ARIA The PIACERE 1 その輝かしい船出を祝して 作:neo venetiatti
エントランスでは、ゴンドラに乗れずにいた招待客を前に、アテナのミニライブが開かれていた。
アマンダ婦人は、その歌声を間近で聞くことが出来たと感激していた。
アテナはスケジュールの都合で、大いに惜しまれつつも、そこで帰ることとなった。
藍華は感激の余り、アテナにハグを求めた。
少し照れながら、やさしく藍華とハグするアテナを見て、アリスはちょっと憮然とした顔になっていた。
「なんか納得いきません」
「なんでなの?」
灯里が思わず問いかけた。
「だって、私とあんなふうな感じでハグなんて・・・」
その言葉が耳に入ったのか、アテナがアリスの方へやって来た。
「アリスちゃ~ん、言ってくれればいつでもハグしてあげる~」
「な、な、何を言ってるんですか?そんな恥ずかしいこと!」
アテナはちょっぴり残念そうな表情で会場を後にした。
藍華と灯里、アリスの3人は、ゴンドラの順番を待っているお客様に対応するため船着き場へ戻って行った。
それと入れ替わるようにして、息を弾ませながら晃がやって来た。
「アリシア!」
「晃ちゃん、大丈夫?」
「ああ、仕事の方はなんとか片付けてきた。それでどうなってるんだ?」
晃は心配そうに辺りを見回した。
「見ての通りよ」
招待した関係者やカンナレージョ地区の人たち、そこにアマンダ婦人たち一行が加わって、予想よりも盛大なパーティーとなっていた。
「すごい盛り上がってるなあ。心配なんて必要なかったな」
「みんなとっても頑張ったと思う。急なことばかりが続いたのに、こんなにもうまくいくとは思わなかったもの」
「確かにそうだな。つくずくそう思う。実際、今回私は何もしてやれなかった。パーティーに関しても、藍華に対しても」
「ううん、そんなことないと思う。マンホームの賓客一行のおもてなしを姫屋が大きく負担することになった。それだけでも大変だったはずなのに、その上晃ちゃん、このカンナレージョ支店に負担がかからないように調整してたでしょ?」
「アリシア、お前・・・なんでそんなこと知ってるんだ?」
「ふふふ、それぐらいのことはわかるの」
「いったいお前って」
「うそよ、うそ。本当はね、藍華ちゃんが教えてくれたの。自分に任された支店が、いくら大事な記念の日だからって、この忙しい状況でそれを言うことは、ただのわがままだって」
「藍華がそんなこと・・・」
「なのに、スケジュール的に負担がそれほど大きくなかったのは、本店の方で調整してくれていたに違いないって」
晃は、パーティー会場のあちこちで、せっせと招待客の対応に忙しくしている藍華の姿を見つめていた。
「いい支店長さんになってきたんじゃない?」
「いや、まだまだだ。本当の勝負はこれからだ。あいつの人生は、これからが大変なんだ」
「晃ちゃん」
アリシアは藍華をじっと見つめる晃の横顔を見た。
まっすぐ前を向くその横顔には、誰よりも真剣で、あたたかな眼差しがあった。晃の藍華に対する思いが、痛いほど伝わってくるようだった。
「大丈夫よ、藍華ちゃんは」
「どうしてだ?」
「だって藍華ちゃんには、晃ちゃんがいるもの」
アリシアはそう言って、晃に微笑んだ。
「アリシア、お前何をそんな恥ずかしいこと言ってるんだ?」
晃は頬を少し赤くした。
「晃ちゃん、他にも見て欲しいものがあるの」
そう言って、アリシアは晃を船着き場まで連れて行った。
そこには、トラゲットのゴンドラで招待客におもてなしをする、様々なカラーのユニフォーム姿のウンディーネたちの姿があった。
「これが藍華の言っていたおもてなしなのか?」
「そうね。でも今や藍華ちゃんだけのおもてなしではなくなったような気がするの」
「どういうことだ?」
アリシアは少し間をおくと、ウンディーネたちの姿を見回した。
「私ね、ちょっと感動してるの。こんな光景を見られる日が来るとは思ってもみなかった」
晃はアリシアの言葉を聞いて、改めて船着き場を見渡してみた。
そこにいるウンディーネたちは、灯里やアリスを除いて、すべて片手にグローブをはめていた。
「みんなシングルか・・・」
「みんな普段はトラゲットに駆り出されているウンディーネたち。そして、観光案内をしたくて、プリマに憧れているシングルたち。だけど、みんなの表情を見て。あんなに誇らしげにお客様におもてなしをしてるわ」
誰一人笑顔を絶やさず、おもてなしが存分にできることの喜びに満ちているようだった。
そして、色とりどりのウンディーネたちの姿は、夜を迎えたネオ・ヴェネツィアに鮮やかな虹がかかったような、幻想的な光景をもたらしていた。
「アリシア、ここまでやるとなると大変だったろう。お前にはなんて感謝したらいいか・・・」
「それは違うの、晃ちゃん」
「何が違うんだ?お前が力を貸してくれたからだろう?」
「実はね、みんなに声を掛けたのは、灯里ちゃんたちなの」
「そうなのか?」
「灯里ちゃんたちがトラゲットで知り合った仲間に相談したら、そこから協力を申し出てくれる人たちの輪が広がって行った。そういうことだったらしいの」
「そうだったのか。みんなの表情が生き生きとしているはずだ」
「そうね。誰に強制された訳でもなく、進んで協力に応じてくれた。しかも、今日一日トラゲットの仕事をやり終えてから」
「できることじゃない」
「ほんとそうね」
「でも会社の垣根を越えてとなると、やはり調整は大変だっただろう?」
「それもグランマのおかげなの。今回のことは、グランマもとても関心があったみたいで、いろんな調整を買って出てくれたの。私だけではこんなにもスムーズに事が進まなかったと思う」
「グランマも・・・」
晃は事の重大さを感じずにはいられなかった。
「でもどうして、こんなにも協力してくれたんだろう?あくまでも一支店の記念パーティーだというのに」
「みんなそこに未来を見ようとしたんじゃないかしら。この先にある未来のウンディーネの姿、未来の水先案内業界、そして未来のネオ・ヴェネツィアを。私はなんとなくそう感じたんだけど」
「未来の姿か。それって、希望や夢と言い替えることもできるな」
「晃ちゃんもロマンチックなこと言うときがあるのね」
ニッコリほほえんだアリシアから晃は見られまいと、照れた表情を反対の方へ向けた。
「でもアリシア、藍華にはあまり詳しい話をしないでくれないか?」
「晃ちゃんがそう言うのなら、それで構わないけど」
「あいつには変な負担を感じて欲しくないんだ。あいつ、ああ見えて回りの事にとても気を配ってるんだよ」
晃は、あくまでも藍華のことが気がかりだった。
「私も今度灯里ちゃんに会いに行こうかしら」
「そう言って、ちょこちょこ会いに行ってるらしいじゃないか?」
「知ってたの?うふふふ」
「何が“うふふふ”なんだか・・・」
「そう言えば、あの四つ葉のクローバーのはなし、藍華ちゃんは知ってるの?」
「いや、まだ気づいてないみたいだ。昔の思い出話として話してみたことはあるんだが。でも、感動はしていたな」
「そうなの。それじゃあまたひとつエピソードが増えたってこと、気づいてないわね?」
「エピソードが増えたって、どういうことだ?」
「うふふふ。こっちのはなし」