パンを貪りしカップル 作:ああああ
――目の前で大事なものが奪われる。
心が黒く染まり、負の感情が浮き出た。その感情の生み出す状態の名は『絶望』だ。ままならない現実に『失望』し、悲しみよりも先に『虚無』が心を支配する。
「...なんで...!嘘だろ...こんなのって......!!」
神を恨み、現状を嘆く。彼は誰よりも求めていた。彼は誰よりも欲していた。彼は誰よりも愛していた。その全ては理不尽な現実を受け入れられなくなる要因でしか無かった。決して理不尽では無い。決して不条理でも無い。事態の起こりは可能性として存在していたはず。寧ろ、可能性から目を背けていたのは彼自身だが、良くも悪くも頭が回る少年がその可能性を考えないはずが無い。
「分かってはいた...分かっていたんだ!!でも......考えたくは無かった!クソっ...」
怒りや悲しみ、それ等の負の感情が混ざりあって黒くドロドロとした感情が表に顔を出す。自分があと一時間...否、三十分早く着いていたらこんな状況にはならなかっただろう。普段は己から名乗っている怠惰が、今だけは恨めしいと感じる。
「なんで...なんでだよ...」
絶望の果てには悲しみと疑問のみが残る。日頃の行いは決して悪くは無い。そんな自分が何故こんな感情を持たなければいけないのか。いくら己の問えど答えは返っては来ない。
少年は『絶望』し、『失望』する。心に問いかけても答えは返ってこない。そのうち心には『虚無』が住み着いた。
「いや、パンが売り切れたからって絶望されても...」
「...沙綾、お前にこの気持ちが分かるか!!嬉々としてパンを買いに来たら目の前で最後の一個を買われる。その時の気持ちがお前には分かるのか!!」
「うん、スーパーのバーゲンセールとかでよくあるよね。時間にはギリギリ間に合ったけど最後の一個を隣のおばちゃんに取られた時。あれは悔しかったよ」
「いいや、違う。この例えは適切では無い。例えるならば――最愛の人を身の前で奪われた。俺は今、そんな気分なんだよ...!普通に売り切れなら良かった...でも!目の前で取られたんだぞ!?俺があと一分でも早くやまぶきベーカリーに来てたら買えたかもしれない一個なんだよ!!」
遥斗は叫ぶ。その声は自身の感情を余すことなく込めているのだろう。パンに関しては誰よりも素直で、誰よりも面倒臭い性格なのが、この狩凪遥斗という人物だ。そんな面倒臭い彼は今、立ちはだかる現状を嘆き、怠惰を後悔してるのだ。
「店の中で叫ばないで。出禁にするよ?」
「だって...これが叫ばずにいられるか?否、それは無理ってやつだね。世界一パンを愛していると言っても過言ではないこの俺がパンを逃したんだ!この感情を声にせずには居られない!!」
「じゃあ出禁ね」
「ごめんなさい。出禁だけは勘弁してください」
なんと見事な土下座なのだろう。出禁宣言から僅か一秒弱、そこには少女に土下座する少年が居た。出禁ということは、愛してやまないやまぶきベーカリーのパンを食べれなくなという事。自称ではあれど世界一のパン好きを名乗る遥斗はその展開だけは阻止したい。例え値段が倍になっても買うのだが、出禁だけは本当に勘弁して欲しい。
「そもそもさ、毎日十個以上食べてるじゃん。少なくとも一般人が一生のうちに食べるパンの数は超えてるはずだよ」
「たかが一般人の一生分を食べただけで俺が満足できるとでも?笑止千万、片腹痛いわ。何個食べようと満足出来ない。だからこそパンは魅力的なんだよ。朝食、昼食、夕食として。おやつとして。間食として――その全てに対応しているのがパンなんだよ」
「なる程ね。つまりはパンの過剰摂取で頭が狂ったんだ。めん棒で殴れば治るのかな?いや、いっそのこと数年ぐらいパン抜きにしてみるのも良いかも」
「さ、沙綾さん?とっても恐ろしい言葉が聞こえてきたんですけど?特に後者なんか、俺を殺す気なのか?パン好きがパンを食べなかったら消滅しちゃうんだぞ?」
勿論比喩的表現だ。遥斗が人間である限りはパン抜きでも消滅はしない。精々廃人になる程度だ。因みに、パン十個以上で復活するらしい。遥斗にとってはパン=世〇樹の葉なのだ。
「はいはい、そうだねー。そんな遥斗に朗報があるよ。...聞きたい?」
「勿体ぶるなよ。朗報だって言うなら聞くしかないだろ」
「実はね――あと一時間で焼きたてパンが店に並びます。まあ、誰かさんが準備を手伝ってくれたらもっと早く店に出せると思うけどね」
「さあ、早く準備しよう。一分一秒でも早くパンを食べたいんだ。話している時間すら惜しい」
これまでの怠惰主義者は何処えやら、せっせと働く姿は知り合いが見たら他人の空似だと断言するレベルだ。パンの為ならば何でもする。それがパンを愛する者の使命であり宿命なのだ。少年は働く。すぐ近くへと迫るパンを更に手繰り寄せるために己が主義も捨てて働く。
数十分後、焼きたてパンを貪る少年がそこには居たらしい。本人曰く、労働の後のパンは格別だった――。
◆◆◆◆◆◆◆
遥斗は労働の楽しさを覚えた。いや、正確には労働後の楽しさや嬉しさを覚えたのだ。所謂達成感だ。だが、人間はそう簡単には変わらない。達成感を感じたはずの遥斗は散々考えた挙句に『やっぱり働くのは面倒臭い』という結論に至ったのだ。
「だからさ、給料をパンにすればいいと思うんだ」
「おお〜、ハーくん天才だね。労働が面倒臭いならパンを貰うために働く。そういうシステムになればあたし達は喜んで働くのにね〜」
「まあ、それで喜ぶのは俺とモカくらいだけどな。あ、一応りみも入るのかな?チョココロネのためなら身をパウダーにして働きそうだし」
誰の得にもならない戯言を続けるのはパン好きのカップルだ。遥斗が提案する駄策を肯定するのはモカくらいだろう。金よりもパンだなんて他人には理解できない考えなのだ。
「ハーくんハーくん、やまぶきベーカリーでこのシステムを採用して貰えないかな?世間一般では受けが良くないとは思うけど、あたし達二人を雇うなら相手と此方、両方が得をすると思うんだよね〜」
「モカ、もう交渉したよ。結果はダメだったけど」
「えぇ〜、残念だよ...」
「沙綾が言ってたんだ。俺とモカを雇ったら売るためのパンが無くなるって。そんなつもりは無きにしも非ずなのに...」
『無きにしも非ず』意味は〔全くないというわけではない〕だ。この場合、遥斗とモカが店のパンを食べきる可能性が多少なりとも存在すると遠回しに言っているのだ。危険人物を店で働かせる訳にはいかない。そんな沙綾の考えの元で却下されたのだ。
「給料を貰ってから買いに行くまでの工程が面倒臭い...」
「お金じゃなくてパンで支払ってくれたら良いのにね〜。世の中なんてままならないものだよ」
「だよな〜。あーあ、いっそこのこと無からパンを生み出す研究でもすれば良いのか?いや、無からとは言わないからドラえもんの『無料ハンバーガー製造機』みたいに空気と水で出来ないかな?」
「ハーくん、それは高望みし過ぎ。あれはフィクションだから便利な道具が存在するんだよ?」
「知ってるよ。でもさ、弦巻家ならなんでも出来そうじゃん。近い将来、絶対に『どこでもドア』とか開発するし。だとしたら、俺にだって可能かもしれないじゃん」
弦巻家ならなんでも出来そう。それは周知の事実でもあるのだ。財力だけでなく技術力も常軌を逸しているのが弦巻財閥だ。不可能を可能にする、そんな物語の主人公的なことを平然とやってのけるのだ。
「まあ、作らないけど。結局は結果よりも工程が面倒臭いんだよ。人生掛ければ『無料ハンバーガー製造機』か、それに近しい物は出来るんだろうけどさ...そんなに掛かるんだったら普通に働いて買った方が楽だし早い」
「夢も希望も無いね。でも、現状を変えるんじゃなくて、現状に対応する方が簡単そうだしね〜」
結局話し合いを何にも生かさない、そんな日常の一端だった。
◆◆◆◆◆◆◆オマケ◆◆◆◆◆◆◆
――少年は詠唱する。己が望みを込めて――
「―体はパンで出来ている―
―血潮は小麦粉、心はイースト菌―
―幾たびのパン屋を越えて不飽。ただ一度の飽きもなく、ただ一度の満足もなし―
―担い手はここに孤り。自室でパンを貪る―
―ならば、我が生涯に意味は不要ず―
この体は、無限のパンで出来ていた―
UNLIMITED BREAD WORKS!!
......なんてこと出来たらパンを無限に食べれるのに。なぁ、モカもそう思うだろ?」
「うん、パン好きの夢だよね〜」
ただいま詠唱募集中です!勿論遥斗がパン系に変えますけど。
何を読みたいですか?
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パン好きカップルのイチャイチャ
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混沌と書いてカオスと読む系の夢落ち
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幼き日の記憶(遥斗)
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意味もなく思い付いただけのバトル展開
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それとも――ぜ・ん・ぶ♡