古民家での共同生活。
3人とも丸い座卓に付いていた。
皐月は台詞の練習中。
「わぁ」
「撮影所…! この町に撮影所ができるんだ…!」
「きっと、お母さんが私に女優になれって言ってるんだ…!」
夜凪が、
「はい。じゃ今日はこれでおしまい」
と先生っぽく言った。
皐月は、
「ちょっと待って! 今日まだ全然本読みやってないわ」
と、物足りない様子。
「うん。台詞の感じくらいは覚えておいた方がいいから本読みは一応やるけど。もっと大切なことがあるから」
「大切なこと? 本読みより?」
「うん。まずは自分を知るの」
夜凪の提案により、皐月は「自分について」というテーマで自由帳に書き記すことになった。
…自由帳の見開きに書かれた皐月の記述。
(左ページ)
天才 子役(←この「子役」という単語は二重横線で消されています) 女優
めいのさつきについて!
かわいい。
一万年に一人の美少女
頭もいい
テスト学年1位!
(右ページ)
(MHK教育に出演する際のフェアリー風コスチューム姿の皐月の「ちょうちょ」のイラスト)
さなぎじゃなくて
ちょうちょ。
かわいい。
皐月は、
「書いたわよ。私について。これでいいの?」
と、夜凪の顔を見た。
夜凪は自由帳に書かれた内容を見つめる。
環は、
「あはは。素直でいいね(かわいいが2回あるね)」
と、簡単な感想を述べた。
「足りないわ。自由帳全部埋めるつもりくらいじゃないと」
「……。」
皐月は、夜凪の考えがよく分からない、という表情。
「こんなことして本当に意味あるの? 私、もっと大切なことがある気がするわ」
「大切なこと?」
皐月は、自分の考えを述べる。
「例えば、真波にとって撮影所は憧れだった訳でしょ? でも私、生まれつき可愛くて昔から芸能人だから、何かに憧れたことがないの」
それを聞いた環は、
「憧れのものを今から作りたいってこと? 気が遠くなるなあ~」
と呆れ気味に、ごろーん、と腕枕で寝そべった。
「うん。それはまだ早いです」
「な…、なんでよ!」
大事なことを言ったはずなのに大人二人が(それは現実的じゃない)という反応を見せたので、皐月は怒り顔になった。
夜凪は自由帳を手に、
「でもこれを埋めていけば必ず真波に近づけるわ」
と、自分を知ることの大事さを強調する。
皐月は、自分が大泣きした時に夜凪が「今真波に一歩近づいた」と言ってくれたことを思い出す。
「分かった。やるわよ」
「お」
「なんですか?」
「素直だと思って」
寝そべりながらも環は皐月の態度を観察していた。
「そうと決まれば行きましょう。遊びに」
夜凪のこの発言に、皐月は、
「うん。…ん?」
と、可愛く反応。
環は、無言で身を起こした。
場所が変わって、海。
海岸から延びるコンクリートの堤防。
環、皐月、夜凪、と並んで、何故か堤防釣り。
ちょい投げ、置き竿、椅子に座って
「…ねぇ。もう2時間もこうしてるわ」
「うん。全然釣れないわね」
「分かってないな。さつき。こういう退屈な時間を楽しむのが大人の遊びだよ」
「私、真波の子供時代を演じるんですけど!!」
不安が
「私たち、明日には帰るのよ!? 明後日にはリハで、その次の日には本番よ!?」
「やっぱり、こんなことしてちゃ、いつまで経っても真波を演じられな…」
ここで、ぴた、と口をつぐんだ皐月。
隣にいた環がカメラのように構えるスマホが、ジー…、という不穏な音を鳴らしていたからだ。
「な…何、撮ってるんですか。蓮さん」
「思い出作りだよ」
ジー…、という音は引き続き鳴っている。
皐月は、サッサッ、と前髪を
「今のインスタにあげないで下さいね。鳴乃皐月は人前で怒鳴ったりしないから」
「あはは。皐月はカメラに弱いなぁ」
「…。」
目を開いて環と皐月の掛け合いを観察していた夜凪は、
「皐月ちゃんはブリっ子」
と言いながら、自由帳に文字を書き記した。
「コラー!! 何、勝手に書いてんのよ!! 私、ブリっ子じゃないし!!」
大人の顔で笑みを浮かべた環は、
「さつきはブリっ子だよ?」
と指摘する。
「え?」
「ほら。案外自分のことって自分じゃ分からないでしょ。こうやって遊びながら、皐月ちゃんのこと知っていきましょう」
頬を赤くし、無言でふくれっつらになる皐月。
「皐月ちゃんは、怒ると顔が赤くなる(カキカキ)」
「あっ。また!!」
「さつきはいつも赤いよ」
「いつも赤い(カキカキ)」
「こらー! せめて自分で書くから返しなさいよ!」
場所を移動。
次は山道を歩く3人。
その後、3人は次々に場所を移動させた。
行く先々で、自由帳には皐月の手により文字が記入されていく。
歩くのは嫌い
スミスの運転するベンツが好き
毛虫は嫌い
さなぎは普通でちょうちょが好き
お風呂は好き
シラスは目が合うから嫌い
だけど美味しかったから困った
ファンは好き
私のことを好きな人が好き
夜も更けて、浜辺に並んで座る環と夜凪と皐月。
「いや~。楽しかったね」
「うん。私、生シラスって初めて食べたわ」
「明日も食べて帰りたいね」
「うん。おみやげも買いそこねちゃったし」
ここで皐月は立ち上がり、真面目な顔になる。
「いや。結局、何よ、これ!! ただの観光じゃない!!」
環は、
「いいじゃん。
と、のんびり答える。
「よくないですよ!! 私たち明日には帰るのに。全然真波に近づけてない!」
そう大声を出した皐月。
そして、
「…それどころか、自分のことを書けば書くほど、私が真波と全然似てないことが分かって…」
と、弱々しく言葉を続けた。
…皐月は膝を抱えて押し黙ってしまう。
「さつきはマジメだなぁ」
「『皐月ちゃんは真面目』、ほら書かなきゃ」
「うるさい!!」
皐月は、自由帳をじっと見つめる。
見つめているのはこの日に記した「自分のこと」のページではなく、先日描いた「真美とアリサの仲直り作戦」のページ。
「泊まり込みで役作りなんて、本当は親同伴じゃなきゃ許されないのよ」
「でも、ママは忙しいから、大河のためだからって。環さんもいるからって無理言って許して貰ったの…」
皐月は、悲痛な面持ちでページを見つめる。
「…私、この作戦、成功させたいのに」
そんな言葉が絞り出される…。
夜凪は、そんなふうに思い詰める皐月の姿を見つめた。
「また一歩近づいた」
言葉を発した夜凪と皐月の目が合った。
「意味分かんない」
怒った皐月は大口を開けて、ガブリ、と夜凪の右腕に噛みついた。
「痛い!! どうしたの。皐月ちゃん!」
痛みに顔をしかめる夜凪。
2人のことを
「もういい! あなたを信用した私がバカだったわ!」
「先帰る! 私一人でがんばるから!」
背を向け、歩き出した皐月。
夜凪は去っていく皐月の背中に、
「…皐月ちゃん」
と、声を掛けた。
そして真剣な顔で、
「『皐月ちゃんは怒るとかみつく』って書いておくのよ」
と告げた。
「うるさいから!」
夜凪は、少し冷や汗を垂らした…。
「嫌われてしまったわ」
「そう?」
ずっと観察役を務めていた環は自分の見解を述べる。
「あの皐月が素直に今日一日、君の言うこと聞いてたんだよ」
「信用されているんだよ。君」
浜辺を後にし、民家に戻ってきた3人。
これが共同生活の最後の夜となる。
…3人とも既に布団で寝ていた。
皐月の目がパチッ、と開いた。
夜空には星が見え、三日月が浮かんでいた。
皐月は1人、縁側に座っていた。
(何度観ても)
皐月が観ているのは、スマホの「シェアウォーターのCM」のデータ再生。
その中の、シェアウォーターを飲み終えた時の汗だらけの夜凪の笑顔。
「…綺麗」
皐月はそう呟いた。
(汗なんて本当は汚いはずなのに。どうして)
皐月はなおも画面を見つめる。
「…どうやったら夜凪さんみたいに」
「私みたいに?」
「わぁ!!」
起きてきた夜凪に突然声を掛けられた皐月は、驚いて大きな声を出した。
「何、見てたの?」
「何だっていいでしょ! びっくりするわね!!(あっちいって!)」
「皐月ちゃんは怖がり」
「もうそれやめて!! おやすみ!」
皐月は、ペタペタと歩いてその場を離れようとした。
夜凪は、送信ボタンを、ぽち、と押す。
皐月のスマホが、ピコン、と鳴り、皐月は足を止めた。
「見て。それ今、私が撮ったの」
皐月に送られてきたのは動画データ。
「動画?」
「うん。皐月ちゃんの横顔」
「隠し撮りは犯罪なのよ(何してんの)」
「私の友達がね。私の横顔を見て、私で映画を撮りたいと思ってくれたことがあったの」
「……?」
しばらく考えてから皐月は、
「…じまん?」
と、夜凪にジト目を向けた。
「いいから見て」
「わっ。何よ」
「私、カメラマンの才能あるかも」
「は?」
ぐいぐいと迫られて、皐月は仕方なく送られてきたデータを再生する。
それはシェアウォーターのCMの動画を観ていた皐月の横顔。
動画を観て「…綺麗」と呟いた時の皐月の
その自分の表情を見た皐月は、交差点で夜凪が「わぁ」という台詞を言った時の横顔を思い浮かべた。
そこにないはずの撮影所と向き合っていた夜凪の姿が脳裏をよぎった。
「これって…」
ここで夜凪は、嬉々として皐月に身体を寄せた。
「今日、私ね。環さんにお願いして、ずっと皐月ちゃんを撮っておいて貰ったの。アイムービーでね。私、さっき編集したの。すごいでしょ。見て見て」
夜凪が編集したというデータを渡される。
皐月は再生ボタンを押す。
ふくれっつらの皐月
生シラス丼を美味しそうに頬張る皐月
風呂上がりに瓶入り牛乳を飲む皐月
夜凪の腕に噛みついた皐月
「皐月ちゃんは、お芝居をしていない時に誰かに可愛いと思われることを嫌っていたでしょ」
映像を見つめる皐月に、夜凪は語りかける。
「でも私、仕方ないと思うの」
「ブリっ子しなくても可愛いのが皐月ちゃんだから」
「皐月ちゃんは、子供の頃からお芝居をしていたからちょっと難しかったのよね。お芝居をしないことが」
映像にある素の自分の姿を見つめながら、皐月は夜凪の言葉に耳を傾ける。
「でもまた一歩近づいたね」
皐月は素直な口調で、
「……。…うん」
と、微笑みながら返事した。
「ねぇ。この時、何を見ていたの?」
「え」
「さっきの横顔。本当に良い表情だと思う」
この「何を見ていた」の正解は「夜凪の笑顔」だが、夜凪は正解を知らない。
「…そうね。真波が初めて撮影所を見た時ってきっとこんな…」
正解を知らない夜凪は、そんなことを口にする。
皐月は、自分が「真波にとっての撮影所」を「憧れ」と位置付けていたことを思い出す。
憧れ…
皐月はゆっくりと視線を夜凪のほうに向けた。
視界には、廊下にぺったん座りをして「……?」という表情を浮かべる夜凪の姿があった。
「……何?」
夜凪からそう詰め寄られた皐月は、顔を赤くして冷や汗を垂らす。
「違うから!!」
「な、何が?」
皐月が眠ってしまった後の縁側。
夜凪はそこに1人座り、先ほど自分が撮った皐月の横顔の映像を見つめていた。
出生も時代も関係ない
いつの世の子供も持っている感覚
ただ目の前のものに笑って 怒って 泣いて
大人になるにつれ失ってしまう感覚
私は真波になる
縁側に座る夜凪の後ろ姿を、環は布団に横になりながらも観察していた。
そして、
「…おっかない」
と呟いた。
「scene121.また一歩」/おわり
以上が、アクタージュ「scene121.また一歩」の紹介となります。
絵面としては、やはり「…綺麗」と呟いた時の皐月の横顔が良いです。
この共同生活は、「3人の真波」の的役となる皐月の役作りを手伝うことがメインです。
なので、皐月が目立つ回が続いています。
もちろん個々それぞれに思惑がある「共同生活」なわけですが。
夜凪は先生役っぽい感じなので素の表情が多いですね。
皐月に噛みつかれた時の顔と台詞は可愛いです。
環は観察役っぽい感じなので表情の変化も台詞も少なめです。