まえがき
『あまいかたち』第7話です。
ある秋の日の午後。ごしゅじんは休日だった。
ごしゅじん 「イエネコ……世の中を変えたいと思って、本当に変えられた人が、
どのぐらいいると思う?」
ごしゅじんが、黒い箱から投影された画面を見ていた。
イエネコ 「いきなりなに言ってんの?」
ごしゅじん 「ちょっと見てみろ」
画面に、通販サイトが表示されていた。
『アニマルガール/ビースト用さすまた[ 電気ショック機能付き ]』
『刺突スパイク付きです。スパイクを皮膚に突き刺し、強力な電気ショックを確実に打ち込むことにより、暴れるアニマルガールの動きを封じます。』
『拘束部:チタニウム合金 柄:繊維強化プラスチック スパイク:クロムモリブデン鋼』
『ヒトに対しては使用しないでください。重症、あるいは死亡する可能性があります』
『※ 本製品は、アニマルガールの動きを一時的に封じるものであり、アニマルガール保護法には抵触しません。』
『アニマルガール/ビースト用強力鎮静剤 [ スタンプ式注射容器 ]』
『希釈人工サンドスター製剤・Aタイプ』
『説明書をよく読んで、用量を守ってお使いください。過剰に投与すると、アニマルガールが昏睡状態に陥り死亡することがあります。』
『※ 本製品は医薬品ではありません。ヒトに対しては使用できません。』
『アニマルガール/ビースト用拘束具(手首・足首セット)』
『アニマルガールを傷つけずに拘束できます。』
『バンド部:ナイロン チェーン:ステンレス鋼』
『比較的力が弱いアニマルガール向けです。より強度の高いタイプはこちら』
イエネコ 「よくわかんない。なんに使うの? これ」 *1
ごしゅじん 「こうやって使う」
ごしゅじんが、動画サイトの再生ボタンに触れた。
動画には、フレンズのダミー人形 *2 に、さすまたを当てるデモンストレーションが映っていた。
イエネコ 「……なにしてるの? …………やめてっ!!」
ダミー人形を抑え込んだところで、さすまたの電気ショックが作動し、バチバチとスパークがあった。すぐに炎が上がり、ダミー人形が燃え始めた。
イエネコ 「……うそ…………」
イエネコは放心した。
動画の声 「やべ! 燃えちまったぞ!」「ハハハ!」「消火器持って来い!」
数人の笑い声が入った。
ダミー人形に消火器の煙が当てられたところで、動画が終わった。
イエネコ 「こんなので、あたしはつかまえられないわよ。
ぴょいっと逃げて、へし折ってやるわ」
イエネコは、あきれたように言ったが、すぐに暗い顔になった。
イエネコ 「……でも、ゆっくりで力が弱い子だったら……死んじゃうわ……」
ごしゅじん 「だろうな……もっとひどいのもあったが、さすがに消されたな。
本物のフレンズをいじめてるやつ……虐待動画」
イエネコ 「そんなの見たくないわよ!」
ごしゅじん 「人間って……最低最悪なけものだろ?」
ごしゅじんは、憔悴したような暗い顔をしていた。
イエネコ 「どうして、あたしにそんなの見せるの?」
ごしゅじん 「……悲しすぎて、イライラできないんだ……」
ごしゅじんは、うつむいて、両手で顔を覆った。
イエネコ 「なにがあったのよ!? ごしゅじん」
ごしゅじん 「……聞かない方がいい」
イエネコ 「なによ! すっごく気になるじゃない!」
ごしゅじん 「ミキナさんがっ……ぅ…………」
ごしゅじんが、声をつまらせた。
イエネコ 「……あたし、それ、聞かなきゃいけないことだって……思う」
イエネコは、真剣な……少し冷たい顔をしていた。
しばらく経って。
イエネコ 「わからないわ! なんなの! なんなのよそれ!
あたし、ヒトのこと、わかってたはずなのに……
わからない! どうしてそんなことするのよっ!!」
イエネコは混乱していた。
ごしゅじん 「俺もわからん。……イエネコは、もっと理解できないだろうな……
……これは人間にしかできない……他のけものはやらないことだ」
イエネコ 「キーナさん、いつも笑ってて、なんでもできて……なのに、なんで……」
ごしゅじん 「人は複雑だ。表からは見えない部分もある。
……パークの運営に致命的な問題が起きていて、客も減ってる。
内紛が起きていていたところに、セルリアンだのビーストだのが現れて……
緊急事態なのに、人間同士でケンカしてるんだから、救いようがない。
ミキナさんは、フレンズを守るために戦っていた。たった一人で。
行きづまって、絶望したんだろう。……もう少し早く気づいていれば……」
イエネコ 「……あたし、ヒトは失敗してもやり直せる、って思ってた……
後悔して、いっぱい悩んで……次はもっとうまくやるって……。
けど……死んじゃったら、どうにもならないじゃない!!」
ごしゅじん 「……全て終わりだ」
イエネコ 「なんでっ!? どうして終わらせたのよ!! キーナさんっ!!」
イエネコのけもの耳がぴくぴくっと動き、くるっと回った。
イエネコ 「は!」
イエネコ 「だれかいるわ!」
イエネコが、ガラス戸を開けた。
ミキナ 「まだ終わってませんよ」
庭に、笑顔のミキナが立っていた。
イエネコ 「キーナさん!! 生きてたの!」
イエネコが、たたたっと駆けて、ミキナに抱きつき、その胸に顔をぐりぐりと押し付けた。
イエネコ 「んう……ごろごろ」
ごしゅじん 「幽霊?」
ミキナ 「ちゃんと体がありますよ」
ミキナが、イエネコを抱きしめた。
イエネコ 「う……キーナさ……」
イエネコは涙声になっていた。
ミキナ 「ごめんなさいね。お行儀が悪い……悪趣味なことしてしまいました」
ごしゅじん 「ミキナさん? なにがどうなって……」
ミキナ 「怖ーいストーカーさんがいるので、偽情報を流して、かく乱しました」
ごしゅじん 「誰に追われてるんですか!?」
ミキナ 「さあ? 誰でしょうねぇ?」
ミキナは、おどけてみせた。
ミキナ 「向こうも、わたしが死んだなんて信じてないでしょうけど、
時間稼ぎにはなりますから」
ごしゅじん 「ひょっとして、今ものすごく危険な状況なのでは……」
ミキナ 「……最後に、ふたりに会いたくなっちゃって」
ミキナがつぶやいた。はにかみ笑いのような、微妙な表情で。
ごしゅじん 「最後?」
ミキナ 「しばらく会えなくなります。遠くへお出かけです」
イエネコ 「キーナさん、どこへ行くの……」
ミキナ 「ごめんなさい、言えないんです」
ごしゅじん 「いやな流れだ……」
ミキナ 「このお部屋は安全です。監視カメラも盗聴器もありません」
ミキナが、部屋の中にある黒い箱を、ちらっと見た。
ミキナ 「怖い人たちも来ないはずです。この町に入ったら、消されちゃいますから」
ミキナの雰囲気が、真剣なものに変わった。これまで見せたことのない表情だった。
ごしゅじん 「……これ……スパイごっことか、そんなのですよね?」
ミキナが、首を横に振った。
ミキナ 「だったら良かったんですけどね……」
ミキナは、ため息をつくように言った。
ミキナ 「万が一、ビーストちゃんとか、セルリアンとか、怖い人たちが来たら、
全力で逃げてください。戦おうなんて思わないで」
イエネコ 「あたしがごしゅじんを守るわ!」
イエネコは、自信ありげだった。
ごしゅじん 「いや、俺がイエネコを守る」
ごしゅじんは、無理して格好をつけていた。
イエネコ 「ごしゅじんは弱っちいじゃない!」
ごしゅじん 「……盾くらいにはなる」
ミキナ 「ごめんなさい……残念ながら、この先は手助けできません。
できるかぎりのことはしますけど……正直、確実ではないんです。
上のひとたちは頭が固すぎるし……ふたりでがんばるしかないですよ。
……これからも、らぶらぶでいてくださいね」
ミキナが、にっこりと、やわらかい笑顔を見せた。
イエネコ 「なに言ってるの……それじゃまるで……」
ミキナ 「大変でしょうけど、生きていれば、なんとかなりますよ」
ミキナは、努めて明るく言った。
ミキナ 「もう行かなきゃ……。長居すると危険だから」
イエネコ 「キーナさん! 行っちゃいやぁ!!」
イエネコは、駄々をこねる子供のようだった。
ミキナ 「……『キーナ』って呼んでくれたのは、あなただけですね。……ありがとう」
ミキナが、イエネコのあごをくすぐった。
イエネコ 「んんっ……」
ごしゅじん 「本当に死ぬ気じゃないでしょうね?」
ミキナ 「だいじょうぶですよ。お守りもありますし」
ミキナが上着をめくった。
上着の下にホルスターがあり、自動拳銃が収まっていた。予備のマガジンも一本あった。
ごしゅじん 「本格的ですねぇ……」
ミキナ 「これを使う状況になったら、おしまいですけどね……」
ミキナ 「わたし、算数と射撃は苦手ですけど、情報戦は得意なんです。
……だから、心配ご無用です!」 *3
ミキナが、いつものような笑顔を見せた。かすかに、まつげが震えていた。
ごしゅじん 「ビーストに情報戦は通用しませんよ?」
ミキナ 「レーダーサイトと、各地の赤外線センサーと、ガイドロボのネットワークで、
ビーストとセルリアンの位置は把握しています」
ミキナが、自慢げに腕時計型端末を見せた。地図が表示されていた。
ミキナ 「いいでしょ? これ、先行量産品をちょいちょいして、
ミキナ 「あの子も、ネットワークにつなげてあります」
ミキナは、部屋の中にある黒い箱を指差した。
ミキナ 「あぶないのが来たら教えてくれるはずです」
ごしゅじん 「お約束なんで、一応訊きますけど……」
ミキナ 「はい!」
ミキナは、満面の笑みで、ごしゅじんを見た。
ごしゅじん 「ミキナさんって……何者なんですか?」
ミキナ 「 I'm just a office clerk! =☆ 」 *4
ミキナの英語は、異様に良い発音だった。
ごしゅじん 「突っ込まないですよ」
ミキナ 「あら残念」
ミキナ 「じゃあ、ちょーっと反則ですけど、おねがいします!」
ミキナが、吸い込まれそうな大空を見上げた。カメラ目線だった。 *5
ミキナ 「白いつばさをくださいなっ!」 *6
ポンッ! っとミキナの頭に白い翼(ヘッドウィング)が現れ、サンドスターが飛び散った。
ミキナ 「あと、しっぽもおねがいね!」
ミキナは、喫茶店で注文するみたいに言った。 *7
シュルっと、ミキナに、ネコのようなトラ柄のしっぽが生えた。
ミキナ 「鳥のしっぽがよかったんですけど……」
ミキナは、自分のしっぽを見てしょんぼりした。 *8
イエネコ 「あ! あたしとおそろいだわぁ!」
イエネコは、嬉しそうに、しっぽをS字に波打たせて見せた。
ミキナ 「んふふっ……そういうことね!」
ミキナもしっぽを振って見せた。
イエネコとミキナが、背中合わせになり、おそろいのしっぽを、くるりと絡ませあった。
ごしゅじん 「理解が、追いつかない……」
ごしゅじんは引いていた。
ふたりのしっぽがほどけて、離れた。
ふたりが向き直り、顔を合わせた。
イエネコ 「キーナさん……」
イエネコが涙をうかべた。
ミキナが、慈しむような顔になって……
ミキナ 「May the Sandstar be with you. ☆」
……イエネコの鼻を、ちょんっと突っついた。
イエネコ 「ほぇ?」
イエネコは、言われたことが理解できず、ぽけーっと、ミキナ……キーナを見つめた。
ごしゅじん 「ふっ……今度の映画に使わせてもらいますよ。そのセリフ」
ごしゅじんが笑った。
ミキナ 「じゃ、また、いつかどこかで!」
ミキナは、翼を羽ばたかせ、パラパラっとサンドスターを飛ばして上昇していった。
つづく
次の話では、ごしゅじんが、おでかけします。
ごしゅじん 「それは絶対に食べるなよ。……毒だからな」
次話 第8話「おわかれごっこが、やさしすぎて」
算数は本当に苦手なようです。
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
変な話ですね。ツギハギのようですし。
この話をまるごとカットしても物語は成立しますが、あえてそのままにしました。
次の話は、事実上の最終話です。『ごーすとたうん』を読まれた方は、この先どうなるかを知っているわけですが、ちょっと意外なものを書いたつもりです。
最終話と言いつつ、その後もう1話あるのですが。
蛇足説明
"May the Sandstar be with you."の訳は、「サンドスターと共にあらんことを」や「サンドスターと共にあれ」だとちょっと合わないです。「あなたにサンドスターの恵みがありますように」に近いです。ミキナさんは「幸運と健闘を祈る」みたいな意味で使っています。(サンドスターのスペルって"sandstar"で合ってましたっけ?)