世界にゾンビが蔓延してる中、私はマザーらしい。   作:Htemelog / 応答個体

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ホラーかどうかはわからない。人に寄る。


エイブモズ-生死の章
エイブモズ-死んだ者がまともに生き返る事は無い。


 ゾンビ、というものを知っているだろうか。

 生ける屍(リビングデッド)不死者(アンデッド)、蘇った者。呼び名はまぁそれぞれあるだろうけど、知名度としては十二分に広まった──「死んだ者がまともに生き返る事は無い」という常識の怪物だ。

 私はこれを研究している。

 

 少し前、パンデミックが世界全土を襲った。お察しの通りバイオハザード……ゾンビに噛まれた者がゾンビに感染して、そのゾンビが他の人間を噛んで……といった具合に広まった未曽有の危機。総人口がどれだけ減ったのかはわからないが、少なくとも幾つもの国家が崩壊したのは言うまでもない事だろう。

 ゾンビは所謂"進化するゾンビ"というヤツで、足が速い奴や力が強い奴、頭が良い奴や飛べる奴と……その脅威は推して知るべし、と言っておこう。

 発生源はとある客船。既に内部でパンデミックを引き起こしていたその船が大陸の港に着き、そこから爆発的に広まった。

 ……とされているが、実際は泳げる奴が他の大陸に流れ着いて感染を拡大させたようなので、その港の対応が悪かったとか船が港に着かなければよかったとか、そういうことはない。もう、無理だった。発生した時点で。

 

 というのさえ、そんなことはない。

 客船はパンデミックを引き起こす前、とあるリゾート島に寄っていた。

 そこで感染したゾンビが客船に乗って、だから客船でパンデミックが起きたのだ。そのリゾート島では実は昼夜問わず凄惨な実験が行われており、その過程で生み出されたのがゾンビであるとか、そんなことはある。

 そのリゾート島というのがまさに私のいるここで、凄惨な実験を行っていた研究者が私とか。

 

 そんなことも、あるわけである。

 つまり世界を未曽有の危機に晒した張本人が私なのである。

 

 私はゾンビの研究者。死者蘇生の研究者。

 これは、世界を救わんとする者達を尻目にうまいことゾンビを改良していく私の物語、だったりする。

 

 

 

 Д

 

 

 

 ゾンビというのを生まれたて、と表現するのは些か語弊があるのだけど、つまるところ成り立てを生まれたてと表現する場合、その状態のゾンビは人間とあまり変わりがない。元の人間が負っていた傷はそのままに、心臓が動いていないにもかかわらず立ち上がって彷徨い歩く。生者を見つけるとヨタヨタと寄り行って噛みつき、ただただそれを繰り返す低能存在だ。

 この状態のゾンビは正直何の役にも立たない。こともない。

 ハムスターよろしく回し車に入れて前方に生者でも入れておけば発電機になる、こともない。足が遅すぎて発電なんかできるはずもない。が、回転力は得られるのでそこそこ有用と。ちなみに生者は人工授精を行った人間で、シリンダーに入れた子供を用いている。ゾンビは視覚情報で生者を察知しているので、匂いを遮断しても関係がないのである。

 餌となる子供はゾンビの注目を集めるためだけに生み出された存在のため、教育及び情緒の一切を刺激していない。つまり恐怖を覚える事も自身の不幸を嘆くことも無いわけだ。良心的かな。

 

 その状態のゾンビを以降「歩行ゾンビ」と称する。歩行ゾンビは一週間ほど歩き続けることが出来るのだけど、一週間を過ぎると少しずつ崩れていく。彼らを動かしているエネルギーといえばいいか、そういうのが尽きてしまうのだ。先頭を行く歩行ゾンビが崩れて倒れたら、勿論障害物になる。後ろにいる歩行ゾンビも足がもつれ、躓き、転び、その衝撃で崩壊が始まる。

 結果残るのは腐乱死体。ぼろぼろの腐った肉塊が回し車でコロコロ転がるのみになる。

 

 のだけど。

 時たま、先頭ゾンビの死肉を食らい始める奴が出てくる。彼らは感染させるための手段として噛みつき行為を行っているはずなのに、まるで生物のように、腹を満たさんとするかのように、歩行ゾンビを食す歩行ゾンビが出始めるのだ。

 それらからは体の自壊が取り除かれ、周囲の歩行ゾンビを食い尽くしたそれらは走行を会得する。走るゾンビ、というヤツ。体の崩壊を止めるどころか、筋肉が強化された……そういう風に見ている。変な話だけど、まさに血肉を得る、というような、そんな感じだ。

 じゃあ今度は走るゾンビだけを集めて似たような事を繰り返す。すると今度は他を妨害するような、奴が出てくる。つまりは走るだけでなく攻撃……ゾンビ本来の噛みつきだけでなく、腕を振る、という……「走ってる間腕は暇だからな」みたいな頭の悪い発想から生まれた進化を遂げた奴だ。

 他にも頭突きをする奴や口から体液を飛ばす奴と、強化ゾンビとでもいうべきものが増えた。

 今度は同じ系統で強化(進化?)した奴らを一部屋に纏めて観察していると、その強化した部位が肥大化した奴が出てくる。腕を振る奴は腕が、頭突きをする奴は頭が、体液飛ばすヤツは胃袋が……要はお腹が。

 

 そんな感じで地道な蟲毒とでもいうべき実験を繰り返していると、最終的に人間レベルの知性を持つ奴が出てくるのだ。

 

 うん。

 知性を……知能を持つ奴が。

 

「マザー。また一つ、大陸を我らのものにしました。新しき土壌で新たな命が芽生えております。ああ、マザー。すべては御心のままに」

「うん。そうね。ありがとう。新しい子は見つかった?」

「……申し訳ございません。未だ言葉を解すのは、VII(ヴィイ)以降は……」

「ああ、いいよ、いいよ。期待してないし」

「っ……現地の者達を急がせます。失礼いたしました──次は必ずや、成果を上げて戻って参ります」

「うん」

 

 身だしなみに気を遣うゾンビ、というよくわからないゾンビを見送る。

 知性の発達したゾンビの一体で、自身がゾンビであるにもかかわらずスーツを身に纏い、腐臭さえも気にして消臭に努める……ううん、頑張ってね、とは思うけど。

 

 何故か。なーぜか。

 単なる一研究者である私は、知性あるゾンビたちに"マザー"と呼ばれ慕われ、その一声で全ゾンビを操れる立場にある……のである。

 

 

 

 И

 

 

 

 一応ナンバリングとしてローマ数字での型番……I,II,III,IV,V,VI,VIIと、知性あるゾンビを区別している。基本的に放し飼い……というか世界中に散らばらせていて、自由にさせている。

 というのも、知性あるゾンビを蟲毒しようと一部屋に集めても、争わないので実験にならないのだ。なんか知性アガリをしたゾンビ同士で仲間意識を持ってしまっていて、むしろ知性を持たぬゾンビたちに傷をつけられようものなら全員で助けにかかる……などと、人間なんじゃないかと疑うような行動を起こす。

 

 それが困るかと言ったらうーんうーん。

 

 ゾンビの研究はそのままに死者蘇生の研究と同じだ。

 死んだ人間はまともに蘇らない。蘇ったとしてもそれはゾンビとしてで、()()()()()()()()()()()()

 

 先ほどの身だしなみに気を遣うゾンビのように、ゾンビになってから獲得した知性と性格であって、生前の記憶も嗜好も失われてしまっている。

 私が作りたいのは、生前の記憶を有すゾンビなのだ。生前の記憶……人格も嗜好も、生きていた頃をそのまま残すゾンビの研究。今のVIIまでのゾンビは知性のサンプルとして優秀だけど、成功例ではない。

 

 故に私は彼らに命令している事が一つある。

 

 それは、人類を絶滅させてはならない、という事。

 

 人類のコロニーへの襲撃は頻度を考える。特異な生存能力をもつ個体にはあんまり襲い掛からない。子供は出来るだけ襲わない、など……。

 "生前"を持つ者がいなくなって、ゾンビだけの世界になっては意味が無いのだ。

 勿論生殖の出来るゾンビが進化する分には勝手にしてくれという感じだけど、あくまで私の目的として人間→ゾンビの人格継続成功例が欲しい。そのサンプルが欲しい。

 

 故に探させているのは、初めから知性を有した……記憶を引き継いだゾンビ。VIIIの発見を急がせている、という段階であるのだ。

 

「……良い天気」

 

 空は快晴。人類が滅亡しかけているだとか、世界が荒廃しているだとか、そんなことは関係ないとばかりに真っ青な天幕は、今日も美しい。

 同じ空の下に今も生存をかけてゾンビたちと戦っている人類がいるのだろうけど……。

 

 まぁ、頑張って、とは。

 思うかな。

 

 

 

 Э

 

 

 

 ゾンビ化を行うために作り上げたのは、ウイルスではなく菌だった。

 それに対する薬……抗菌薬も作ってある。

 私が世に放ったゾンビは多分に漏れず他者を感染させるゾンビであり、その感染経路は相手の粘液との接触。全身にゾンビ化の菌を有していて、それが相手の体内に入る事で活性、成長、複製を繰り返して脳へと辿り着き、その体を完全支配する。

 それを抑制する──だけでなく、滅菌にまで至る抗菌薬。ただし菌を殺し切るに至るには菌の最も集まっている部位を特定し、切除しておく必要があり、故に一度ゾンビに感染した者が元の姿に戻るのは至難だ。

 観測している限りでは腕や足などの部位を喪失した者も多くみられ、尚も生にしがみつき、抗う姿の報告が上がっている。抗菌薬は今や世界中に流通しているが、その数は少ない。こちらが蛇口を絞っているのだ、そう簡単に出てき得るはずもない。

 

 ウイルスにしなかったのは制御を容易にするためと、観察を容易にするための二つ。ウイルスはパターン化が面倒だし、管理も面倒だし、外部からの刺激や対抗措置への動きが読みづらい……まぁ面倒オブ面倒なのだ。役満役満。

 まぁ他にも要因はあるのだけど、それは追々ということで。

 

 抗菌薬は各国との取引によって世界に広まっている。取引材料は人間の精子と卵子。今や世界中に蔓延しているゾンビであるが、ゾンビをゾンビとして誕生させる、という事は出来ない。あくまで人間生物に入り込んだ菌が起こす感染症であり、人間生物がいなければこれら単細胞生物はただそこにあるだけ、になってしまう。

 だから、生き残った人間とは別に、研究用の人間を栽培する必要があるのである。

 作られた人間は囮に使うための餌であったり菌や薬のテストに使うためサンプルであったりと、様々な用途があげられる。無から有は生み出せないため、こうして外部と取引をする必要があるのだ。

 

 故にここはゾンビアイランド……ゾンビが生産され、蔓延り、殺し合いを繰り返す島でありながら、そこそこの頻度で人間が訪れる。

 死んでもいい下っ端、ではない。それでは抗菌薬を奪われる可能性があるし、守り切って自国へ持ち帰る事が出来ない可能性もあるから。だから、それなりの腕が立つ、所謂エージェントと呼ばれる存在。少なくとも走るゾンビくらいは対処できる経験を積んだ者がこの島を訪れるのである。

 

「こんばんは、博士。今月分のオクスリ、頂戴に上がりましたわ」

「うん。はい」

 

 優雅なカーテシーを決めて礼をする女性。とはいえスカートでもドレスでもなく、ぴっちりとしたボディスーツ。だからそれがポーズでしかないのはもうお約束だ。彼女がここに来た時からそうだった──最初は突っ込んだけど、二回目からはどうでもよくなった。

 エージェント。某国から遣わされた腕利きさん。事務的というか無駄話の無いこの取引の中で、唯一……じゃないけど雑談を仕掛けてくる女の子だ。

 

 私がトランクに抗菌薬を詰めている間の暇な時間。

 彼女は人差し指を口元に当てて、にんまりと笑う。笑って、言う。

 

「博士、知っておりまして? 今や世界は滅亡に向かいつつある……けれど我が国は、アナタのオクスリのおかげで人類最後の希望、なんて呼ばれておりますの。まさか我が国がこの事変の主犯ともいうべきアナタと取引をしているとも知らずに……民衆は愚かですわね?」

「情報を開示していないのはソッチなんだから、愚かも何も。この薬の作り方も知らない貴女達は、私にとって酷く愚かだけど、構わない?」

「アラ、これは手痛い反撃。フフ、博士は民衆の味方ですのね」

「人間に対しては公平なつもりだけど。まぁ、ゾンビになるつもりのない貴女達と、ゾンビへの対抗手段を持たない彼らで言うのなら、後者の方が好感度は高いかな。有用度、でもいい」

「流石はゾンビの親玉、と言っておきましょうか」

「うん。じゃあ、取引は成立」

 

 トランクを閉じて、女性の方へ押す。

 女性も女性で自らの持ってきたトランクを机の上に置いた。それからこちらのトランクを受け取って、また礼を一つ。

 

「ちなみにそれは、自己判断?」

「──……ええ、私には無理だと思いました」

「うん。じゃ、またね」

「はい、博士」

 

 当たり前の話、だけど。

 彼女らにとって、私は敵だ。故に各国はエージェントにこう言っている事だろう。「薬を受け取った後、隙があるのならば殺せ、あるいは捕らえろ」と。実際襲い掛かってくる者も少なくは無い。それが失敗したとて私は交渉を途絶するつもりはないし、こちらがエージェントを殺したりなんだりをする事は無い。

 人間の精子と卵子はいわばゾンビの種であり、必要なものだ。人工精子、人工卵子では意味が無い。あくまで人間をゾンビ化し、記憶の存続を保つための研究、実験だ。初めから調整されたものを使うのは何の結果にもつながらない。

 

 だからこの取引は私の中でもマストな事項で、故にどんな粗相を働こうと許すつもりがある。

 

 でも。

 今回彼女は袖に針のような暗器を仕込んでいた。私がトランクに抗菌薬を詰めている時間は長く、隙と呼ぶべきものは沢山あったはずだ。それなのに実行しなかった。上からの命令を無視して、私に手を出さない事を選ぶ自己判断。

 無理だと思った、と言った。

 こちらに背を向け退室して行く彼女を見て──まぁ、正解かな、と独り言ちる。

 

 私はマザーと呼ばれている。

 ゾンビたちに……言葉を解すゾンビ達に、崇められるように。

 そんな彼らは、酷く、酷く過保護だ。まるで本当の母のように、まるで命を賭してでも守らねばならない対象とでもいうかのように。ナンバーを持つゾンビ達の強い仲間意識は、私へも向いているのである。

 

 だから、たとえ私が許しても。

 彼らが許すかどうかは、別の話。まず周囲に潜んだゾンビが攻撃的なモノは防ぐだろうし、その後私が彼らを制御し、無事に島を抜けることが出来たとしても……国へ無事に帰る事が出来たとしても。

 その国は困窮に陥ることになるだろう。言葉を解すゾンビは言葉を解さぬまでも知性を持つゾンビ達を操れる。人類最後の希望、と呼ばれていると自慢気に言っていた彼女の国。今は加減をしろ、という命令のもとセーブされている襲撃が、過激になればどうなるか。自身の危険、あるいは国の、守るべきものの危険。

 彼女自身が愚かと扱き下ろした者達へ向かう危険は──そのまま自分たちの首を絞める結果になる。

 

 だから、命令無視だ。上の命令に……それこそ愚かな言葉などには従っていられないと、彼女は雑談をするに終えた。

 評価を上げる。

 未だ記憶の存続の適った人間はいない。いないけれど、なんか、陳腐な意見として……こう、精神力の強い人間と言うか。我の強い人間の方が、意識は保ちやすいんじゃないか、とか。研究者らしからぬことを思ったりしているので、評価点をプラス。

 

 手法が確立した暁には。

 

 ……それまでは、良いお付き合いをしましょう。


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