ARIA The PIACERE 1 その輝かしい船出を祝して 作:neo venetiatti
「でもそれって、カンナレージョ支店一周年イベントの仕事を手伝えってことなんでしょうか?」
アリス・キャロルは、手に持っていたメロン・ソーダをテーブルに置いて、正面に座っている灯里を見てこう言った。
「そういう訳ではないと思うんだけど・・・」
灯里も少し困惑気味な表情だった。
午後の一組目の仕事を終えた灯里は、お客様を見送った場所で、偶然アリスと遭遇していた。
少し時間があるということで、お茶しようということになったのだが、アリスが灯里の顔を見た途端、表情が変わったのを灯里は気になっていた。
「きっとそうでしょう。そうとしか考えられません」
アリスは少し憮然とした表情で言葉を続けた。
「でも少しわかりません。姫屋ほどの大きな水先案内店が、従業員が足りなくて困っているなんて聞いたことありません。ましてや、支店を開業するくらいです。従業員を増員することぐらい、十分対応できるはずです」
納得いかないといった表情でまくし立てた。
「アリスちゃん、いくら藍華ちゃんでも他の会社の仕事を手伝えだなんて言わないと思うよ」
「じゃあなんでわざわざ言いに来たんでしょう。藍華先輩の行動はちょっとおかしなところがあります」
やはり藍華は、ARIAカンパニーを訪ねたその足でオレンジぷらねっとへ向かったようだった。そこで、顔馴染みのウンディーネからアリスのスケジュールを聞き出していたらしい。
「お客様を見送っていたら、物陰から突然登場してきてビックリしたんですから!」
「アリスちゃん、登場って・・・」
アリスの説明によるとこうゆうことだった。
予定の観光案内を終えてお客様を見送っていると、どこからか見られている気配を感じて、背筋がゾクッとなったので、そちらの方を恐る恐る見てみると、藍華が柱の影からアリスの方をじっと見ていたらしい。
「藍華先輩!何してるんですか?!」
「後輩ちゃんの仕事っぷりを拝見していただけよ」
顔はニヤケつつ、目はキラーンとしていた。
「いったいこんなところで何してるんですか?暇なんですか?支店の方はどうなってるんですか?てんてこ舞いで、ヒメ社長やまぁ社長の手を借りたいくらいだって言ってたじゃないですか?」
「そんなにまくし立てないでよ」
アリスからの反撃があまりにも正論だったため、藍華は言い返す言葉を失っていた。
「それに先日晃さんにお会いしたとき・・・」
「あんた、晃さんに会ったってどういうこと?何をこそこそやってんの?」
「お仕事をしている訳ですから、どこかで会うことぐらいあるじゃないですか!」
「ちゅっと待って、アリスちゃん。なんでケンカになってるの?」
灯里は目を丸くして、思わず話しをさえぎっていた。
「だって藍華先輩、ストーカーみたいなことして。姫屋の支店を任されるようにまでなって、忙しい忙しいって言ってたくせに、おかしいですよ、最近の藍華先輩」
「そうかなぁ・・・」
実は灯里自信も最近の藍華のことは、少し気にはなっていた。
「それで晃さん、なんて言ってたの?」
藍華はやはりそこが気になってしまう。
「もういいです」
アリスは冷静に言い返した。
「なっ、あ、あのねぇ、あんたがよくても、わたしのこのモヤモヤした気持ちはどうしたらいいのよ?」
アリスは自分の置かれた境遇に、今更ながらため息をつくしかなかった。
〈わたしの回りの先輩達って、どうしてこんな人ばっかり・・・〉
「いいですか、藍華先輩!用がすんだらすぐに帰るんですよ!わたしはまだこれから仕事があるんですからね!ちゃんと帰るんですよ!」
「まっ、なに、それっ! まるで子供扱いじゃ・・・ちょっ、ちょっと後輩ちゃん、待ってよ。まだ肝心の話をしてないってばっ!」
「それで帰っちゃったの?」
「だって何を言い出すかわからないですから」
「アリスちゃん、藍華ちゃんは一応先輩な訳だし・・・」
「だから心配なんです」
アリスは口をすぼめるようにしてストローをくわえると、ブクブクブクとメロンソーダに息を吹き込んだ。
「最近の藍華先輩、やっぱりおかしいですよ。忙しいから会う機会がないって言ってたかと思うと、今度は突然現れてじっと私のことを観察してたり・・・」
灯里は思わず周りに視線を巡らした。
「アリスちゃん、もうちょっと声を落とそうよ」
「灯里先輩もそう思いません?」
「へっ?」
灯里はアリスの問いかけに変な声が出てしまった。
「確かに思わなくもないけど・・・」
「そうですよねぇ」
アリスの勢いに、灯里はどうしたものかと困ってしまった。
「わたし思うんですけど・・・」
アリスはガラスコップをテーブルに置き、目を閉じてこう続けた。
「きっと何か問題を抱えてるんじゃないでしょうか。それに・・・」
「それに?」
「何か企んでるに違いありません!」
パッと目を見開いて言い放った。
「企んでる?」
灯里はアリスのその言葉に驚いて、声が大きくなってしまった。
「灯里先輩、声が大きいですよ」
「はひっ」
アリスは冷静な表情で目を閉じ、メロンソーダを一口飲んだ。
「これはひとつ調べてみる必要がありますねぇ」
アリスの目がキラーンと光った。
「ちょっとアリスちゃん・・・」
「ところでアリスちゃん」
灯里はアリスの気持ちが少し落ち着いたところで、自分でも気になっていたことを聞いてみた。
「なんですか、灯里先輩」
「さっきの話なんだけど・・・」
「どの話ですか?あぁ、ストーカーの話ですか?藍華先輩ってそういう癖が・・・」
「アリスちゃん、違う違う!」
灯里は必死になって否定した。
「じゃあどの話ですか?」
「晃さんから藍華ちゃんのことについて聞いたんだよねぇ」
「あぁ、そのことですか」
アリスは少しテーブルに視線を落とすと、その時のことを思い返すように言った。
「聞いたというより、どちらかと言うと聞かれたというか・・・」
「聞かれた?」
「晃さん、わたしをわざわざ追いかけてきたんです」
そういうと、アリスはその時に感じた不思議な印象を思い出すように続けた。
「お客様をお見送りして、ゴンドラを出そうとしたとき、遠くから私を呼ぶ声が聞こえてきて、振り替えったら晃さんが駆けてくる姿が見えたんです」
「えっ、晃さんが?」
「おーい、アリス~。ちょっと待ってくれ~」
アリスがゴンドラを出そうと片足をかけ、もう一方の足で岸をぐいっと押そうとしたときだった。
振り返ると、その目線の先に晃が小走りに駆けてくる姿が見えた。
岸にもう一度戻ったアリスのところにやって来た晃は、少し息をはずませながら、アリスの両肩に手を置いた。
「ゴメン、アリス。引き留めてしまって」
アリスは晃のすまなさそうな顔を見上げた。そして、戸惑いを隠せないでいた。
「どうされたんですか?何か急用ですか?」
「いや、そういう訳ではないんだけど・・・忙しいのに悪かったなぁ」
晃は気を使うような表情で言った。
アリスは、なんで後輩のわたしにそんな気を使う必要があるんだろうと思った。しかしそれは一方で、なんとなく察しがつくような部分もあった。
「いやぁ、大したことじゃないんだが・・・」
と言って、少し間を置いてから続けた。
「実は姫屋の新しく出来た支店のことなんだが・・・」
「はい」
アリスは、晃が少し言い出しずらそうにしていたので、自分から言葉を続けた。
「もしかして開業一周年記念イベントのことですか?」
「うん、そうなんだ。よくわかったなぁ」
「はい。藍華先輩から、結構な時間をかけて聞かされましたから」
「ハハハハ、あいつらしいな」
晃はいつもの明るい笑顔に戻った。
「それにしても聞いてるぞ、評判。バッチリらしいじゃないか!」
「えっ、私のことですか?」
「当たり前だ。直接お客様から耳にすることもあるくらいだ」
「恐縮です」
アリスは顔を真っ赤にしてうつ向いた。
「藍華にも見習わせないといけないなぁ」
アリスはどう答えていいか困ってしまった。
「藍華先輩もがんばってらっしゃいます。プリマに昇格してすぐに支店を任されるなんて、私なら断っていたと思います。誰でもできることじゃありません」
「うん、確かにそうだな。あいつの場合、他のウンディーネと違って、最初から背負ってるものがあるからな」
晃は少し神妙な面持ちで言った。
「それでなんだが・・・」
アリスは、少し不思議そうな表情で晃の顔を見上げた。
「そのことで藍華のやつ、なんか言ったりしてないか?」
「えっ、何かって、どういう・・・」
アリスは以前から、晃が藍華のことになるとなぜか話しにくそうになるのが気になっていた。
「そうだなぁ・・・」
と言いかけた晃の言葉を待たずに、アリスは話し始めた。
「例えば、忙しくて灯里先輩や私と会えてないとか、行きつけのピザ屋さんで新作が食べれてないとか・・・」
「うん、そうだな。まあ例えばそういうことだ」
「憧れのアリシアさんの顔を見れてないとか、ノームのアルさんとデートできてないとか・・・」
「そうなのか?」
「それから・・・」
「まだあるのか?」
「何か仕事のことで悩みを抱えてるとか・・・」
「そう、なの、か?」
晃の心配そうな眼差しに、アリスは心の中に抱いていた思いが確信へと変わっていた。
「私から言うのも何なんですが、そういうことは藍華先輩に直接聞けばいいんじゃないでしょうか?」
「あっ、うん、そうだな・・・」
晃はそう言うと、少し笑ってみせた。
「アリスにみっともないとこ見せてしまったようだな。藍華のことになると普段以上に考えすぎてしまうんだよな」
「いいんじゃないでしょうか。そんな先輩うらやましいと思います」
アリスはポツリと呟くように言った。
晃はアリスのそんな言い方にちょっと意外な感じを覚えた。
「アリスもそんな風に思うことあるんだな」
「それは私だってそんな風に思うときもあります」
「へぇ~意外だなぁ」
「何がですか?」
「だってアテナから聞いてるアリスって、いつもしっかりしていて頼もしい後輩だって」
「それは違います」
「違うのか?」
「それは、アテナ先輩がドジっ子なだけです」
「それって、結局、つまり・・・どういうことなの?」
「灯里先輩、わからないんですか?」
アリスは呆れたといった表情で灯里の顔を見返した。
「晃さんは藍華先輩の先輩な訳ですから、藍華先輩が何を考えてるのか知りたいんですよ」
「はぁ」
「だけど藍華先輩はがんばり屋さんだから、出来るだけひとりでがんばろうとするわけです」
「はぁ」
「その結果、ひとりで抱え込んでしまう。そのことを晃さんは心配してるんだと思います」
「はぁ~」
灯里は大きく目を見開いてアリスの顔をまじまじと見た。
「アリスちゃん、すごい」
「それって誉めてるんですか?バカにしてるんですか?」
「もちろん誉めてるんだよ。晃さんとの会話からそんなことがわかるなんて」
「わかりそうなことだと思いますが・・・」
不服そうな顔でアリスはメロンソーダをすすった。
「でも藍華ちゃんと晃さんは、とっても仲良しさんだし、私たちにはわからない絆で繋がってるような気がしてるんだけど」
「おそらくですが・・・」
アリスはちょっと考え込むような仕草を見せるとこう言った。
「藍華先輩は自分の立場が他の人とは違って、特別な立場だとわかっていて、それを晃さんも理解している。そんな自分を晃さんは、あえて特別扱いしないようにしていることを藍華先輩もわかっていて、だからこそ藍華先輩は晃さんの負担になりたくないと・・・」
「アリスちゃん」
灯里は冷静に話すアリスを見て、ちょっぴり感動に浸っていた。
「ふたりの気持ちがそんなふうにお互いを思いやっているなんて、なんて素敵な関係なんだろうねぇ」
いつもの素敵モード全開だった。
「本人が聞いたら、顔を真っ赤にして絶対突っ込んでるでしょうね」
「そうだねぇ~」
アリスはちょっと得意げな表情で残りのメロンソーダをずずっと吸った。
「でも、なんでそれをアリスちゃんに聞きにきたんだろうね」
「灯里先輩のところには晃さん来ませんでしたか?」
「うん、来ないよ」
「それはそれで、ちょっと理解できるような・・・」
「えっ、なに、アリスちゃん?」
アリスは悟られないように、すぐに話を変えた。
「ところで灯里先輩、お仕事は大丈夫なんですか?」
「はひっ!」
思わず立ちかけて、テーブルをガタンと響かせた。
「灯里先輩、大丈夫ですか?」
「午後にもう一組の予約があった!」
「間に合うんですか?」
「今から急げばなんとか間に合うと思う。でもアリスちゃんは?」
「私は今から会社に戻って、ナイトパーティーの準備です」
「なに?そのナイトパーティーって?」
灯里は大きく目を見開いて、アリスの方に身を乗り出していた。
「言ってなかったですか?今年からオレンジぷらねっとでは、夏の夜にイベントをやることになったんです」
「へぇ~そうなんだぁ~」
「今回は第一段ということもあって、会社を上げて盛り上げることになっていて・・・」
「て?」
アリスは少し前屈みになると、声のトーンを落として続けた。
「これはまだ内緒ですよ。シークレットですから」
「ええ~、シークレットなの~?」
「灯里先輩!」
「ごめん」
ほっぺを膨らまして怒ったアリスの顔を、灯里はすまなそうに上目遣いで見つめた。
「ほんとにまだ誰にも言わないでくださいよ」
「わかった」
「実はスペシャルゲストとして・・・アテナ先輩を呼ぶことになってるんです」
「えぇ~、ほんとに~!」
「だから声が大きいですって!」
「はひっ‼」