ARIA The PIACERE 1 その輝かしい船出を祝して 作:neo venetiatti
灯里は、せっせとお客様を迎えるための支度をしていた。
シャッターを上げた途端、海からの潮風が店内に流れ込み、今日の一日の始まりを告げているような、そんな朝を迎えていた。
スケジュールを書き込んだボードを見上げて、今日の予定を改めて確認した。
「おはよう、灯里ちゃん」
振り返るとカウンターの外に、アリシアが立っていた。
「どうしたんですか、アリシアさん!」
「少し時間、あるかしら?」
「時間は大丈夫ですけど・・・」
「多分この時間なら大丈夫かなと思って来てみたんだけど」
灯里はアリシアを店内に招き入れた。そして、カップにお茶を注ぎ、アリシアとテーブルを挟んで向かい合うように座った。
「実はね、マンホームからの賓客一行についてなんだけど、予定していた時間より早く出発できそうになってきたの」
「どういうことですか?」
「問題となっていた電磁波のトラブルが解決できそうになったみたいで、それで当初の想定より早く出発できるようなの」
「それは良かったですね」
「うん、確かによかったんだけど・・・」
「何か問題でもあるんですか?」
「ほら、あのおもてなしパーティーの件」
「あっ、そうか・・・」
灯里はアリシアから言われるまで気付かずにいた。
「それでね、最近の藍華ちゃんてどんな様子?」
「ここ最近はちょっと会えてないです。藍華ちゃん、かなり忙しいみたいで・・・」
「そうなの」
「何かあったんですか?」
アリシアは、藍華がゴンドラ協会へやって来てトラゲットのゴンドラについての相談をして帰ったこと、またそれによって、ゴンドラ協会や水先案内業界でも話題となって、関心事となっていることを話した。
「とても残念そうだったみたい。落ち込んでるんじゃないか心配になったものだから」
「そんなことがあったんですか」
灯里は、藍華が強がって元気そうな顔をしながら、内心では落ち込んでる様子を思い浮かべた。
そこへ、ドアをノックする音が聞こえた。
灯里は返事をしながらドアに向かった。
ドアを開けると、朝からまたもや意外な人物がたっていた。
「おはよう、灯里さん」
「アマンダさん、おはようございます。でもどうされたんですか?」
「驚かせちゃったみたいね」
そう言ったアマンダ婦人は、屈託のない笑顔をみせた。
「実はね、帰る予定が早まりそうなの。それで、もう一度あなたの顔を見ておこうかと思ってね」
そう言うと、店内のテーブルのところで立ち上がったアリシアと目があった。
「あら、あなた」
「おはようございます、アマンダ婦人」
灯里はアマンダ婦人を中に招き入れ、アリシアの向かいの椅子を案内して、キッチンへ向かった。
「アマンダ婦人、一体どうされたんですか?」
アリシアにとっては、あくまでもマンホームからの賓客という存在であるアマンダと、ARIAカンパニーで会うことになるとは思ってもみなかった。
「私と灯里さんはお友だちなのよ」
「お友達、ですか?」
「そうよね?」
トレイの上に新たにもうひとつ、ティーカップを乗せて戻ってきた灯里に、アマンダは問いかけた。
「はい、お友達です」
灯里はアマンダ婦人に、にっこりと微笑んだ。
「そうなの」
アリシアはふたりが楽しそうに微笑んでる姿を見て、思わず笑顔がこぼれた。
「でも私たち、やっぱり縁があるのねぇ。でしょ?アリシアさん」
「はい、アマンダ婦人のおっしゃる通りです」
「どういうことですか?」
灯里はふたりに向かい合うように座り、アリシアとアマンダ婦人の顔を交互に眺めた。
「私の主人が初めてこのネオ・ヴェネチアを訪れた時にゴンドラにのせていただいたのがアリシアさん。そして私自身があの教会を訪ねようとしてお願いしたのが、灯里さん。あなたのゴンドラだった」
灯里は驚いたように目を大きく見開いた。
「それがよりによって、このARIAカンパニーで三人一緒に出会うなんて。なんて言ったらいいのかしらね」
「ほんとにそうですね」
アリシアは微笑んでアマンダに応えた。
「早起きは三文の得って、よくいったものね。少し早すぎるかと思ったんだけど、この時間に来て正解だったわ」
灯里は改めてふたりを交互に見比べた。自分だけなんだか置いてきぼりを食らったかのような気分だった。
「ところで灯里さん、お仕事は順調?」
「は、はい。なんとかやってます」
灯里は照れくさそうに上目遣いで応えた。
それを見たアリシアはチラッと壁に掲げているスケジュールのボードに視線を向けた。
「ああ~なんというか~、違うんです、アリシアさん!」
タイミング悪く、今日から一週間、スケジュールに少々余裕がある状態だった。
「ん?どうかしたの?灯里ちゃん」
アリシアは、とぼけたように聞き返した。
「いえ、特に何も・・・」
何か言いにくいことが灯里にはあるのかとアマンダは思い、話を変えた。
「ところでアリシアさん、いつもこんな風に以前の職場に顔を出すの?」
「いえ、今日はちょっと特別に用があったもので」
「あら、それじゃあお邪魔だったかしら?」
「いえ、そのようなことは」
「もしかして、また私たちのことかしら?ねえ、灯里さん?」
「はひっ!」
灯里の反応は、一目瞭然だった。
「どのようなことか聞かせて頂けるかしら」
「そうだったの」
アマンダは申し訳なさそうに呟いた。
「また私が気を使わせてしまったのかしら」
「そうじゃないんです」
灯里は必死に打ち消すように言った。
「これは藍華ちゃんの思いなんです」
「思い?」
「はい。プリマになって、すぐ支店を任されるようになって、わたしもそうだったんですが、忙しさに追われて回りがちゃんと見れてなかったんです。そんな時、あの教会のことやカンナレージョ地区で暮らす人たちのことを知って、改めてネオ・ヴェネチアのことを考えるようになったんです。このネオ・ヴェネチアで暮らす人たちの笑顔や思いが、この素晴らしい街や風景を作っているんだと。だから、ちゃんと伝えないといけないんだって」
灯里の熱い思いを聞きながら、アリシアは黙ってうなずいていた。
「ウンディーネさんたちは、そんな思いを抱えて日々お仕事に励んでいるのね」
アマンダ婦人は、少しうつ向きながら呟いた。が、何か思い立ったように顔を上げた。
「アリシアさん、わがままついでに最後のわがままを聞いて頂けるかしら」
アリシアは、大きく目を見開いた。
灯里は、そのアリシアの顔とアマンダの微笑んだ顔を、またもや交互に見比べていた。