【完結】機動戦士ガンダム外伝 ノエル中尉奮戦記 作:B.I.G
『まずいぞ、連中の狙いはザンジバルだ!』
予想以上の速さで進行してくる敵小隊を見て、ケンは慌ててアクセルペダルを踏み込んでドムの熱核ジェットホバーを全開にした。黒いガンダムは勿論、僚機のジムも見た事の無いカスタムタイプのようだった。
事実、レッド・チームが撃破したジムとは姿形がまるで異なっているし、ガンダムの機動性に追従出来ている事からも性能が優れている事は明らかだ。
ジオン軍のザクを鹵獲、解析してMSを後から開発したにも関わらず、この短期間で様々なバリエーションを生み出す連邦軍の底力は如何程のものか。
ともかくレッド・チームが乗るドムも他のMSと比較しても、その加速性能は段違いだ。そう簡単に突破を許すわけにはいかない。
『このザンジバルだけはやらせねぇ!あと四分なんだ!』
ケンとジェイクに先んじて攻撃を仕掛けたのはレッド・ツー、ガースキー曹長だ。
既に装備していたジャイアント・バズは弾切れになっていたから、撃破したジムが装備していた100mmマシンガンを装備して射撃戦を仕掛ける。
『レッド・ツー、焦るな!レッド・スリー、援護するぞ!俺に続け!』
『ガースキーのおっさんめ、先走りすぎだ!レッド・スリー了解!』
先程のジム小隊ならともかく、この小隊は単機でどうにか出来る相手では無い。ケンはジェイクを率いて、ガースキーの援護に機体を機動させる。
コクピットに表示しているザンジバルの打ち上げタイマーの数字は減っているが、残り三分半を凌がなくてはならないし、何よりその後に全員で撤退しなくてはならない。
レッド・チームにとって、ザンジバル打ち上げ支援作戦最後の正念場だ。
■
『こいつ、結構やる!こちらデルタ・ツー、ビーム・ライフルをやられた!』
ガースキーのドムが放った弾丸がジム・スナイパーllの装備しているビーム・ライフルを貫き、慌ててラリーはライフルを手放した。
ビーム・ライフルに内蔵されたエネルギーCAP内のメガ粒子が飛び散るものの、辛うじてシールドで防いだ為に機体本体の損傷は無い。しかし物凄い勢いでこちらに迫るドムを見て、一瞬ラリーは気圧される。
『ぐぅっ!なんて奴だ!』
頭部バルカンポッドから弾丸を乱射して牽制するが、それをものともせずに突進してくるドム。弾切れなのか、手にしたマシンガンを投げ捨てたその手には発熱したヒート・サーベルを装備している。
腰部に装備してあるビーム・サーベルを握らせて切り結ぶが、重MSのドムを受け止めるのは機体に深刻な負荷がかかる。ギシギシと機体が軋み、サブモニターには右腕と下半身のメカニズムに異常が発生しているアラームが点灯していた。
『絶対にザンジバルは守ってやる!』
鬼気迫る声が聞こえた。
機体同士の距離があまりに近い為に、レーザー通信波が同調している、とラリーは気付いた。
敵兵の声を聞いた事が無いわけでは無いが、敵が同じ人間である事を否が応にも思い出させる。それでも、ザンジバルの打ち上げ阻止がデルタ・チームの任務だ。
『デルタ・リーダー!こいつは俺が抑える!早くザンジバルの
ザンジバルの打ち上げ阻止が任務であって、撃墜する事が目的では無い。ブリッジにいる兵士は犠牲になるだろうが、無差別に殺戮するわけじゃない。
酷い詭弁だな、と思いながらもラリーはノエルに向けて叫んだ。
『どうします?ここからブリッジを狙撃するのを許してくれる相手じゃありませんよ』
『背中を向ければバズーカで撃たれるし、加速性能じゃドム相手には分が悪いわ。──ここは命を賭ける場面じゃない。デルタ・スリー、これは私の指示よ』
『心外ですね、デルタ・リーダー。軍事法廷に立つ時は、全員一緒です』
単純にザンジバルを破壊するだけならば、ここからキャノン砲のありったけの弾丸を大気圏打ち上げ用ブースターに撃ち込めば良い。そうすれば誘爆した燃料がザンジバル本体を巻き込んで大爆発を起こす事は間違いない。
しかし、ブリッジを破壊しようと思えば立ちはだかる二機のドムを突破した上で精密射撃を行う必要があったし、キャノン砲をここから撃つにしても一瞬とはいえ敵機に無防備な姿を晒す事になる。
アニッシュがフォローするにしても、下手をすればザンジバルの破壊と引き換えに部隊が全滅する恐れも捨てきれない。
ザンジバルの破壊を諦めこの敵小隊だけを殲滅するという手もあるが、それにしてもリスクは高い。なにせ新米ばかりとはいえ四つものMS小隊を屠った相手だ。そう簡単に倒せる相手では無いことは、ラリー機と相対しているドムの動きを見ても明らかだった。
仮にザンジバル本体を
──キャルフォルニア・ベースの奪還自体は目前となっている。命の賭けどころはここじゃない。
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『引くのか!?いったいどういうつもり……!』
『タイマーゼロ!ザンジバル、離昇します!』
ジリジリと間合いをはかっていたケンとジェイクだったが、突如として敵機が引いた事に困惑する。
ガースキーが抑えていたジムもそれに気付き、追従するようにこちらと間合いを取った瞬間、コクピットにユウキの声が響き、彼らの周囲を眩い光芒が包んだ。
大気圏打ち上げ用ブースターから伸びる光芒は、ザンジバルが上昇するのに従って短く、そして徐々に薄くなっていく。僅か数分と経たない内に、光芒は彼方に見える星と見分けが付かない程に小さく見えるだけになった。
ふとケンが周囲を見渡してみれば、ザンジバル離昇の隙に撤退したのか連邦軍の小隊は既に姿を消していた。
僅かな間に剣を交えただけだったが、リスクを天秤に掛けた判断は敵ながら見事だ、と彼は思う。
あのような状況で強行するのは勇気ではなく蛮勇だ。もし戦場以外で会えたなら、気が合う人間かもしれない。
『ご苦労様でした!凶鳥の小隊を退けてのザンジバル打ち上げ成功、とても感動しました!』
『うおっほん!レッド・チームの諸君、任務の遂行、ご苦労だった。直ちに現場から撤退し、予定していた集合地点へ急ぎたまえ。脱出の準備は既に整えてある』
感極まった様子のユウキ伍長の通信に割り込むようにしてコクピットのモニターに姿を表したのは、外人部隊の指揮官であるダグラス・ローデン大佐だ。
彼は極めて優秀な軍人であったものの、所謂ダイクン派の人間だ。本来であれば軍の将官となっていても不思議でないエリートだったのだが、ザビ家がサイド3の実権を握った結果、ダイクン派の人間は次々と排除されていった。
その多くが粛清という形でこの世を去る事となったが、優秀な軍人や官僚に関して利用できるものは利用する。そんな極めて現実的な対応をザビ家は取った。
そうした紆余曲折があった後、ダグラス・ローデン大佐は外人部隊というジオン正規軍としては決して数えられない部隊を率いる事となったのだ。
『しかし連中、いやにあっさりと引きやがったな。中々判断力のある隊長だったってところか』
『ガースキーのおっさんがあまりに必死だったからビビったんじゃねぇのか?にしても、知り合いでもザンジバルに乗ってたのかよ』
『ああ?まあ……愛する女に約束してたプレゼントがな。それだけさ』
『ガースキー曹長、それってPXでようやく手に入れていた可愛いクマのぬいぐる……』
『ユウキ!お前なぁ……プライベートだぞ!』
困難な任務を終えた達成感からか、集合地点へ向かう隊員の顔は明るい。普段大人しいユウキもガースキーを少しからかうように会話に混ざっているが、ガースキーの声も弾んでいた。軽口を叩くのは毎回ジェイクの役回りだったから、いかにも新鮮だった。
『それで、レッド・リーダー。俺達はどうやってキャルフォルニア・ベースから脱出するんだ?』
『ローデン大佐から連邦軍の潜水艦を拿捕したと連絡を受けているんだ。海路でここを脱出する事になる』
『潜水艦を拿捕したって言ってもなぁ。一体どうやってやったんだ?俺達以外にMSを操縦出来る奴なんて……』
『レッド・スリー。一つ、俺達が出撃前に受領したMSの中にはズゴックもあった。二つ、MSを操縦出来るのはあと一人しかいないだろ』
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『ザンジバルの打ち上げを確認……任務失敗か』
ノエル達デルタ・チームのコクピットモニターには、遥か上空へ打ち上げられたザンジバルの姿が映し出されていた。打ち上げ用ブースターが点火した際の眩い光芒と轟音に乗じて戦線を離脱したデルタ・チーム。
周囲を見てみれば、他の部隊も戦闘を終了したようですっかり静かになっていた。今彼らの目に映るものは、激しい戦闘があった事を示す両軍のMSの残骸だけだ。
『ザンジバルを守りながら四つのMS小隊を倒した連中が相手だったんだ。上の連中だって、命と引き換えに船を墜とすべきだった、なんて言いやしませんよ』
『ああ、連中の腕前も気迫も相当なもんだった。早々にライフルをやられちまった俺が言うのもなんだが……』
『……彼らがどこに行くのかわからないけど、また会う事になるかも知れないわ。その時こそ、決着を付けたいものね』
予定通りなら、デルタ・チームはトロイホースと共に宇宙へ上がる。名も知らぬジオンの部隊に、ノエルは奇妙な確信を抱いていた。──きっと私達は再び戦場で彼らと会う事になる。どのような状況かはわからないが、決着をつける事になるだろう、と。
『まあ、それはさておき!デルタ・ツーとデルタ・スリーには帰ったら私からビールを奢らせてもらうわ』
『えっ、どうして?』
『どうしてって、私が命令違反で営倉に入れられたら数日は飲めなくなるじゃない。奢ってあげるんだから付き合いなさい?これは命令です』
『デルタ・スリー、喜んでデルタ・リーダーの命令に従います!営倉の中までご一緒させていただきます!』
『アニッシュ、お前は軽いなぁ。デルタ・リーダー、俺にも責任の一端はあると思ってる。だから、デルタ・ツーからはツマミを奢らせてもらうぜ』
任務を失敗したとはいえ、努めて明るい声でビールを奢ると宣言するノエル。一見して深窓の令嬢といっても通用する容姿の彼女だが、酒には滅法強い。
彼女がジャブローで訓練している時は酔いつぶしてやろうと試みる不届き者も多かったのだが、その悉くが撃退されていた程だ。
作戦が終了した後はビールで一杯やる事が許可されているのだが、この分だと相当量のビールをPXで買い込む気に違いない、とラリーとアニッシュは笑みを浮かべ、三人の笑い声がコクピット内に響く。
──彼女達の戦場は宇宙へ。戦争の終わりと激戦の予感を、ノエルは同時に感じていた。