パンを貪りしカップル   作:ああああ

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寒いし眠い。そんな気持ちを込めたお話―――


怠惰な決意

 

イヤホンで好きな音楽を聴きながら、ベッドに横たわってパンを食べる。枕元にはペットボトルのお茶とおかわり用のパンが複数個置かれており、手にはネットでまとめ買いした漫画。

 

「今日は...家から出ない!!」

 

遥斗の引きこもり宣言は自分以外は誰も居ない部屋に虚しくも響いた。

 

 

―――寒い。

 

理由はただその一つに尽きる。普段の怠惰には理由なんて無いが、今回ばかりは声を大にして言いたい。こんなに寒いのに外に出て何の得があるのかと問いたい。そんな衝動に駆られるも、寒さに負けて、布団と暖房の温もりに即堕ちした遥斗は要塞に引こもるビビり将軍の如く布団に篭もる。

 

「ふっ、俺の怠惰を邪魔出来るやつなんていない!」

 

彼の友人が聞いたら100%呆れ果てること間違い無しだ。今更感も無きにしも非ずだが。

 

恋人のモカからは今朝に『今日は寒いから家に引こもるのだ〜』と連絡が来た。つまり、居留守を使えば誰にも邪魔されない完全怠惰な生活の出来上がりだ。

 

イヤホンから流れる音楽に乗せて鼻歌を歌い、漫画のページをめくる。これぞ理想、これが怠惰の理。

 

―――ピンポーン

 

イヤホンの隙間から忌々しい玄関チャイムが聞こえてくる。宅配を頼んだ記憶は無いし、こんな寒い日に宗教勧誘する奴なんてろくな奴がいない。無視が一番だ。

 

―――ピンポーン

 

―――ピンポーン

 

―――ピンポーン

 

「うるせぇぇぇぇ!!」

 

遥斗の顔も三度まで。四度目はマジギレ待った無しだった。引きこもり息子が母親に叫ぶように、部屋から一歩も出ずに怒声を飛ばした。

 

効果があったのか、チャイムは止まった。遥斗は満足して漫画の世界に戻ろうとすると―――

 

―――プルルルル

 

「...電話か?」

 

携帯から流れる音楽が止まり、代わりに初期設定のままの騒音とバイブレーション機能が仕事をする。電話が掛かってきたのなら、出ない訳にはいかない。通話ボタンを押して、相手よりも先に喋り始める―――

 

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」

 

平然と嘘を述べる。声をS○riさんボイスにするおまけ付きだ。相手の声を聞く間もなく、遥斗は電話を切った。全ては怠惰の為に...と感情の籠らない言い訳を添えて自分に言い聞かせた。

 

―――プルルルル

 

「ちっ、一度だけじゃ諦めないか」

 

再度Si○iさんボイスで嘘を重ね、電話を切る。この男、何としてでも放っておいて欲しいようだ。

 

―――プルルルル

 

「......もう無視しても良いよな?」

 

十数秒を経て、ようやくバイブレーション機能が止まる。遥斗は勝利を確信した。少々フラグ臭がしなくも無いが、現実にフラグなんてないだろうと思考放棄をして二重にフラグを立てる。

 

そして、二重のフラグは一瞬で回収された。

 

―――ピンポーン

 

―――プルルルル

 

「...両方かよ!?」

 

遥斗は取捨選択をする。何方も無視したらまた倍で返ってきそうで怖い。そんな予感が自分の中から溢れてくるのだ。

 

「......よし、電話に出るか」

 

理由は実に単純だ。『暖かい部屋の外に出なくても良い』ということのみ。手間を考えたら電話の方が圧倒的に楽だった。

 

「...もしもし?」

 

『あ、やっと出た!さっきから何回掛けても『電話番号が使われておりません』って言われるんだもん!!』

 

「...その声は...あこだな」

 

電話の相手は我が尊敬すべき姉御の実妹、宇田川あこだった。脳天気な彼女ならば飽きずに何度も掛けてくるのに納得出来る。

 

『はっくん、あこと遊ぼうよ!』

 

「...ごめん、今日は忙しいんだ」

 

『あれ?モカちんが、今日ははっくん暇だよって言ってたよ?』

 

...モカのやつ、押し付けやがったな。あこがモカから聞いたということは、一度はモカと連絡した事になる。そこからモカの性格を考えると―――引きこもりたいから押し付けたな。

 

「...今日は家に居ないんだよ」

 

『嘘つき!さっきチャイム連打したら家の中から『うるせぇぇぇぇ!!』って聞こえてきたもん!』

 

「両方お前かよ!?」

 

取捨選択の意味が無くなってた。結局は何方を選んでもあこに辿り着くクソ選択肢にため息をつきながら、あこに言葉を返した。

 

「...はぁ、しょうがない。玄関ポストに鍵入ってるから、勝手に上がってこいよ」

 

『分かった!』

 

元気な返事から数秒で玄関が開く音がした。足音が少しずつ大きくなり、遂には部屋の前で止まってからドアが開いた。

 

「やっほー、はっくん」

 

「わー、不法侵入だー」

 

「はっくんが許可したんだよね!?」

 

不法侵入者に挨拶を返し、枕元にあったお茶を渡した。できるならジュースをあげたいが、この寒さならば台所へ行くのも億劫だ。通称『面倒臭い』。

 

「んで、何しにしたの?」

 

「遊びに来た!」

 

「それは電話の時点で理解してるから。俺が聞きたいのは、何で姉御とか燐子さんじゃ無くて俺のところに来たかだよ。俺の怠惰を脅かすんだし、それ相応の理由があるんだろ?」

 

「おねーちゃんはアルバイトで、りんりんはNFOのソロ限定ダンジョンの周回だって。モカちんに遊んでもらおうとして連絡したら、はっくんは暇だって教えてもらったの」

 

姉は兎も角、親友がゲームを優先してることに関しては何も言わない方が良いのか?と遥斗は悩んだ。二人はゲームをきっかけに知り合った数年来の友人であるので、通常の友人関係とはほんの少しだけズレてるのだろう。

 

さらっと恋人から押し付けられてるが、既に想定内だった。後でパンを奢らせるのを決めたけど。

 

「居るのは勝手だけどさ、俺は俺のやることに没頭するからな?漫画貸すから静かにしてて」

 

「え〜、遊びに来た意味は?」

 

「アポ無しで来るヤツをもてなせと?」

 

寧ろお茶を与えただけでも感謝して欲しいくらいだ。遥斗はそう言い残すとイヤホンをして漫画を読み始めた。隣であこが騒いだり、ベッドで寝転ぶ遥斗の上に乗って揺らしたりしているが、敢えて無視する。

 

(...怠惰を満喫するんだ。何がなんでも!どんな災害が起きようとも!!)

 

温もりに包まれて漫画を読み続ける遥斗。パンを食べて腹を満たし、お茶で喉を潤わせる。これ以上ない幸せな空間だった。

 

―――そして、遥斗は寝落ちした。

 

 

 

 

 

「...ん、よく寝た。今何時だ?」

 

目が覚め、布団の温もりに包まれながらスマホの電源を付ける。時刻は昼過ぎであり、思ったよりも睡眠時間は短かった。

 

不意に、違和感を感じた。隣から謎の温もりを感じる。布団の膨らみを見る限りでは、生き物が入っているらしい。

 

「...あこのヤツ...何で俺の隣で寝てるんだ?」

 

「Zzz〜」

 

あこが隣で爆睡中してた。

 

よくもまあ、男が寝てる布団に自分から入って寝れるものだ。少女が脳天気なのか、それとも信用されているのか。後者だと信じたくはある。

 

(...あこの頬、柔らかそうだな)

 

遥斗は隣で寝ている少女の頬を躊躇なくつつく。温かい上に柔らかくて弾力のある頬だ。ベスト頬っぺショーがあるのなら、この少女がトップ間違い無しだろう。

 

(これでも高校一年生か......本当は中学生なんじゃないか?ちっちゃいし、子供っぽいし...)

 

電車も子供料金で乗れそうだし、ファミレスで『お子様ランチ』を頼んでも違和感が無い。低身長プラスで童顔なのは子供の証だった。

 

遥斗はあこの将来が心配だった。この少女が所謂『合法ロリ』になれば、変態紳士と書いてロリコンと読む異常者の良い的だ。そう考えれば、姉の巴が過保護になるのも頷いて同意できる。

 

「...よかったな、俺がロリコンじゃ無くて」

 

寝ているあこに話しかける。勿論返事は無いが、安らかな顔を見ていると此方も眠気を誘われる。

 

―――もう一度寝るか、あこが起きるのを待つか。

 

一瞬の葛藤の後、遥斗は前者を選んだ。なんたって、今日は怠惰を満喫するって決めたのだから。既に朧気な意識で隣にある湯たんぽ(あこ)を抱きしめて眠りについた。

 

 

―――部屋の灯油ストーブは既に消えているが、布団の中はふたりの熱で温まっていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆オマケ◆◆◆◆◆◆◆

 

―――遥斗睡眠後のあこ

 

「おーい、はっくん?...寝てるし」

 

あこは寝てる遥斗の頬をつつく。思ったよりも柔らかく、癖になりそうだと思った。

 

「む〜、遊びに来たのに暇」

 

やることも無く遥斗の寝顔を眺めていると、此方も眠くなってくる。あこは大きく欠伸をし、寝場所を探した。

 

「...眠い。寝る場所は...ん〜、ここで良いや」

 

目の前に()()()()()()()()があるじゃないか。あこは名案と言わんばかりに閃いた。勿論この部屋に布団なんて一つしかない。遥斗の使用してる布団だ。

 

「おやすみ〜」

 

既に温まってる布団に入り、あこは寝た。

 




眠気が止まらない今日この頃。

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