ARIA The PIACERE 1 その輝かしい船出を祝して 作:neo venetiatti
海を望むその店のカウンターの中から、眩しく輝く水面を目を細めて見ていた水無灯里は、何かを思い出したかのように少し微笑むと、「よしっ」と呟いた。
ARIAカンパニーの新しい顔として定着し始めた彼女は、今一度気合いを入れ直しているところだった。
名実ともにこのネオ・ヴェネツィアを代表する存在だったアリシア・フローレンスが、このARIAカンパニーを去ってから、アリシアとまでにはいかないが、それなりに灯里も忙しい日々を送っていた。
午前中の予約を無事終わらせ、お昼を済ませたあと、午後からの予約を確認しながら、これから向かうルートをひとり海に向かってイメージしていた。
そんな時、ふと思う。
〈アリシアさんだったら、どんなふうにイメージしていたんだろう・・・〉
これから出会うお客様との素敵な時間と、そこへたどり着くまでの不安。
複雑な気持ちが交錯し、未だ拭えないでいるこの感情が、灯里がアリシアへ思いを馳せる要因となっていた。
「ぷいにゅい」
灯里を気遣うようにアリア社長が優しいトーンで声をかけてきた。
「大丈夫ですよ、アリア社長。気を使わせてしまって申し訳ありません」
灯里は姿勢を低くしてアリア社長に微笑んで見せた。
「いつまでもこんな調子ではダメですよね」
そう言いながらアリア社長の優しさに癒されていた。
「何が?」
突然の声に思わず「はひっ」と灯里から声がもれた。
立ち上がってカウンターの外の方に目を向けると、中を覗き込むように藍華が立っていた。
「何?アリア社長と何を話してたの?調子がどうとか・・・」
「もう藍華ちゃん、びっくりさせないでよ~」
「いや~それはめんごめんご。何か大事な話でもしてたのかな~って思ってね。声を掛けようかどうしようか、ちょっと迷っちゃったわけよ」
藍華は、後頭部を掻きながら、ちょっと気まずそうに笑った。
「ところでさぁ、灯里。午後からの予定ってどうなってるの?」
「午後からは二組のお客様の予定があって、そのあと夕方から久し振りにアリシアさんと会う約束があるけど」
「えっ、アリシアさんと会うの?どうして?」
「どうしてって、藍華ちゃん・・・」
灯里は少し困ったように苦笑した。
「アリシアさんの仕事や新しい生活の方も、大分と落ち着いてきたようで。私も相談したいことがたくさんあるから、会えないですかって言ってたの」
「それで?」
「それで、これからは会う機会を少し増やしていきましょうかって、アリシアさんがいってくれて」
藍華は腕を組むと、目を閉じて納得したように頷いていた。
「確かに、今のARIAカンパニーはあんたひとりしかいない訳だし。相談するにしても会社のことをわかる人じゃないと意味ないしねぇ」
「そうなんだよねぇ~」
「そうなんだよねぇ~って大丈夫なの?なんか心配になってきた」
「藍華ちゃん、心配してくれるの?」
「そりゃあ心配ぐらいしてるわよ。だって灯里、あんたな訳だしね」
「藍華ちゃん、やさしい」
「あのねぇ」
嬉しそうな、ぞれでいて心細そうな表情の灯里をみて、藍華は思わずため息をついた。
「ところで藍華ちゃん、何か用じゃなかったの?」
腕を組んで落ち着いていた藍華だったが、はっと目を大きく見開いた。
「そうよ、落ち着いてる場合じゃないわ!」
藍華はカウンターに手をつくと、身を乗り出すように灯里の顔に自分の顔を近づけて言った。
「ちょっと折り入って相談なんだけど。灯里、あんたの知り合いで手の空いてそうな人、誰かいない?」
「え~、いきなり何?」
「だって、あんた顔だけはやたらと広いじゃない?だから、あんたに聞くのが手っ取り早いかと思って」
「なんか誉められてるのか、けなされてるのか・・・」
藍華はカウンターに肘をついて、ARIAカンパニーの店内を見回した。
「ねぇ灯里、今ARIAカンパニーってそんなに忙しくないんでしょ?」
「藍華ちゃん、そんな聞きにくいこと、よく聞くよねぇ」
「だってウソついたってしょうがないじゃない?」
「そうかもしれないけど・・・」
灯里は口をあんぐり開けて、一気に脱力感に襲われていた。
「そのことと手の空いてそうな人がどうのというのと、何か関係があるの?」
「あんたに言ってなかったっけ?うちの支店の一周年記念のイベントのこと」
「聞いてるよ。藍華ちゃん、その時ここへ来て一時間くらいずっとしゃべって、今度はアリスちゃんのところへ行くって言って、そのまま駆けて行ったよね。よく覚えてる」
「まぁ、そんなこともあったかしらね」
藍華はちょっと気まずそうに「えへん」と咳払いしてみた。
「よっぽどうれしかったんだよね~」
「もう、そんなことはいいから!」
その時、ドアをノックする音がした。
「藍華ちゃん、ごめん。お客様が来られたみたい」
灯里はドアの方を振り返りながら言った。
その灯里の腕をつかんで藍華が引き留めた。
「灯里、また来るから。今の話、ちょっと頭に置いといて。じゃあね」
藍華はそういって、小走りに立ち去った。
それと同時にドアが開き、カランコロンとベルの音が鳴った。
「いらっしゃいませ」
灯里はドアの方へかけていった。女性ふたり連れのお客様を店内に迎え入れながら、先程の藍華のことばが、ふと頭をよぎっていた。
お客様と入れ違うようにして、藍華が忙しそうに駆けて行く後ろ姿を、灯里はドアを閉じながら見送った。