パンを貪りしカップル 作:ああああ
――皆に問おう。
ある日起きたら目の前に『自分』が寝てる。勿論鏡や自分そっくりな人形でもなく、紛れも無い自分自身なのだ。その場合、どう対処するのが正解なのだろうか?
そんな状況にある少年は寝起きの目を擦り、朧気な頭を回転させて考える。
――夢なのだろうか?
否、定番通り頬を抓ると痛みが襲い掛かってくる。夢とは思えない程リアルな痛みだ。
――ドッペルゲンガーか?
否、ドッペルゲンガーは会えば死ぬという説が濃厚だ。ならば今自分が息をして心臓を鳴らし、脳を回している説明がつかなくなる。
――人形、又は鏡なのか?
否、目の前の自分は寝息を立てている。其れは生き物である証だ。又、自分が目を開けているのに対して目の前に居る自分は目を閉じている。ならば鏡でもない。
(さて、どうしたら良いか...検討もつかない)
少年はこんな状況でも冷静に考える。いや、こんな状況だからこそ冷静に努めるのだ。混乱して騒いでも事態は解決しないし、寧ろ悪化する場合だって有り得る。今、少年が出来るのは冷静に頭を回して少しでも自体の把握を急ぐことだ。もっとも、既に脳を働かせてから十分弱は経っているのだが。
「んっ...んん...」
「ッ!?」
思考に没頭していると、目の前の自分が目を開けた。一瞬焦るが、自体の把握も解決も出来ていない現状では糸口として目の前の自分を起こすした無い。結局は予定が早まっただけに過ぎないのだ。そう心に言い聞かせて冷静さに保つ。
――目の前の『自分』が口を開く。
「...目の前に...あたし?」
「は?......てか、何この声?」
『自分』に対して不意に出た
(ということは...目の前に居る、一人称が『あたし』ってなっている『俺』の中にはモカが居るのか?流石に一人称だけだと断言は出来ないけど。まあ、少なくとも、俺はモカの中に居るんだろうな...)
視界の端に何度も映る銀髪は紛れも無く青葉モカの髪だったのだ。改めて確認すると、華奢な体に銀髪、決して小さくはない胸部のぼた餅。間違いなく青葉モカの体だった。
『自分』――モカが口を開く。
「......夢かな〜?」
「モカ...だよな?多分だけど、俺達入れ替わってる」
「...えっ、入れ替わってる?.........ああ、なるほどね〜。つまり、あたしはハーくんで、ハーくんがあたしってことだね。......なんで?」
「いや、知らんから。寝て起きたらこうなってた。原因なんて寧ろ俺が知りたいくらいだ」
モカは事態を把握する。つまり、狩凪遥斗と青葉モカ――二人の精神が寝ている間に入れ替わっていたのだ。遥斗の体にはモカの精神が、モカの体には遥斗精神が宿っている。そんな異常事態に二人は――
「「なにこれ面白い!」」
超楽観的だった。
某入れ替わりアニメ映画の様に会ったこともない他人と入れ替わるなら慌てもするが、相手は自分の恋人なのだ。寧ろ貴重な体験だと思って楽しむのが得策だと、マイペース過ぎる二人は考えた。
「ねぇねぇ、これからどうする?どうせ入れ替わったんだし、何か楽しいことやりたいよね〜。何時までこのままかも変わらないんだし」
「ふむ...確かに。こんな貴重な体験を無駄にするなんて得策とは言えないな。何か面白いことは......あ、良いこと思い付いた。モカ、勝負しないか?」
「勝負?」
「ああ、これから俺とモカの二人で羽沢珈琲店に行って、つぐみと話すだけ。...でも、俺らが入れ替わってることは伝えない。後は分かるだろ?」
「先にバレた方が負けってこと?いいねいいね〜、モカちゃんそういうの大好きだよ〜♪どうせなら先にバレた方がパンを奢るってことにしようね。勝負って言うくらいだから罰ゲームは必要だしね〜」
「モチのロンだ。ふっ、薫さんにも褒められた俺の演技力、甘く見るなよ?」
お互い不敵に笑い会うが、目に映るのは己の笑み。何とも言えない気分になりながらも外出の準備を進めた。着替えなどで多少戸惑ったが、そこら辺は不可抗力と理解して何とかする。ただの異性ならまだしも、相手は恋人なのだ。方法は単純で、目を瞑り羞恥を誤魔化した。
――十数分後、二人は羽沢珈琲店の前に居た。
「モカ...最後に確認しておくけど、今日ってつぐみ居るんだよな?ここまで来て不在ってオチなのは勘弁だからな?」
「大丈夫、今日は店の手伝いするって言ってたもん」
最後に在宅を確認してから入店する。静かな空間に来客を報せるベルが鳴り、現在手伝い中のつぐみが此方を向く。
「いらっしゃいませ。あ、モカちゃんに遥斗君」
「やっほー、つぐ」
遥斗は無難な挨拶で返す。無駄に口数を多くすればバレる可能性が多少なりとも増えてしまう。ならば、モカの真似をしつつ言葉は必要最低限に。守りの姿勢で挑む、其れが今日の遥斗の作戦だった。
「やあ、つぐみ。今日も今日とて可愛らしいじゃないか。君は何度俺の心を奪ったら気が済むのだろうか?ふっ、罪作りな仔猫ちゃんだ。...だが、君に...つぐみになら寧ろ奪われたいとすら思えてしまうんだ。ふふっ、今日君に逢えたことは俺にとって一番の幸運さ」
「は、遥斗君?」
「ちょっと待てや。...つぐ、ちょっと失礼するね〜」
モカは初っ端から遥斗の姿で黒歴史を量産する。これには流石の遥斗も困惑を隠せなかった。モカの襟を掴んで店の外に引きずり出し、説明を求める。
「どういうつもりだ?」
「いや〜、ハーくんってこんな感じだったかなって。似てた?」
「明らかに別人だっただろ!?わざとか?わざとなのか?会って五分の他人だってもっと似てるからな!?頼むから俺の評判を地に落とさないでくれ!!」
「あはは〜、冗談だって。ちょっとしたモカちゃんジョークだよ〜?」
「そのジョークで俺が『ヤベー奴』扱いされかねないから止めて...」
何度も釘を刺し、再び入店する。困惑してたつぐみには遥斗の悪巫山戯だと説明して納得してもらった。普段から奇行が目立つ遥斗だからこそ納得してもらえたのだろう。
「さて、注文どうする?」
「「いつもので」」
「ふふっ、かしこまりました。ちょっと待っててね」
遥斗とモカは『いつもの』と注文できる程度には羽沢珈琲店に通っていた。遥斗はオレンジジュースを、モカはメロンソーダを毎回飲んでいる。因みに、店名に『珈琲』と含まれているが、実際に遥斗が珈琲を飲んだ回数は片手で数えれる程度だ。苦手でも無いが、好んで飲みもしない。其れが遥斗にとっての珈琲だった。
「お待たせしました。オレンジジュースとメロンソーダです...って、あれ?今日は二人とも逆なんだね」
「「あ...」」
ここで二人は渾身のミスをやらかす。普段は遥斗がオレンジジュースを、モカがメロンソーダを飲んでいるので癖でそのまま飲んでしまったが、今は体が逆なのだ。つぐみには遥斗がメロンソーダを、モカがオレンジジュースを飲んでいる様に見えるのだ。
「き、今日は入れ替えてみようなかなってね〜。俺...じゃ無くて!あたしもオレンジジュース飲みたかったし!ね?モカ...じゃなくてハーくん!」
「そ、そうだよ。ハーく...モカが飲んでるから気になったんだ。人間なんだし、たまには新しい味にも挑戦したいんだ!そういうお年頃なんだ!!」
「う、うん...」
突然のミスに釣られるようにミスを連続させる。一人称、二人称を焦って間違い、其れはつぐみに不審感を抱かせるには十分過ぎた。
「...二人とも、具合悪いの?調子悪いなら無理しない方がいいよ?」
「あ、アハハ...モカ、俺の良心が悲鳴上げてるんだが?」
「奇遇だね〜。あたしもそろそろ限界だよ...」
(あ、あれ...?口調も変になってる...本当に具合悪いのかな?)
二人は善心に滅法弱かった。本当に心配されると相手の良心を利用している気分になり、何だか居た堪れない気持ちになるのだ。根からの悪人なら何も感じないだろうが、遥斗とモカは悪役だとしても精々小悪党程度だ。そんな彼等に耐えられるハズがなかった。
――遥斗とモカは事情を話した。
「えっと...つまり、モカちゃんが遥斗君で...遥斗君がモカちゃん...?」
「そーいうこと。つぐは理解が早くて助かるよ〜」
「...遥斗君に『つぐ』って呼ばれてるみたいで慣れない...それで、これからどうするの?原因も解決策も分からないんでしょう?モカちゃんの中には遥斗君がいる訳だし、そのままモカちゃんの家に帰らせる訳にもいかないよね?」
「あ、確かに。どうしようか...今日も泊まるか?」
「まあ、そうするしかないよね〜。今日中に解決できるのが一番なんだけどね」
つぐみが昨日の行動を振り返ってみては、と提案した。遥斗とモカは昨日の行動を思い出す――
「昨日は一日中ハーくんと過ごしてたね〜」
「ああ、そうだな。朝はパンを食べて、昼まで漫画を読んで...」
「その後お昼ご飯でパンを食べてから夜まで寝てたね〜」
なんて怠惰な暮らしなのだろう...と、つぐみは思った。自分が店を手伝いつつ、学校での成績を落とさないように勉学に励んでいたとしても、二人は何故か自分よりも成績が良い。二人からは隠れて勉強するなんて想像も出来ないし、才能なのだろう。
「......あ、一つだけ変なことあったかも」
「変なこと...あ、モカちゃんも思い出しちゃったよ〜」
「ど、どんなこと?」
「「変なパン食べた」」
「.......え?」
「冷蔵庫に蛍光緑のパンがあったからモカと分けて食べた。買った覚えは無いけど、見たことの無いパンだったから味とか気になってつい...ね。あ、でも味は普通の食パンと同じだった。あれならやまぶきベーカリーのパンの方が何倍も美味しいな」
少女の思考は停止した。
目の前のカップルがパン好きなのは周知の事実だった。だが、まさか怪しいパンまで食すとは誰も考えないだろう。きっと彼等ならば、道端に落ちているパンも食べてしまうのだろう。無いとは思いたいが、容易に想像出来てしまうのが残念であり、悲しいのだ。
「おーい、つぐ〜?...完全に固まっちゃったね〜。だから怪しいパンは止めておこうって言ったのになぁ〜」
「でも、俺が一人で食べようとしたらモカが『分けてよ〜』って言ってきたんだろ。自業自得だ」
思考停止で固まってる少女を置いといて話は進む。食べたら精神が入れ替わるパン。そんなのを作れるのは "あそこ" しかない。
「モカ、ちょっと電話してくる」
「りょーかい。じゃあ、あたしはつぐを起こすね〜」
一旦店の前に出て電話をかける。相手はいつの間にか電話番号が登録されてた黒服さん。どの黒服に対してなのかは遥斗も理解出来ていない。
「あ、もしもし。黒服さんですか?」
『はい、遥斗様ですね。そろそろだと思っておりました。例のパンの件ですよね?』
「やっぱり...あのパン、貴女達ですよね?てか、あんなの弦巻財閥しか思い付きませんし」
聞いた説明を略すと、実験のために狩凪家の冷蔵庫に入れたらしい。パンにしたら遥斗がなんの疑いも無く食べると分かってたのだ。
『勿論実験に御協力頂いたので謝礼金は後日支払わせていただきます』
「...まあ、別にいいですけど。そんなことより、何時になったら戻るんですか?ずっとは困るんですけど」
『本日の正午には戻ると思います』
現時刻は午前十一時なので、あと一時間で戻るらしい。安心しつつも無許可で実験動物にされたこと怒りが湧いてくる。自分は兎も角、恋人まで巻き込まれたのだ。彼氏としては怒らずにはいられない。
「そもそも、勝手に実験動物にするのってどうなんですか?正直、怒ってます」
『実験と称しましても、確実に安全であることは確認済みで行わせて頂いてます。後、一応無許可では御座いません』
「...と言いますと?」
『先日、遥斗様が私共のサングラスが欲しいと仰られていたのを覚えておいででしょうか?』
「...はい、一応。あっ、あの時の条件が今回の実験なんですか?」
其れは数日前。遥斗がカッコイイという理由で黒服のサングラスが欲しくなり、交換条件で予備のサングラスを貰ったのだ。その時の条件が、『弦巻財閥の実験に協力する』だった。日にちもしっかりと指定されており、安全も保証されていた。其れを遥斗が完全に忘れていただけだ。
「なんか...すみません」
『いえ、このようなケースも想定済みでしたので』
確かに軽いノリでした約束だったので、相手が忘れていてもおかしくは無いと考えるのが普通だった。
もう一度謝り、電話を切ってからモカに説明しに行った。尚、我に返ったつぐみは完全に呆れていた模様。
その後、家に届いた謝礼金の額に驚き、わざわざ弦巻家に返しに行ったのは別の話だ。
◆◆◆◆◆◆◆オマケ◆◆◆◆◆◆◆
――とあるパン好きと名称不明な黒服の会話。
「黒服さん黒服さん、そのサングラスって何処に売ってるんですか?」
「遥斗様、これは特注で御座います。こころ様がどれだけ動いても決して外れることの無いように出来ております」
「へぇー、じゃあ売ってないんですね...」
「...もし宜しければ、予備のサングラスが御座いますが?」
「いや、ただで貰うのは気が引けますって。多分百均にも似たようなの売ってますし、そっちで探します」
「交換条件というのはいかがでしょうか?私が差し出すのは予備のサングラス、遥斗様には後日ではありますが、弦巻財閥の実験に付き合って頂きたいと思います。勿論サングラスとは別に謝礼金も支払わせていただきます」
「あ、じゃあそれでお願いします」
その後、日にちと時間を言われても全く記憶していなかったらしい。尚、サングラスは部屋の机の中に大事にしまってある。
プリコネのプレイヤーレベル上げが面倒臭い。そんな今日この頃なのだ。
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パン好きカップルのイチャイチャ
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それとも――ぜ・ん・ぶ♡