【完結】機動戦士ガンダム外伝 ノエル中尉奮戦記 作:B.I.G
「ノエル・アンダーソン中尉、ジョン・コーウェン准将の命により出頭いたしました」
地球連邦軍司令本部、ジャブロー。天然の地下空洞に作られた要塞基地だが、その規模はもはや一つの都市と言っても過言では無い。基地内部は無機質で廊下や建物の構造は規格化され、防諜の為か部屋の表札すら無い場所も珍しくない。
地図と睨めっこをしながら、やっとの思いで目的地にたどり着いたのは一人の年若い女性──ノエル・アンダーソン中尉だ。もう少しわかりやすくならないものか、と彼女は内心愚痴を吐く。
ジャブローでMS訓練を受け、その際はこの施設で生活していた身ではあるが、未だにこの巨大かつ複雑な施設の全容を把握する事は出来ていない。
そもそも把握している人間がいるのだろうか?将軍だって完全に把握などしていないに違いない。
「……はい、准将。かしこまりました。中尉、中へどうぞ。准将がお待ちです」
部屋の前で待機していたノエルよりも少し年下に見える女性士官がインターフォンで打ち合わせると、ノエルは奥の部屋に促された。
何人もの女性士官が働いているのが見えるが、見事に若い女性しかいない。准将の趣味も相変わらずね、と内心辟易するが、それを顔に出さないくらいの処世術を彼女は持ち合わせていた。
「待っていたよ、アンダーソン中尉。まあ、そこのソファに掛けたまえ」
「失礼します」
ジョン・コーウェン准将は連邦軍の中では比較的珍しい黒人の将官で、早くからMSの有用性を軍内部で声高に訴えており、それを認めたレビル将軍の信頼も厚い人物だ。
ノエルはコーウェンの言葉に従い、いかにも高級そうなソファに腰掛ける。
彼女とコーウェンは面識があり、士官学校時代に提出したMS戦術論に目を掛けられたのがきっかけだった。
父親であり、サラミス級戦艦の艦長であったポール・アンダーソン大佐もコーウェンとは既知の中であり、そのコネもあって本来後方任務に付く予定だったノエルはジャブローのMSパイロット養成課程へ進む事が出来たのだ。
勿論連邦軍がMSパイロットを喉から手が出るほど欲しており、適正のある者をむざむざ遊ばせている訳にはいかなかった、という理由もある。
(普通はコネを使って後方部隊か、もっと言えばエアコンの聞いたジャブローのオフィスで勤務する事を願ってやまない人間が多い中、よりによって最前線を希望する辺り、ノエルも相当な変わり者だった)
「准将。今日私が呼ばれたのは、どこかの部隊への配属が決まったのですか?」
ノエルはMSパイロット養成課程を主席で卒業した実力者であり、コーウェンは連邦軍の中でも随一のMS専門家だ。わざわざ彼のオフィスに招かれて話があると言うことは──
「察しが良いな。貴官にはこれからMS特殊部隊第三小隊──通称デルタ・チームの小隊長として赴任してもらう」
「特殊部隊第三小隊……確か、その部隊はマクダニエル中尉が小隊長の筈ですが……転属したのですか?」
MS特殊部隊。連邦軍が新たに編成した、MS戦に特化した実戦部隊。ルウム戦役でジオンの新兵器であるMSに手痛い損害を与えられた連邦軍、その反抗作戦の切り札だ。
とは言え、MSの運用に関しては連邦軍はまだ試行錯誤の段階である。既存の師団や軍団にどうMS隊を組み込むか、どう運用するのか。
本来であれば様々なシミュレーションを繰り返してノウハウを蓄積させていくべきなのだが、生憎と連邦軍にその余裕は無かった。
となれば、実戦の中からノウハウを学び実践するより他に選択肢は無い。必然的に特殊部隊は世界各地の激戦地に送り込まれる事から、"モルモット"と呼ばれていた。
「マクダニエル
「上に……?宇宙へ上がったのでありますか?」
「いいや?彼は名誉の戦死を遂げて二階級特進だ。まあ、詳しい命令書は彼女から受け取って確認してくれ。……また会える事を祈っているよ」
怪訝な顔で前任者の転属先を尋ねるノエルに対し、コーウェンは上を指差しながら二階級特進だ、と事も無げに答える。冷たいようだが、軍隊などこんな様なものだ。
自分が二階級特進となれば、後任者が同じようにオフィスに呼ばれるだけだろう。
そんな事を考えながら諸々の手続きを終え(と言っても、ノエル自身が手続きする事など何も無く、決定事項を伝えられただけだが)コーウェンの隣にぴったりと寄り添って待機していた女性士官にブリーフケースを渡された瞬間、オフィスのドアが自動で開く。
それにしてもいきなり小隊長とは……とノエルは思いながら、コーウェンのオフィスを出て案内された飛行場へ向かう。
MSパイロット養成課程を主席卒業した自分の腕前には自信はあるが、二十歳の女性士官を小隊長に抜擢するのもどうなのだろう、と彼女は思った。
新設される部隊ならまだしも、既存部隊の小隊長が殉職しての補充だ。部下のパイロットとのコミュニケーション等々は上手くやれるだろうか。考える事、やるべき事は山積みで、赴任する前から頭が痛い。
──ただ、准将のオフィスで侍らされるよりかはマシかな。そんな事を考えながら、ノエルは機中の人となった。
■
─ カナダ南西部 ノーマンウェルズ 森林地帯 ─
『オデッサ作戦でしたっけ?あちこちで陽動作戦を展開してるようですが、こりゃ相当大掛かりな作戦になるんじゃないですか、ねぇラリー少尉?』
作戦行動中に軽口を叩くのはアニッシュ・ロフマン曹長。コールサインはデルタ・スリー。
ジオンに制圧されたキャルフォルニアベースに所属していた61式戦車部隊の生き残りで、明るく陽気な性格のムードメーカー。状況判断力に優れ戦略眼は高い優秀なパイロットだ。
『まあな。この作戦が成功してオデッサを奪還出来れば、地上でのミリタリーバランスは一気に連邦軍優勢に傾く筈だ。俺たちの役割もそれだけ重要だって事さ。それはそうと隊長、どうですかその新型機の調子は?』
アニッシュに応えるように通信を返してくるのはラリー・ラドリー少尉。コールサインはデルタ・ツー。
元
通常はRGM-79[G]陸戦型ジムの三機編成の小隊だが、今回陸戦型ジムに搭乗しているのはラリー少尉のみ。
残りの二機は今回の陽動作戦の為に、というのは建前で実際は実地テストを兼ねて配備された機体……RAG-79 アクア・ジム。
次々と実戦投入されるジオンのMSだったが、水中から湾岸線の基地へ強襲してくる水陸両用MSに連邦軍は手を焼いていた。
そこで先行量産型ジムをベースに急遽開発した、連邦軍初の水陸両用MSがアクア・ジムであった。
『陸上での機動性は陸戦型ジムよりも劣るけど、水陸両用機だから仕方ないわ。作戦エリアが湖や河川が多い地域だからというのはわかるけど、ろくにテストしてない機体を配備されるのも困り物ね。アニッシュはどう?』
『概ね同意見っすね。ま、フォローは隊長とラリー少尉がしてくれるでしょうから、安心してますけどね』
アクア・ジムのコクピットの中でコンソールを操作しながらラリーの通信に返答しつつ、アニッシュに話を振るノエル。
すっかり小隊長としての任にも慣れた彼女のコールサインはデルタ・リーダーだ。
『いくら俺達が
『まあまあラリー少尉。それだけ司令部に評価されてるって事じゃないですか。そうっすよね、ノエルの姐さん』
苦笑しながらぼやくラリーをなだめながら、ノエルに話を振るアニッシュ。真面目そうなラリーだが案外いい加減な面もあり、アニッシュの高い状況判断能力と機転に助けられる事も多かった。
それはそれとして、ノエルにとっては年上の男性、それも部下に姐さん呼びは何ともむず痒い。
『アニッシュ。姐さんってまた呼んだら夕食抜きよ』
とモニター越しにジト目でアニッシュを咎めるノエル。
『勘弁してくださいよ!隊長の作る料理は美味いんですから!』
あちゃあ!と顔を顰めながら謝罪するアニッシュと、それを見て笑うラリー。
料理が得意なノエルは、部隊員へ隊長手ずから手料理を振る舞う事も多く、それを生きがいにしているメンバーも多い。
自分の発言のせいで部隊の夕食がレーションだけになった日には、他の連中からどんな目に合わされるかわかったものでは無い、とアニッシュも必死だ。
新たに赴任してきた隊長が二十歳の女性である事にはラリーもアニッシュも目を剥いたが、作戦行動を共にする中で性別や年齢関係無く頼れる仲間であると今では認識し、強く信頼していた。
こうして作戦前に軽口を叩き合えるのも、そういった関係の現れでもあり、絶対に生きて帰還すると強く決心しているからだ。
『これより作戦エリアに入るわ。各機アロー・フォーメーション!敵位置を特定した時点でデルタ・ツーは分離して、プランBへ移行!』
『了解。デルタ・ツー、右後方に付く』
『了解!デルタ・スリー、左後方を警戒する!』
ノエルの指示を聞いて、スムーズな動きでラリーとアニッシュがそれぞれ左右後方に付く。
二機のアクア・ジムは100mmマシンガン、陸戦型ジムは180mmキャノンを装備していた。
『良し!デルタチーム、出撃します!』
武器を構えて態勢を整え、三機のジムは戦闘エリアに突入する。
劣勢に追い込まれていた連邦軍だが、後に宇宙世紀最大規模の地上戦とも言われる"オデッサ作戦"の布石たる陽動作戦が、今まさに世界各地で開始される事になるのだった。
ノエルはゲーム本編や戦記の漫画版では基本的に敬語ですが、今回はオーガスタ基地所属時の二十歳設定にしているので、こんな口調です。
(漫画終盤ではアニッシュ相手にタメ口でしたけど)
気になる読者の方はガンダムレガシー2巻に収録されている『オーガスタの一番暑い日』を読んでいただければ……