パンを貪りしカップル 作:ああああ
彼との会話中に、ふと考えた。
――この気持ちはなんだろう?
山吹沙綾は己に問いかける。
自分が幼馴染の彼に向けて発する淡くて切ない感情。彼と話すと温かな幸福感に包まれるのに、彼が自分の目の前で恋人と戯れてたら黒い感情が己の中に芽生えてしまう。
「まるで......嫉妬してるみたいじゃん...」
沙綾は薄紅に染る頬に手を翳して覆い隠す。
認めない。自分があのパン好きカップルに嫉妬してるなんて、絶対に認めない。彼は愛する人を選んだのだ。自分には其れを邪魔は論外、羨むことすら烏滸がましいのだ。
だから、このモヤモヤする感情は■では無い。――と、割り切れたらどれだけ良かったのだろうか?
止まらなくは無いこの気持ち。止まりたくない自分自身の一面。
さて、気持ちの整理という意味も込めて、一度振り返ってみよう。
自分と彼の出会いを――山吹沙綾と幼馴染の狩凪遥斗だけの『思い出の日々』について思い出そう。年単位の時を遡り、名も知らないパン好きな少年に■した日まで。
◆◆◆◆◆◆◆
山吹沙綾は現在、小学四年生だ。
それは大人ぶりたい年頃であり、沙綾は積極的に自分の家――やまぶきベーカリーの手伝いをするようになっていた。
パン作りはまだ出来ないけど、接客程度ならば見様見真似で出来た。決して礼儀正しいとは言えないが、小学四年生にしてはよく出来た接客だと両親は褒めた。
――そんな手伝いの日々だが、最近はもう一つ楽しみが増えた。
「沙綾〜、パン頂戴〜!」
他校のではあるが、男友達が出来たのだ。
彼は何度もやまぶきベーカリーにパンを買いに来てる。その数は三桁はとうの昔に過ぎていた。同い年の少年がパンを大量に買っていく姿は、沙綾の興味を引くには十分だった。
彼は初めての仲が良い男友達だ。彼以外にも男友達はいるが、それは所謂『クラスのお友達』だ。その定義は教師が勝手にクラスメイトを友達認定をした結果を指す。話したことの無い少年少女をクラスメイトだからという理由で『友達』と称すのだ。
そんな『クラスのお友達』とは違い、自分から話したいと思えるのが彼――狩凪遥斗だった。
「またパン買いに来たの?よく飽きないね...今日も10個買っていくんでしょう?」
「オレはノーブレッド ノーライフなんだよ」
「何それ?」
「パンが無いと生きていけない...的な?...オレもよく分かってない。ただ、ピンとくる何かを感じたんだ」
「うん、もういちど聞くよ。何それ?」
彼は所謂『変人』だった。笑いを狙って言うならばよくある話しだ。でも、彼は冗談を一つも無しに言い切るのだ。小学四年生の同い年でありながら、パンを定期的に十個以上買う。話しても、やはり変という感想が一番最初に出てくる。
――でも、不思議と嫌では無かった。
もっと話したい。彼と話すのは二日に一回、二十分程度でしかない。だが、自分はクラスメイトのどんな男子よりも彼に好印象を抱いていた。
その頃はまだ、心にある感情は■とは言えなかった。精々友人、少しだけ過大に表現したら親友だった。勿論そこまで共に過した時間は多くないから、どう表現しても "過大に" と頭に着いてしまうのだが。
それでも自分と彼の仲は良好だったと自負している。
明確に彼を見る目が変わったとしたら、彼との出会いから二~三年後の中学一年生の頃だったと思う。
「沙綾〜、パン頂戴〜!」
「また?今日の朝も来てたけど?」
「あれは朝パンと昼パンを買いに来たんだよ。今は晩パンと夜食パンを買いに来た」
謎のドヤ顔と共に発せられたなぞ単語『○○パン』シリーズ。結局は全てパンでしか無いのだが、彼は全然違うだろと言い切るのだ。
「一日三食全部パンはダメだよ。体に悪いし、今日はもう売らないからね」
「...えっ......沙綾って鬼か悪魔だったっけ?パンが無ければ俺の食生活が成り立たないんですけど?...土下座か?土下座すればパンを売ってくれるのか?そ、それとも大金とか...」
「...ウチのパンって依存性のある薬物とか入れてないよね?遥斗の反応が薬キメてる人みたいなんだけど...」
恐らくこんな反応をするのは彼だけだと、沙綾は自分に言い聞かせた。近い将来、同等のパン好きな銀髪少女がやまぶきベーカリーに通い始めるのだが、それはまた別の話だ。
「遥斗のお母さんとかに料理作ってもらえば?」
「残念ながら両親共に海外だよ。じゃないと俺がこんなパンパラダイスな生活を送れるハズないじゃん」
「......でも、パンは売らないからね!パンの食べ過ぎは絶対体に悪いし!」
「何がどう悪いんだ?ちょっと俺には分からないんだけど。沙綾が俺を納得兼理解させてくれるような説明をしてくれるなら、今日はパンを諦めて帰るけど」
「何がって......栄養バランスが偏るから?」
「どんな栄養素がどんな風に偏るんだ?ねぇねぇ、無知な俺にパンの過剰摂取によるデメリットを教えてくださいよー」
「...ぐぬぬ...!」
遥斗は昔から意地悪だった。彼には過去に『意地悪だ!』と言ったこともある。返し文句が、『意地を通すためなら悪にでもなる』と無駄に名言風だったのは無駄に印象的だ。ビンタしたい衝動に駆らたが、寛大な心で我慢したのは自分でも褒めたい。
「じ、じゃあ私が遥斗の家でご飯作るよ!」
「お、マジで?よろしく」
「それが嫌だったら......えっ?」
「えっ、作ってくれないの?」
中学一年生。それは幼馴染とはいえ、男女が共に行動すること自体を恥ずかしいと思う年頃だ。所謂思春期の真っ只中なのだ。勿論沙綾も例外では無い。
もっとも、狩凪遥斗という男はその事に羞恥を感じないタイプなのは沙綾も想定外だった。
沙綾の予定では、遥斗が恥ずかしがって店を後にする筈だった。その後はスーパーやコンビニで弁当を買って食べてくれればパン生活よりはマシだと思ってた。
「ゆ、有言実行!遥斗の家に行く前にスーパーに寄るから、そこで待ってて!!」
「えっ...あ、はい」
その後、沙綾は母に事情を伝えた。伝えられた母本人は『ウチで一緒に食べてもらえば良いのに』と考えていたが、娘が初めて男の子とご飯を食べるという恋愛フラグ的イベントが待っているので、敢えて言わなかったとか――
「沙綾、ファイト...!」
「ん、お母さん?何か言った?」
「ううん、何でもないわ〜♪」
やけに機嫌の良い母に対してはてなマークを頭上に浮かべながら、遥斗を待たせていることに気が付いて急ぐ沙綾。母のニヤニヤ視線には敢えて触れない。
店を出た二人は近くのスーパーへ向かった。
「遥斗、何食べたい?」
「パン」
「じゃあカレーにするね。簡単だし、二~三日はメニューに困らないし。最後に残ったカレーに麺つゆを入れてカレーうどんにするのも良いよね」
「沙綾のスルースキルが上がってる...」
愚者の戯言を放って置き、沙綾はカレーの材料をカゴに入れる。人参、ジャガイモ、玉ねぎ、肉、カレールーetc.....手馴れているのか、全部カゴに入るのには大して時間は掛からなかった。
「...沙綾ってさ、いいお嫁さんになりそうだよな」
「お、お嫁さん!?そ、そんなことないよ!家事とかもまだまだお母さんとかお父さんに任せっきりだし、料理のレパートリーも多くないし!」
「中学一年生に完璧な家事を期待するやつなんていないだろ。その歳である程度こなせたら十分だって。実際、俺は洗濯とか洗い物とかならまだしも、料理は出来ないし」
「う、うん...ありがと...///」
恥ずかしいが、嬉しくもある。裏表のない褒め言葉は嬉しさよりも羞恥の方が大きい。それを無自覚にやってしまう彼が、ほんの少しだけ凄いとも思ってしまった。
「ほ、ほら!早くお会計しようよ!」
「あ、俺が払うよ」
遥斗は財布を出そうとする沙綾を止めた。
「半分は出すよ。私だって食べるんだし」
「態々作ってもらうのに、金も出させれないだろ。一応言っておくけどさ、男としてとかじゃ無くて、人として当たり前だからだよ」
「...はぁ、分かった。遥斗って変なところで強情だよね。良い意味でも悪い意味でも」
結局材料費は遥斗が全額出した。数年後にパン代を賭けて彼女とジャンケンを繰り広げる男とは思えない発言だったと、沙綾は語った。
買い物を済ませた遥斗と沙綾は狩凪家に向かった。
「ただいまー」
「お、お邪魔します」
玄関のドアを開ける。家には誰も居なかった。彼の両親は海外に居るのは聞いてたからそれは当たり前なのだが、出迎えてくれる人が居ないことの寂しさが込み上げてくる。
(遥斗は...この寂しさを毎日味わってるんだね...)
「ん、どしたの?廊下の電気が着いてないから怖いのか?因みに、俺は怖いぞ。幽霊とかの心霊系が苦手中の苦手だよ。沙綾も同士だったんだな」
「...はぁ」
「止めたまえ。その『あ、コイツ馬鹿だった』って再確認したと言いたげな視線とため息を止めたまえ。苦手意識の克服は同価値観の持ち主との慰め合い解決する場合だってあるんだぞ」
長々と意味不明なことを述べる遥斗。この様子を見る限り、無理をしてる風には見えない。価値観は人それぞれだという。彼にもそれが適応されるのだろうか。
それとも寂しさに慣れてるから平気なのか――
そこで思考を止めた。どれだけ考えても答えを知るのは彼のみだし、無駄な気を使う方が失礼だ。
「さて、じゃあ早速お願いします!」
「はいはい、まずはお米を炊こうね」
米を炊きながら野菜や肉等の材料を切って炒めて煮るだけ。その後はルーを入れてから少し煮て完成だ。カレーは初心者の料理にも選ばれるくらい簡単だ。
多少手馴れてる沙綾は、特にトラブル等は無く作り終えた。
「遥斗ー!出来たよー!」
居間で怠惰ってる遥斗を大声で呼ぶ。
「りょーかい」
遥斗にカレーが入った鍋を運んでもらい、居間にあるテーブルに皿とスプーンを並べた。
(なんか...夫婦みたいかも。お嫁さんの私が料理を作って、仕事終わりで疲れて居間でだらけてる夫の遥斗を呼んで手伝ってもらう...あはは、自分で考えてアレだけど...恥ずかしい...///)
「沙綾?顔赤いけど...具合でも悪いのか?」
「っ!?な、なんでもない!」
妄想に浸ってると、いつの間には顔にまで出ていたらしい。男子に変な顔を見られたかと思うと、何だか先程以上に恥ずかしい。
――――思えば、この時から既に彼を意識していたのだろう。じゃないと、あんな妄想をする筈が無い。
「「ご馳走様でした」」
カレーを食べ終えは二人は両手を合わせて食後の挨拶をする。
「ふぅー、美味しかった」
「それは良かった」
正直、味は普通の域を出ないと沙綾は思っていた。少し前まで料理初心者だった沙綾が市販品のルーを使ってそれ以上の味を出せる訳が無い。
でも、何時も自分で作るものよりも美味しかった。きっと、彼のために作ったからだ。彼と二人で食べたからだ。彼のみ満足気な顔を見たから美味しかったと後から思えたのだ。
――こんな時間がもっともっと続けば良いのに。
(...やっぱり、これが『恋』なのかなぁ...?)
恋を自覚したのは、それが初めてだった。
◆◆◆◆◆◆
「沙綾〜、パン頂戴〜!」
ああ、今日もまた彼が店に来た。半目でボーっとしている様で意外と鋭い彼。でも、自分の抱く気持ちには気付いてくれない鈍感な彼。
――この気持ちはなんだろう?
いや、分かってる。いくら否定しようとも、その答えは何年も前から分かってた。
この気持ちは...この感情は間違いなく『恋』だ。
沙綾は自分に迷い無く言い切った。もう自分には嘘をつかない。自分には本音を隠さない。表には出さない淡い感情を心の中で温めながら、好意のある彼を今日も見つめる。LOVEをLIKEで偽らないのだ。
「はいはい、他のお客さんに迷惑だから騒がないでね」
彼には――遥斗には恋人がいる。どれだけ望んで努力し続けても、その座は自分ものには決してならないのだろう。根拠無き想像でも、当たってると思う。でも、だからこそ自分だけの唯一無二は他にある。
――私は、遥斗の一番仲の良い幼馴染兼親友だ。
これが自分の唯一無二だと、自信を持って言える。その座は、いくらモカでも譲らないと決めているのだから。
香澄と戯れてても、有咲とナチュラルコントをしてても、おたえと遊びに出かけても、りみとパンについて語り合ってても――――自分は彼の『一番』の親友で在り続ける。
『親友』であることに意味を見出さない。『一番』であることに固執し続ける。誰でもない自分自身のために。
――それが...それこそが山吹沙綾の選んだ道なのだから
場合によっては沙綾ルートもあるかも?って話なのさ。書くかどうかは決めてないけど。
次は『メンヘラ市ヶ谷有咲』です