アクタージュのその後 (ナビゲート編)   作:坂村因

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「114話目に相当する話」の紹介

チケット購入の手続きをする黒山の背後で、夜凪は(やっと観れる。黒山さんの映画)と緊張気味の表情になっていた。

 

「よし、じゃあ行くぞ」

「え? どこに? 今から上映でしょ?」

 

「俺の映画は夜からだよ」

「あ、ほんとだ」

 

上映時間は「19:00~」となっていた。

 

「それまで暇だろ」

 

黒山が、

「今日は映画館梯子(はしご)して、映画三昧(ざんまい)といこうぜ。役者らしくよ」

と提案し、色んな映画を観て回ることになった。

 

映画を観て回る間の夜凪の様子は、

 

基本、食い入るように映像を見つめる

びっくりするシーンでは、びくっ、と大きくリアクション

悲しいシーンでは、涙が頬を(つた)って(あご)に届く勢いで泣く

 

という感じ。

 

3ヶ所の映画館を渡り歩いた2人は、一旦喫茶店へと入った。

 

「…はぁ」

「…何だよ。たかだか3本続けて観ただけでダウンか?」

 

夜凪は、

「…ううん」

と否定する。

 

「ただ最後の作品…途中から主人公のことがよく分からなくなってしまって」

 

夜凪は自分が感じたことを話す。

 

「私、あの主人公なら声を殺して泣くと思うの。でも彼は人目も憚らず声を上げて泣いたでしょ。そこからついていけなくなったの。プライドの高い彼ならきっと誰にも弱いところを見せないはずなのにって」

 

夜凪の話を聞いた黒山は、やや張りつめた表情になった。

 

「? どうかした?」

「…いや」

 

そして、黒山は映画と観客に関する一般的な意見を述べた。

 

「そういうこともあるだろ。そいつの性格があまりに自分からかけ離れてりゃな。映画の好みなんて、所詮相性だからよ」

 

 

(怖いな)

 

 

カウンターに顔を伏せて休んでいる夜凪を見ながら、黒山はそう思った。

 

役が役らしからぬ動きをする作品ってのは案外多い

監督や役者がその役を理解し切っていない時に見られる現象だ

こいつ(夜凪)はもう下手な作り手以上に、役の気持ちに立てる

作り手からしたら、一番恐ろしい観客だ

 

…いや

 

一番嬉しい観客か

 

「そろそろだ。戻ろうぜ」

黒山は、顔を伏せている夜凪に声を掛けた。

 

 

 

夜凪と黒山は上映室入口の前に立った。

 

「つ…、ついにね」

 

表情も声もカチコチの夜凪。

 

「なんで、お前が緊張してんだよ」

「し、してないわよ」

 

そして緊張した顔のまま、

 

「ただ…、なんというか」

 

「黒山さんの映画、つまんなかったらどうしようって」

 

と、夜凪は心情を告げた。

 

黒山の反応は、

 

「はっ」

 

と、小さな笑い。

 

「な、何、笑ってるのよ! だって嫌でしょ! 自分がすごいと思ってる人の作品が面白くなかったら!」

 

と声に出してしまった夜凪だが、すぐに我に返って「……。」となり、

 

「…別に、すごいとは思ってないけど?」

 

と、もにょっとした口調で自身の言葉を否定した。

 

「…気にし過ぎだよ」

と、黒山は落ち着いた口調で言う。

 

「映画の良し悪しなんて所詮好み、…相性だろ」

 

そんなやりとりがあって、やっと2人は席に着いた。

 

(…相性か。考えたことなかった)

 

そう思いつつ、夜凪の目はスクリーンに向けられていた。

 

…もうすぐ始まる。

 

黒山墨字監督作品「たんぽぽ」が、…始まった。

 

夜凪は目をしっかり開いて、映像を見つめた。

 

 

スクリーンいっぱいに広がる「腰から上の女性の後ろ姿。その女性がベランダから町の景色をただ眺めているだけ」という映像。

 

 

それは奇妙な映画だった

一人の女性の日常をただ描いているだけの映画

その映画はしかし その女性の顔をただの一度もフレームに収めることがなかったから…

 

それは奇妙な体験だった

彼女の顔を一度も見ていない事実に私が気づいたのは エンドロールが終わった後だったから…

 

 

 

上映室の扉が開かれ、鑑賞を終えた客たちがぞろぞろと出てきた。

 

「羅刹女の人の作品っていうから観に来たけど…」

 

「うん…。全然よく分からなかったね」

 

「一応、賞とか取ってるんでしょ?」

 

「アートっていうの? ああいうの」

 

他の客が皆退室しても、まだ夜凪は席に座っていた。

夜凪が席を立たないので、黒山も座っていた。

 

「…どうした?」

 

黒山から問われても、夜凪は口を閉じていた。

やがて夜凪はその口を開き、

 

「あの主演の人。きっとお芝居をしてなかった」

 

と、真面目な口調で言った。

 

「観客に何かを表現しようなんて少しも考えてなかった。なのに表現できていた。表情が見えなくても、彼女がどんな気持ちか分かった」

 

夜凪はアリサとの会話を思い出した。

(人が人に何かを紹介する時はどんな時?)

(好きなものを好きになって欲しい時)

 

そして真咲がレンタルショップで言ったことを思い出した。

 

「友達も言っていたの」

 

(惚れてくれた監督に惚れ込めるなんて、役者冥利に尽きるだろ)

 

「これはそういうラブレターみたいな映画だったんだと思う」

 

夜凪は「たんぽぽ」から感じたことを言葉にしていく。

 

「この役者さん。幸せだと思う」

 

「今日、私。この映画に出会えて良かった」

 

黒山は、夜凪の言葉を真剣に受け止めていた。

そして、

「…はぁ、そうか…」

と中途半端な言葉を呟いた。

 

「…? 何?」

「…いや。ほっとしたのかな」

 

「お前にフられる可能性も考えていた。いくら映画の好みは相性だっつってもよ。できれば、お前には望んで俺の映画に出て欲しかった。少し安心したよ」

 

「…黒山さん。私、これから自分の出演する作品は自分で選びたいの」

 

「いつ私で撮ってくれるの?」

 

真面目に自分の考えを言葉にする夜凪に対して、黒山はまず昔を振り返る話をした。

 

「これ(たんぽぽ)はよ。16年も前、ハタチのガキだった俺が撮った自主制だ。国内じゃ誰にも相手にされなかったが、なぜか海外で持ち上げられてよ。未だにちょくちょく上映して貰ってる。流通はさせんなって俺が()めてるけどな。当時の俺にはこれが精一杯だった。一人の女の美しさを描くだけで精一杯だった」

 

黒山は椅子から腰を上げ、床に立った。

 

「今はもう違う。世界のことを少しだけ知った」

 

「撮りたい映画じゃない。撮らなければいけない映画が見えるようになってきた」

 

「そのための力がまだ足りない。俺にもお前にも」

 

座ったまま話を聞いていた夜凪も立ち上がった。

黒山は言葉を続けた。

 

「でもすぐそこまで来ている」

 

「都会の若者だけに知られる役者じゃだめなんだ。田舎のジジィやババァにも知られるような、そういう役者じゃねぇと」

 

夜凪は黒山の正面に立ち、言葉を聞いていた。

そんな夜凪に黒山は、

 

 

「最後の総仕上げだ、夜凪。オーディションで役を勝ち取って来てくれ」

 

 

と、お願いの言葉をぶつけた。

夜凪は、引き締まった良い笑顔でその言葉を受け止めた。

 

「分かった。任せて」

 

 

 

MHK編成部内、オーディションスタッフルーム。

書類を見て、意見を述べる制作関係者がいた。

 

新名(にいな)(なつ)(18)

「アイドル出身ながら本郷監督の新作で主演を張り、民放ゴールデンでの出演も決まっている実力派です」

 

阿笠(あがさ)みみ(19)

「去年ブルーリボン賞で助演女優賞を取ってますが、ドラマでは目立った活躍はまだなく、ブレイクが約束されていると言えます」

 

日尾(ひお)和葉(かずは)(17)

「モデル出身ですが、オフィスベリーに移籍してからドラマやCM中心に活躍してます。今年、西映で主演も決まっており、去年まで芝居未経験とは思えない才能を見せています」

 

夜凪(よなぎ)(けい)(17)

「巌裕次郎の遺作など舞台での活躍が目立ってましたが、一時期新宿ガールとネットで騒がれていた子です。鳴乃皐月とCM共演したことでも話題になりました」

 

「旬なのはこの辺ですね。芝居も本物ですし」

 

「誰を取っても期待できる顔ぶれです」

 

「おい。オーディションに固定観念を持ち込むな」

 

「あ、すみません」

 

…スタッフルームのドアを、ガチャ、と開ける者がいた。

 

「おはよ~」

 

「…!」

 

「ちょ…え!? (たまき)さん!? どうしてここに…!?」

 

「えー。どうしてって」

 

“環さん”と呼ばれた女性は、コツ、コツ、と部屋の中を進む。

 

「そりゃ見たいじゃん。私の十代の頃を演じてくれる子を決める訳でしょ?」

「……。」

 

先刻「オーディションに固定観念を持ち込むな」と言った男の傍に、“環さん”は立ち止まった。

 

「邪魔するなよ」

「大丈夫、大丈夫」

 

書類を見ながら女性は、

「“今の”墨字君のお気に入りか…」

と口元に笑みを浮かべた。

 

そんなふうに言った女性は、夜凪景の書類の上に、とん、と右手を置いた。

 

「嫉妬させてくれよ。新人」

 

 

 

オーディションに臨む役者たちの控室。

 

(オーディションか。随分久しぶりな気がする)

 

気合い十分な雰囲気の夜凪は、「よし」、と呟く。

 

(まずは証明しよう。私がこの中で一番だって)

 

 

               「scene114.役者冥利②」/おわり




以上が、アクタージュ「scene114.役者冥利②」の紹介となります。

絵面としての注目箇所は、やはり「たんぽぽ」の映像でしょうね。
海外で評価された黒山作品の画が、アクタージュ内で初めてきっちりと描かれました。
スクリーンには「女性の後ろ姿と平凡な日本の住宅街」が映っています。

なお、今回から初登場の「環さん」の顔はまだはっきりとは描かれていません。
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