アクタージュのその後 (ナビゲート編)   作:坂村因

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「110話目に相当する話」の紹介

そして迎えたCM撮影の本番。

夜凪は険しい表情で砂浜を駆ける。

波打ち際に立ち止まった夜凪。

そこに、

「お姉ちゃん」

と皐月からシェアウォーターのペットボトルが手渡される。

夜凪はシェアウォーターを飲み、キリッとした目つきで遠くを見つめ、満足そうに、…はぁ、と息を吐く。

 

監督から、

 

「おっ、オッケエ!」

 

「すごい迫力あったよ! 流石だよ、夜凪さん!」

 

という声が上がった。

 

アキラは、テスト本番と本番で芝居を変えてきた夜凪を見て、

「流石…すぐ軌道修正したね。くぐり抜けてきた修羅場が違うよ」

と感想を口にする。

 

妹役の皐月は、

「さ…流石、夜凪さん、すごーい」

と棒読み気味に言いながら、ちょいちょい、と夜凪を手招きする。

 

手招きに応じた夜凪に、皐月はひそひそ声で、

(ど…どういうこと!? さっきと今で、なんでそんなにお芝居が変わるの!?)

と訊いた。

 

夜凪は「?」と思いつつ、芝居内容の変更について皐月に説明する。

 

「人物に設定がないから、自分で作っただけよ?」

「…?」

 

自分で作ったという設定の説明をする。

 

「お母さんが亡くなって、父がいなくなって。私は全部嫌になって走り出すんだけど、いつだって支えてくれるのは家族…」

 

両親を失った自分の家族は妹だけ…。

 

「つまり、あなたなの」

 

「…フーン、重いわね。なんか、別にいいけど」

 

設定を聞かされた皐月は、

 

「でも、そういうことならその設定、私にも教えておいてよ! 困るわ、良いとこもっていって。一人で!」

 

芝居変更については理解しながらも、やや憤慨気味。

 

「ご、ごめん。そうね」

 

夜凪は素直に謝罪する。

 

 

 

夜凪と皐月は、関係者が集まっている方を見た。

 

「……?」

 

現場にいる多くの人間から、ざわざわ、という空気が生まれていた。

 

スタッフと関係者が資料を見つつ色々と検討していた。

 

「迫力はありましたけど」

 

「可愛い姉妹の掛け合いが見たいんだよね」

 

「良い芝居だったけどね」

 

「当初のコンセプトからズレてきてるよね」

 

「シェアウォーター、美味しそうに飲んでくれないと」

 

「ちょっと監督に伝えてきます」

 

ADの1人が伝令として走る。

すぐ(そば)まで行って顔を寄せ、検討の結果を監督に耳打ちする。

 

「…はぁ。はいはい」

 

監督は、伝令を聞いて了解したようだ。

 

夜凪の方を見て、

 

「じゃ、今の抑えで。最初のパターンいこっか」

 

と、笑顔であっさりと「撮り直し」を宣言した。

 

夜凪は、

「え」

と声を漏らした。

 

「で、でもあれじゃ私、全然気持ちが入らなくて」

 

「えー、でも可愛かったよ、ほんと! 大丈夫大丈夫!」

 

「可愛い? そうじゃなくて、私は役の気持ちが分からなくて…!」

 

夜凪と監督のそんなやりとり。

 

それを夜凪の隣で聞いている皐月は、

(ぐいぐい行くわね。新人のクセに…)

と思っている。

 

ADが監督に、

「監督、押してます。クライアントの心証も…」

と耳打ちした。

 

役者とクライアントの間で板挟みとなった監督は、「はぁ…」と困ったふうに息を吐いた。

 

「よし。じゃあどっちも撮ろう! そんでどっち使うか、あとで決めよう! ね!?」

 

そんな折衝案(せっしょうあん)を、明るい表情で提示する監督。

 

夜凪は、

「……。」

と、すぐには言葉が出ない。

 

やはり納得出来ないという顔で、

「どうして? だって監督は、さっきOKって…」

と、夜凪は主張し始める。

 

監督は、「えーと」と誤魔化すような声を出しながら、

(察してくれよ。これだから演技派とか言われる新人は)

と心の中で困っていた。

 

アリサが動く。

 

「監督のOKとNGは絶対でしょう。受け入れなさい、景」

 

厳格な口調で、アリサはそう告げた。

 

現場には気まずい沈黙が流れた。

 

空気を察した皐月は、

(ア…アリサさん、怒ってるじゃない。さっさということ聞きなさいよ! カワイイって言ってくれてるんだからいいじゃん!)

と、夜凪に耳打ちした。

 

…夜凪の表情は変わらない。

 

「じゃあ、もう一度役を考え直します。監督はどういう気持ちでこの話を考えたのか教えて下さい」

 

隣にいる皐月は、

(わっ、全然引き下がらない。何なのこの子)

と青ざめる。

 

夜凪は黒山との仕事を思い出しながら、

(せめて黒山さんみたいに、私のどんな気持ちを撮りたいのか教えてくれれば…)

と考えていた。

黒山は、

(俺は撮りたいのはお前の愛情だ。誰かのために努力するお前が観たいんだ)

と、その撮影で役者が表現するべきことを具体的に言葉にする監督だ。

 

しかし、CM撮影は過去に夜凪が経験してきた仕事とは別物だった。

 

 

 

…その現実を、夜凪は知ることになる。

 

 

 

「えーと。これは僕が考えたんじゃないんだよね」

「え。じゃあ誰が?」

 

「えーと、誰っていえばいいのか…」

 

CM製作を請け負った企業の人たちが、監督に替わって発言する。

企画会議に参加していた人たちだ。

 

「…えー、企画は我が社で担当しましたが」

 

「元井製薬さんの要望に応える形で考えたものなので…」

 

「シェアウォーターをより若者にというコンセプトで」

 

「僕はともかく夜凪さんが良いと言っただけですよ」

 

「皐月ちゃんと夜凪さんの姉妹役も合いそうだと思ったよね」

 

「高校生が全力で走ることで青春を表現できると」

 

「海辺を選んだのは、瑞々しいお2人に合ったロケーションと思い…」

 

「シェアウォーターをもっと若者文化に溶け込ませたくて」

 

想定外の事態に呆然とする夜凪。

思いもよらぬ人が口にする、思いもよらぬ言葉。

次々と自分に降り注ぐ言葉の数々。

 

 

 

夜凪は立ち尽くす。

 

 

 

降り注がれる言葉の雨に、ただ目を丸くするだけで、何も言うことが出来ない。

 

その様子をを見て、アキラは思う。

 

この規模のテレビCMとなると企画は組織で作り始める

一人の作家が担当する訳じゃない

 

目に見えない大勢の人々の理想に応える

夜凪君には…いや、世の多くの役者が経験したことのない芝居のはずだ

 

 

…夜凪は、再び千世子のことを思い出す。

 

 

(私達は友達にはなれないよ、って言ったらどうする? 演じられなくなる?)と言っていたこと

 

(だからお芝居に心はいらないんだよ)と言っていたこと

 

 

そっか…

 

千世子ちゃんはずっとこんな世界で演じていたからあんなこと

 

 

 

夜凪は、自分をこの場に連れてきたアリサの方に顔を向けた。

 

「アリサさん、ごめんなさい」

 

…そして、自分の決意を表明した。

 

 

 

「私は自分で納得のできないお芝居はできない」

 

 

 

撮影現場を凍りつかせるような夜凪の発言。

 

(なっ…、アリサさんに、この子)

皐月の反応。

 

(大物だな、夜凪景)

(相手、星アリサだぞ)

スタッフたちの反応。

 

アリサは夜凪の発言を涼しい顔で受け止めた。

 

俳優(あなた)の都合は私たちには関係ない」

 

さらに、

 

「プロを名乗るなら、意地でも求められている芝居をやりなさい」

 

と夜凪を(さと)すアリサ。

 

アリサは、

「それが大衆のスターになるということよ」

と言葉を続けた。

 

夜凪は、そんな言葉を吐いたアリサから目を逸らさない。

強い光を湛えた瞳で、夜凪はアリサを睨みつける。

 

 

 

この夜凪とアリサのやりとりを見ている監督は思う。

 

星アリサが現場に何の用だよって思っていたけどこういうことか…

手のかかる演技派新人女優のお目付役か…

有り難い

 

アキラは昔の自分と母親との会話を思い出していた。

 

ほっぺが痛いんだ

ずっと笑ってるから、カメラの前で

 

母親は、

その笑顔に大衆は騙され、癒されている。自分で選んだ道でしょう、アキラ

と言っていた

 

母親の言葉は、

それが大衆のスターになるということよ

と続けられた…

 

 

 

…夜凪は自分の信念を曲げない。

たとえアリサから厳しい言葉をぶつけられても、曲げない。

 

 

 

「私に人形を演じろと言ってるように聞こえるわ」

 

 

 

意見の衝突が、揉め事にまで発展しそうな雰囲気。

 

皐月は、(ま…まだ、やる気? 空気読んでよ)と困っている。

 

アキラは揉め事に発展する前になんとかしようと、「…夜凪くん」と声を掛けて説得を試みる。

しかし、アキラの予想とは違う展開になる。

 

 

 

「そうは言っていない」

 

 

 

アリサのこの言葉に、アキラの説得は(さえぎ)られた。

 

 

「この世界での戦い方を覚えなさいと言っているのよ」

 

 

スターズの社長として、業界を熟知する者として、女優業の先輩として、アリサは夜凪に教える。

 

夜凪は目に込めていた力を(ゆる)めた。

睨みつけるのもやめて、静かな表情でアリサを見た。

 

自分の場合と夜凪の場合で、アリサの言うことが異なることに「え」と戸惑うアキラ。

 

「CMの意味を答えなさい。景」

「え…(夜凪は、商品を手に持つタレントがキラキラしてる、という感じのイメージを思い浮かべる)。……。キラキラ?」

 

「宣伝よ、宣伝」

と代わりに答えてあげる優しい先輩の皐月。

 

「宣伝…。つまり、紹介。人が人になにかを紹介したくなるのはどういう時?」

 

このアリサの質問は夜凪にも分かりやすかった。

ふわふわしていた夜凪の目つきは、力強い光を取り戻す。

 

映画「デスアイランド」の共演を経て千世子が大好きになった夜凪は、普段テレビを見ていて画面に千世子が映ると、

(見て見て! 千世子ちゃんよ。綺麗ね! ね!)

と隣のルイとレイに語り、はしゃいでいた。

ルイとレイが(それも聞いたってば~)と呆れていても、語って聞かせていた。

 

夜凪は簡単に正解に辿り着く。

 

 

「自分が好きなものを好きになって(もら)いたい時」

 

 

様子を見守っていたアキラは驚いたよう顔で、きっぱりと返答した夜凪のことを見つめる。

 

夜凪は、

「…私の仕事」

と呟きながら、手に持っているシェアウォーターを見る。

 

皐月がくれた、

(主演はあくまでこの子! 私たちは助演なの!! 分かってる!?)

という助言が夜凪の頭をよぎる。

 

ペットボトルのキャップを(ひね)ると、ぱきっ、という音が鳴った…。

 

夜凪は(あご)を上げ、ゴクゴク、と勢いよくシェアウォーターを飲み始めた。

 

ゴクゴク

 

ゴクゴク

 

いつまでも周囲に響く、ゴクゴク、という夜凪の(のど)の音。

関係者の人たちは口をぽかん、と開けて、そんな夜凪を見守る。

 

隣にいる皐月は、

「ちょ…ちょっと、カメラも回ってないのに…。おしっこ行きたくなるわよ」

と心配する。

 

…改めてシェアウォーターを吟味(ぎんみ)する夜凪。

 

「やっぱり。甘くてすっぱくて。なのにうす味で」

 

そして、大きく目を開き、口元からシェアウォーターを垂らしながら、

 

 

 

「あんまり美味しくない」

 

 

 

と正直な結論を述べた。

 

見守っていた関係者たちは顔を引き()らせた。

「な…」という声も漏れた。

 

皐月は夜凪の失言を誤魔化すために、

 

「えー!? 何言ってるの!? シェアウォーター超おいしいのに!! あはは!」

 

と、必死の形相(ぎょうそう)で頑張る。

 

(はは…。クライアントの前で…。がんばれ、皐月君…)と苦笑するアキラ。

 

だが、夜凪は別にふざけている訳ではない。

表情は真剣。

 

「まず、これを好きになることが私の仕事」

 

「いつもの役作りと一緒だわ」

 

夜凪は手にしたペットボトルのシェアウォーターを、じっ、と見つめる。

 

夜凪の本気に周囲は(……!)と驚き、沈黙してしまう。

 

沈黙を破り、意を決した監督が、

「いや…それは立派なことだけど。何もそこまでしなくても」

と夜凪に声を掛けた。

 

「シェアウォーターを作った人は誰ですか!?」

 

「…え」

 

「私、料理作る時、食べてくれる人のこと想像して作ります! これを作った人の気持ち知りたいです! どうしてもっと美味しく作ってくれなかったのか、とか!」

 

「か…開発者のことかな? 彼らはここにはいないよ。もう40年も前の商品だし、もう引退し…」

 

監督の場当たり的な返答を、

「繋げてあげて下さい」

というアリサの力強い言葉が(さえぎ)った。

 

次に、クライアントの(そば)に歩み寄ったアリサは、

 

 

「開発者に繋げてあげて下さい。お願いします」

 

 

はっきりとそう言った。

 

「………。」

 

再び関係者たちに訪れる沈黙。

 

やがて、関係者たちは動き出し、開発者に繋げるための連絡を回し始めた。

ようやく電話が繋がる。

 

…そして、開発関係者と夜凪の通話が始まる。

 

「もしもし。あ、はい。夜凪景です。はじめまして。役者です」

 

「はい」

 

「はい…今、本番中で…。はい」

 

「商品の宣伝するためのお芝居をしてて」

 

現場にある音は夜凪の声のみ。

テントの下で、電話機を手に1人簡易椅子に座る夜凪。

大勢の視線を浴びつつ、夜凪はしゃべり続ける。

 

関係者の間でこっそり会話が交わされる。

 

()めなくて良かったんですか。…時間押してるらしいですよ」

 

そう尋ねられた元井製薬の担当者は、

「…()められるはずないでしょ」

と答える。

 

 

「うちの商品を好きになりたいと言ってくれてるんだよ」

 

 

皐月は怪訝そうな表情で、

(カワイイって言ってくれてるんだから、ちゃちゃっと()ればいいのに…。意味分かんない)

と、そんなふうに思う。

 

そんな皐月に、アリサが声を掛ける。

 

「皐月。あの子をよく見ておきなさい」

 

「え」

 

               「scene110.宣伝」/おわり




以上が、アクタージュ「scene110.宣伝」の紹介となります。

絵面としては、アリサに対しても自分を曲げない夜凪、アリサを睨みつけて自分の意志を伝える夜凪、このあたりが格好良いです。
あと、企画会議参加者からバラバラに色んな言葉を言われ、目を丸くして立ち尽くす夜凪が面白いです。
口元からシェアウォーターを垂らしながら「あんまり美味しくない」と言う夜凪も良いですね。

アリサは、アクタージュの登場人物の中ではトップクラスに「物事が見えている人物」です。
業界の構造を正しく理解しています。
夜凪の驚異的な才能についてもきっちり把握しています。
だからこそ黒山は夜凪のマネジメントを託したんでしょうね。

そんなアリサが「夜凪の戦い方をよく見ておけ」と皐月に告げるシーンで「scene110.宣伝」は終わります。

役作りに成功している時の夜凪の芝居の迫力を見て、監督は思わずOKテイク扱いにしてしまいました。
これは監督の采配ミスです。
クライアント側から「要求していた物と違う」という声が上がるのは当然の成り行きです。

かと言って、テスト本番の時の「中身がスカスカな物語」では、夜凪は役作りが出来ません。
そういう場合にどうすればいいか?
この手の問題が発生した時のために、アリサはわざわざ撮影現場まで来ているわけです。

そして一連の出来事を皐月とアキラにも見せておきたい、とアリサは考えています。
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