ARIA The PIACERE 1 その輝かしい船出を祝して 作:neo venetiatti
空港周辺は通行規制が敷かれていた。
マンホームの賓客一行は、いよいよ帰る準備が整い、出発の時を迎えていた。
空港ロビーでは、アマンダ婦人とグランマが固い握手を交わしていた。
そのそばでは、アリシアやゴンドラ協会の数名の役員たちが並んでいた。
そしてついに一行を乗せた専用旅客機が空港を飛び立っていった。
アマンダ婦人は別れを惜しむように、窓からネオ・ヴェネツィアの街の様子を眺めていた。
すると、何かに気づいたように膝の上に置いていたショルダーポーチを開け、中を探り始めた。
「確かあったはずなんだけど・・・」
そう呟いていたかと思うと、ふっと微笑んだ。
ポーチから取り出したのは、一枚の写真だった。
それを見たアマンダ婦人は、こう呟いた。
「やっぱり」
そこには婦人の夫と、まだ初々しいアリシア、そして青い髪のツインテールの少女が、笑顔いっぱいの表情で写っていた。
「そう言えば灯里、アマンダ婦人て、マンホーム一行の中でどんな存在の人だったの?」
「私もあんまりわからない」
「アマンダ婦人とアンタとは、お友達なのよねぇ」
「うん、そうだけど」
「ホントに?」
「多分・・・」
藍華はARIAカンパニーの、その海に面したカウンターにもたれ掛かるようにして、空を行く大きな旅客機を見上げていた。
店の中にいた灯里は、カウンターから身を乗り出すようにして、その旅客機を見上げた。
「なんかさぁ、昨日までの日々が嘘みたいなのよねぇ。今朝目が覚めたら実はあれ、嘘でしたなんてね」
「そう言われてみると、そうだねぇ~」
「灯里、ホントにそう思ってる?」
「思ってるよ」
藍華は気が抜けたように「はぁ~」とため息をついた。
「後輩ちゃんはどうしてるの?」
「今日は団体さんの予約が大変らしくて。なんかすごい気合いが入ってた」
「いや、入ってたって。あのねぇ、あんたもそろそろ気合いを入れれば?」
「おかしいなぁ。気合い入ってるよ」
灯里は両腕をグルグル回して見せた。
「そうじゃなくて。まだ踏ん切りがつかないの?」
「またそれ」
「そりゃあそうでしょ?いつまでもひとりって訳にいかないでしょ?」
「わかってるけど・・・」
藍華はふと時計を見た。
「しまった!」
「どうしたの?」
「今日は晃さんと軽く打ち上げをやる予定なのよ。灯里、ごめん。もう帰るわ」
そういうと、藍華はいつもの調子で小走りに走り去った。
すると、途端に静けさが店内をおおった。
波音が普段よりもやけに大きく聞こえてくる。そして、それは自分が今ここでひとりきりだということを痛感させるものだった。
灯里は誰もいなくなった店内を振り返った。
いつもと変わらない景色なのに、急に孤独感が押し寄せてきた。
「こういう孤独を感じるのも、あんたにはいい勉強ね」
「藍華ちゃん!」
「だからひとりはよくないんですよ、灯里先輩!」
「アリスちゃん!」
灯里は目をまんまるくして二人を交互に見た。
「どうしたの?二人とも」
「打ち上げよ、打ち上げ」
「もう今日はお仕事終わりなんですよね?」
「そうだけど・・・」
「じゃあ心おきなく騒げるわけよね!」
「藍華ちゃん、アリスちゃん」
灯里は目に涙を浮かべていた。
「わたしからせめてもの感謝の気持ちよ。灯里には本当にありがとうをいいたいの。もちろん後輩ちゃんにもね」
「それなら、ARIAカンパニーに押し掛けるんじゃなくて、どこかおしゃれなレストランにするとか、ありそうですけど」
「いいのよ。灯里が喜んでくれたら」
「藍華ちゃん」
「ほらね」
「わたし、パスタでも良かった」
「あ、あんたねぇ」
「でっかい期待外れですね」
「もぅ~」
藍華は、いろんなことがあったこの数日を思い返すと同時に、またいつもの三人で、こうしていられることがうれしかった。
だが、これまでとは違う日々に、そして変わって行く自分たちに、不安と期待で胸が高まる思いでもあった。
それは、このネオ・ヴェネツィアがくれた奇跡の・・・
「あっ、ちょっと待って!」
「どうしたの、藍華ちゃん?」
「先輩、どうかしたんですか?」
藍華は自分の頭を抱えていた。
「違う違う!なんでこうなるの!」
「もう藍華ちゃん、素直になりなよ」
「な、何を言ってるのよ、灯里!」
「そうですよ、藍華先輩。往生際が悪いですよ」
「後輩ちゃんまでどういうこと?」
藍華の前で、灯里とアリスはニヤニヤ笑っていた。
すると、デッキの角から聞きなれた声が聞こえてきた。
「藍華さん、カンナレージョ支店開業一周年おめでとう!」
「アル君!」
真っ赤なバラの花束を持ったアルが現れた。
「元気だったか、ガチャペン!」
「何?ポニ男まで?」
「ああそうだ。お前のために来てやったんだぞ。なんだ?そのリアクションは!」
「アル君はうれしいけど・・・」
「はい、藍華さん」
そういってアルは、藍華にバラの花束を渡した。
藍華は、感激で泣きそうな勢いだった。
「ガチャペン、俺からもあるぞ」
そう言った暁は、何やら重たそうに藍華の前に差し出した。
「なっ、何?」
大きな包装紙にくるまれたアリア社長だった。
「ばいちゃ!」
アリア社長は、照れ臭そうに顔を赤らめていた。
「あ、あの、なんでアリア社長?意味がわかんないんだけど・・・」
「何をいってるんだ、ガチャペン?アリア社長の、カンナレージョ支店長就任の一周年記念じゃないか!」
「はぁ?何を言ってるの?アリア社長が支店長なわけないでしょ?」
「ごめん、藍華さん。花束を渡す相手を間違ってたみたい」
アルは藍華からバラの花束を取り返すと、アリア社長に渡した。
「支店長一周年おめでとう、アリア社長!」
「ちょ、ちょっと、どういうこと、アル君!」
「どういうことって、こういうことじゃないですか、藍華さん」
「おかしい、絶対おかしい!んなわけないでしょ?ねえ、灯里?後輩ちゃん!」
「かなりお疲れのようですね」
アリスは、テーブルに突っ伏して眠っている藍華をじっくりと眺めていた。
灯里は、その背中にそっとブランケットをかけた。
「このまま寝かせておいてあげよう」
「そうですね」
灯里とアリスのふたりは、二階から一階に降りていった。
二階のテーブルで眠っている藍華の回りには、お疲れ会を開こうと藍華自身が用意したピザや飲み物、皿やグラスが、手付かずのまま置かれていた。
灯里とアリスが取り皿やグラスを持って二階に上がってきた時には、もうすでに藍華は眠りこんでいた。
「藍華先輩、よほどここが落ち着くんですね」
「私やアリスちゃんの前だと、気を使わずにいられるんだろうね」
「おそらく、藍華先輩のことですから、支店では気を張ってるんでしょう」
「そうだね。特にここしばらくは、大変だったろうからね」
「そういえば、気になることを耳にしたんですけど」
「何?アリスちゃん」
「藍華先輩、そう遠くないうちに、支店を離れるんじゃないかって噂なんですけど」
「どういうこと?やっと一年を迎えたばかりなのに?」
「聞いたところによると、本店のほうに戻されて、プリマ・ウンディーネとして腰を据えてやっていくとか」
「それじゃあ、晃さんは?」
「だから、そこなんですよ」
「何がそこなんですよなの?」
「藍華ちゃん!」
「藍華先輩、お目覚めだったんですか?」
二階から階段越しに顔を覗かせた藍華は、怪訝そうな表情になっていた。
「ほっといたら、何をいいだすやら」
「どこから聞いてたんですか?」
「ほぼ全部」
「あのぉ、それはですね・・・」
藍華はふたりが座っていたテーブルまでやってくると、首をコキコキ回して肩を揉みながら席に座った。
「私はまだまだ支店で修行をつまなきゃいけないし、晃さんにもまだまだ姫屋の屋台骨を支えてもらわなきゃいけない。変な噂を真に受けないでよね」
「失礼しました、藍華先輩」
「わかればよろしい!」
藍華は、目を閉じて腕を組んで見せた。
「藍華ちゃん、元気になったみたいだね」
「私って、そんなに疲れた顔してた?」
「そうだね。でもしょうがないよ。ここしばらく大変だったもん」
「灯里の言う通りね」
そう言うと、今度はガクッとうなだれて見せた。
「まだまだなんだなぁと、つくづく思い知ったって感じよ」
「でも藍華先輩でなくても、ここ最近に起こった出来事は、特別なことばかりだったと思いますけど」
「確かに後輩ちゃんの言う通りよね。だから、特別過ぎたって思うようにしてる。こんなことばっかりだと身がもたないわよ」
「そうだねぇ。特別過ぎたっていう藍華ちゃんの言葉、わかる気がする」
「わかってくれるのはいいけど、ここは本当に何も変わらないわよねぇ」
藍華は呆れたような顔で、周りをぐるりと見渡した。
「藍華ちゃん、またその話?」
灯里は上目遣いで藍華を見て言った。
「わかったわよ。今日のところは何も言わない」
「いいんですか、藍華先輩。灯里先輩を甘やかして」
「今日のところはね。そんなこと言うけど、後輩ちゃんだって、何かと会社から求められるようになってきたって不安がってたじゃない?」
「私の場合は、忙しさの質が変わってきたというか、求められる役割ができたというか・・・」
「アリスちゃん、なんか大変そうだね。よくわからないけど」
「そうですか?私から見てると、灯里先輩の方が大変だと思いますよ。特にこれから先のことを考えると」
「そんなこと言ってくれるの、アリスちゃんだけかも」
「あのね、灯里。誉めてるわけじゃないのよ」
「違うの?」
「ひとりって、今は気楽かもしれないけど、この先何もかもひとりってことよ」
「うん、そうだね・・・」
「まあ、今日のところはやめにしましょう。それより、今夜は久し振りに羽根を伸ばして、ぱあっとやろう!」
三人は再び二階へと上がっていった。