お姫ちゃんは引き篭もりたい ~TS系オタク転生者美少女の生存戦略?~ 作:とんこつラーメン
そして、その後は……。
京都
この地で最も有名な観光地である『清水寺』へと続く参道であり、数多くの土産物屋が並んでいるこの道も、深夜である今は誰一人として歩いていない。
歩いていない筈なのだが、今夜ばかりは違っていた。
「ちく…しょう…がぁぁ…!」
一人の男が全身に汗を掻きながら、必死に参道をひた走っていた。
その顔は必至そのもので、まるで何者かから逃げているようにも見えた。
「ま…巻いたか…?」
恐る恐る後ろを振り向くと、そこには誰もいないし、周囲には気配も無い。
額に浮かんだ汗を服の袖で拭いながら、呼吸を整えようと立ち止まる。
「ったく…なんなんだ…さっきのガキは……」
胸ポケットから煙草を取り出して、口に咥えてから火を着けようとする。
すると、隣から着火された状態のライターが差し出されて、煙草に火を着けてくれた。
「どうぞ」
「おっ…悪いな。って……」
一体誰が自分に火を貸してくれたのか。
ふと隣を見てみると、其処に立っていたのは……。
「おわあぁぁぁぁぁっ!!?」
完全に表情を殺した漆黒の鱗を持つ少女、刑部姫だった。
「どうしたの? 折角、人生最後の煙草になるんだからと思って、
「て…てめぇっ!! どうやって追いつきやがったっ!?」
「影から」
「なに…?」
「だーかーらー…」
一歩だけ後ろに下がって物陰に入ると、其処にあった影に飲み込まれるようにして姿を消し、次の瞬間には水から浮かび上がるようにして男の背後にある影から姿を現した。
「こうやって来たんだよ」
「やっぱり…テメェも神器使いか!!」
男は自分の手を岩のように変質させ、そのまま刑部姫を横殴りしようとした…が、それは彼女の腕一本に簡単に阻まれた。
「んなっ…!?」
「はぁ…弱すぎ。同じ構成員でも、ここまでの実力差があるなんてね」
「構成員…だと…? ま…まさか、たった一人で禍の団をぶっ潰して、今も残党を潰して回っている奴がいるって聞いてたが…お前の事かッ!?」
「だいせーかーい。私の正体を見事に当てて見せて、ついさっきまで神器の力を使って好き放題に女性をレイプしまくっていた糞野郎のお兄さんには……」
「ひぎぃっ!?」
ガードしている腕を素早く動かし、男の拳を握りしめる。
その状態から力を籠め、岩で覆われている手を潰そうと試みる。
「地獄への片道切符をプレゼントしまーす」
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
龍の力と妖怪へと変容した力の両方が合わさって、簡単に男の拳を破壊し、更には肩口から腕を引き千切ってみせた。
「お…俺の腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「もう夜も遅いんだから、大きな声を出さない」
「ぐぁぁっ!?」
空いている手を使って男の頸動脈を掴み、呼吸が出来ないようにしながら持ち上げる。
自分よりも小柄な少女に大の男が軽々と持ち上げられる姿は、明らかに異常だった。
「ご…ごろざないで…ぐれぇぇぇ…!」
「却下。幾ら下っ端の下っ端とはいえ、アンタだって曹操たちと同じ『英雄派』の一員だったんでしょ? なら、死に際ぐらいは潔くしようよ」
「お…おれは…だだ……やづらどいっじょなら…ずぎぼうだいできるどおもっで……」
「はぁ……」
駒王学園をさってからこっち、日本各地、世界各地で禍の団の残党狩りをしてきたが、こいつはその中でも生きる価値も無い、存在価値すらない正真正銘のゴミ屑であると判断した。
誇りも何も無い。こいつは、禍の団の英雄派という威を借るキツネに過ぎない蛆虫。
そんな奴に掛ける慈悲なんて、今の刑部姫は全く持ち合わせてなどいない。
「ドライグ。ゴミ焼却の時間だよ」
『おう。任せておけ』
刑部姫の右腕側の籠手が生々しい音と共に変形し、小さなドライグの頭になった。
それを男の口に無理矢理に突っ込んでから、ドライグの口を開けた。
「あがぁぁぁぁぁぁ…!」
「それじゃあね。蛆虫野郎」
喉からドライグの漆黒の炎を放ち、男の体を内部から焼き尽くしていく。
本能的にジタバタと暴れるが、それは全くの無意味に終わる。
「がぁぁぁぁぁぁああぁぁああぁあぁあぁあぁぁああぁあぁぁぁぁぁっ!!!」
最初は派手に動いて叫び声を上げていたが、徐々に声が小さくなり、動きも無くなっていく。
やがて、完全に動かなくなり、男が死んだことを確認すると、一気に火力を上げて死体を文字通り跡形も無く焼却した。
「ふぅ……呆気なかったな」
『あんなゴミには贅沢な死に様だったな』
「かもね。周囲のお店に被害とかは無い?」
『大丈夫だ。どこにも焼け跡などはないし、男から引き千切った腕も、それによって地面に落ちた血も、全てお前の影から溢れ出た『泥』に吸収されて消えた。何の痕跡も残ってはいない』
「そう……」
ドライグの報告を聞いて少しだけ気が緩んだのか、彼女は軽い立ち眩みが起きて足元がふらついた。
「少し…休む……。一時間ぐらいしたら起こして……」
『分かった。今はゆっくりと休め……』
「ん……」
そっと石畳の地面に座り込み、そのまま横たわってから石の冷たさを頬に感じながら目を閉じた。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
地べたで寝ている刑部姫に一つの影が近づいてくる。
巫女のような服装の女性であるが、明らかに普通ではなかった。
頭には狐のような耳があり、その臀部からは大きな金色の尾が生えている。
「この近辺で強大な妖力のようなものの噴出を感じたから急いで駆け付けて見れば、よもやお前だったとはな……刑部姫よ」
狐耳の女性は今にも泣きそうな顔で刑部姫に近づき、その体をひょいっとお姫様抱っこの状態で持ち上げた。
相当に疲れ切っているのか、当の本人は全く目覚める気配が無い。
ドライグも彼女に敵意が無い事を分かっているのか、何も言わずに黙っていた。
「同じ女として、何よりも同胞として、こんな状態のお前を放ってはおけぬ。さて……」
女性はそのまま、刑部姫を起こさないように注意をしながら、どこかへと歩いて行った。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
目を覚ますと、視界に映ったのは煌めく星空などではなく、幾つもの蝋燭の灯りによって照らされている高級感溢れる木目調の天井だった。
『目覚めたか、相棒』
「ドライグ…? ここは……」
自分が布団に寝かされている事に気が付き、ふと横を向くと、そこには狐耳と尻尾を持つ巫女服を着た小さな女の子がこちらを覗き込んでいた。
「お…起きたのじゃ…?」
「う…うん……」
恐る恐る聞いてくる少女に答えると、彼女は大声を出しながら部屋の襖を開けて飛び出していってしまった。
「は…母上~!! お…刑部姫様がお目覚めになられたのじゃ~!!」
「ちょ…ちょっと?」
刑部姫が反応する前に女の子は走り去ってしまい、残されたのは彼女一人。
全く状況が分からないまま、一人で布団に入りながらポツンとしていた。
「…一体何がどうなってるの?」
『別に俺から説明してもいいが…もうすぐ相棒を此処まで連れてきた張本人が来るだろうから、そいつに説明して貰った方が早いだろう』
「そう……」
これ以上は何も聞き出せそうにないと判断した刑部姫は、大人しく布団に入っている事に。
数ヶ月振りに入った布団は想像以上に柔らかく、ジッとしているだけで無くなった筈の眠気を誘ってくる。
「少しは体力が回復したようだな、刑部姫」
狐耳の少女が連れてきたのは、同じように狐耳と尻尾を持つ大人の女性だった。
見た目的にも二人が親子なのが明らかだった。
「えっと…貴女は……」
「私の名は『八坂』。この京都の妖怪たちを束ねる妖狐だ。お前の事は色々と噂で聞いているよ、刑部姫」
「そして、私は娘の『九重』と申します! お初にお目に掛かれて光栄です! 刑部姫様!」
「二人とも、姫の事を知って……?」
初めて会う筈の二人に、まだ自己紹介もしていないのに名前を呼ばれて驚く刑部姫。
だが、その疑問はすぐに氷解する事になる。
「勿論だ。同じ妖怪として、お前の噂は色々と聞いている。例のテロリストとやらをたった一人で潰し、その残党を世界中で倒し回っている日本の妖怪がいるとな」
「姫…そんな噂になってたんだ……」
自分の事になって全く頓着してこなかったので、まさか知らない間に自分の噂なんてものが流れていただなんて想像もしていなかった。
「それにしても、いつの間にか姫路城から姿を消していた刑部姫が、まさか京都のど真ん中に倒れているとは思わなかったぞ」
「…すみません」
「謝らずともよい。困った時はお互い様だ。それに、お前のお蔭で救われた命がある。事実、大勢の京妖怪たちがお前に感謝しているぞ」
「感謝……か」
そんな事をされる資格なんてない。
自分がやっているのは、どこまで行っても『償い』であり『代行』なのだから。
「お前の身に何があったのか、どうしてそのような姿になっているのか、それを問うような事はせん。だが、同じ妖怪として同胞が道端で伏しているのを見過ごせん。まともに動けるようになるまでは、ここで休んでいくがいい」
「いいんですか?」
「構わんよ。お前の中にいる『黒龍』も、それを望んでいる筈だ」
「…ドライグ?」
『お前に相談せずに済まんな。寝ている間に八坂とも少し相談して、今後の為にも休息するべきだと判断したのだ。他の者は誤魔化せても、一心同体である俺の目は誤魔化せないぞ。お前…もう心身共に限界をとっくの昔に越えているだろう』
「…………」
何も言えなかった。
まだ自分の戦いは終わっていない。
最後の最後には倒れるとしても、それはまだ今ではない。
死ぬ時は、全ての『やるべき事』を終えた時だ。
「…お世話になります」
「それでいい。九重」
「は…はい!」
「刑部姫に茶を持って来ておくれ」
「分かりましたのじゃ!」
ペコリと可愛らしくお辞儀をしてから、今度は走らず歩いてから九重は去って行った。
「どうも九重はお前に強い憧れを抱いているようでな。緊張しているっぽく見えるのは勘弁してやってくれ」
「それは良いですけど…憧れって……」
「お前さんの武勇伝を聞いて、同じ『狐の妖怪』として憧れているのさ」
現在の刑部姫は蝙蝠をモチーフにし、更にはドライグの『龍』という属性に加え、『
他にも、彼女の事を『蛇神』とする説があったり、とある戯曲では義理の姉妹がいたりもする。
本人が知らないだけで、実に多くの伝承が残されている存在。
それこそが『刑部姫』という妖怪なのだ。
「もしかしたら、九重がお前の寝床にやってきて色々と話を聞きたがるかもしれんな」
「聞かせるような話なんて何も無いのにな……」
堕落的に生きて、その挙句に絶対に死なせてはいけない人を死なせてしまった。
そして、今はその償いと、彼が本来戦うべき者達と戦っている。
お世辞にも、小さな女の子に話すような内容ではない。
「ここは我々、親子が暮らしている屋敷だ。何かあれば好きに言うがいい。可能な限り要望には応えようではないか」
「何から何まで……本当にすみません…」
「謝る必要はない。大それたことをしている割には弱気よな」
「…姫は…強くないですから……」
実力的な意味では強いのかもしれないが、心の方は誰よりも脆弱だと思っている。
もっと心が強ければ、別の解決法があったかもしれない。
けど、愚かな今の自分にはこれしか思いつかなかった。
「お待たせしましたのじゃ!」
「お、来たようだな。まずは茶でも飲んで落ち着け。話はそれからだ」
「……はい」
九重が持って来てくれた茶は全く味はしなかったが、心の奥底が温かくなるような不思議な感覚に包まれた。
これが『安心』という感情であることを、今の彼女は忘れていた。
それから、自分に対して何かを期待するかのような九重の視線に耐えきれず、仕方なく無難な話をしたり、ごくごく普通の紙を使って得意の折り紙を披露したりした。
刑部姫が作った折り鶴を受け取った九重の眩しい笑顔を見て、改めて決意を固める。
自分は、この笑顔を、この親子のような人達を守るために戦うのだと。
彼が出来なかった事を、本当はするべき筈だった事をする為に、全ての『業』をこの身で受け止めるのだと。
次の日の朝、寝床に刑部姫の姿は何処にも無く、枕元に一通の置手紙だけが残されていた。
『昨晩はお世話になりました。本当にありがとう。お二人の事は何があっても絶対に忘れません。さようなら。 刑部姫』
手紙の傍には、仲睦まじげな大小の折り鶴が並べてあった。
次回、第一部完…?
これからの展開に関する質問です。
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逆ハーレム!
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百合ハーレム!
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どっちもありのドタバタ系ラブコメ