夜凪は、
「オーディションは相性を見るお見合い。必勝法はないってきいたんです。だったら、できるだけ色んな子を演じた方が有利だと思って」
と告げ、変装を解いた。
夏は、
(1つでも多く役を見せるために!?)
とひたすら驚く。
阿笠は、
(嘘…! 芝居する前から別人を演じ分けていたってこと!? 思いついてもやらないでしょ、普通…。大河のオーディションだよ!?)
と夜凪のやり方に疑問を感じる。
日尾は、
(こいつ、シェアウォーターの子でしょ…。アイドルみたいなもんだと思っていた…!)
と認識を改める。
そして、
「面白い子だなぁ」
と、環は目だけが笑っていない笑顔を夜凪に向ける。
オーディション実施日の少し前の日の杉北高校、授業中。
夜凪は、隣の席の女子生徒をじぃーっと見た。
「私の顔、何かついてる?」
「あ、ううん。ごめんなさい。夜凪景です」
「知ってるよ、有名人だもん。今井です。よろしく」
…まずは、隣の席になった今井さんから始めた。
過日、夜凪は明神阿良也からレクチャーを受けていた。
阿良也は「夜凪カレー」を食べながら、夜凪の質問に答えてくれた。
「役のバラエティを増やしたい? ああ、そういうことか。じゃあ、テキトーに人の物真似しまくればいいよ。え? マジメだって」
「仕草、目視、話し方、笑い方、歩き方、すべて心の現れだ」
学校で、夜凪は「今井」を追う。
今井さんは話す時、相手の目を真っ直ぐ見る
ぴんと姿勢が綺麗で、笑う時は口元を隠す
考え事をする時は爪を噛む癖がある
形を真似れば、心が
夜凪は、学校の中で今井を観察して形を真似て、学校の帰り道も今井が自宅に着くまでの行動を見届けた。
阿良也のレクチャーには、
「後はいつもの喰い方と同じだよ。生まれた時から住んでいる家、つるんでる友達。その中で生きていれば、いずれ自分の中にあるはずのない役の記憶が見えてくる」
という言葉があった。
今井が帰宅するまでを見て、さらに今井の自宅周辺を観察した夜凪。
今井家周辺の過去の光景が見えた気がした
あはは、という笑い声
ボールを抱えて走る幼少の今井
夜凪は、(よし)と何かをつかんだ笑顔になった。
日が暮れて、夜凪は外出する。
お団子ヘアーに黒縁メガネの今井を真似て、「偽今井」として外見や仕草をトレースして、夜の街に出陣。
途中、駅にて本物の「今井」を発見。
平凡で華美さのないスカートルック、お団子ヘアーに黒縁メガネ。
相変わらず全体的に地味な雰囲気の今井。
夜凪は(まずい)と身を隠す。
(どうして本物がこんなとこに…。どこ行くのかしら)
今井は駅のトイレへと入っていった。
夜凪は今井を観察。
服を着替え、メイクをして、髪型を変えて、今井はトイレから出てきた。
「まぁ、その程度で掴み切れる程、浅くないんだけどね。人間って。だってそうでしょ? どいつもこいつも皆、役者だからさ」
阿良也のレクチャーの続きの言葉を思い出しながら、夜凪は今井を眺めた。
攻めたメイクで大人っぽいワンピースにネックレスを添え、隣を歩くスーツ姿の男性の右腕に自分の腕を絡ませて微笑む今井の姿を。
(そっか…!! 人って相手によって態度や性格が変わるから、たった一人を真似るだけで何人もの人を演じられるんだわ!)
偽今井の恰好をした夜凪は、路上に立ったまま考えた。
楽しい…
やっぱりお芝居って楽しい…
…「隣の席になった今井さん」から始めた夜凪は、クラスメイトたちを真似る日々を過ごした。
「今井」の次は、普段から見た目を整えるタイプの子。いつも学校でメイクをするクラスメイト。
もっと…
授業中、よく席で寝てしまう子。
もっと…!
見た目が派手な感じで黒板を見ながら無意識に髪をいじる子。その毛先を気にする仕草。
もっともっともっと…!
休み時間に目を閉じて長い髪をブラッシングする子。
そんなふうに…。
夜凪は、次々とクラスの女の子たちの物真似を手の内に入れていった…。
場面は戻って、現在…。
オーディションの真っ最中。役を入れ替えての本読みが続いていた。
…突然、犬井がパン、と手を叩いた。
「分かった…。もういい」
犬井は、このオーディションはもう終わり、という感じで告げた。
「夜凪さん。一つ聞いていいかな…。あんた、さっきから一人芝居を演じるごとにまるで別人だ」
「一体、中に何人連れてきた…?」
…夜凪は一度薄く唇を開いてから、
「12人かな。でもそれぞれ色んな顔を持ってるから30人くらい?」
暗闇に浮かぶ光を従えるように立ち、怪しく
「30人全部合わないようなら100人に増やすし」
審査員たちは驚きに言葉を失う。
「それでもダメなら1000人に増やす」
阿笠と夏は怯えた顔になる。
環は腕組みで立ち、口元には笑み。
皆それぞれ押し黙って、夜凪のこの
「私、何だって演じられるから。だから私に役を下さい」
場を制する空気を発しながら、夜凪はきっぱりと言葉を述べた。
少し首を傾けて、キャップのバイザーから覗くように夜凪を見ながら、
「すごいの連れてきたね。墨字君」
と、環は感想の言葉を場に落とした…。
MHK放送センター内、オーディション参加者の関係者が待機している通路。
柊雪は、
(最近の私はすっかりマネージャーだな)
と考えていた。
そして、
(はー…。映画撮りてぇ)
などとぼやきながら夜凪が戻ってくるのを待っていた。
「みみ」
雪はオーディションが終わったことに、阿笠のマネージャーの声で気づく。
「おつかれ。どうだった? いつも通り?」
(阿笠みみ…。あの子も受けてたんだ)
阿笠は、
「…まだ、ドラマとかやってる場合じゃない」
と
「基本から学び直す」
と、マネージャーに背を向けて足早に去っていく。
阿笠のマネージャーと雪は同時に、「え」、と声を上げた。
雪は、
(…な、何かあったのかな)
と、参加者が出てくる方に目を向けた。
「邪魔」
「わっ、すみません」
雪がぶつかりそうになった相手は日尾。
(日尾和葉!? 流石大河!! オーディション、レベル高っ!!)
「おつかれ」
「落ちたよ」
「え!? また何かやったの!?」
「違う。負けただけ」
日尾は険しい表情で歩いていく。
雪が「?」となっているところに夜凪が戻ってきた。
「は~、楽しかった」
目を細めて、ぱあああっ、と明るく御機嫌顔の夜凪。
「あっ、けいちゃん、おつかれ。幸せそうな顔してんな」
「うん。久しぶりにお芝居したから、気持ち良かった」
「夜凪さん」
声を掛けてきたのは夏。
「あの、…えっと、何を聞こうと思ったんだっけ、私…。ごめん…、ともかく呼び止めないとって思って」
「…?」
雪は、
(おお、なっちゃんじゃん。カメラ回ってなくてもオドオドしてんだ)
と、挙動が怪しい夏を見つめた。
中々言葉を見つけられない夏は、
「今が本物のあなたなの?」
ようやくそんな言葉を絞り出した。
夜凪はきょとんと、
「? 全部本物よ?」
簡潔に、そう答えた。
夏は「…。」となって、続く言葉を見つけられない。
「ありがとう。会えて良かった」
「?」
雪も、「?」と不思議に思う。
「ねぇ。中で、何かあったの?」
「? 何も」
そんなやりとりをする雪と夜凪に背を向けて、夏はその場を離れていった。
「ねぇ。墨字君、いないの?」
「…!」
唐突に現れた環に驚く夜凪。
環は、夜凪の肩に腕を回してきた。
雪は、
(…!! 環蓮!! 環蓮!? メッチャいい匂いする!! 気がする!!)
と、言葉を心中に忙しく並べた。
そして、(ん? 墨字君…?)と環の態度に違和感を覚えた。
「? 今日は来てないわ」
「そっかぁ。残念」
環は回していた腕をあっさりと
「じゃ現場でね」
と、立ち去ろうとした。
夜凪の頭に、先日観たばかりの黒山作品「たんぽぽ」の映像がよぎる。
ポスターにあった「出演 たんぽぽ」の文字を思い出す。
夜凪は環の背中に向かって、
「たんぽぽさん?」
と、尋ねた。
その質問に驚き、足を止めて振り向く環。
鋭い視線とともに、離れかけていた夜凪への関心を繋ぎ直す。
雪も知らないその情報。
「え…?」と声を漏らす雪。
「…ああ」
と、環は夜凪に話し掛ける。
「あれ、墨字君、観せたんだ。すごいな…。名前どころか、顔も映していない。それも16年も前の私なのに…」
環はまだ言葉を続ける。
「よく気づいたね。あれが私だって知ってるのは当時のスタッフだけだよ。そっか…、バレたかぁ。恥ずかしいなぁ」
さらに、
「だって気づいてるよね?」
と、詰め寄ってくる環。
「当時の私は今のあなたの足元にも及ばない」
「でもね」
コツ、コツ、と環のヒールが床を鳴らす。
「あの2年後には、名実共に今の君を抜いている」
「私、遅れ咲きなんだ」
夜凪のすぐ近くに立ち、環は視線を飛ばす。
(…何、この空気。環蓮がけいちゃんを煽ってる?)
「若さを妬ましいと思ったのは初めてだよ」
「どうしてか分かる? 景ちゃん」
顔を、ずい、と間近に寄せてくる環。
「分からない」
と答えながら、すすっ、と距離を取る夜凪。
「だよね」
「所詮、映画は一期一会」
「子供の役は子供にしか」
「少女の役は少女にしか演じられない」
環のこの言葉に、夜凪は顔色を変えずに「…?」という反応を見せた。
「あ、あの、環さん。墨字さんとはどういう…」
空気の悪さを察して、雪が言葉を挟もうとする。
…だが、環は
「私が後10歳若かったら」
「墨字君の隣にいたのは私だったんだよ」
「君じゃなくてね。景ちゃん」
夜凪は
「妬いちゃうなぁ。私だけ妬いていてムカつくなぁ」
「どうしよっかなぁ…」
「そうだ。仕返しに墨字君には憂えて貰おう」
…環は、夜凪の肩に手を置いた。
「『本当は環で撮りたかったけど仕方ない。夜凪で我慢しておくか』…って」
両腕を夜凪の肩に乗せて夜凪に迫り、環はその言葉にずしりと重さを加えた。
「無理だと思う」
夜凪は目を逸らさずに、さらりと答えた。
「あはは。そう?」
環の視線はまだ夜凪に絡みついていた。
「scene116.もっと」/おわり
以上が、アクタージュ「scene116.もっと」の紹介となります。
扉絵は、ショート丈タンクトップ姿でピースサインを決める環蓮。
腰まである黒髪ロングストレートで、前髪は6・4で2つに分けた長めの外ハネ。
腹筋が割れています。
今回は、何と言ってもオーディションにおける夜凪の「TUEEE」っぷりです。
「何人連れてきた?」と問われて「12人かな」と答える夜凪の、まあ恰好良いこと。
「100人に増やす」「1000人に増やす」と周囲を圧倒する様子は、アクタージュ内での「TUEEE」の最大瞬間風速を記録しています(あくまで私の個人的計測器使用結果です)。
環に絡まれた時も、夜凪の強さは揺れません。
相手は大河の主演を張る大物女優で、こっちは新人女優なのに。
終始、夜凪が強い、というエピソードでした。
ちなみに、役のバラエティに関する阿良也のレクチャーは夜凪家で行われたわけですが…。
どうなんでしょう?
夜凪は、「今日はカレーなんだけど、少し多めに作ってしまったわ」という不自然な電話を掛け、阿良也は特に疑問を持たず「じゃあ食べにいく」と釣りあげられてしまった感じですかね。
そして、憑依型カメレオン俳優阿良也は、夜凪のレクチャー役にされてしまった…。
あくまで私の勝手な推測ですが。
食事シーンでは、ルイとレイも一緒にカレーを食べています。
阿良也は「夜凪カレー」が好物なので幸せそうにもぐもぐ食べています。
…あと、私としては、夜凪が戻ってくるのを待ってる雪の、(はー…。映画撮りてぇ)、がすごく有り難かったのですよ。
小さいコマで小さい文字で、なんてことはない場面なんですけどね。
雪が「映画」に対する想いを語るシーンは、貴重というか希少というか、これは嬉しいなあ、と思いました。