あまいかたち   作:くにむらせいじ

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 まえがき

 『あまいかたち』第3話です。
 


第3話「おともだちがくれた、なやみ」

 

 まだ薄暗い早朝。

 

 だらーんとのびて寝ていたイエネコが、体を起こした。ふかふかのベッドの上だった。

 

イエネコ  「みゃっ」

 イエネコは、ぴょんとジャンプして天井に手を付き、くるっと反転して逆立ちの体勢になり、両手から床に着地した。

 

 

 

 明るくなって。

 

 ごしゅじんが体を起こした。彼は、床に厚手の毛布を敷いて寝ていた。

 彼がベッドの上を見ると、そこにいたはずのイエネコが、いなくなっていた。

 

 

 

 昼前。

 

 イエネコが、コンクリート塀の上をぴょいぴょいっと跳ねて、民家の屋根に着地した。*1

イエネコ  「っ!!」

 風船のようなものが、イエネコの近くを、ブーンっと音を立てて飛んで行った。

 それは、ラグビーボールのような楕円形の風船の下に、三つのプロペラ(ローター)が付いた、小型無人航空機(ドローン)だった。

 その下に、四角いかごが付いていて、ジャパリまんが一個入っていた。

イエネコ  「まてっ!!」

 イエネコが風船ドローンを追いかけた。

 屋根、塀の上、ベランダ、庭木などを飛びまわり、アクロバティックな動きを繰り返した。

 

 突然、風船ドローンが風にあおられてバランスを崩した。

そして、クルクル回転しながら落ちていった。

 

???   「わあぁ!」

 風船ドローンの落下先に、ひとりの……ネズミのフレンズが立っていた。小柄で、白い服を着ていて、赤い目をしていた。

 ネズミのフレンズは、ゲームパッドにアンテナが付いたものを持っていた。

 

ネズミのフレンズ「わぷっ!!」

 風船ドローンは、ネズミのフレンズに衝突して、地面に一回バウンドして止まった。

 

イエネコ  「にゃー!!」

 イエネコが、墜落した風船ドローンに上から襲い掛かった。

 ボフン! っと風船が破裂した。

イエネコ  「にゃわっ!」

 イエネコは、風船ドローンを押しつぶすように着地した。

 

 ネズミのフレンズが、驚いた顔を笑顔に変えた。

 

ネズミのフレンズ「えっと、こんにちは! わたしはハツカネズミです!」

 

  哺乳綱 ネズミ目 ネズミ科 ハツカネズミ属

  ハツカネズミ  House mouse

  Mus musculus *2

 

 ハツカネズミは、おだやかで少し幼い、かわいらしい声だった。

 とても明るく人懐っこかったが、血の色の目に、ほんの少し、儚げなものが混じっていた。

 

ハツカネズミ「あ……あなた、は……」

 ハツカネズミが、青ざめていった。

 

イエネコ  「くるるるる……」

 イエネコの目が、鋭い『野生のハンターの目』に変わっていた。

 

イエネコ  「ころろろ……」

 イエネコは、おしりを振って狙いを定め……

ハツカネズミ「やめ!」

 ……ジャンプして、ハツカネズミに襲い掛かった。

イエネコ  「にゃーーっ!!」

 

 イエネコの視界に、ハツカネズミの顔が近づいてきた。

 ひどくおびえた表情だった。

 

イエネコ  「は!」

 イエネコが我に返った。だが、勢いでハツカネズミに覆いかぶさった。

 

ハツカネズミ「ううう……」

 ハツカネズミは、涙ぐんで、震えていた。

 

イエネコ  「あ……えと……ごめ……ごめん…………」

 イエネコは、うろたえて動けなくなった。

 

 その心の中に、ネコが小さなネズミを噛み殺して食べる様子が浮かんだ。

 

イエネコ  「……こんなつもりじゃ……」

 

ハツカネズミ「……え……あ! ああ! いいんです! 狩りごっこだったんですよね!」

 ハツカネズミが、イエネコに、やさしい笑顔を向けた。

 

イエネコ  「え?」

 イエネコは、ほんの一瞬、信じられない、という顔をした。

 

イエネコ  「……ごめんにゃさいっ!!」

 イエネコは、ハツカネズミに背を向けて、走って……逃げ去って行った。

 

 

 

 夜。

 

 イエネコは、使いなれないフォークで鶏の唐揚げを刺して、ぱくっと食べた。

 

イエネコ  「もぐもぐ、んく……これ、すっごくおいしい…………けど……」

 イエネコの表情が暗くなった。

 

イエネコ  「……これ、()()()お肉なの?」

 イエネコの声は、少し重いものだった。

 

ごしゅじん 「だれの? おまえの……」

イエネコ  「そうじゃないわ! いのちをくれた子よ!」

 イエネコは、いら立ちをごしゅじんにぶつけた。

ごしゅじん 「……ニワトリ。たぶんナカベの農場育ちだ」

イエネコ  「こんなのお肉じゃない……」

 イエネコは、皿に盛られた唐揚げを、暗い顔で見つめた。

ごしゅじん 「食わなきゃ生きられない。イエネコは肉食だろ?」

イエネコ  「……ニワトリのアニマルガール……フレンズもいるのよね?」

 イエネコの目に、涙がにじんでいた。

イエネコ  「ああ。残酷だが、この世界はそういう風にできてる」

 

イエネコ  「じゃあ、ごしゅじんは、あたしを食べるの!?」

ごしゅじん 「食べない! なにを言う」

 

 イエネコの心に、おびえるハツカネズミの顔がよぎった。

 

イエネコ  「おかあさんやおとうさんを食べちゃったやつと、おともだちになれるの!?」

ごしゅじん 「…………」

 ごしゅじんが眉をひそめた。

 

イエネコ  「フレンズになんて、ならなきゃよかったっ!!」

 

イエネコ  「獲物をつかまえて、こころの中でごめんねを言って、食べちゃう。

       それだけだったのに……」

イエネコ  「こんな気持ち、いらない……」

 イエネコが、声をふるわせ、くやしさをにじませた。

 

ごしゅじん 「イエネコ、それは人の……」

イエネコ  「なによっ!!」

 

 イエネコは、唐揚げを一口かじった。ひとしずくの涙をこぼして。

ごしゅじん 「無理に食べなくていい」

 ごしゅじんは、怒らずに、そっけなく言った。

 

イエネコ  「食べてあげなきゃ、この子、なんのために死んだのかわからないじゃない!!

       なんのために生きたのか、わからないじゃない!!」

 

 静かな間があった。

 

イエネコ  「ごめんなさい……」

ごしゅじん 「なぜ謝る?」

イエネコ  「ごしゅじんのせいじゃないのに……悲しくてイライラするの……」

ごしゅじん 「その気持ちは、人として大切なものだ。……忘れてるやつも多いが」

イエネコ  「大切でも、苦しいのよ……」

 

ごしゅじん 「どうしようもないときは、寝ればいい」

イエネコ  「そんなの、逃げてるだけよ?」

ごしゅじん 「悪いネコほどよく眠る。……寝るの好きだろ?」

イエネコ  「……だいすき」

 イエネコは、恥ずかしそうにはにかんだ。

 

 

 

 翌日の早朝。

 

 丸くなって寝ていたイエネコが、体を起こした。ベッドの上だった。

 

 イエネコは、四つん這いになって、ネコらしい、体全体をのばすストレッチをした。

イエネコ  「んーー!!」

 

 一方、ごしゅじんは、床に蹴落とされて寝ていた。

 

 

 

 少し日が昇って。

 

 イエネコが、とんとんとんっと、平均台のように、木製の塀の上を歩いていた。

ごしゅじん 「……イエネコ?」

 ごしゅじんが、部屋から縁側に出た。

ごしゅじん 「にゃっ!」

 イエネコがぴょんっとジャンプし、くるくるっと後方宙返りを2回して、再び塀の上に着地した。足腰を使って衝撃を吸収し、軽く、みしっと音がした。

 そして、ごしゅじんをみてドヤ顔をした。 *3

ごしゅじん 「体操選手か……」

イエネコ  「ちょっと出かけてくるわ」

ごしゅじん 「どこに行く?」

イエネコ  「ただの見回りよ」

 

ごしゅじん 「突然いなくなるなよ、イエネコ」

 

イエネコ  「んー? なーに言ってんのよっ」

 ぴょいっとイエネコがジャンプして、去って行った。

 

 

ごしゅじん 「……なんだありゃ?」

 イエネコが向かった方向の、少し離れた所に、風船のようなものが浮かんでいた。

 

 

 

イエネコ  「えっと……きのうは、ほんとにごめん、ごめんなさい……」

 塀の上に、イエネコとハツカネズミがとなり合って座っていた。

イエネコ  「これも壊しちゃったし……」

 ふたりが空を見上げた。例の風船ドローンが浮かんでいて、長い糸で、フェンスに係留されていた。

 風船の破れた部分が、四角いシートで補修されていた。 *4

 

ハツカネズミ「いえ、イエネコさんは、生まれたばかりですから、そうなって当たり前です」

 ハツカネズミは、おだやかに、やさしく話した。

イエネコ  「あたりまえ?」

ハツカネズミ「それは、ヒトの姿になったら、みんな通る道なんですよ」

ハツカネズミ「たのしく気楽に生きているように見えて、

       みんな、すっごく悩んで、折り合いをつけて生きているんです」

イエネコ  「フレンズによって、悩みも違うってことね……」

ハツカネズミ「……わたしは……肉食の子が怖かった……

       いま思えばおかしな話ですが、ヒトもすっごく怖かったんですよ。

       怖くて逃げ回ってばかりで、おともだちができませんでした」

ハツカネズミ「……おなかがすいて、泣きたくなって……うずくまっていたわたしに、

       メジロさんが、食べものをくれたんです」

イエネコ  「メジロ?」

ハツカネズミ「小鳥のおともだちです。お酒のお店の子で、甘いのみものと、

       おつまみ? のチーズをくれました」

      「あまりのおいしさに泣いちゃいました、わたし。はずかしい思い出です」

イエネコ  「ヒトの食べものって、やたらおいしいわよねぇ……」

ハツカネズミ「そうですね」

 ハツカネズミが笑った。

ハツカネズミ「メジロさんが、肉食の子もみんなやさしいですよ、って、教えてくれたんです」

      「いまでも怖い気持ちがありますけど、これは、自然に湧いてきてしまうので、

       自分では止められません」

 

イエネコ  「……あたしのことも、怖いの?」

 イエネコは、真剣な顔でハツカネズミを見つめた。

 

ハツカネズミ「怖いです! すっごく!」

 ハツカネズミは笑顔で言った。

イエネコ  「な……なんで笑えるのよ……」

 イエネコは、昨日と同じ、信じられない、という顔をした。

 

ハツカネズミ「おともだちだからです!」

 

イエネコ  「え?」

 

ハツカネズミ「イエネコさんはすっごくやさしくていい子だって、わかりましたから、

       怖くても、なかよくしたいって気持ちのほうが、ずっとずっと強いんですよ」

イエネコ  「そんな……会ったばかりじゃない……」

 

ハツカネズミ「イエネコさんは、わたしを食べたいですか?」

イエネコ  「食べないわよ!!」

ハツカネズミ「『食べたいけど、絶対に食べない』……ですよね?」

イエネコ  「……食べたいなんて思ってない!! ……思って、ないわよ……」

 イエネコの目に涙が浮かんだ。

 

ハツカネズミ「ほら、だから、わたしたちは、おともだちなんです!」

 ハツカネズミが、屈託なく笑った。

 

イエネコ  「…………う……」

 イエネコがそっぽを向いて、目をこすった。

イエネコ  「なにこれ……あふれてきた……」

 

ハツカネズミ「それはヒトの気持ち……感情です!」

イエネコ  「……ちがう………へんなの……」

ハツカネズミ「感情に身をまかせて、思いっきり泣くと、気持ちいいですよ」

イエネコ  「……泣かないわよぅ……ひっ……あたし、へんなの……

       うれしくて、悲しい? ちがう! ……わけわかんないわぁ!」

ハツカネズミ「はじめは戸惑いますよね。感情が一度にいっぱい、いーっぱい湧いてきて、

       コントロールできなくて……考えることも、たくさんありすぎて……」

イエネコ  「こんなにいらないわよ!」 *5

ハツカネズミ「わきあがってくる気持ちは止められませんし、消すこともできないんですよ。

       ……隠すとか、目をそらすことはできますけどね」 *6

イエネコ  「……ぐす……ヒトって大変なのねぇ……」

 

ハツカネズミ「イエネコさんは、もう自分の気持ちを味わっていますし、

       ちゃんと悩むことができてますから、だいじょうぶです!」

イエネコ  「ちゃんと悩む?」

 

 突然、風船ドローンを係留していた糸が、ぴーんと張った。

 ハツカネズミが上空を見上げた。

ハツカネズミ「あっあっ……」

 風船ドローンが風に流され、不安定に回転し始めた。

 

ハツカネズミ「正しく悩んで苦しむのは、ヒトとして生きるうえで、必要なことなんですよ」

 

 ハツカネズミは、風船ドローンの糸をたぐり寄せていった。

 

ハツカネズミ「……だから楽しくて、おもしろいんです」

 

 風船ドローンが、ブーンブーンと音を立てて水平回転しながら降下していった。

 ハツカネズミが、両手で風船ドローンを受け止めた。

ハツカネズミ「これも悩みのもとです」

 ハツカネズミが笑って、風船ドローンをイエネコに見せた。

 

ハツカネズミ「風に逆らうと、バランスを崩して落ちる。逆らわなければ流されてしまう。

       つなぎとめたらどこにも行けない……どうすればいいんでしょう?」

 

イエネコ  「受け流すのよ。逆らうんじゃなくて」

ハツカネズミ「それが、すっごくむずかしいんですよ」

ハツカネズミ「わたしは、『落ちても、壊れなければまた飛べる』、って思います。

       何度も何度も失敗して……こうすれば良くなるんじゃないかって……」

イエネコ  「ぼろぼろになっちゃうわよ?」

ハツカネズミ「そうですね……」

イエネコ  「流されるのも悪くないわ。……どこ行くか分かんなくて、怖いけど……」

 

ハツカネズミ「いっしょに、いーっぱい悩みましょう! イエネコさん!

       どれだけ悩んでも、いちばんいい答えは見つからないですけど、

       考えて悩むことができるのは、ヒトならではですから」

 ハツカネズミは、イエネコに微笑んだ。

 

イエネコ  「……ヒトって……めちゃくちゃ大変なのね……」

 

 イエネコは若干引きつつ、苦笑いした。

 

 

 

 つづく

 

 

 

 

 

 

―――――――― 次話予告 ――――――――

 

 次の話は、たのしい日常(?)ごちゃまぜ回です。

イエネコ  「ごしゅじん! あたしとカメラ、どっちが大切なのよ!」

 

次話  第4話「おもいでの、はずかしいしゃしんたち」

 

 

 

*1
 ここは、ごしゅじんのアパートから少し離れています。イエネコは、なわばりのパトロール中でした。

*2
 動物の分類と名前の紹介は、原作でも、作品によって書き方が違います。本作では、詳しめの書き方にして、英名と学名の両方を書きます。

*3
 ちょっとがんばりました。ごしゅじんの前なので。あと、これを人間がやったら塀が壊れます。

*4
 ↓ 風船ドローンの設定画です。大体こんな感じ、というラフな絵です。詳細は最終話のあと(第10話)に書きます。

 

【挿絵表示】

*5
 人の感情は140種類くらいある(喜び、悲しみ、怒り……などを全部挙げて数えると、そんな数字になるのだとか)、という説もあります。しかも同時に複数の感情が絡まって浮かんできて、時間と共に変化していきます。もちろん、イヌやネコにも感情はありますが、ここまで複雑怪奇なものではないでしょう。

 フレンズ化すると、こういった人の感情が、いきなり頭に突っ込まれるわけです。戸惑うのも当然だと思います。

*6
 『隠す』『目をそらす』というのは悪い印象がありますが、みんな行っていることであり、それができないと非常に生きづらくなります。




 あとがき

 読んでいただきありがとうございます。


 なにやら説教くさい、どこかで見たような……。『あまいかたち』は、そういう作品なのです。私が今まで書いてきたものの要素を詰め込んでいます。私が本当に書きたいものとは違うのですが、なぜかこうなってしまうのです。


 この出来事のあと、イエネコは鶏の唐揚げを食べるでしょうか?

 筆者は、食べると思います。ただ、ニワトリのフレンズの前では絶対に食べないはずです。

 イエネコが、「フレンズ化する生き物は食べない」と決めたなら食べないですし、
 「ネコの本能に従い、食べたいものを食べる」と決めたなら食べるでしょう。

 どちらを選んでも、イエネコの悩みは消えません。「折り合いをつけて生きる」のです。

 イエネコが大好きな さばぶしも、元は生き物ですよね。

 何は食べて良くて、何は食べてはいけないのか……という問題は、要は「線引き」だと思うのです。どこで線を引くかは人それぞれであり、自分で決めることです。「植物も生き物だ」なんて言い出したら、食べるものが無くなりますから。

 宗教上の理由、無精卵、合成肉、フォアグラ……などは、また別の問題です。

 
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