ARIA The PIACERE 1 その輝かしい船出を祝して 作:neo venetiatti
「ねぇ藍華ちゃん」
灯里はどうしたものかと困り果てていた。
藍華がARIAカンパニーにやって来てから、半日が経とうとしていた。
その間、なにをするわけでもなく、ボヤ~としているかと思いきや、接客に忙しく立ち回ったり。
「藍華ちゃん、やっぱりおかしいよ」
「何が?何がおかしいの?」
藍華は灯里の問いかけに不満げな顔を向けた。
「わたし、ちゃんと仕事してるよねぇ?灯里の足を引っ張ってなんかないよねぇ?」
「そういうことじゃなくて・・・」
「じゃあ何?何が悪いってゆうの?私の何が悪いってゆうの?」
「もう、藍華ちゃん・・・」
「結局私って、こんな星の下に生まれついた、悲劇のヒロインなのよね」
「なんの話?」
「もう!あんたに慰めてもらおうと思った私がバカだったのよ!」
「藍華ちゃんはバカじゃないよ」
「そんなことはわかってるのよ!」
「わかってるなら、そろそろ・・・」
「そろそろ?そろそろ何よ?」
「だって支店のほうが大変じゃないかなって思って・・・」
「支店が大変?一体どこの支店が大変だって?」
「藍華ちゃん、もうやめようよ」
「なによそれ!私は灯里のことを心配してきたのに、灯里は私のことを心配してくれないっていうの?」
「心配してるよ。だって藍華ちゃんは藍華ちゃんだもん。大切な親友だよ」
「もう、だから灯里は・・・」
ふたりの会話が途切れたところで、別のところから話しかける声が聞こえてきた。
「なんでさっきからそこで、漫才なんかやってるんですか?」
「まっ、漫才って」
「アリスちゃん」
カウンターの外にアリスが中の様子を伺うように立っていた。
「後輩ちゃん、あんたいつからそこにいたの?」
「星の下がどうのこうのって・・・」
「いるなら声ぐらいかけてよ」
「だって楽しい演芸の時間が始まったのかと思いまして。つい・・・」
「もう、後輩ちゃんまで私をバカにするのね!」
「まあまあ」
灯里は藍華をなだめるように割って入った。
「ところでアリスちゃん、どうしたの?」
「なんか、変な噂が流れてまして。ほんとかどうか確かめに来た次第です」
「変な噂?」
「はい。姫屋の若き支店長がARIAカンパニーで武者修行してるとか・・・」
「むっ、むしゃ?」
「別の噂では、その支店長がARIAカンパニーを第二の支店にするのを企んでいるとかいないとか・・・」
「えっ、藍華ちゃん、どういうこと?」
「バカなこと言うんじゃないわよ!そんなことあるわけないでしょ!」
「ほんとにぃ~?」
「何を訳のわからないこと言ってるの?大体その噂はなんなの?」
「ARIAカンパニーに違う制服の人がずっといるから、変な噂が流れるんじゃないですか?」
「それって、つまり・・・」
「藍華先輩しかいないじゃないですか?」
「みんな心配してますよ、藍華先輩」
「そうだよ藍華ちゃん」
「うん、そうね、わかってはいるんだけどね・・・」
藍華は夕暮れの水面をぼんやりと眺めながら呟いた。
海に面したデッキの手すりに寄りかかって、藍華を挟んで灯里とアリスの三人は、暮れゆく海を並んで眺めていた。
「このままこの海に流されてゆくのもいいかも・・・」
「藍華ちゃん、そんなこと言うもんじゃないよ」
「もちろん冗談だけどね」
「今の藍華先輩を見てると、あまり冗談に聞こえませんけど」
「後輩ちゃん」
藍華はデッキの手すりに置いた腕に顎をのせ、はぁ~とため息をついた。
「ところで晃さんはなんていってるの?」
「仕方がない、こうゆうこともある、だって」
「それだけ?」
灯里は驚いたように藍華の顔を見た。
「私も一応理解はしてるつもりよ。でもここまでやってきて、ほぼ中止ってなると正直ショックなのよね」
「そりゃそうだよ、藍華ちゃん。誰だってそうなると思う」
「ありがとう、灯里。こういう時、持つべきものは友っていうけど、ほんとにそうね」
「でも、ほぼ中止というのは、もう決定なんですか?」
アリスが不思議そうにたずねた。
「そう、ほぼね」
「ほぼっていう言い方をするのは、まだなにかあるということですか?」
「うん、ないわけではないけども・・・」
「えっ、どういうこと、藍華ちゃん?」
「実はふたりにはまだ内緒にしてたんだけど」
と言って藍華はすっと背筋を伸ばすと、眩しそうに目を細めた。
「本来の一周年記念イベントとは別に、違うことを考えてたの」
「違うこと?」
「今回のイベントはカンナレージョ支店開業一周年を記念してのものだったじゃない?しかも姫屋本店と合同でということで、華々しくやる予定だったわけね」
「晃さんもいつも以上に忙しくしてましたよね」
「そうね。だけど、ちょっと何か違う気がしてたの」
「違うって、どういうことですか?」
「なんていうか・・・こう、うまくいえないんだけど」
藍華は少し微笑むとまっすぐ海を見つめて言った。
「華々しくやってもらえるのはうれしいのね。それに姫屋としてもこれから先の事を考えると重要な行事といえる。ただ・・・」
「ただ?」
「ただね、それだけじゃあ何か足りない気がしてたの」
「どういうこと?」
「実はね、今回のイベントをやるに当たって、色々聞いてみたの」
「聞いてみたって誰にですか?」
「カンナレージョ地区のいろんな人にね」
藍華はその時のことを思い返すように話し始めた。
「実はこのイベントにカンナレージョ地区の人たちを招待しようと思ってたの。せっかくだから近所の人たちと一緒にお祝いできたらいいなぁって思って」
「へぇ~それって素敵なことだねぇ~」
「でもね、ちょっと思ったんだよね」
と言って、藍華はふぅ~と息を吐いて軽く微笑んだ。
「私ってこれまでウンディーネとしてお客様に観光案内したり、このネオ・ヴェネツィアのいろんな場所へ行って、そしていろんな人と出会って、いろんな経験をしてきたつもりだったの」
「つもり、ってどういうこと?私たちだってそうしてきたと思うけど・・・」
「ううん、もちろんしてないって言ってるわけじゃない。もしかしたら私って、ウンディーネとしてしか、関わってこなかったんじゃないかって、ふと思ったの」
藍華の言葉に、灯里とアリスはハッとして藍華の顔を見た。
「私たちにとって、プリマ・ウンディーネになることは人生において大きな目標で、それはまぎれもない事実で、なってみて本当に嬉しかったし、最高の出来事だった。でも、こうしてプリマとしてお客様に接するようになって、何か少し、これまでとは違う何かが必要なんじゃないかって思うようになったの」
灯里とアリスは藍華の顔をじっと見つめて聞いていた。
「さっきカンナレージョ地区の人に会って話を聞いたって言ったじゃない?あれ、本当は宣伝もかねてビラ配りに行ったの。その時に支店のことについて何か聞けたらいいなと思ってたんだけど、市場のおばちゃんやカフェのマスターとか、みんな気さくに話してくれて、これからお馴染みさんになっていって、うまくやれそうな気がしてたわけ。でもね・・・」
藍華はその時のことを思い出したかのように表情が変わった。
「でも、どうしたの、藍華ちゃん?」
「街のはずれに教会があって、そこで子供たちが遊んでたの。そこへ神父さまが現れたので、ご挨拶しておこうと思って近づいて行ったの。そしたらそれまで遊んでいた子供たちが静かになっちゃって。どうしたんだろうと思って、挨拶の後で聞いてみたの。実はその子供たち、親のいない子たちで、いろんなところからやってきたっていうことだったの」
「教会で身寄りのない子供たちを預かっている、ということですか?」
「そういうことね。私、そこに教会があることはなんとなく知っていたけど、すぐ近くにそういう境遇の子供たちがいるなんて、全然知らなかった」
「私、初めて聞きました」
アリスは少しショックなようだった。
「わたしは聞いたことはあったけど、藍華ちゃんの支店のそばだったなんて知らなかった」
灯里も意外な話に神妙な様子だった。
「別にね、ことさらそのことを大げさに言うつもりはないの。いろんな境遇の人がいるのも事実だし、悲しいことだけど、親のいない子供もいる。それに、これまでの私だったら、そういうこともあるだろうと言って終わってたかもしれない。ただ、プリマ・ウンディーネだとか、このアクアの素敵を伝えるといってても、この街のことを本当は何も知らないんじゃないかって」
灯里もアリスも藍華に共感するように頷いていた。
「言われてみれば藍華ちゃんの言う通りかもしれない」
「藍華先輩のいうことは私も思うときがあります。でも、いくらプリマになったからといっても、知らないこともあるんじゃないでしょうか?」
「後輩ちゃんのいうことは、もっともなことだと思う。でもね、今回一周年のイベントをやることになって、カンナレージョ地区の人たちと話をしていて、姫屋は水先案内店として観光案内が仕事だけど、でもそれを本当に支えているのは、この街に暮らしている人たちなんじゃないかって」
「藍華ちゃんのいうこと、わかるような気がする」
灯里は何かを思い出すように言った。
「お客様にこのネオ・ヴェネチアの素敵を伝えたいって思いながら観光案内をしているけど、窓に飾られたお花やお庭に見える花壇、水路に面したカフェの風景やヴェネツィア・グラスの素敵な工房、そんな何気ない風景のひとつひとつが、みんな誰かの手によって形になっている」
「そうね、灯里の言う通りね。わたしも思ったの。出会った人たちひとりひとりの笑顔や思いが、このネオ・ヴェネツィアの風景を作っている。だから、私たちウンディーネは、その思いを感じて応えてゆくことが大事なんじゃないかって。私の場合、支店を任されることになって、本店に恥じないような店にしなければって考え過ぎてしまって、ちゃんと周りが見えてなかった。それを気づかされたような気がするの」
「だから藍華先輩は、今回のイベントにカンナレージョ地区の人たちを招待したかったんですね?」
「そうだったんだけど、ねぇ・・・」
藍華は苦笑しながら、ため息をついた。
「やってみようよ」
「灯里、あんたいきなり何いってるのよ」
藍華は驚いて灯里の顔を見た。
灯里は意外なほどいたって真剣な表情だった。
「そりゃあ私だってやれるものならやりたいわよ。でも私だって暇じゃないのよ。マンホームの賓客への歓迎式典があって、そのあとは歓迎レせプションが控えてるのよ。何の準備もなくてどうするのよ」
「そうだったね。ごめんね、藍華ちゃん」
灯里はすまなさそうに言った。
「でもそういってくれる灯里の気持ちはうれしいわ」
「でもわたしもやってみるのもいいかもって思いました」
今度はアリスが言い出した。
「あのねぇ、後輩ちゃん。今私が灯里にできない理由を言ったばかりでしょ?」
「そうじゃないんです」
「そうじゃないって、どういうこと?」
「そのカンナレージョ地区の人たちをおもてなしすることが目的なら、一周年記念イベントと銘打ってやる必要はないんじゃないですか?」
「それだよ藍華ちゃん!」
「何よ、灯里まで大きな声出して」
「おもてなしだよ。藍華ちゃんには悪いけど、姫屋の支店のためというよりか、ご近所さんたちのためにやるんであれば、いいんじゃない?結局は、それが支店をお祝いすることになるんじゃないのかなぁ」
藍華はスッくと立ち上がると、前を見据えた。
「確かに、あんたたちのいうことは一利あるわね」
「わたし藍華ちゃんのためならなんでも協力するよ」
「私も時間の許す限り応援します」
「ありがとう。だけどふたりだって、シングルの時と違って、今は時間をつくるのも大変でしょ?」
「確かにそうかもしれないけど、今もこうして会ってるわけだし」
「会おうと思えば会えます。理由なんていらないんです」
「それ、どっかで聞いたセリフねぇ」
「そうでしたか?」
アリスはそう言って顔を赤らめた。
「アリスちゃん、かわいい」
「な、何をいってるんですか、灯里先輩。わたしは本当のことを言ったまでです」
「ますますかわいい」
「灯里先輩、そんなことよりARIAカンパニーは大丈夫なんですか?」
「えぇ~、なんでわたし~?」
「そうよ、灯里。あんた、いつまでひとりでいるつもりなの?」
「いくら最近のARIAカンパニーが忙しくないといってもです」
「なんでそこ~?アリスちゃんまで~」