリームが強烈に甘そうなそのケーキは、ノマルの好みであった。

 否定も肯定もせず、少し時間が経ってから、彼女は「すみません」と続ける。

 

「ちょっと驚いてしまいました。ミスミ君もフッツさんもありがとう、とても嬉しいですよ」

 

 彼女は彼らに微笑みかけた。

 

「ミスミくんには助けられてばかりですね」

 

 さらにノマルは膝を折ってミスミと目線を合わせた。くしゃくしゃと彼のの柔らかな黒髪を撫でる。

 

「ジムトレーナーだもん!」と、やはりニコニコと笑うミスミに、ようやくノマルは緊張から開放された。

 

 今、ラーノノジムにジムトレーナーは二人しかいない。ジムリーダーの交代に伴い、その殆どが辞めたからだ。

 別に不思議なことではない、前任のフッツ時代にいた十人弱のジムトレーナーはフッツの放任的で自由な方針に感銘を受けていたわけであるし、不意にジムリーダーが二十歳にもならない実力主義の少女という真逆の方向に行ってしまえばそりゃ辞めるだろう。そこに関してはかつてのジムトレーナー達もノマルも納得の上であり、しこりはない。

 むしろ、一直線にチャンピオンになりたいと考えるノマルにとって、他者の育成にかまっている暇はない。彼女は去るものを追わず、そして新しい地盤づくりを放棄していた。

 だが、たった一人だけ、ノマルを慕うジムトレーナーが現れた。ミスミである。

 ラーノノきっての優等生として有名だった彼は、本来ならシュートシティのトレーナーズスクールに入る予定であったらしい。当然だ、それはこれ以上のないエリートコースであるし、最初その話を聞いた時、ノマルですらそうするべきだと思った。

 だが、彼はラーノノジムで学ぶことを選び、子供の自主性を尊重する両親はそれを許した。

 理由は簡単だ「リーダーが強いから!」彼女はそれを拒めず、もう一年の付き合いになる。

 

「ケーキ食べよ!」

 

 無邪気に輝いた目でケーキに向かうミスミを、ノマルが咎める。

 

「駄目です、ケーキは三時にしましょう」

「えー」

「えーじゃありません。朝ごはんは食べてきたんでしょう?」

「うん」

「今食べたら昼ごはんが食べられなくなってしまいますよ。お弁当はなんですか?」

「サンドイッチ!」

「良いですね。サンドイッチを美味しく食べるためにも、ケーキは冷蔵庫にしまっておきましょう。さっきオレンのみも頂きました。ポケモンたちと一緒に食べましょうね」

 

 それなら、とフッツが手を挙げる。

 

「僕が冷蔵庫に入れておくよ」

 

 慎重にケーキを箱に収めながら、彼が続ける。

 

「それよりも、今日はポケモンリーグの人が来ることは知っているよね?」

「もちろん」と、ノマルが答える。

 

 明日から始まるジムめぐり、ノマルが行うジムチャレンジの最終確認を行うためにポケモンリーグ協会の職員がジムを訪れることは一月ほど前から知らされていた。

 

「書類はここにあるからね」と、フッツは殆ど使われていない机の引き出しを開けた。

 

「あまり前例のないチャレンジ内容だけど、僕は問題ないと思うし、君の考えもわかるよ。自信を持って望むと良い」

「ええ、ありがとうございます」

 

 ノマルにとって、前任のジムリーダーが非常勤のジムトレーナーとして残ってくれたことは幸いだった。強さはともかく経験と知性のある彼が事務作業をかってでてくれるおかげで、彼女はよりバトルに集中することが出来ている。

 

「ねーねーリーダー」と、ミスミが彼女の手を引いた。

 

「リーグの人が来るまでバトルしようよ」

 

 強いから、という理由でジムトレーナーになることを選んだ彼らしく、ミスミはノマルとバトルをすることが好きだった。

 

「ええ、良いですよ」と、ノマルもそれを受け入れる。実際、リーグ職員が来るまでの時間が自分たちに残された最後の自由時間であることは間違いない。

 

「じゃあ『アレ』を持ってきましょうね」

「うん!」

 

 ミスミはパタパタと棚に向かうと、そこにおいてあったピッピにんぎょうを手にとった。あまり大きなサイズではないのだが、まだまだ子供であるミスミがそれを抱えると随分と大きく見えた。




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