まえがき
『あまいかたち』第5話です。
ある秋の日。ごしゅじんのアパート。
イエネコ 「なにこれ?」
低い棚の上(プリンターの隣)に、光るレンズが付いた、小さな黒い箱が置いてあった。
ごしゅじん 「パークガイドの人工知能。ミキナさんが持ってきた試作品だ」
人工知能 「オハヨウゴザイマス、マスター」 *1
イエネコ 「シャ、シャベッターー!!」
ごしゅじん 「イエネコまでカタカナになるな」
ごしゅじん 「将来はこれに手足が付いて、ガイドも、パークの整備も、映像記録も、
なんでもできるようになる……とか」
イエネコ 「よくわかんないけど、ヒトってすごいもの作るのね」
ごしゅじん 「……そんなものができたら、今以上に仕事が減るな……。
人手不足だし仕方ないか……」
イエネコ 「あたしをもーっといっぱい撮りなさい! 他の子にはできないお仕事よ」
ごしゅじん 「また写真集出すか? イエネコが構わないって言うなら……」
イエネコ 「はだかはだめよ」
ごしゅじん 「もったいない。あんな美しいものを……」
イエネコ 「だ・め・よ!」
人工知能 「同ジ被写体を撮リ続ケルことハ、マーケティングの観点からオススメできマセン」
ごしゅじん 「マーケティングだと?」
ごしゅじんが、ギロッと黒い箱をにらんだ。
イエネコ 「まーけてぃんぐ?」
ごしゅじん 「俺が大嫌いな言葉だ。俺はどれだけイエネコを撮っても飽きない。
売れようが売れまいが関係ない。撮りたいものを、撮りたいように撮る」
イエネコ 「うわー……さすがにちょっと引くわー……」
ごしゅじん 「ま、一つの被写体ばかり撮ってたら、動物写真家としては失格だけどな」
ごしゅじんがイエネコの頭をなでて、やさしく笑った。
イエネコ 「今までにないのを撮ればいいのよ。
ごしゅじんとあたしなら、すっごいものできるわ」
ごしゅじん 「変化球か……って、本気なのか!? 本気なら……覚悟しろよ……」
ごしゅじんが、暗くて邪悪な顔になった。
イエネコ 「なんか怖いわよ! でも、本気よ。
ごしゅじんのためなら、どんなことでもするわ」
ごしゅじん 「イエネコ……」
ごしゅじんが驚いて、愛おしそうな目で、イエネコを見つめた。
イエネコ 「いや!! ちがうちがう!! ごしゅじんがかわいそうだから仕方なく!」
ごしゅじん 「たまにイヌっぽくなるよな、イエネコ……」
イエネコ 「あたしは……あんたには従わないの」
イエネコがふっと顔をそらした。
イエネコ 「……いっしょに遊びたいだけ……」
しばしの間。
ごしゅじん 「やめた! 写真集に裸は載せない!」
イエネコ 「なによ急に」
ごしゅじん 「俺がひとりじめする」
ごしゅじんは、どこか得意げな顔でイエネコを見て、ニヤリと笑った。
イエネコ 「ぴっ!」
イエネコがぴくっと反応した。
イエネコ 「……にゃうぅー……」
そして、うつむいて頬を赤くした。
だが、少し勇気を出して、顔を上げた。
自然にふたりの目が合って、しばらく見つめ合った。
ごしゅじんが、ゆっくりと、イエネコに顔を近づけていった。
イエネコ 「ごしゅじ!」
ふたりが目を閉じて、
イエネコ 「……ん……」
唇が触れた。
人工知能 「チュウイ! 注意!」
イエネコ 「なに!!」
ごしゅじん 「…………」
ごしゅじんが眉をひそめて、黒い箱を見た。
人工知能 「タダいまノ行為は、アニマルガール保護法に抵触スル可能性がアリマス」
イエネコ 「ほご?」
ごしゅじん 「無視だ。気にするな」
ごしゅじんは、再び顔を近づけた。
イエネコ 「んむ……ちゅ……」
人工知能 「ケイコク! 警告!」
「タダいまノ行為は、アニマルガール保護法に抵触スル可能性がアリマス」
「警告を無視シ、同様の行為が繰り返されル場合、オヨビ、性行為に及ぶ
可能性がアル場合は、管理部へ通報シ、警備員ヲ……」
ミキナ 「コマンド
唐突にミキナの声がした。珍しく、シリアスな声だった。
人工知能 「ピボッ…………オヤスミナサイ……」
黒い箱に付いた電源ランプの色が変わった。
イエネコ 「キーナさん!」
ミキナの立体映像が投影された。
ミキナ 「……ごめんなさいね。変なプログラムが入ってたみたい」
イエネコ 「ぷろぐらむ?」
ごしゅじん 「……なんでミキナさんが割り込んで……」
ごしゅじんは、呆然としていた。
ミキナ 「事務所のAIと遊んでたら、たまたまつながっちゃました!」
ミキナがいたずらっぽく微笑んだ。
ごしゅじん 「……ハッキング?」
ミキナ 「誰がやったかは察しがつきます。
……あの人、一か月も経たないうちに、席が無くなりますね」
ミキナは笑顔だった。
ごしゅじん 「……ミキナさんって……何者なんですか……」
ミキナ 「ただの事務員です♪」
イエネコ 「よくわかんないわぁ。けいこくとか……」
ミキナ 「アニマルガールと人間が、“つがい”になっちゃだめだって、
頭の固い人たちが言ってるんです」
イエネコ 「いけないことなの……あたしとごしゅじんが……」
イエネコは、ショックを受けて落ち込んだ様子だったが、感情を隠そうと努力していた。
ミキナ 「お好きに、らぶらぶやっちゃってください!」
ごしゅじん 「やっちゃわないです! ……まだ」
イエネコ 「うそつき……」
イエネコは、ふてくされたようにつぶやいた。
ミキナ 「……こういう考え方って、どうしようもないんです」
ミキナが、顔をそらし、憂いを含んだ顔になった。
ミキナ 「アニマルガールと飼育員が恋に落ちちゃうって、絶対起きますよね。
……以前、赤ちゃんができちゃって、大問題になったことがあって……」
ミキナの表情が曇った。
イエネコ 「それは、うれしいことじゃないの?」
ミキナ 「……その赤ちゃん……産まれてすぐに……死んじゃったんです」
イエネコ 「え……」
ごしゅじん 「聞いたことあります。……カタチを保てなかったって」
ミキナ 「それ以降、ピリピリしてるんです。
飼育員は女性だけにしろ、とか、……不妊手術させろ、とか……。
私の政治力にも限界があります。残念ながら、大きな流れは変えられません」
ごしゅじん 「政治力?」
ミキナ 「ふふふ……ちょっとした冗談ですよ」
ごしゅじん 「……ビーストが現れたのは、人に対する警告かもしれませんね……」
ごしゅじんは、うつむき加減でつぶやいた。
ミキナ 「ビーストちゃんにセルリアン……裏では、怖ーい人たちまで動いてる。
それなのに、上のひとたちは、コストカットばっかりで……
従業員減らして、仲間割れまで起こして……
厄介ごとは全部、“おともだち”に押し付けて……困っちゃいます……」
ミキナはため息をついた。
ミキナ 「……あ! 今の、聞かなかったことにしてくださいね!」
ごしゅじん 「いちばん恐ろしいのは人間ですね……だから警告されたんでしょう」
イエネコ 「けいこくされるような、いけないことしたの?」
ごしゅじん 「人間と、人間に都合のいいサンドスターが、
生態系を引っかきまわして、めちゃくちゃにしたんだ。
それを今さら保護して、見せ物にして、たのしい動物園にしようって……
人間らしい、自分勝手な話だ」
ミキナ 「否定はできませんね。わたしも、そちら側の人間ですから」
ごしゅじん 「……まあ、俺も同類だがな」 *3
イエネコ 「その言い方はひどいわ。悪いことするヒトは……ちょこっとしか、いないし、
フレンズはがんばって生きてるのよ。それでたのしいならいいじゃない」
ごしゅじん 「イエネコは被害者だぞ? わかってるだろ?」
イエネコ 「もちろんわかってるわよ……痛いくらい……。でも……
ごしゅじんが教えてくれたから……ヒトの、おたのしみ……」
イエネコは、上目遣いの、ちょっと困ったような目で、ごしゅじんを見た。
ごしゅじん 「……う……その目はやめてくれ……」
ごしゅじん 「へへ……」
イエネコが、にーっと子供のような屈託のない笑顔を見せた。
ごしゅじん 「……そんな顔、できるようになったんだな……」
ごしゅじんがイエネコの頭をなでた。イエネコが一番気持ちいい指で、マッサージした。
イエネコ 「んぅー……ごろ、ごろ、ころろろ……ごろごろ……」
イエネコは、目を閉じて、これ以上ないくらいしあわせな顔になった。
ミキナ 「もう結婚しちゃえばいいのに!」 *4
ごしゅじん 「しないです! ……まだ」
ミキナ 「うふふ……」
イエネコ 「けっこんって……なあに?」
イエネコが、再び、上目づかいのキラキラした目で、ごしゅじんを見た。
ごしゅじん 「おまえ……わかってて言ってるだろ……」
深夜。
暗い、ごしゅじんの部屋。明かりは、窓から差し込む光だけだった。
ベッドに座った、イエネコとごしゅじんのシルエット。
イエネコの目が光って見えた。
イエネコ 「あたし、やっとわかったの……ヒトは、なんのためにこんなものを使うのか」
イエネコは、小さな正方形の袋をぺりっとやぶって、円形の中身を取り出し、それを見つめた。
うっすらと見える彼女の肩は、裸だった。
ごしゅじん 「またヒトに近づいたな」
ごしゅじんは素っ気なかった。
イエネコの視線が下がった。
イエネコ 「また悩みが増えちゃったわ……」
その声は、吐息をもらすようだった。
ごしゅじん 「俺も悩んでる。……イエネコは、自分で答えを作れ」
イエネコ 「答えを、作る? 探すんじゃなくて?」
ごしゅじん 「正解がない問題は、目をそらすか、答えを作るしかない」
暗転。
暗い部屋に、ふたりの声が響いていた。抑えた、けだるい声だった。
ごしゅじん 「……はぁ……少し休む」
イエネコ 「んふふ……だぁらしないわねぇ……んむっ……ちゅっ……」
イエネコからのキス。ふたりの唇が密着し、こすれあった。
ごしゅじん 「ん……はぁ……」
唇が離れた。
イエネコ 「やさしすぎるわ……ごしゅじん」
イエネコは、少し悲しげな顔をした。
イエネコ 「オスなんだから、もっと……ちゅ……あたしはだいじょうぶ」
ごしゅじん 「大事なモデルを傷つけたくない」
イエネコ 「む、ひどーい……あ……んっ」
今度はごしゅじんからのキス。
イエネコ 「んちゅ……んふ……むぅ!」
イエネコが何かに驚いた。
唇が離れた。
イエネコ 「ぷ、んむ…………んく、んく……」
イエネコは、何かを噛んで、味わって……
イエネコ 「……むふふぅ……」
……嬉しそうに笑った。
ごしゅじん 「マカダミアナッツもダメなんだってな、ネコは」 *5
イエネコ 「ふぁ……おいしい毒ね……」
枕元に、マカダミアナッツ入りチョコレートの箱があって、蓋が開いていた。
イエネコ 「口うつしはやめなさい。あたしは子猫じゃないって言ってるでしょ?」
ごしゅじん 「たしかに子猫じゃないな、このカラダ……」
イエネコ 「あ、ふぁ……ごしゅじ、んっ……ゆびがやさしすぎて、チョコより甘いのよぅ」
イエネコの声も甘かった。布団の中で、何かがさわさわと動いていた。
イエネコ 「も、やーめなさっ、ふあぁっ……くふふっ……やあぁ、とろけちゃっ……ぷふっ」
イエネコは、笑いながら声をおさえていた。
ごしゅじん 「不思議なもんだ……人と同じカラダなのに、汗をかかないなんて」
イエネコ 「汗かくのは、肉球とかだわっ!」
イエネコの声は楽しげだった。
ごしゅじん 「いててっ! なにをする……」
イエネコ 「へへーっ、ごしゅじんはぬれぬれね……ここもっ!」
ごしゅじん 「くっ! やめろっ……」
ごしゅじん 「しかし、皮膚……いや、肌だけネコのまま、ってのも変だよな……」
イエネコ 「……たしかにそうね……そんなの考えたことなかったわ。
たぶん、サンドスターが、お肌にひっついてるのよ」
ごしゅじん 「……サンドスターが、バランスを取っている?
汚れが肌に付かないのも、そのせいか……」
イエネコ 「案外、いいこともあるのね」
ごしゅじん 「……ここが、ヒトと同じでよかった!」
布団の中で、何かがもぞもぞ動いた。
イエネコ 「んああっ! あたりまへっ……くはあっ! ……そこっ、だめぇ……にゃあっ!」
ごしゅじん 「イエネコ……」
ごしゅじんは、ごく小さな声で、イエネコに耳打ちした。
イエネコ 「……んふふぅ……しょうがない子ねえ……」
イエネコは、幼さと色っぽさが混じりあった笑顔を見せた。
つづく
次回は、イエネコの過去……おかあさんのことを、ごしゅじんが語ります。
ごしゅじん 「そうだ……もう一つ、衝撃の事実がある」
次話 第6話「おかあさんと、めんどくさいこ」
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
ふたりが深夜にじゃれ合うシーンは、カットしようか悩みましたが、結局残しました。
これがR-15のタグが付いている理由です。直接的な表現は避けているので、筆者的にはR-15以下なのですが。