アクタージュのその後 (ナビゲート編)   作:坂村因

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「117話目に相当する話」の紹介

スタジオ大黒天のキッチンに響く、トントントントン、という音。

その音は、黒山、雪、ルイ、レイ、の4人が卓に付いているダイニングまで届いている。

 

雪は気まずそうな顔で、いつまでも続く包丁の音を聞いている。

黒山は暢気に新聞を読んでいる。

ルイとレイはおとなしく座っている。

 

雪は立ち上がってキッチンの様子を覗きにいった。

 

「け、けいちゃん。手伝うよ」

 

「いい」

 

「は、はい」

 

…キッチンで夕食の準備を進める夜凪はそんな反応。

 

「おねーちゃん、最近ずっとイライラしてる」

 

「おねーちゃんは怖いなあ」

 

「何かあったのか?」

 

ダイニングに戻ってきた雪は、

「そのことで、ききたかったことがあって」

と、新聞に目を向けたままの黒山に話し掛ける。

 

先日のオーディション会場で環は、

(墨字君には憂えて貰おう。「本当は環が良かったけど仕方ない…。夜凪で我慢しておこう」…って)

と、夜凪に対して謎めいた言動をとった。

 

雪はそのことを思い出しつつ、

「環さんって一体墨字さんとは」

と言い出したのだが…、

 

 

ゴン!

 

 

力強い音とともに、卓上に鍋が置かれた。

 

「お鍋できました」

 

ダイニングに来た夜凪は、鍋の置き方だけではなく、その口調も力強かった。

 

「あ…、ありがとう」

 

雪は、

(え? 何? 墨字さんには聞く必要ないってこと? (こわ)…)

と、冷や汗を垂らした。

 

 

 

そして、出来上がった鍋料理を食べ始める5人。

 

「なんで、そんな不機嫌なんだよ」

 

「オーディション、通ったんだろ」

 

「それも主演の少女時代の役だ。こんな良い話もねぇ。よくやったよ」

 

自分がお願いした通りに、きっちりと役を取ってきた夜凪を称える黒山。

 

褒め言葉は夜凪の意識を素通りする。

夜凪の目は暗黒色のまま。

 

「…そうね」

 

「あの人の少女時代の役ね」

 

料理を頬張りながら、平坦な声音でそんなふうに返事する夜凪。

 

「…? ああ、環な」

「…うん」

 

夜凪は箸を動かす手を()めた。

 

「うめぇ」

「……。」

 

黒山は鍋料理の味の感想を述べると、もぐもぐもぐ、と無言で口を動かした。

 

夜凪は顔に筋を浮かべて、ムカァ、と判り易い怒りの表情で黒山を睨んだ。

 

(ああ。気にはなってるのに、こっちから聞くようなことはしたくないのか。面倒臭い…)

 

 

 

…傍観者・雪は、夜凪の心理を分析する。

 

 

 

「しかし、偉くなったよな。環も」

 

食べるのを再開させていた夜凪は、

「…!」

という反応を見せた。

 

「へ…、へぇ? そうなの? 別に興味ないけど?」

 

「ああ。そりゃそうだろ」

 

(けいちゃん。誘導作戦に移ったようだ)

 

「大作映画の主演を張るような連中が何十と出演する規格外のドラマ。それが大河だよ」

 

「その主演を張れるようになっちまったんだからな。環は」

 

「この前までガキだったのによ」

 

黒山は少し嬉しそうに環について語った。

 

夜凪は、

 

「…ふーん」

 

と、つまらない話を聞かされた、という感じの表情。

 

「じゃあ私じゃなくて環さんを主演に映画を撮ればいいのに」

 

ぼそっ、と呟かれた(とげ)のある夜凪の意見。

 

よく聞き取れなかった黒山は「…?」と夜凪のほうを見る。

 

「あ? 何か言ったか?」

「…別に」

 

(あああ。そういうすね方をしているのか。けいちゃん!)

 

雪は、オーディション終了後の環の態度を思い出す。

 

(……。…でもあんな煽られ方したら当然か)

 

(自分は2番目なんじゃないかって不安になるよね…)

 

「要するに、その環さんの人気に乗っかって有名にして貰えばいいんでしょ。分かってるわよ」

夜凪は、ぷい、と顔をそむけた。

 

(ああ。なんて卑屈な子になってしまったんだ)

 

「乗っかる…?」

「…!」

 

「環に乗るんじゃねぇ。環から奪うんだよ」

 

夜凪は、予想外の黒山の言葉に目をぱちくりとさせた。

 

「確かに奴の少女時代を演じるお前の出番は前半の数話だけだ」

 

「だが裏を返せば、環より先に視聴者に認められるのもお前だ」

 

「それを利用してお前のすべきことは何だ?」

 

「考えろ」

 

黒山から大河出演に対する考え方を並べたてられ、考えろと言われた夜凪。

 

その瞳の光は、鋭さを伴う輝きを取り戻す。

 

 

 

「大河の主演は私だと、初めの数話で視聴者に刷り込ませること」

 

 

 

黒山は、

「そうだ。それがお前の仕事だろうが」

と、真剣な口調で「狙い」の確認。

 

…二人のやりとりを眺める雪。

 

「そうすりゃ、その後の本編を担う環に、視聴者はお前の影を見続ける」

 

「そっか…。環さんの活躍は私の活躍になる」

 

「ああ。環の5分の1の撮影時間で、大河のすべてを奪う作戦だ」

 

(海賊みたいな会話だな…)

 

「…ふふ」

 

夜凪は頬に朱色の、にや、を貼りつけた。

 

「それって、とっても楽しそうね」

 

「そうだろうが! 何イライラしてんだバカ」

 

「イライラなんかしてないわよ。イチャモンやめてくれる?」

 

(おお。機嫌が直った)

 

声がテカテカするほどのテンションで箸の動きも速くなった夜凪の心理を、傍観者・雪は分析する。

 

もぐもぐ、と棘の取れた優しい表情で口を動かす夜凪。

 

そんな夜凪を見て、雪は微笑んだ。

 

 

 

スタジオ大黒天が入っているビルの屋上に来た雪。

そこには風になびく黒髪を手でおさえる夜凪が立っていた。

 

「気になるならちゃんと訊けばいいのに」

 

空には三日月が見えていた。

 

「環さんとのこと」

「ううん。別にそういうんじゃないの」

 

「分かってるの。あの人、私を怒らせるためにわざとあんなこと言ったんだって」

 

「あの言葉が挑発でも、黒山さんとどんな仲でも。私は役者。関係ない」

 

「売られた喧嘩は買うだけよ」

 

物騒な言葉をキラキラとした笑顔で言う夜凪。

 

(いや喧嘩って言っちゃってるけど! めっちゃ意識してんじゃん)

 

雪は昼間黒山と交わした会話を思い出す。

 

 

 

それは事務所で二人の時の会話。

 

「俺、来週からまた空けるから」

「ええ。聞いてない! また!?」

 

「しゃあねぇだろ。そろそろ動き出さねぇとな」

「普通、そういうの私も同行させますよね?(助手なんですけど)」

 

黒山は、

「悪い」

と、端的に答えた。

 

黒山は新作映画に向けて動き始めたことで忙しい。

まだスポンサー集めの段階だ。

 

「今は夜凪を頼む。お前の出番はもう少し後だ」

 

そんな会話…。

 

 

 

屋上に立つ夜凪の後ろ姿を見ながら雪は思う。

 

(そうだ…)

 

(けいちゃんはいずれ映画界全体の財産になる。つまり巡り巡っていつか私の財産になるということだ)

 

(今はけいちゃんに尽くそう)

 

「雪ちゃん。顔合わせまでまだ時間あるわよね」

「うん。来週だね」

 

「じゃあまずは敵情視察ね!」

「うん!」

 

 

 

まずは経歴を調べることから。

 

環蓮 33才

芸能人好感度ランキング例年1位の言わずと知れたトップ女優

12才で 大手芸能事務所のスカウトキャラバンでグランプリを取ってデビュー

 

応募動機は よく可愛いと言われるからって当時インタビューで答えている

…昔から変わんないね そういうとこ

 

役者としての開花は18才からだね

日本アカデミー新人賞を取ってからはすごい

去年の主演ドラマは4本 知名度で言っても千世子ちゃん以上だね

 

ザ・スターって感じだけど 親しみ易さでも有名でね

しょっちゅう恋人が出来たり別れたりしてるけど それが公になることが人気のダウンに繋がらないんだよね

 

一般人と飲んでる姿がよくSNSに上がっていて もはや週刊誌も追わないレベル

だから行きつけの店に行けば割と簡単に会えちゃう

 

それくらい身近な芸能人…

 

 

 

その夜、環は都内のバーにいた。

会社帰りのサラリーマンたちと野球拳の勝負をしていた。

 

「後1枚! 後1枚!」

 

「ジャンケン七人抜きってどんな確率だよ!」

 

「マジ、どうなってんの。蓮ちゃんの勝率!?」

 

「その調子で証券マンも剥いちゃってえ!」

 

お酒で楽しく赤い顔になっている環は、

「言ったじゃん。私、じゃんけん、負けたことないって」

と、余裕の発言。

 

証券マンはパンツ1枚にされているのに、環は無傷。

 

「さーて。東大卒の全裸かぁ…。興味ねぇ~」

「予知? どうなってんだよ、クソォ」

 

 

 

…夜凪と雪が、環の「行きつけ」の1つであるバーに到着した。

入口近くに立った二人が見たのは、野球拳の光景だった。

 

「じゃんっ、けんっ、…ん?」

 

環は自分のことを眺めている二人の存在に気づいた。

夜凪は短パンと無地の白Tシャツにキャップという軽装。

雪はいつものスポーツジャケット。

 

「何してんの、景ちゃん」

酔っているので声が大きい環。

 

「そ…、そちらこそ」

別世界に迷い込んだ状態の夜凪の声は小さい。

 

「野球拳。やる? それとも飲む?(ジュース)」

 

「の…、のむ」

 

(本当に奔放なんだ。環蓮…)

 

パンツ1枚にされた証券マンが、

「ちょっと、環ちゃん! まだ勝負終わってない!」

と口を尖らせた。

 

「あっはっは。子供の前で、これ以上脱がせられるか」

 

「…!」

 

ムッ、とした夜凪は拳を握りしめて、私は平気、とアピール。

 

「子供じゃないです! どうぞ脱いで下さい!」

 

「いや。どこに反応してんの。脱がないで下さいね。こっちはシラフなんで」

 

「いや別に、脱ぎたい訳じゃないですからね、俺も」

 

 

 

バーの壁側、カウンター席。

3人で並んで座る。

 

「さて…」

 

飲み直す環。

夜凪の前にはジュース。雪の前には水。

 

「顔合わせまで待てなかった?」

 

「うん」

 

そして夜凪は来訪(らいほう)の理由を述べる。

 

「環さんの過去を演じるなら、環さんのことを知らないとって」

 

「あはは」

 

頬杖を付いて、

 

「思った以上にあまちゃんだな。ちょっとがっかり」

 

環は目線を下に向けた。

 

そんなことを言った環の横顔を、夜凪は目を開いて睨む。

 

「ど、どういう意味ですか」

 

「冷静のつもりなんだろうけど。まだ熱くなり過ぎてるよ。マネージャーさんも()めてあげないと」

 

環は、がっかりした理由を告げる。

 

「芝居のために私を知ろうと思ったって?」

 

「私たちの演じる『薬師寺真波』について知る前に?」

 

雪は「…あ」と声を(こぼ)した。

夜凪は何も言い返せずに「………。」と無言。

 

「私たちは一緒に同一人物を演じるだけじゃない。実在した人間を演じるんだよ」

 

「普段の君がそんな基本を忘れる訳ないよね」

 

「随分、私の挑発が効いたみたいだ」

 

夜凪はまだ言い返せない。

雪が、

「そ…それは。けいちゃんはこれからやるつもりで…!」

と夜凪をフォロー。

 

「あはは。そうなの? ごめんごめん」

 

環の「言葉」による攻撃は続く。

 

「じゃあ勿論、一話目に登場する薬師寺真波の8才の頃を演じる子役。その子とも会うんだよね?」

 

「あれ? もしかして、たった1話だけの子役なんて興味なかった?」

 

ようやく夜凪は、

「ち…違う。そういう訳じゃ」

と、声を出す。

 

「あはは。分かってるよ。きっと普段の君なら失念することもなかったんだろね。ごめんね、意地悪言って」

 

「でもね、景ちゃん。やる気も空回ったら虚しくない?」

 

「ちょっと煽られたくらいで何も見えなくなっちゃうなんて可愛い」

 

環は、愉悦に満ちた目で夜凪を見た。

夜凪は険しい表情で、環の言葉を受け止めるだけ。何も言い返せない。

 

 

 

都心の高層ビル。

その玄関口にいる芸能人の少女とマネージャー。

 

「お待たせ。スミス」

「清水ですよ」

 

「私の前では、スミスって言ってるでしょ! 外国人のマネージャーってカッコイイじゃない、なんか!」

「そのせいで、社長まで未だに私をスミスと呼ぶんですよ」

 

「あら、良かったじゃない」

 

仕事を終えたその少女を車で迎えに来た清水。

 

「…今日も、お母様は?」

「………。」

 

言葉に詰まる少女。

 

「うん。だって、親同伴でお仕事なんて子供みたいでしょ」

「…。そうですね」

 

「でしょ!? だからママに来ないでって私が言ってるの!」

「なるほど」

 

「…フフ。ママがね。大河なんてすごいねって」

 

清水の車の後部座席に乗り込んだ少女は、鳴乃皐月。

 

「たった一話の子供時代の役だけど、主役は主役だからって」

 

「夜凪さんの子供時代役と考えるとちょっとムカつくけど、環さんの子供時代でもあるって思うと悪くないわ!」

 

「キネマのうた」の台本を開き、嬉しそうに頬を染める皐月。

 

「そうですね」

 

清水は微笑みながらそう返した。

 

 

 

…場面はバーに戻る。

 

「だから。仲良くしようよ、景ちゃん」

 

「私たちは敵同士じゃない」

 

環はグラスを片手に言葉を続けた。

 

「これから3人で、一人の女優を演じるんだからさ」

 

 

               「scene117.奪う」/おわり




以上が、アクタージュ「scene117.奪う」の紹介となります。

絵面としては、バーにやってきた時の夜凪と雪の呆れたような表情が面白いです。
再登場の皐月は、目もきらきらで本当に嬉しそうな様子です。
デビュー時の環は、後ろ髪の長さが肩くらいまでしかありませんね。

前回の反動のように弱い感じに描かれてしまった夜凪。
環の意地悪い感じの描写が目立ちますが、そこはやはり大人、物事が見えています。

薬師寺真波を演じるのは、皐月、夜凪、環、の3人ですね。
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