アクタージュのその後 (ナビゲート編)   作:坂村因

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「108話目に相当する話」の紹介

舞台演劇「羅刹女」の打ち上げ会場は、焼肉料理専門店。

お店の2部屋を貸し切りにして、部屋の仕切りの(ふすま)を取っ払って(しつら)えた広めの宴会場。

打ち上げ参加者たちは、宴会場で料理やお酒を楽しみつつ談笑していた。

 

そして、なぜか唐突に始まった出演者たちによる「王賀美陸のモノマネ勝負」が過熱していた。

 

 

ついに夜凪景と百城千世子の2人、主演女優同士の対決となった。

 

 

夜凪が威勢よく、

「いくわよ、まずは私から!」

と、千世子の顔を見据える。

 

「読み合わせが楽しみ過ぎて、前日から待機していたギンギンの王賀美さん!」

 

…片手で表情を隠した状態でカウントダウンを始める夜凪。

 

「3!! 2!! 1!!」

 

通路からモノマネ勝負をこっそり覗き見していた有島あゆみ(6歳)も、そのカウントダウンに息をのむ。

 

 

 

「失礼します。本日のメインディッシュ、シャトーブリアンです」

 

 

 

…店員がメインディッシュを運んできた。

 

夜凪は、

 

「えっ!? メインディッシュ!?」

 

と、シャトーブリアンの登場に強く反応する。

 

他の参加者たちも、ざわっ、という声を上げる。

 

それぞれの席において、鉄板の上でジュゥゥーと蠱惑的(こわくてき)な音とともに火が通っていく極上の肉。

夜凪は嬉し涙を流し、その味に身体を震わせながら、もぐもぐもぐもぐ、と肉を頬張った。

隣に座る千世子もにっこりと相好(そうごう)を崩し、

「とろける~」

と、シャトーブリアンにご満悦。

 

烏山武光と白石宗も笑顔になっている。

宴会場は、メインディッシュの美味しさを称える空気に包まれる。

 

サシの多いシャトーブリアンを頬張る黒山墨字は、

「赤身のが好きだな」

と、通ぶった言葉を口にした。

 

黒山の隣に座る山野上花子は、

「歳ですね」

と、簡単にあしらった。

 

とはいえ、宴会場全体としては、

 

「おいし~」

 

「おいし~」

 

という声があちらこちらから上がり続ける状況だった。

 

そんな空気の中、王賀美は肉に手を付けず、着席すらせず、立ち尽くしていた。

そして、

 

()れよ!!」

 

と、残念そうに叫ぶ王賀美。

 

それまで、唯一無二である王賀美陸の真似は成立しない、とモノマネを否定していた王賀美に対し、

 

「どっちなんだよ」

 

と、黒山はもぐもぐと肉を食べながらツッコミをいれた。

 

モノマネ対決をこっそり覗き見していた有島あゆみが、その展開を呆然と見守っていた。

 

 

 

打ち上げ会場には、疲れや酔いで寝てしまった者が散見され始めた。

ようやくお祭騒ぎの雰囲気が静まった。

 

この打ち上げを穏便に済ませたいと気を張っていた柊雪は、

「ふぅ、やっと落ち着いてくれた」

と、安堵した。

 

ぐったりしている雪に、背後からぎゅうぅぅ~と抱きつく者がいた。

雪の高校時代のクラスメイトでもある女優の朝野市子。

市子は御機嫌に顔を赤くしており、まだまだテンションが落ちていないニコニコな調子。

 

「おつかれぇ~。ねぇ、この近くにパフェのおいしい店あるんだよ~。この後、行こうよ~」

 

「やだよ。こんな酔っ払い連れて」

 

「え~。酔ってないから~」

 

抱きつかれている雪は、顔をしかめている。

 

 

 

…お祭りムードが治まった宴会場で、無言でビールを飲む黒山。

 

そこに千世子が、

 

「ここ、いい?」

 

と声を掛け、千世子は黒山の隣の椅子に座った。

 

黒山は、

「あ? ああ」

と生返事を返す。

 

「はい」と黒山にビールを注いであげる千世子。

「ん、悪いな」と答える黒山。

 

注がれたビールを口にする黒山に、千世子は笑顔を向けて、

「ねぇ」

と話を振る。

 

黒山は、

「ん?」

と、顔を正面に向けたまま調子を合わせた。

 

 

 

「私たち、もうおしまい?」

 

 

 

千世子の言葉に、黒山はゴホっとビールで大きくむせてしまう。

さらにゴホっと苦しそうな息遣いで黒山は身体を震わせる。

 

黒山の、

「お前、マジで色々気をつけろよ。そういう…」

という説教を、

千世子は、

「気づいていたよ」

と言葉を被せて(さえぎ)る。

 

 

「あなたはずっと私を通して夜凪さんを見ていた」

 

 

その言葉を聞いた黒山は、ようやく千世子の方に顔を向けた。

目つきを険しくして、千世子の顔を見つめた。

 

しかし、千世子は(ひる)まない。

目を大きく妖しく光らせて、

 

 

「次はあなたを私に惚れさせる」

 

 

と、千世子の言葉は黒山をさらに追撃する。

 

目を逸らした黒山は、

「………。」

と無言。

 

しばらく考えた後、

「惚れてねぇ役者の演出なんてしねぇよ」

と千世子の言葉を無下には否定しない「大人」の態度で、黒山は応じた。

 

ここで背後からガシっ、と黒山の肩に誰かの腕が回された。

 

肩に腕を回してきたのは王賀美。

 

「おい、黒山墨字。内緒話か」

 

「なんだよ。次から次へと」

 

黒山の「大人」の対応を王賀美が良いタイミングで潰してくれた、と千世子は思う。

そして千世子は、

「今日はごちそう様。王賀美さん」

と、微笑んだ。

 

「あ? 百城。何を終わったみたいに。まだ9時前だ」

 

「こいつら未成年だ。そろそろ帰すぜ」

 

そんなやりとりを交わす3人。

 

千世子が思い出したように、

「さっきはごめんね。お肉がすごくて勝負が流れちゃった」

とモノマネ対決の話に触れる。

 

王賀美は「あ?」と、話の意味が分からないという反応を見せたが、

 

「…ああ」

 

と理解が追いついた呟きを(こぼ)し、千世子の横顔を見つめた。

 

「…いいよ。もう物真似は卒業したんだろ?」

 

「ガキの頃から知ってはいたが、良い女になったよ、お前は」

 

そんな王賀美の語りを、千世子は真顔で聞き入る。

 

王賀美は思い出していた。

公演前の空港で、帰国しようしていた自分を(はば)むように立った千世子と明神阿良也の姿を。

 

退屈していた自分に対し、「私のこと名前から覚え直させてあげる。きっと楽しいよ」と言い放った千世子。

対等な遊び相手は夜凪だけと考えていた自分に、「俺もこの女も化け続けてる。あんたの本当の遊び相手は夜凪じゃない。俺たちだ」と睨みつけてきた阿良也。

 

王賀美は、打ち上げで酔いつぶれて、スピ~、と気楽に眠っている阿良也を見ながら、

「こいつの言う通りだったよ。まだ遊び足りねぇな」

しみじみとそう言った。

 

そして王賀美は、

 

「次は映画なんだろ、黒山墨字。俺たちの準備はできているぜ」

 

きっぱりとした口調で言葉を発した。

 

黒山は、

 

「…ああ」

 

と肯定した。

続いて、

 

「待ってろ。すぐに動き始める」

 

と宣言した。

 

酔い潰れると目を覚まさない阿良也にイタズラする夜凪とルイとレイ。

夜凪は、阿良也の頭を膝枕に乗せて、その顔にマジックで落書きをして笑っていた。

 

宣言した黒山は、その光景を見つめていた。

 

 

 

夜も更けてきた。

打ち上げも終わりに近づいた頃、それまでテーブルに伏していた山野上花子が、

「モテモテでしたね」

と呟いた。

 

近くの席でまだ飲んでいた黒山は、突然聞こえてきた声に「…!」と驚く。

 

「起きてたかよ」

 

「ありがとう、黒山さん」

 

テーブルに突っ伏したまましゃべる花子。

 

「何がだよ。酔っ払いの相手はごめんだぞ」

 

「私はもう2度と演出をすることはありません」

 

花子はさらに言葉を続けた。

 

「それどころか、…絵も小説も、もう描きたいと思えないんです」

 

自身の内面の怒りや他の諸々の都合から逃げるために、絵や彫刻に打ち込んできた。

世の不条理への怒りに満ちた小説を書いてきた。

花子はそういう生き方を選んできた人間。

 

自分を舞台演劇「羅刹女」の制作に関わらせた人物である天知心一の言葉が思い出された。

 

「もう創らなくていい。創る理由がない…」

 

花子は顔を上げ、

 

 

「やっと自由になれた」

 

 

と、解放感の清々しさを表情に浮かべて、自らの本心を口にした。

 

黒山は、複雑な表情で花子の言葉を聞いていた。

本心を晒した敵側の演出家。

すっきりと()き物が落ちたような笑顔を見せる敗北者。

 

そして、黒山も笑顔を見せた。

やや寂しそうなその笑顔で、

 

「ずりぃな。お前だけ」

 

黒山は、業界を去っていくであろう花子にそんな言葉を贈った。

 

 

 

朝の夜凪家。

ピピピピ、と目覚ましの音が響く。

 

夜凪は、ぱち、と目を見開いた。

 

「はっ、遅刻だわっ!」

 

布団から勢いよく身を起こす。

 

廊下を歩きながら上着を羽織り、

「稽古に…!」

と慌てる夜凪。

 

廊下ですれ違った妹のレイから「舞台ならもう終わったでしょ」と言葉を掛けられた。

 

「そ…、そうだったわ。ごめんね。ごはん今、作るから」

 

「あ、それももう大丈夫だよ」

 

「え?」

 

そして夜凪は目にした。

 

…夜凪家のダイニングの異様な光景を!

 

エプロン姿で台所に立つ星アリサ。

その手伝い役に、同じくエプロン装着の清水。

 

…有り得ない光景!

 

この状況を普通に受け入れて、朝食をもぐもぐもぐもぐと食べるルイとレイ。

 

「酷い格好ね。それでもあなた女優?」

 

そんなアリサの言葉を、まだ状況が呑み込めないまま耳にする夜凪。

 

びっくり顔の夜凪に、アリサから業界人としての助言が伝えられる。

 

「ファッションセンスの酷さも然る事ながら、致命的なのは立ち振るまいね。あなた、スキンケアや髪の手入れしてる? ポテンシャルに頼るのも止めなさい。…ああ、引越しも急いだ方がいいわね。防犯も何もあったものじゃない。ともかく、若さにかまけていたらすぐに老いるわよ」

 

エプロン姿のまま、一気にしゃべり切るアリサ。

 

さらに、

「女優としての自覚を持ちなさい」

と助言を続けるスターズ社長。

 

夜凪は怪訝そうに見つめる。

アリサの顔を、不思議な物を見るような目で、まじまじと見つめる…。

 

 

「返事は?」

「はっ、はい」

 

 

アリサは、表情の威厳を維持しつつ、話題だけをコロリと変えて、

「ああ、そういえば朝食を作ろうとしたら(ことごと)く焦がしてしまったの。ごめんなさいね、キッチン汚して」

と現状に関する報告をする。

 

「ウーバーイーツっておいしいね」

 

ルイとレイが美味しそうにもぐもぐと食べていたのは「ウーバーイーツ」だった。

 

夜凪は、

(なぜ料理が苦手なのに、人の家で朝食を作ろうとしたのかしら)

と依然として謎だらけの現状に困惑する。

 

「あの、…なぜ料理が苦手なのに…いや、それよりなぜうちに?」

「?」

 

困惑を解消するために、夜凪はアリサに尋ねる。

アリサの反応は「?」だった。

 

「まさか聞いてない? 黒山から」

「う、うん。じゃなくて、はい」

 

夜凪とアリサのやりとりを、清水、ルイ、レイ、は黙って見守る。

 

「まったく、あの男は…」

「…? …?」

 

一向に状況を把握出来ない夜凪に対し、アリサは説明を始めた。

 

「夜凪景。あなたは元井製薬シェアウォーターのイメージモデルに決まったわ」

 

そしてアリサは握手のための右手を差し出す。

唐突な展開に夜凪は、ビクッ、となる。

 

 

 

「今回、あなたのマネージメントを任された星アリサよ。改めてよろしく。あなたには国民的スターになって貰うわ」

 

 

 

アリサの右手は、夜凪の右手をしっかりと握っていた。

 

「CMに取材…、今日からしばらく忙しくなる」

 

「でも大丈夫よ、千世子も通った道なんだから」

 

現実感が伴わない表情で、夜凪はアリサの言葉に聞き入った。

 

「まずあなたには、表舞台に立つための基本を学んで貰うわ。ついてきなさい」

 

 

 

 

スターズ、本社。

その一室で、夜凪の到着を待つ2人がいた。

 

黒髪の少女が「はぁ~」とため息を吐いていた。

 

「嫌になっちゃうわ…。ねぇ、信じられる? アリサさんたら私に新人の面倒を見ろなんて言うのよ。それもよその子よ、よその子! 全く、どうしたのかしら、アリサさん」

 

「でもやってくれるんだろ? 君は優しいから」

「べ…別に、そんなんじゃないわよ! あなたはいつも、そうやって…!」

 

ここで、コンコン、とノックが鳴らされた。

 

(あ、来たみたいだね。彼女は君に比べたら芸歴も知名度もまだまだだけど。ちゃんと敬意を持って接してあげるんだよ)

(分かってるわよ! 子供扱いしないで!)

 

「コッ、コホン。どうぞ」

 

その言葉を聞いた夜凪は「失礼します」と言って、ドアをガチャ、と開けた。

 

「えっ」

 

部屋の中で夜凪を待っていたのは、星アキラと初対面の小さな女の子の2人だった。

 

星アキラは、

「やぁ、久しぶり」

と、夜凪に笑顔を見せた。

 

女の子は机に頬杖を突いて、夜凪をまっすぐに見ていた。

 

               「scene108.スター」/おわり




以上が、アクタージュ「scene108.スター」の紹介となります。

扉絵は、嬉し涙を流す有島あゆみ(←通りすがりの一般人です。羅刹女の甲乙の投票に悩んでいた子供です。後の出番はありません)にサイン色紙を書いてあげた満面の笑みの夜凪。
夜凪は、ちゃんと子供に目線を合わせるようにしゃがんで接しています。
夜凪の隣で既に色紙にサインを書き終えた千世子が微笑んでいます。
千世子もしゃがんでいます。
夜凪の次にサインを書くつもりで待機している王賀美もしゃがんではいるのですが、それでもなお有島あゆみの目線より遥かに高くなってしまっています。
色紙は1枚しかなく、夜凪と千世子のサインが既に記されていますが、王賀美が文字を入れるスペースはちゃんと残されています。

本編の絵面では、「私たち、もうおしまい?」「次はあなたを私に惚れさせる」と言う千世子が素敵で恰好いいですね。

ぐったりしている雪と、酔っ払って雪に絡んでくる市子の絵もいいです。

黒山が花子に「ずりぃな。お前だけ(←実に黒山らしい言い回しです)」と「はなむけの言葉」を贈る1コマ。
右を向いて笑ってしゃべる黒山1人がコマの右側に描かれているため、枠線の外側に言葉を発している構図になっていて「絵面、工夫してるなあ」と私は思いました。

朝の夜凪家の、エプロン装着済みのアリサと清水が立っているダイニングの光景も面白いです。
そして、アリサと夜凪の握手のシーンは、絵と台詞込みで迫力のある大ゴマとなっています。

最後の1コマは、久々のアキラと、今後の重要登場人物となる少女の顔見せとなっています。

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