【完結】機動戦士ガンダム外伝 ノエル中尉奮戦記 作:B.I.G
「存外に連中も粘るものだな」
パープル・ウィドウの艦橋に座るキシリア・ザビは不機嫌そうにそう呟いた。敵は僅か7隻の艦隊である。
グラナダの戦力を持ってすれば圧倒出来ると踏んでいたにも関わらず、和平艦隊を殲滅する事が出来ていない。
「はっ……申し訳ありません。報告ではガンダムタイプのMSに与えられた被害が甚大だと報告が来ておりますが……現在、我が方のMS隊が完全に包囲したとの事」
苛立ちを隠さないキシリアを宥めるように、彼女の腹心であるトワニング大佐が戦況を報告する。
ガンダム6号機を始めとする敵MS隊からの被害は無視出来るものでは無いが、所詮は僅かな数のMSだ、とトワニングはタカを括っていた。
「またしてもガンダムか……忌々しいものだな、ガンダムとは。──トワニング、例の被験体の様子はどうか?」
キシリアにとって、ガンダムとは凶報の象徴だ。
弟であるガルマ・ザビの戦死に始まり、突撃機動軍のエースであった黒い三連星、地球侵攻作戦の重要拠点であったオデッサ基地、部下のマ・クベに至るまで、ガンダムにいいようにやられているのだから、当然とも言える。
そんなキシリアの前に、再びガンダムが現れたのだ。
違うタイプの機体とは言え、彼女はガンダムを排除するのに手段を選ぶ気は毛頭なかった。
「はっ!被験体253ですが、フラナガン機関のスタッフによる調整作業中であります。MT-01を連続投与した事で著しい人格崩壊の兆候が見られるそうですが、サイコミュとの同調率は良好との事。肉体強化の成果もあり、例の機体のパーツとしての運用は問題ないかと」
「よし、フラナガンのスタッフには調整を急がせるように指示を出しておけ。出撃のタイミングは私が下す」
キシリアの持つ端末には、年若い金髪の少女の実験データが映し出されていた。フラナガン機関の提唱した強化人間計画の被験者253番。それが今の彼女の名前。
■■■・■■■■■■──彼女の本当の名前は、もう存在しないとばかりに黒く塗り潰されていた。
■
(俺は、生きているのか?)
危機に瀕していたノエルを救ったラリーだが、自分を襲うであろうマシンガンの弾丸が発射される事は無かった。何故なら、ラリーを狙っていたザクの頭部には、深々と青白く輝くヒート・サーベルが突き刺さっていたからだ。
急死に一生を得たラリーの耳に聴こえてきたのは、決戦前に戦争を終わらせる事を誓い合った男の声。
『よぉ、ラリー少尉!随分と元気そうじゃないか。俺達の加勢は必要かい?』
『ガースキー曹長!……生憎ちょっとはしゃぎすぎてな!あと10秒、時間を稼がにゃならん!手を貸してくれ!』
『任せろ!俺達からすれば、その程度朝飯前だな!』
ザクに向けてヒート・サーベルを投擲したのは、リック・ドムIIを駆るガースキー・ジノビエフ曹長だ。
艦砲射撃の為に敵機を引きつける役目を担ったデルタ・チームの援護をする為に、ヘンケンの命令を無視して馳せ参じていた。
ラリーを救わんとジム・スナイパーカスタムを駆けさせていたアニッシュも合流し、サブ・モニターに表示されるカウントが0になるまで、苛烈な敵の攻撃を耐え続けた。
いつしかノエルのガンダム6号機の隣には、MS特務遊撃隊の隊長機である高機動型ゲルググが駆け付けている。
機体各部には避けきれなかった攻撃による被弾の跡が残り、スナイパーIIのシールドも既に喪失している。それでも、機体の稼働には支障が無い事は幸いだった。
『カウントゼロよ!各機、上空へ退避!』
タイマーの数字がゼロになった瞬間、恐ろしく長い一分を耐え抜いた6機のMSは、敵機を尻目にスラスターの出力を最大にして上空へ離脱する。
操縦桿を押し込み、身体に襲いかかるGに耐えながら雄叫びを上げ、思い切りアクセルペダルを踏み込んだ。
艦隊の全砲門から放たれた、恐ろしい程のメガ粒子の光の奔流が漆黒の宇宙を白く染めるのを感じながら、ラリーは改めて自分が生き残った事を実感する。
眼下では、メガ粒子砲の破壊の光に飲み込まれた敵MSの爆発が何個も起こっているのが見える。あの時ガースキーが間に合わなければ、宇宙の藻屑となっていたのは自分だった、とラリーは震える手を握りしめた。
死を前にして悟った気になるなど、絶対に生きて帰ると誓ったにも関わらず、恥ずべき事だとラリーは自戒する。
極限状態だったとは言え、自分がそんな考えを持った事に彼は腹を立てていた。
──格好付けて死ぬ事など、真っ平ごめんだ。生き汚いと言われようが、必ず生き残って隊長を支えてやる。
■
『ふふ、随分と無謀な策だと思ったが、まんまと成功させるとはねぇ……伊達に修羅場は潜っちゃいないさね』
自らの愛機であるMS-14Fs ゲルググM指揮官機のコクピットの中で戦況を観察していたシーマ・ガラハウ中佐は、敵艦隊からの一斉射撃で味方のMS隊が甚大な被害を被ったのを見て思わず笑みを溢した。
月面都市アンマンで行われていた秘密会談の内容を突き止めたシーマは、裏工作で得ていた非合法のルートを通じて連邦軍の高官と接触。
好き勝手にこき使った挙句、シーマ艦隊を使い潰そうと画策するキシリア・ザビの裏をかく為に、グラナダの情報を流していたのだ。
和平に協力した見返りとして、シーマは部下であるシーマ艦隊の乗組員全ての地球連邦への亡命と、戸籍の作成を要求していた。連邦としても、戦争の泥沼化を避ける為に和平を結ぶ事は最重要案件として見ていた為、彼女の要求を受け入れていた。
しかし、彼女にとって誤算だったのがキシリアがグラナダへ抱え込んだ戦力の殆どが彼女の私兵だった事だ。
正規兵とは違う独自の行動を取っていた私兵の動きは掴み辛く、結果として想定以上の戦力が和平艦隊を阻む事となってしまった。
いくら連邦に取引を持ちかけたとは言え、寝返った結果として、あっさりとグラナダ艦隊に殲滅される事だけはシーマは避けなくてはならなかった。
だからこそ、艦隊の一斉射撃でグラナダ艦隊のMS隊が被害を受けた今こそが好機──そこまで考えた瞬間、シーマのゲルググMの隣に居たリック・ドムから通信が入る。
『なにをぶつぶつ言っているんですの。さっさと海兵隊を引き連れて、ガンダム共を始末しなさい』
『……アンタ、確か
唐突にシーマに通信を送ってきたのは、キシリアの私兵である屍食鬼隊のメンバーであるフローリア曹長だ。
階級が比べ物にならない程高いシーマに対しても尊大な態度を崩さないフローリアだが、シーマはあえてそれを咎めずに彼女に問う。
『ふん、中佐とはいっても、所詮汚れ仕事専門。それに、私達屍食鬼隊はキシリア様直属の部隊。貴女は仮にもキシリア様の配下なのでしょう?ならば私の命令に従うのは当然なのでは?』
『アンタはキシリアじゃないだろうに。なんでアンタの言い分がキシリアの命令になるのか、アタシには理解できないねぇ』
『キシリア様を呼び捨てにするな!……屍食鬼隊の命令はキシリア様の命令と同じなのよ!私達に逆らうのは、即ちキシリア様に逆らうのと同じ事よ!』
まるで話が通じない、とばかりにシーマはかぶりを振った。屍食鬼隊はキシリア・ザビ配下の特務私設部隊で、そのいずれもが驚く程の美形だった。
美形の少年少女を集めて、フラナガン機関で何かしらの処置を施しているとの情報はシーマも得ていたが、その結果がこのキシリアを崇拝する人形の出来上がりとするならば、酷く不健全で薄気味悪い。
『小娘が何を言うかと思えば……まぁ、アンタも頭をいいように弄られてそうなったんだとしたら気の毒だ。一思いに楽にしてあげるよ!やりな、ジョニー!』
『──了解、姐さん!』
シーマの言動に不信感を抱いたフローリアが激昂し、ジャイアント・バズの銃口を向けた瞬間に、彼女のリック・ドムは背後から放たれたロケット・ランチャーの弾丸が直撃して火だるまと化した。
その弾丸を放った人物こそ、彼女が戦闘前に暗号電文を送りつけていた相手──真紅の稲妻、ジョニー・ライデン少佐だった。クリムゾンレッドに染め上げられた高機動型ゲルググのモノアイが勇ましく輝く。
元々キシリアに不信感を抱いていたライデンだったが、シーマから受け取った暗号電文に記されていた地球連邦とジオン共和国が結ぼうとしている終戦協定の事を知り、全ての合点がいった。
スペースノイドの独立を目的として戦っていたにも関わらず、未だア・バオア・クーで戦う友軍を見捨てて、自らの保身に走ったキシリアを守る道理無し。
ライデンはキマイラ隊の中でもザビ家のシンパでは無く、自分の信頼出来る人物に限ってシーマから送られた暗号電文を転送していた。──もはやザビ家には、スペースノイドの独立を成し遂げる資格も力も無い。ならばせめて、一刻も早い戦争の終結を。
『よぉし!派手にいくよ、コッセル!リリー・マルレーンの主砲をキシリアの取り巻き共の横っ腹に、ありったけ撃ち込んでやりな!』
『合点ですぜ、シーマ様ぁ!リリー・マルレーン、砲門開け!──撃てぇ!』
余裕の戦いだと思っていたにも関わらず、手痛い反撃を食らったグラナダ艦隊の動きは鈍い。
この機を逃すシーマでは無く、柔らかい横腹を食いちぎる獣の如く、シーマ艦隊の旗艦であるザンジバル級リリー・マルレーンの主砲が火を吹いた。
■
『和平艦隊の各員、聞こえるか!先程敵の一部部隊から、終戦協定締結に協力すると連絡が入った!これはチャンスだ。彼等と協力して、敵艦隊を突破する!』
『了解──!ケン少尉、行くわよ!』
『了解した!MS隊、俺達に続け!』
シーマ艦隊から連絡を受けたヘンケンが、船とMS隊に向けて連絡を入れる。先程の一斉射撃と友軍からの攻撃で、グラナダ艦隊が大混乱に陥っている今こそ勝機と見たヘンケン達の行動は素早かった。
ノエルのガンダム6号機とケンの高機動型ゲルググを先頭にして、一気に敵艦隊の懐へMS隊が突撃していく。
『迂闊な!戦場で動きを止めるなんて、甘いのよ!』
敵艦隊に対して大きくY軸──即ち上部から攻撃を仕掛けるMS隊。余程混乱しているのか、マシンガンを持ったままで動きを止めているザクをビーム・サーベルで両断すると、そのまま速度を落とす事無くムサイ級に照準を合わせるノエル。
『これくらいの相手なら!落ちて!』
一門になったとは言え、ガンダム6号機のビーム・キャノンの破壊力は健在だ。ムサイの主砲を次々と撃ち抜き、最後にブリッジを閃光が貫いた。
対MSとしては過剰な火力だが、対戦艦用の武装としてはこれ以上のものは無い。重砲撃戦用MSであるガンダム6号機の本領発揮だ。
一隻のムサイを落とすにとどまらず、文字通り戦艦並みの火力でグラナダ艦隊の船にビームを浴びせるガンダム6号機だが、敵もいつまでも混乱している訳ではない。
ガンダム6号機の横っ面を叩こうと強襲してきたのは、ザクに酷似した黒い機体だ。肩には屍食鬼のエンブレムが施されており、二刀流のヒート・ホークの刀身を白熱させ、6号機に迫るが──
『させるかよ!ジェイク・アタァァァック!』
恐ろしい速度で突撃してきたのは、ジェイク・ガンス軍曹の駆るMS-13 ガッシャだ。
右手のコンバット・ネイルに装備した特殊ハンマー・ガンが撃ち出され、巨大な質量兵器であるトゲ付きの鉄球がアクト・ザクの胸部に直撃する。
極めて原始的だが、それゆえに物理的な破壊力は恐ろしい武装だ。わざわざ宇宙空間でハンマーを使う必要があるのかは不明だが、ともかくハンマー・ガンの直撃を食らったアクト・ザクはピクリともせずに、慣性に従って吹き飛んでいく。
コクピットハッチが無惨にひしゃげており、機体は原型を保っていても
『なぁ、ズゴックもどき!前々から思ってたんだが、お前らのMSの設計思想ってのはどうなってんだ!?』
『なんだと!?誰がズゴックもどきだ、このジム野郎!MSに馬鹿げたハンマーを持たせたのは連邦が先だろ!──ちぃ!甘いんだよ!』
ガッシャが4連装ミサイル・ランチャーで弾幕を張り、怯んだ敵機を二連装ビーム・ガンで立て続けに撃墜しながら、思わずアニッシュはジェイクに向けて叫ぶ。
内心ではアニッシュの言葉に深く同意していたジェイクだったが、それを簡単に認めてしまっては面白くないとばかりに怒鳴り返す。
悪態をつきながらも、ジム・スナイパーカスタムを狙うゲルググに向けて突貫し、左のコンバット・ネイルでコクピットを貫いて撃墜。
アニッシュとジェイクの即席コンビが奮闘し、ガンダム6号機に迫る敵機を次々と撃墜するのに合わせて、後方に控えていたトロイホースを先頭とする和平艦隊もグラナダ艦隊へ接近。
ここを勝負所と見たヘンケンが短期間で決着を付けるべく、電撃戦を仕掛けた形だ。
このまま目論見通りに敵艦隊を突破出来れば良いが、とヘンケンは思案する。
しかし、最大の脅威がパープル・シャドウの格納庫の中で胎動している事を──今はまだ、誰も知らなかった。
盛大にフラグを立てながらもラリー生存と、妙なMSに乗ってジェイク・アタックを披露するジェイク回。
おそらく次回が最終回となると思います。
最後までお付き合いいただければ幸いです!