アクタージュのその後 (ナビゲート編)   作:坂村因

12 / 16
「119話目に相当する話」の紹介

ある作品の撮影現場。

明治時代の洋館のセットの前を、フォーマルな衣装をまとった紳士と淑女が歩く。

淑女のほうは朝野市子。

手にしたスマホの画面には「大河『キネマのうた』にシェアウォーターコンビ!」という記事がある。

市子は嬉しそうに語る。

 

「流石、夜凪さん。トントン拍子だなぁ。シェアウォーターの次は大河か…。役所(やくどころ)もおいしい」

 

市子の話を聞いて笑顔を見せている紳士のほうは白石宗。

 

市子と白石は、夜凪とは「羅刹女」で一緒になった仲だ。

 

「私も去年、大河で白石さんと共演させて頂いてから一気に仕事増えましたから」

「どこまで大きくなるのか楽しみですね。夜凪さんは」

 

「あ。でも、主演が環さんかぁ。強いなぁ」

「ははは」

 

白石は、

(環さんはともかく、共演者にスターズの鳴乃さんと薬師寺真美か…。その組み合わせの中に夜凪さん…)

と、記事の情報を整理する。

そして、その火薬混じりの人選について心配する。

 

「テスト入りまーす!」

 

「テストー!」

 

撮影を進行させるスタッフの声が響いた。

 

白石は書き割りの空を見上げながら、

(何事もなければいいが…)

と、願った。

 

 

 

顔合わせ終了後、環の行きつけのバーに集まった5人。

テーブル席に、環、夜凪、皐月、雪、の4人が付いている。

 

「薬師寺真美とケンカしたぁ!? なんで!? なんでそうなるの!?」

 

今は夜凪を頼むと言われている雪は、当然そう叫ぶ。

 

しかし、夜凪は料理に頬を膨らませて口をもぐもぐと動かしながら、

「別にケンカとかじゃないわ。ただ私たちが薬師寺真波をちゃんと演じ切ったら皐月ちゃんに謝ってって言っただけ」

と、自分の態度は間違っていなかった、と強調する。

力強く両拳を握っての主張。

 

環は暢気に、

「啖呵切ってたよね。格好良かったよ」

と夜凪の態度に高評価。

 

「ひぇ~」

と嘆く雪。

 

ここで清水が、冷静に自分の考えを述べた。

 

「…しかし。それではうちも真美さんの目の敵になったんじゃ」

「…あ」

 

雪は、

(なんで座らないんだろ。スミスさん)

と、どうでもいいことに思考が及ぶ。

 

「…つまんないこと言わないで。スミス」

「…!」

 

清水の考えを皐月が制する。

 

「あの人、アリサさんを侮辱したのよ。私が怒るべきだったんだわ」

 

「あはは。景ちゃんに借りができたね、さつき」

 

(わぁ。子供と言ってもやっぱり女優だなぁ。強ぇ…)

 

清水は、「…はぁ」と(うつむ)き、(ひたい)を指で支えた。

 

「薬師寺真美。故・薬師寺真波の長女にして日本を代表する女優の一人です」

 

「子役時代から名だたる巨匠と映画を撮り続けた大女優ですよ」

 

皐月は清水が言う今更な情報に、

「知ってるわよ。古い映画ばかりだから観たことないけど」

と不機嫌に、ぷん、とほっぺを膨らませた。

 

「アリサ社長とは十歳近く年が離れてますがよく共演されていました。2人はまるで姉妹のように親しかったと…」

 

環は、

「へぇ。そうは見えなかったけどね」

と夜凪に同意を求め、

夜凪は真美とアリサが並んでピースしている非現実的な絵面を思い浮かべながら、

「うん」

と答えた。

 

「…何か遺恨(いこん)があるんでしょう」

 

清水は厳しい目つきで語る。

 

「スターズの俳優は、今日まで薬師寺真美との共演は避けられてきましたから」

 

初耳の皐月は、

「え」

と目を丸くした。

 

「社長は今、変わろうとしてらっしゃる」

 

「皐月さんの共演はその変化の現れでしょう」

 

言い終えた清水は心の中で、

(…しかし。こうなるくらいならもっと注意しておくべきだった)

と続けた。

 

夜凪は、コトッ、とお箸を皿に置き、

「よく分からないけど、どうあれ私たちがすべきことは一つだけでしょう」

と、話のまとめに入ろうとする。

 

 

「薬師寺真波を演じ切ること。他のことは関係ないわ。役者なんだから」

 

 

もぐもぐと口を動かしながら語る夜凪。

そう。

役者にとって大事なのは芝居であり、外側の厄介な事情なんて食事のついでに話す程度でいい。

 

突き抜けた夜凪の考え方に、清水は「………。」と固まってしまう。

それでも食い下がろうと、

「しかし共演者の、それも主演のモデルの肉親に目をつけられたとなると…」

としゃべり始めるが、

「ビビりすぎよ、スミス。情けないわね」

と皐月に(さえぎ)られてしまった。

 

「つまり、こうすればいいんでしょ」

と言いながら皐月が取り出したのは「自由帳」。

 

カキカキカキカキ。

 

描く様子を覗き込む、環と夜凪と雪。

描き終えた。

皐月は2コマ漫画風の作戦立案書を作成した。

 

…1コマ目。

 

まず私が完璧なお芝居をするでしょ?

 ↓

それを見て真美さんが感動するでしょ?

 

なお、絵は「ガッツポーズの皐月」と「ははの生まれ変わりだわ、と言う真美」。

 

…2コマ目。

 

私を見つけたアリサさんも認められるでしょ?

 ↓

2人は仲直りするでしょ?

 

絵は、「やるじゃない、あなたもね、と互いを称え合う真美とアリサ」と「仲良くしなさい、と胸を張る皐月」。

 

「そして、大女優に認められた私は大女優になる。うん。カンペキだわ」

 

「なるほど良い作戦ね(絵、上手ね)」

 

「……。」

 

再び清水は(うつむ)く額を指で支え、(今ならまだ間に合う。一度アリサさんに相談して、場合によっては…)、と考える。

 

「いいね。その作戦でいこう」

 

環は澄んだ瞳で、笑顔で賛同。

 

「環さん。これは本当に真面目な話で」

 

環は「?」と清水を見やり、

「マジメだよ」

と真っ直ぐ答えた。

 

立ち尽くす清水。

その頭の中に色々なことが交錯(こうさく)しているらしい表情の清水。

 

夜凪と皐月は、

「問題はどう完璧なお芝居をするかよね」

「だ…大丈夫よ。私が演じるのよ」

と作戦内容の検討に入る。

 

雪が、

「まぁ、役者の力を信じるのも私たちの仕事ですから」

と苦悶中の清水に声を掛ける。

 

清水は、

「いえ。信じていない訳では」

口籠(くちごも)る。

 

 

 

作戦会議は、本格的に内容の吟味の段階へと入る。

 

「今回の役の難しいところは、三世代に渡って一人の人間を演じるということでしょ?」

 

「そうだね」

 

環はその難しさをボール投げに例える。

 

「個々で役作りしても見えない的に目がけてボールを投げるようなもんだからね。だからまずは真波のイメージを共有しないとだ」

 

ボール投げの失敗例として、

夜凪は「皆どこに投げてる?」

環は「あはは。分かんない」

皐月は「なんかあの辺よ」

と、3人がぽいぽいボールを投げるイメージ映像を環は思い浮かべた。

 

皐月が、

「…! 私、分かったわ」

と、アイデアが閃いた様子。

 

「整形して皆同じ顔にして貰う…?(マナミぽくしてもらう…?)」

「………。」

 

「…それは、最終手段ね」

 

「そ…そうね。そうしましょう」

 

(子供の発想ってすごいな)

 

ここで夜凪が、

「つまり。的がないなら的を作ればいいのよ」

と、ようやく実効的(じっこうてき)な意見を出す。

 

 

「皐月ちゃんの演じる薬師寺真波を、私たちの的に…指針にするの」

 

 

その言葉を聞いた皐月は、大きく目を開いて夜凪を見つめた。

 

…夜凪は意見を続けた。

 

「そうなれば、後はいつもの役作りとそう変わらないわ」

 

「皐月ちゃんを中心に自ずと役に一貫性が生まれて、同一人物を演じやすくなるはず」

 

「逆に言うと、皐月ちゃんの真波がズレていたら、私たち皆の真波がズレることになる」

 

「だから私たちは一緒に暮らしながら、皐月ちゃんに真波を掴んで貰うための手伝いをするの」

 

皐月は真剣な表情で、夜凪が言ったことを理解するために思考を回転させる。

 

雪は、(いやいや。正しいけど間違ってる。大河の主演はあくまで環さんなんだから…)と思いつつ、

「あー…」

と、口を挟むきっかけ作りの声を発する。

 

「でもここは、主演の環さんの真波をベースに2人が合わせにいった方が一般的なので」

 

環は、

「いや」

と、あっさり否定し、

「別にそんなルールはないし。大河は基本順撮(じゅんど)りだ。景ちゃんの方法は間違ってないよ」

と答える。

 

そして環は、

 

「責任重大だ。やれる? さつき」

 

と、作戦の決行を左右する最終確認。

 

「…うん」

 

皆の注目を浴びながら、皐月はしっかりと返答した。

 

「よし」

 

笑顔の環の「よし」で、作戦が決まった。

 

(いくら環蓮と言っても、大河だよ大河! 大河の役作りの主体を子役に委ねるなんて)

 

雪は環の顔をまじまじと見つめた。

 

(一体何を考えてるの。この人…)

 

 

 

清水が運転する車の後部座席。

皐月は下を向いて口をつぐんでいる…。

 

(…あれからずっと黙っているな。やはり不安なんだ)

 

ミラーに映る皐月の様子を見て、清水は心配する。

 

しかし、違った。

皐月は、これまでの6年間の芸能生活の出来事を思い出していた。

 

(さつきちゃん。カワイイね~)

(将来は大女優かな)

(さなぎちゃんだ~)

(流石上手だね~。お芝居)

 

そんな色々な場面を記憶から呼び出していた。

 

「ねぇ、スミス。あの2人は私を女優として見ているの」

 

「…?」

 

「子役じゃなくて。女優」

 

沈黙を破って出てきた皐月の声は平坦な響き。

 

清水は、そっと皐月の表情を確認する。

 

そこには女優としての自覚に目覚め、その本質を発露(はつろ)しつつある皐月の姿があった。

 

「……。…へへ」

 

興奮で顔を紅潮させながらも、食い入るように台本を見つめる皐月。

 

「薬師寺真美が何よ。あの2人をガッカリさせる方が問題だわ」

 

皐月の脳裏には、本物の「女優」の姿を自分に見せ、自分を驚かせてきた後輩・夜凪のことがよぎっていた。

 

 

 

「私だって…!」

 

 

 

この日ついに「女優」としての覚悟が宿った皐月の表情。

険しく引き締まり、その眼光も強い…。

 

清水は、色々と思うところはあるものの、

「そうですね」

と、本音から生まれる笑みを浮かべた。

 

 

 

鎌倉。

まずは浜辺にやってきた環と夜凪と皐月の3人。

 

「海よ! 海! 2人共! ほら海!」

 

「見えてる見えてる」

 

(カワイイ)

 

「水着持ってきたら良かったね。あ、別に下着でもいいか」

 

「まだ寒いわよ。きっと」

 

「ふふん。夜凪さん、知ってる?」

 

腕組みをして皐月は語る。

 

「真波は泳げなかったのよ。だから私も泳がないの! だってその方が真波に近づけるでしょ」

 

夜凪は、うんうん、と納得しながら聞く。

 

「ちゃんと勉強してきたのよ、私」

 

皐月は、ふふん、と勉強の成果を披露(ひろう)する。

 

「真波のお母さんは活弁士(かつべんし)だったの。当時は無声映画で音がないでしょ。つまり映画の解説係みたいなものね。きっと真波はお母さんを見て女優に憧れたんだわ」

 

ここで夜凪が、

「でも7歳の時、火事で両親を亡くして、鎌倉の祖母の元に預けられるのよね」

と勉強した知識を述べる。

 

「うん。そこで毎日のように松菊(しょうきく)映画劇場に通ったのよ」

 

「きっと、お母さんを探しに行くような気持ちだったのね」

 

次は環が、

「それで?」

と合の手を入れる。

 

「きっと、その道すがらこの景色も見ていたのよ」

 

皐月は、ザザザア、と白く弾ける波打ち際を見つめた。

 

目を閉じ、波の音に耳を澄ます皐月。

そんな皐月を「……。」と眺める環と夜凪。

 

「真波の家は北鎌倉で、映画館はもっと内陸だから海は見えないわ」

 

「う」

 

「あはは」

 

「わ、分かってるわよ。でもほら、鎌倉といえば海だし、そう思った方がフンイキでるかなって」

 

夜凪から作戦内容の理解と確認を(うなが)す言葉が告げられる。

 

「駄目よ」

 

「分かってることは正確に解釈しましょう」

 

「分からないことは想像で補っていいけど、私たちと共有すること」

 

「そのための3人暮らしなんだから」

 

皐月は自由帳を取り出した。

 

「?」

「見ないで。プライバシーよ」

 

皐月は、(わからないことは想像でおぎなう ただし3人で共有する)、と記述し、ぱたん、と自由帳を閉じた。

 

「そんなこと初めから分かってたわ! よくひっかけに気づいたわね! ほめてあげるわ!」

 

不可解なことを元気に口にする皐月の顔を、夜凪はやや冷ややかに見つめる。

 

「その調子で気づいたことがあったら手を挙げて言いなさいね!」

 

「う…うん」

 

「あはは」

 

環と夜凪の大人(おとな)組は、

「まるで先生だね」

「…どっちが?」

と言葉を交わす。

 

「じゃそろそろ行くか」

 

 

 

移動した先は北鎌倉。

 

「真波の住んでいた北鎌倉に家を借りたんだ」

 

「築100年の古民家(こみんか)。きっと当時の真波の家に近いと思うよ」

 

大人2人に、たたっ、と走って追いついて、環の説明に間に合った皐月。

 

夜凪は、

「………。本当に住めるのコレ」

と古民家を見上げた。

 

「まずは片づけだな」

 

「環さん。色々用意してくれてありがとう」

 

「うん。気にすんな。自分のためだから」

 

これから共同生活を始める家を見上げながら夜凪は、

「うん。でも、この中で一番目立つのは私だから」

と、楽しそうな口調でそう言った。

それは、自然と口から(あふ)れ出てしまった言葉。

表情も口調も楽しさの(うち)にあるのに、口を突いて出た言葉はそんな内容。

 

「あはは。皆そう思っているよ。役者だもん」

 

環は当然、役者の本質を理解している。

 

「楽しみだね。女優3人共同生活だ」

 

「一番後輩の夜凪さんが一番がんばるのよ」

 

「え…?」

 

               「scene119.女優たち」/おわり




以上が、アクタージュ「scene119.女優たち」の紹介となります。

この号のアクタージュはセンターカラーでした。
扉絵を兼ねている見開きカラーがとにかく素晴らしい。
1つの絵の中に夜凪が8人、ほぼ同じ大きさで描かれています。
右から、シチューのCM、エキストラの町人A、カムパネルラ、羅刹女、シェアウォーターのCM。
この5人の夜凪が、それぞれ演じた時の衣装を着用して並んで立っています。
その隙間をちょろちょろする感じで「立ち姿じゃない夜凪」が3人います。
立ち姿じゃない3人は、見開きの右側に、デスアイランド編の制服着用で膝を抱えて座る夜凪。
中央に、カムパネルラ夜凪の背後に隠れる感じで、膝立ち姿勢で顔だけ出して覗き見する杉北高校制服着用の夜凪。
左側に、ギーナCM衣装着用で、ギーナチョコを片手にダンスというCM撮影時のポーズなのに、なぜか天地を逆(頭が下で脚が上)にされた夜凪。
絵の中央に横書きで「なんにだってなれる。」と文字が入っています。

なお、市子と白石のページもカラーでした。

本編での絵では、皐月の良い表情が多いように思います。
可愛いばっかりだった皐月が、ようやく「女優」としての表情を描いてもらった回ですね。


序盤の清水VS女優陣のやりとりは、実は清水が言っていることに理があります。
モデルの遺族は、特別・超権・絶対です。踏んではいけない虎の尾です。
詳細は割愛しますが、各人の反応を見る限り5人の中で「虎の尾」を理解しているのは清水だけでしょう。

しかし副題の「女優たち」が示す通り、役者たる者こうでなければなりません。

清水と同じく雪も、常識的な意見や一般論を述べる側の人間として描かれました。

役者は、常識や一般論を基に「役者としての考え方」を決めません。

外部の正論や常識を突きつけられても、役者は役者の生き様を曲げない。
芝居をする場が世界のすべて、…そんな素敵で強い生き物です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。