パンを貪りしカップル   作:ああああ

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蘭の憂鬱

 

美竹蘭にとって、人生の起点といったら間違いなくAfterglowの結成だ。

 

自分を含めた五人の幼馴染と共に成長した日々。時には喧嘩をして、解散を考えさせられたこともあった。それでも自分達が "Afterglow" で在れるのは、幼馴染達の他にも "アイツ" の存在が大きい。

 

その話は置いといて――美竹蘭は充実している。ライブでは大成功と言える程の結果を残せるまで成長した。バンド繋がりで友人が増えた。多少ではあるが、コミュ力が身についた…かも。

 

――だが、それで満足するほど美竹蘭の野心は小さくはない。

 

まだRoseliaに圧勝してない。

 

心の中ではライバルだと思っている湊友希那には、まだ勝てない。

 

そうだ、まだまだ足りない。自分達はこれから、今まで以上に成長したい。自由を、唯一を、勝利を、満足を目指して。

 

Afterglowは歩き始めたばかりでは無いのか?

 

その問いかけに自分で肯定する。

 

自分達まだ高校生だ。無限に広がる未来の中で何を成し得るのか。そんなのは分からないし、想像もつかない。だからこそ、全力を尽くそう。結果は後からでも着いてくる。だから『今』を生きるんだ。

 

そう、いつか――

 

「もっと、上に…!」

 

誰かに聞かせるのではなく、自分自身への宣誓。決めたら一直線に突き走る。それが自分の精一杯――

 

「ハーくん、蘭が暗い部屋で壁に向かって独り言を言ってるよ〜?」

 

「っ!?」

 

「モカ、アレは見て見ぬふりをしてあげるものだぞ?蘭は()()()()()()なんだよ」

 

「そういう時期って?ねぇ、ハーくん。どんな時期なら一人で壁に向かって『もっと、上に…!』って呟くのかな?」

 

「地味に似てる声真似と悪意なき煽りは辞めてあげなさい。蘭の顔が真っ赤で涙目だから」

 

「っ〜〜///」

 

雰囲気を読まない馬鹿が二人、蘭の部屋の隙間から顔を覗かせていた。

 

何故この場に?と蘭の脳内に疑問が浮かんだが、今日は二人が自分の家に来る約束をしていたことを思い出す。きっと、家族の誰かが遥人とモカを家にあげたのだろう。

 

「なんでなんで〜?モカちゃんの好奇心が知りたいって騒いでるよ〜」

 

「あー…うん。アレだよ、アレ。なんかこう…一定の時期になると急に片腕だけに包帯を巻いたりとか、片目に眼帯をしたくなるんだって」

 

「それって、怪我をしたってこと?」

 

「いいや、そうじゃなくて…怪我をしていなくても包帯とか眼帯を付けたい衝動に駆られるっていうか…理由もない義務感に背を押されるというか…」

 

「………っ!」

 

その症状は中々に説明しずらいモノだった。

 

言わば病の一種と言えなくもない。()()は中学二年生の少年少女に発症しやすい症状であり、体ではなく脳内に悪影響を及ぼすのだ。具体的には、大人になってから黒歴史として思い出し、悶える。

 

その病には、名前にこそ "中二" と入ってはいるが、高校生でも――場合によっては大人でも発症する。

 

そう、つまり蘭の患ってる病は――

 

(...中二病だよな?いや、本人に言ったら確実に否定されるけど)

 

遥人は空気を読める系の男子高校生だった。時と場合によっては敢えて読まないこともある空気だが、目の前の哀れな少女のために、ここは大人しくフォローに励もう。優しい自分を自画自賛しながら、遥人はチラリと中二病患者(美竹蘭)を見た。

 

「ち、ちがっ…!そういうのじゃなくて…!」

 

めっちゃ動揺してました。

 

いつものクールは何処に忘れてきたのだろうか?まるで隠していた保険体育(実技)の教科書を母親に見られた男子のように取り乱していた。傍から見る分には面白いが、同時に哀れでもあった。

 

「?ハーくん、蘭はどうして慌ててるの?ハーくんが本棚の奥に隠してるToLO○Eるをモカちゃんが見つけた時と同じくらい動揺してるよ?」

 

「おいコラ、サラッとに人の黒歴史と恥体験をバラすんじゃない。俺じゃなかったらメンタル崩壊と幼児退化を引き起こすぞ?名誉毀損で訴訟も辞さなめ案件なんですけど?」

 

「………」

 

「ほら、見てみろよ。蘭からの視線が一気に氷点下を超えた。……泣いてもいい?」

 

この男、割と本気で涙目だ。一人だったら部屋の隅でシクシクと涙を流すところだった。

 

たが恋人の前で無様に泣く遥人ではなかった。尚、ほんの少し前に精神が幼児退化した気がしなくもないが、遥人にとっては既に過去の出来事だった。

 

「結局、蘭は何で独り言を言ってたの〜?」

 

「……ある意味では病の一種です」

 

「えっ、病気なの!?大丈夫?病院に行った方がいいんじゃない?」

 

「…違う。少なくとも、遥人が思ってるのは違うから…!」

 

分かってる、ちゃんと理解してるさ。その症状――中二病の人達は全員そう言うんだ。自分は創作物に感化された奴らとは違い、本当に特別な存在なのだと。そこには理由も症状も必要ない。何故なら自分は特別だから、と彼ら彼女らは語る。

 

蘭自体、中二病と言われて否定しているが、本心では否定も肯定も出来ないのが現状だった。

 

自分を創作物の主人公のように特別な存在だとは思っていないが、それでは何故独り言を言っていたのか?と問われたは答えに困る。現在の状況だけを見れば中二病と言われても仕方が無いと納得もできてしまう。それでも否定するのは己のプライドを守るためだった。

 

「ねぇ、蘭は壁に向かって『もっと、上に…!』って言ったよね〜?上ってどこなのかな?お空?蘭はパイロットを目指してたの?」

 

「そ、そうじゃなくて…!」

 

「え〜?だって、『もっと、上に…!』って言ってたじゃん。『もっと、上に…!』って。ハーくんも聞いてたよね〜?蘭が薄暗い部屋で壁に向かって『もっと、上に…!』って言ってるの」

 

「っーー!!///」

 

「ぷっ…や、やめて…あげて…」

 

何とか笑いを堪える。若干堪えれていない感は否めないが、努力だけは認めて欲しい今日この頃だ。地味に似てる声真似を連呼されて、悪意もなく単純に好奇心だけで成されてる煽り兼嫌がらせは遥人の笑いのツボを的確に突いてきた。

 

「お、俺はカッコイイと思うよ?暗い部屋って、心做しかテンション上がるし…ダークヒーロー感っていうか、影の努力者的な雰囲気になるよね。何かこう…クールって言えばいいのかな?うん、蘭には似合ってると思う」

 

「…死ね」

 

「あれ?俺の心を込めたフォローは無駄だった?」

 

言葉がフォローになっていないのも蘭を怒らせる原因の一つだが、一番の理由は未だに笑いを堪えながら言ってる事だ。

 

頭に疑問符を浮かべるモカとは違い、遥人は意味を理解してる。だからこそのフォロー(仮)だったのだが、逆効果だった。今の蘭は羞恥と怒りで脳内が埋め尽くされている。

 

「?蘭、困ってるなら相談に乗るよ?」

 

「モカさんや、悩みの種は自分だということに気が付いて。いや、気が付かない方が蘭のためなのか?」

 

「だから、違うって…!」

 

何の説得力もない、言葉だけの否定。それが今の蘭の精一杯だった。

 

さて、これ以上は遠回しに説明しても埒が明かない。モカは察しないし、蘭はダメージを受けるだけだ。ならば、いっそのこと隠さずに真実を告げた方が良いのでは?と思い始めた。端的に換言すれば、これ以上は面倒臭い。

 

「モカ、蘭は中二病なんだよ」

 

「えっ、蘭って中二病だったの?」

 

「違う!」

 

「ハーくん、違うらしいよ?」

 

「そこは優しく肯定してあげて。今の蘭にとっては、それが何よりの慰めだから…」

 

何と優しい自分なのだろう。そう心の中で自分自身を褒め称える。面倒臭がり屋の自分が蘭を慰めて、更にはフォローまでしたのだ。きっと中二病患者の蘭も感謝と尊敬の眼差しで自分を見つめてい――

 

「ふんっ!」

 

「うわっ!?ちょ、何で殴りかかってくるんだよ!」

 

前言撤回、怒りと憎しみを込めた視線と拳を向けられていました。紙一重で躱したが、だからといって殴られかけた事実が消えたわけじゃない。

 

どうやら、蘭の堪忍袋の緒が限界を超えたらしい。捕まれば殺される、そんな予感がした。

 

「記憶と命、ここに置いてけ…」

 

「記憶だけでは満足できないと!?モカ、逃げるぞ!!」

 

「え?何で蘭はハーくんに殴りかかってるの?」

 

「説明する時間も惜しい!後で中二病の実態について説明するから!その前に殺されたら元も子もないぞ!?」

 

美竹家の廊下を走り抜け、外に飛び出す。チラリと後ろを向くと、いつの間にか鉄バットを装備した蘭が追いかけてきていた。

 

 

――さて、ここで急なクイズターイム☆

 

Q . 人の憤怒と羞恥心が限界を超えたらどうなる?

 

引きこもる?否!

 

泣き出す?否、否!!

 

 

正解は――

 

「オイテケ...!オイテケ...!ソノイノチ、オイテケェェェ!!」

 

狂戦士(バーサーカー)になる、でした!

 

「モカ!絶対に後ろを振り返るなよ!!下手なホラー映画よりも怖いヤツが来てるから!」

 

「蘭じゃないの〜?」

 

「…アレはもう、蘭であって蘭じゃない!」

 

最早、人の命を刈り取ることにしか興味のない悲しい生き物に成り果てた友人。あのツンデレ赤メッシュはもう存在しないと思うと、悲しくなる。

 

「モカ、今日は解散だ!自分の家にこもってパンでも貪ってろ!!」

 

「?うん、ハーくんがそう言うなら」

 

人目のない裏路地でモカを逃がし、自分は敢えて中二病バーサーカーの前に姿を晒して囮となる。

 

(さて、逃げるべきは何処だろう。家はバレてるから却下、このまま逃げ続けるのも賢い選択とは言えない。だとすれば――)

 

――第二の実家とも言える "あそこ" に行こう。

 

その名も『やまぶきベーカリー』だ。小学生の頃から通い続け、何度も晩御飯をご馳走になっている幼馴染の家。きっと、沙綾や山吹夫妻ならば自分を助けてくれる。そう信じて、今は駆ける。

 

敢えて人通りの多い道を通り、人波に紛れ、見つからないように遠回りをする。後ろを振り向くと、もう蘭の姿は見えなかった。

 

「よし、上手く逃げれた…!」

 

後は目的地に向かうだけ。やまぶきベーカリーに向かって一直線に駆け出し、やっと到着する。

 

これで安心。そう思いながらドアに手をかけると――

 

 

 

 

 

 

「ミツケタ…」

 

 

 

 

 

 

「へ?」

 

その後、街中に男子高校生の悲鳴が響いたのは語るまでもない。

 

 

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