アクタージュのその後 (ナビゲート編)   作:坂村因

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「122話目に相当する話」の紹介

鎌倉生活4日目。最終日。

夜凪、環、皐月、は本読みをしている。

 

皐月の本読み。

 

「わぁ」

 

「撮影所…。この町に撮影所ができるんだ…!」

 

夜凪は本読みをする皐月を見つめる。

 

(わず)かに

だけど着実に

皐月ちゃんの芝居が変わり始めた

 

肩の力が抜けているというか

私の知る皐月ちゃんの愛らしさが垣間見えるようになってきた

 

本読みを続ける皐月。

その姿をじーっと目を凝らすように見つめる夜凪。

 

「きっと、お母さんが私に女優になれって言ってるんだ!」

 

「どうして! どうしておばあちゃんは映画が嫌いなの!?」

 

「嫌だ! 私は女優になるの!」

 

夜凪の目は、本読みをする皐月の細部を追っている。

 

しゃべる時の口元

眉毛を寄せる動きと、その時の瞳

口を大きく開けた時の、その開け方

 

見開かれた夜凪の瞳には、芝居をする皐月の姿が映っている。

 

そんな夜凪を、環は横目で見ていた。

 

観察…いや

同調しようとしているのか

皐月と

 

皐月の役作りを手伝うと言ったのはこういうことか

 

環は、先日の交差点で夜凪が言っていた、

 

(私は子供の頃、役者になりたいなんて思ったこともないわ)

(子供のうちに抱いた夢を子供のうちに叶えてしまうなんて、真波も皐月ちゃんもきっと特別でどこか似ているはずなの)

 

という言葉を思い出す。

 

この子の本当の目的は童心を演じる皐月の気持ちを追体験すること

この子はこうやって自分の中の役を増やしてきたんだ

 

環は、オーディションの時の出来事も思い出す。

中に何人つれてきたのか訊かれて、「12人かな」、と答えた夜凪のことを。

 

身の回りのもの

すべて食べ物

 

まるで怪物だ

 

皐月の本読みが終わった。

皐月は、ふぅ、とやり遂げた感じに息を吐き、

「…どう?」

と尋ねた。

 

環は、「うん。いいね」、と端的(たんてき)に答えた。

しかし環の目つきは、その端的な口調に合っていなかった。

瞳が愉悦に染まり、妖しく光っていた。

 

心の中で夜凪に対し、

 

頼もしいな

 

と、呟いていたからだ。

 

 

 

共同生活をしてきた民家を後にして、浜辺にやってきた3人。

皐月は波打ち際にしゃがみ込んでいる。

 

「さつき~。そろそろ行くよー」

 

「はーい。もう少し待って下さい」

 

皐月のことを眺めながら、環と夜凪はおしゃべりを始めた。

 

「帰る前に、お母さんへのおみやげ、浜辺で探してるんだって?」

「うん。手伝って来ようかしら」

 

皐月は、薄い形状の石を見つけて、(キレイな石!)、と石を手に取る。

 

「子供の成長ってすごいね。怖いくらいだ」

「え?」

「ああ。君も早熟組か。じゃあ分からないか」

 

環は、

「君はさつきで役作りしているくらいだもんな」

と、平静な口調で述べた。

 

夜凪は、

「? 環さんは違うの?」

と、やや驚いた表情で質問する。

 

「私はそんな器用じゃないからね」

「…! じゃあどうしてわざわざ鎌倉で私たちと…。皐月ちゃんをベースに役作りするっていう話だったから、私…」

 

そう。

環は、皐月と夜凪がやっていることをただ見ていただけだ。

夜凪は、皐月の役作りを自分の役作りに落とし込む作業をしっかりと進めていた。

 

「あー。心配してくれてるんだ」

 

環は、そう言って夜凪に笑顔を向けた。

 

そして視線を夜凪から外し、

 

 

 

「甘く見られてるなぁ。私も」

 

 

 

と、遠くを見る目でそう言った。

 

その言葉に重さのようなものを感じた夜凪は、少し(ひる)み気味に環を見た。

 

「当てようか。君と墨字君の狙い」

 

突然、そんなことを言い出す環。

 

「大河の主演は夜凪景だと世間に印象付けさせ」

 

「私から主演としての印象を奪うつもりだ」

 

正解…。

 

「いいよいいよ。気にしなくて。それが芸能界ってもんだし墨字君のやりそうなことだ」

 

環はそう言いつつ、歩き始めた。

 

夜凪は、歩き出した環の背中を見ながら、

「分かっていて。どうして協力してくれたの…?」

と、不思議そうに訊いた。

 

「先輩だから?」

 

振り返って答える環。

 

夜凪は、意外な答えが返ってきた、という表情で受け止めた。

潮風に、夜凪の長い髪が吹き散らされていた。

 

「後輩のために一肌脱ぐのが先輩の役目だ」

 

「君たちが一番実力を発揮できる環境を与えて、最後に私がその上を行く」

 

「それが作品にとって最善でしょ?」

 

(この人…)

 

夜凪は、歩いていく環の後ろ姿を見つめた。

 

(まるで私を脅威と思っていない)

 

「ありがとう」

 

後輩・夜凪から先輩・環への礼の言葉。

 

 

 

まだ波打ち際にしゃがんでいる皐月の近くまで、環と夜凪は歩いていった。

 

「そろそろ行くよ。さつき。暗くなる前に東京に戻りたいでしょ」

 

皐月の返事は無し。

 

夜凪が、

「皐月ちゃん?」

と、声を掛ける。

 

「大丈夫? どこか痛いの?」

 

「…ううん」

 

皐月は、

「ただ、これから東京に帰ると思ったら…」

と、沈んだ表情を見せた。

 

顔合わせの時に揉め事のようなことが起こった。

相手は薬師寺真美。

東京には、その真美と共演する仕事の予定が待っている。

 

「じゃあ、気分転換して帰ろっか」

「え」

「ほら。まだ挨拶してないじゃん。私たち」

 

環は、「挨拶」することを提案した。

 

 

 

鎌倉にある墓地。

ここに薬師寺真波の墓がある。

3人は真波の墓の前で、目を閉じて手を合わせた。

 

目を開けた夜凪は、

「こんなに近くにあったのね。真波さんのお墓」

と呟いた。

 

皐月は、

「すごいお供え物の数。持ってきたお花、置けないくらいね」

驚いた顔を見せた。

 

環が、

「うん。今日は彼女の命日だからね」

と、お供え物が多い理由に触れた。

 

「え」

 

夜凪も初耳だった。

 

環は、薬師寺真波について語る。

 

「すごいよね」

 

「逝去して40余年。こんなにも愛され続ける女優が他にいる?」

 

「薬師寺真波は、日本一の女優だと思うよ」

 

夜凪と皐月は黙って、環の話を聞いていた。

 

(日本一の女優)

 

夜凪は、その言葉の意味に思いを()せる。

 

私はずっと昔から薬師寺真波を知っていた

彼女の作品は押し入れにいっぱいあったから

 

モノクロだけどモノクロだと感じさせない

なんというか

鮮やかなのに落ちついていて

それでいて見ているだけで眠くなるような

そういう子守歌みたいな女優

 

そういう女優を私たちは演じる

 

 

 

皐月には、真波の墓を前にして思うところがあった。

そして再び目を閉じて手を合わせた。

 

二度目の合掌を行う皐月を見て、夜凪は、

「? 皐月ちゃん。何度も手を合わせなくていいのよ」

と、教える。

 

「ううん。謝ってるの」

 

「会ったこともないのに…。とてもすごい人なのに。勝手に演じてごめんなさいって」

 

環が、

「そういうつもりで連れてきたんじゃないよ。さつき」

と、皐月を諭す。

 

「彼女をモデルにすることは、ご遺族や関係者から承諾を得ているんだよ。その人たちが託したスタッフに君は選ばれたんだ。さつき」

 

「分かってるよね?」

 

合掌を解いて、

「うん」

と答えた皐月は、

 

「でも、あの人には認められていない」

 

と、真美の問題を挙げた。

 

過日、皐月は真美からほぼ名指しで配役を否定されていた。

 

「…そうね」

 

皐月の思いに夜凪が言葉を添える。

 

「だから、あの作戦を実現させるんでしょう」

 

「うん…!」

 

前向きな気持ちをその顔に浮かばせた皐月を、夜凪と環は見つめる。

 

 

 

じゃり。

 

 

 

背後から玉石を踏む音が聞こえた。

 

じゃり。

 

現れたのは真美…。

 

「あら、こんにちわ」

 

前向きな気持ちを表明したばかりの皐月だが、突然の邂逅(かいこう)に冷や汗を流す。

 

固まってしまった皐月の横を、真美は無言で通り過ぎた。

そして真美は、真波の墓の真ん前に立った。

 

「毎年こうなんですよ。私の来る意味がないくらいで」

 

3人の中では年長の環が、

「そんな。きっと喜ばれてますよ。真波さんも」

と、大人の言葉で応じた。

 

「最近は節操がなくて。あなた達も大変ですね」

 

「見境なくドラマ化、映画化…。それも大河なんて」

 

真美から3人に向けられた言葉。

続く言葉は、真波の墓に向けられた。

 

「あなたもついに歴史にされてしまった」

 

「この世のどこにあなたを演じられる女優がいるというのか」

 

真美の言葉は、3人全員の配役を否定する意味を持つ。

3人は、それぞれに言葉の意味を受け止める。

 

夜凪が口を開いた。

 

「真美さんも承諾されたんですよね」

 

真美は、墓の方を向いたまま、

 

「…そうですよ」

 

と短い言葉で肯定する。

 

夜凪は、

「…どうして」

と次の質問に移ろうとして、そこでしゃべるのをやめた。

 

真波の墓と向かい合っている真美は無言。

真美は真波と会話している最中。

その邪魔をしてはいけない…。

 

真美と真波の会話はまだ続いている。

 

じゃり。

 

真波との会話を終えた真美は、3人には一言も声を掛けずに去っていった。

 

皐月は、遠ざかっていく真美の姿を見つめる。

 

「さつき。大丈夫だよ」

 

環が、皆を鼓舞(こぶ)する。

 

「見せてやろうぜ。21世紀の女優ってやつを」

 

3人の視線は、真っ直ぐに一方向へと向けられていた。

 

               「scene122.挨拶」/おわり




以上が、アクタージュ「scene122.挨拶」の紹介となります。

扉絵は、ポニーテールの環の微笑。
バストアップの環が描かれたカラーページです。
黒のタンクトップ着用で、左手を後頭部にある髪の結び目に添えています。
これは、大河ドラマ「キネマのうた」のポスターの絵なんでしょうか?
そんなふうにも見えます。

絵面でも環のかっこよさが目立っています。
「甘く見られてるなぁ。私も」と言った時の表情。
浜辺にて、夜凪目線で描かれた強者感が漂う全身の後ろ姿。
共同生活の話では全体的に表情の変化が少なかった環ですが、今回は扉絵を張っているだけあり色んな顔が描かれました。

そして夜凪。
浜辺で風に髪を散らされる夜凪は、正統派美少女の可愛さに溢れてます。
とても良い絵です。
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