ノマルは二部だが愛がある   作:rairaibou(風)

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過去編 新人ジムリーダーノマル 33 戦いの始まり ②

 エンジンスタジアム、チャンピオン控室。

 その部屋がチャンピオン専用に控室として作られたわけではない。元々は数ある控室の一つだった。

 だが、長きにわたるガラルリーグの歴史から、行き来に他の控室の人間と顔を合わせる確率が少ないことや、大部屋控室とは真反対の方向にあることから、その部屋がチャンピオンの控室にふさわしいという風潮が出来上がった。他のジムリーダーと顔を合わせることが苦ではなくとも、チャンピオンと顔を合わせるのは落ち着かないと言うジムリーダーは多い。

 

「アスチル君、今日のようなことがあるとリーグとしては非常に困る」

 

 ガラルポケモンリーグ委員長、ローズは、ロングベンチに座って俯くアスチルの正面に立って苦言を呈していた。

 

「そりゃあ既存のファンたちは君のキャラクターというものを認知しているかもしれないけれど、テレビをザッピングした新規層が目を留めることもあるんだ。君の行動はポケモンリーグ全体の品格に関わるんだよ?」

 

 ローズが咎めているのは、開会式でのアスチルのふてくされたような態度だろう。確かに既存のファンならばそのような彼の行動を「まあ、彼はそういう人だから」と済ませるかもしれないが、何も知らない人間が見れば失礼な若者だと写ってしまうかもしれない。

 ローズの苦言は、ポケモンリーグを興行として発展させたい彼の思想からすれば至極まっとうな意見だった。

 アスチルは大きく、わかり易いほどのため息を吐いてから表情を上げ、ローズを視界に収めてから答える。

 だが、それはとてもローズの意見に答えているとは思えないものだった。

 

「ローズ委員長、私はあなたに「私の正面に立つな」と言ったはずです。いつになったらその約束を守ってもらえるんです? あなたは私とのマインド・ゲームを有利に進めたいと考えているのかもしれないが、この助言はあなたのためでもある」

 

 更に彼は額に手を当てて答える。

 

「私はあなたの未来を見たくはないのです」

「未来が見える……ですか」

 

 呆れるように言うローズに、チャンピオンはペースを崩さない。

 現チャンピオンにして元エスパージムリーダー、アスチル。

 彼はガラルに代々伝わるサイキッカー一族の出身であり、超能力『人に対する未来視』における前代未聞、不世出の天才であった。

 

「本来私はこの開会式に出るつもりはなかった。エキシビションマッチの取り消しを条件に参加はしたが、愛想を振りまくほどのサービス精神はありませんよ」

「……そのエキシビションだって、随分と苦労してカントーからトッププロを派遣してもらえるように頼んでいたんだよ?」

「私はそんな物を頼んだ覚えはない、どうせ私が勝つのだから」

「なぜそう言えるのかね?」

「私の負ける未来が『まだ』視えないからですよ。私の見る未来は変わらない、それは私が最もよく知っている」

 

 あまりにも大胆な宣言を、アスチルは何でも無いことのように言った。

 彼は続ける。

 

「これ以上、私は人の未来を視たくない。人の未来が『視えてしまう』ことの苦しみなんて、あなたは一生理解できないでしょう」

 

 不世出の天才であるアスチルのサイキッカーとしてのただ唯一の弱点、それは研ぎ澄まされすぎた『未来視』を彼自身がコントロールできないところにある。つまり彼は未来を見ることができるが、未来を見ないことが出来ない。視界に入ったもののある程度の未来というものが、強制的に視えてしまうのである。

 

「それなら、今君には何が視えているのかな?」

 

 堂々と彼の視界に入りながら、ローズが問う。アスチルと同じく大胆な発言だった。

 だが、彼はそれに首を振る。

 

「何を言ったとて、あなたはそれを信用しない。そんなものは私の『テレパシー』を使わなくともわかる。強いて言うならば、私に時間を取りすぎないことです」

 

「もう一つ付け加えるならば」と、彼は続ける。

 

「あなたのような凡人が、視えもしない未来を憂いるのはオススメしませんよ」

 

 その言葉に、ローズは一つ大きく息を吸い、吐いた。

 それが比喩であるのか、それとも自身の奥底に眠る壮大な不安をくすぐるものであるのか、その判断がつかなかった。

 

 ローズの反応を合図に「それに」と、彼は更に続ける。

 

「私に未来が視えようと視えなかろうと、エキシビジョンを拒否することはできる。なぜならば、私はチャンピオンなのだから」

 

 そうだ、それこそは揺るがせようのない事実。

 アスチルの超能力が本物であろうがブラフであろうが、とにかく彼がガラルリーグのチャンピオンであるという事実は揺るがしようがない。

 そして、チャンピオンというものはある程度融通のきく、端的に言えばいくらでもワガママを言っていい立場であるのだ。それは彼らが尊敬されているからとか、権力があるとかそういう一部分だけの問題ではない、そういう面を含め、彼らには道理を引っ込めさせるだけの力というものがある。

 たしかに彼はエキシビジョンを拒否した。だが、ガラルリーグ、そのトップクラスのトレーナーたちの人間性から考えれば、むしろアスチルというトレーナーはおとなしいとすら言っていい人間だった。私生活に問題を抱えず、考え方に悪意がない。ローズですらそれは認める。

 

 恐怖を押し殺し、再びため息を付いたローズが二、三言続けようとした時、控室の扉がノックされた。

 不意なそれに扉の方に目を向けたローズと対照的に、アスチルは「どうぞ」と、なんでもないことのように答える。

 

「失礼します」と、扉の向こうから現れたのは、ラーノノジムリーダーのノマルだった。

 

「ノマルさん……?」

「だから言ったでしょう? あなたは時間の管理が下手だ」

 

 そう指摘するアスチルに、ローズはようやく腕にはめられた金ベルトの腕時計を見やり「しまった」と頭をかく。

 ローズとノマルはその日、ある事項について確認を行う予定だった。そして、その時間はとうに過ぎている。

 アスチルの指摘通り、ローズはチャンピオンへの説教に夢中になりすぎ、ノマルとの待ち合わせの時間を失念していたのである。

 いつまでも現れぬローズにノマルがしびれを切らし、彼を探した結果ここに行き着いたことは、聡明なローズはすぐに理解できる。

 

「いやぁ、ノマルさん申し訳ない」

 

 伏し目がちに頭を下げた。時間管理の雑さは彼の明確な弱点だ、秘書の募集も行っているのだが、なかなかいいめぐり合わせがない。

 ノマルはローズに近づきながらそれに答える。

 

「いえ、私は確認ができればそれでいいので」

「そうだね、それじゃあ場所を変えようか」

「混み合う話なら、ここですればいい」

 

 不意なアスチルの提案に、二人は揃って彼に目を向けた。

 だが彼はそれを意に介さずに続ける。

 

「今、このスタジアム内はマスコミで溢れている。あなた方が二人きりになれる場所などありはしない。手間と時間をかければ隣町で見つかるかもしれないが、議題の内容とその結論からして、今ここで話したほうがいい。なに、私がいるが気にしなくてもいい、委員長が私の前に立ったときから、議題の内容は理解している」

 

 ノマルはキッ、とアスチルを睨みつけた。当然、彼女は彼の強さや能力というものを、信じるか信じないかはともかくとして、理解している。能力が本当かどうかはともかくとして、チャンピオン就任以来負け無しの化け物。

 

「すまない、今彼は機嫌が悪くてね」

「いえ、私は委員長さえ良ければここで確認を行ってもいいと考えています」

 

 ノマルはアスチルを睨みつけたまま、ローズの返答を待つことなく続ける。

 

「チャンピオンによるワイルドエリアの封鎖を、ポケモンリーグは許可していただけるのですか?」

 

 それもまた、大胆な発言だった。なぜならば彼女は、アスチルと言うチャンピオンを目の前にして、その座を奪うことを明言、宣戦布告をしたのだから。

 ローズは二人の扱いづらい若者に眉を傾けながらそれに答える。

 

「ああ、ファンの感情をコントロールすることまではリーグでは出来ないが、物理的な封鎖に関しては、私達リーグが行うことができる。もしチャンピオンがそれを望めばね」

「ありがとうございます、ひとまず安心しました」

 

 アスチルを見やるローズに、彼は笑って返した。

 

「今更そんなことを言われたくらいで怒りはしませんよ。口に出すわけではないが、ジムリーダーにしろチャレンジャーにしろ、この『興行』に参加するトレーナーはすべて、彼女のようなことを考えている。もう慣れた」

 

 彼は珍しく自らノマルに視線を動かしてから続ける。

 

「それを叶えることのできるものは『まだ』現れないですがね」

 

 その言葉が、彼が『未来』を視て言ったことなのか、それとも自らの実力に絶対的な自信を持って言ったものなのかは、彼にしかわからない。

 自らの存在を軽んじられたことによる怒りと、そこしれぬアスチルの発言の不気味さから、ノマルは「失礼します」と、ローズにのみ頭を下げて控室を後にする。

 

「期待しているよ」と、その背中にアスチルの言葉が投げかけられた。




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