世界にゾンビが蔓延してる中、私はマザーらしい。   作:Htemelog / 応答個体

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ラトロモイ-争い合う悲しき習性

 それは考え得る限り、最悪の実験結果だった。

 サンプルのために、アイズから摘出したゾンビ化細菌を投与した人間十五名。

 その全員が──アイズの人格を得た。ずっと眠っていた、みたいな反応をして、死んだはずなのに、とか言って。勿論素体となった人間の身体能力に差があるから、自身の身体を確認した後の反応までもが同じという事は無い。

 けど、アイズだった。

 ここから得られるのは、今手元にあるアイズから摘出し、培養したこのゾンビ化細菌は、アイズの脳と同じ役割を長らく果たした事からかアイズの人格や記憶を持ち合わせている、という埒外の結果。はっきり言って異常で異様で、あり得ない事。

 だけど同時に、研究意欲のそそる事実でもあった。

 

 もしそうなら、そうなのであれば、現状のゾンビの懸念点が一つ解消される。

 懸念点とは即ち、肉体の完全破壊及び胴と脳が分断された場合の活動停止リスクのこと。

 

 現状のゾンビは脳を潰されるか、脳と胴が分断されるか、肉体を完膚なきまでの潰されると活動を停止してしまう。正確に言えば最初の一つ以外は活動停止ではなく、何も出来なくなってしまう、が正しいんだけど、まぁ活動停止みたいなものだ。どうせ、その状態で乾けば崩れるのだし。

 つまり、人間よりは圧倒的に死のリスクが少ないものの、停止することは停止するし、終わることは終わるということ。

 それではとても不死者などとは言えない。あるいは私達のように再生でも出来るのならその懸念事項は無くなるが、そこまでしてしまうと今度は人間の範疇から外れてしまう。それでは意味が無い。

 

 けど、これがもし、脳に蓄積していた記憶や自我がゾンビ化細菌の方へ移されるようなことがあるのなら。

 

 肉体が潰されようと、分断されようと、菌さえ生きていれば何度でも復活できる。それも、違う身体に乗り移って。菌がどこかで培養してあるのなら、外にいたゾンビの脳が潰されようと、再度感染させることで復活を遂げられる。

 一度セーブされた状態から何度でも新しい生を歩みだせるのならば、それは私達クローンと同じく死に怯える必要のない存在へ昇華されたといって良いだろう。

 その存在がその存在でなくなるのなら悲しいが、その存在の肉体が変容したところで何も思わない。人間は太った痩せた程度の事で別人になったりするわけではない、という話。

 

 問題は、菌が脳に馴染むまで待たなければならないという事。

 私の理想とする死んですぐに記憶と意識を取り戻し、活動を再開する、という形ではなく、従来の知性無き頃を過ごし、少しずつ知性を獲得し、ようやく深くなじんでから全てを思い出す──そんな気長な死者蘇生を研究の完成と綴らなければいけないこと。

 

 それはやっぱり、違うと思う。

 

 私達はオリジナルのクローンだから、オリジナルが生まれてから経験した事を知っているわけじゃない。それでも残されたものや体の構造を見ればその目的というのは見えてくる。

 多分オリジナルの製造理由は、不老不死の人間の創造。十二世紀の錬金術師たちの手によって作られた不老不死の体現における一つの手法として、再生するゴーレムが用いられた。けれどそれは、制作者にとっては失敗扱いだったのだろう。人間を不老不死にする研究において、不老不死のゴーレムが生まれても意味が無い。況してやゴーレムは砂の塊で人間でなく、人間を超えてしまった人形に用などない。

 だから失敗作として捨てられた……とか。多分、そんな経緯。

 そんなオリジナルから私達クローンが何を目的に製造されたのかまではわからない。労働力か、兵力か、はたまた意図しない事だったのか。

 私達自身で私達を増やす事が出来るから、もしかしたら、意図しない増幅だった可能性もある。

 まぁどの道闇の中だ。なんせ、錬金術師たちは不老不死の研究に結果を得られず、死んでいったのだから。

 

 後に残されたのは、"死なない人間を作る"、"悲しくなりたくないから、死んでいる人間を作る"という顔も名前も知らない誰かの悲願に憑りつかれた砂人形があるだけ。

 それでもこれは、私達が生まれた時から持っている感情で。

 ならやっぱり、妥協はできない。自分の気持ちに嘘は吐けないから。

 

 よって、アイズのゾンビ化細菌は一旦凍結し、再度、一から研究をし直すことにする。

 初心、忘れるべからず、って感じかな。

 

 

 

 д

 

 

 

「イース」

「メイズ、来たね。これを見て欲しい。……ゾンビ達の、様子がおかしいんだ。マザーに何かあったのかも」

 

 とある人間の国。

 "英雄"イースが守護をするこの国は、イースと、その傍らにいるメイズを神の如く崇め奉る──他国から言わせれば、洗脳国家としてその勢力を増していた。

 個々の練度もさることながら、何か集合無意識によって言葉を交わしているのではないかと思うほどの連携は誰もが舌を巻くほどで、知性無きゾンビ程度では障害にもならない。その事実がイースへの更なる信仰と畏怖を呼び、国民の誰もが一日に一度以上は彼に感謝を捧げるような──少々、恐ろしい国になっていた。

 

 そんな人間たちの様子に辟易しながら、イースは彼らを守り導いている。

 その中で、比較的マトモな大人達を集めた作戦会議の時間。"英雄"はイースであるが、メイズとて参謀。子供と侮るなかれ、ともすればイースよりも正確なゾンビへの対処法についての助言によって、この国のゾンビ対策の四割が彼女主導で築かれてきた。

 未だ女児と呼ばれる年齢・体つき故戦闘こそ出来ないが、その手腕は見事の一言。

 彼女の作戦会議参加を渋る者など一人もいなかった。

 

「……仲間割れ?」

「うん。確かに知性無きゾンビは崩壊が近づくと共食いに近い行為を始めるんだけど、知性あるゾンビにそれはなかったはずなんだ。けど、ここ最近知性あるゾンビの……前は連携を取ってきていたようなゾンビ達が、こぞって仲間割れをしている。互いを殴り合ったり蹴り合ったり、活動停止にまで追い込んだり」

「それは……でも、良い事なんじゃない? 勝手に減ってくれるなら……」

「それが、そうでもないんだ。知性あるゾンビというのはそもそも、知性無きゾンビがそうやって仲間割れをして、ある種蟲毒のようなものを続けた事で生まれる特異強化個体。勿論そうではない、奇跡的に崩壊を免れて生き延び続けた知性アガリをしたゾンビ、というのもいるけど、基本は蟲毒によって進化、あるいは強化が為されている」

「……知能あるゾンビが蟲毒を行えば……」

「うん。どんな化け物が生まれるかわからない」

 

 イースからしてみれば、これはあり得ない事だと思っていた。

 ゾンビの仲間意識というのは非常に強い暗示に近いものだと認識している。イース当人が仲間意識の薄い方であったとはいえ、今でも島に残してきた妹のようなゾンビ……イヴには兄妹愛のようなものを覚えているし、苦労人のエインや真面目で辛気臭いアイズに友情のようなものを感じてしまっている。

 全くの他人で、ただ同じゾンビである、というだけで、これだ。イースのように理性や知性がこれを抑えつけてくれない状態であれば、どれほど仲間意識を強く感じることか。

 

 それが今、仲間割れをしている。

 渇きから、とか事故で、という感じではなかった。確実に相手を……敵を壊すような手段を取っている。報告に上がったもので、脳を潰されていたり、首をもがれていたりと、相手がゾンビであるとわかって、その上で活動停止させるための手段を用いている。

 ゾンビに何かが起きていて、しかもそれが全体に波及しているとなれば、やはり真っ先に疑うべきはマザーであるのだ。

 

「あぁ、それと、メイズ」

「?」

「あまり国の外には出ないで欲しいんだ。僕は君を……守りたい。だけど、君が傍にいなくちゃ守れない……だから」

「私、最近国の壁の外には行ってないよ?」

 

 ゾンビ同士の仲間割れの報告のほかに、上げられていた報告書。

 それは国外の荒野でメイズの姿を確認した、というもの。その身が危ないと彼女を保護しようとしたが、蜃気楼に包まれるようにして消えてしまったと、そんな夢物語のような報告が上がっていた。一件だけでなく、幾件も。

 けれど、本当に知らない、と言った風のメイズの反応に、イースもやはり見間違いなのではないかと考えるようになる。そもそもメイズに戦闘能力はなく、一人で出歩くことの危険性は誰よりもわかっているはずだ。

 

 この国の人間はイースとメイズを神聖視しすぎているから、それかもしれないな、とイースは結論付けた。

 

「うん、ならいいんだ。それじゃあ今日も対策と作戦を練っていこう。時間も無限じゃないからね」

 

 そんな彼の隣で、メイズが多少真剣な面持ちだったことなど欠片も気付かずに。

 

 

 

 О

 

 

 

 マルケルの襲撃事件から数週間が過ぎた。

 あの時の襲撃で民間人の数は半数削れ、その後も幾重幾重と続く襲撃、侵攻に人々は疲弊し、その数を減らしていった。

 その反面でジョーの活躍は目覚ましいものがあり、彼の近くにいれば死ぬことは無いと、今までミザリーとジョーの二人だけの空間であった拠点には幾人もの人間が出入りするようになり、ジョーは、そしてミザリーも窮屈な思いをする……そんな日々が続いていた。

 

 続いていて、の、今日。

 

 眠りから目覚めたジョーは、おかしなことに気が付く。

 いつも隣で眠っているはずのミザリーの寝息が聞こえない。どころか、周囲にいたはずの人々の気配さえない。

 すぐさま愛用のスクラップソードを持ちだして、眼下に広がる廃街を見て──絶句した。

 

 そこは、血の海だった。

 あの灰緑色の影がうろつく魔街ではなく、血で血を洗ったかのようなその光景に、すぐさま夢を疑うジョー。

 けれど、なんど(かぶり)を振ってもそれが覚める事は無い。

 どころか灰緑色の肌を持つ、昨日まで自身に縋りついていた者達の──ゾンビとなってしまった者達同士の争いを見て、その異常性に気が付いた。

 

「ミザリー!」

 

 大声で叫ぶ。

 けれど返事はない。

 

 本来ゾンビの身体から血液が出る事は少ない。もうどこかで出し切ってしまっている事が多いから。

 けれど、今まさに繰り広げられている争いは噴出する血の止まらない、人間同士のようなそれで、だから彼らがゾンビになってからそう時間が経っていない事が伺えた。

 

「ミザリー! どこだ!」

 

 また大声で叫ぶ。

 すると今度は、下で争っていた内の一人が、ジョーを見た。

 

「おう、なんだジョー起きたのか! まぁちょっと待ってくれよ、この()()()()を殺したら、すぐに殺してやるからよ!」

 

 そう、叫び返してくるのは──見た事はあれど、話した事など一度もない民間人の女性。よく見れば彼女が殴る蹴るを繰り返している相手は彼女の息子で、その息子もまた彼女に向かって鉄パイプのようなものを振り回していた。

 ビルを飛び出す。

 飛び出して、その争いを仲裁する様に二人の間に入った。

 

「てめぇ、ジョー! 何しやがんだ、どう見たってソイツが偽物なのはわかるだろうが!」

「おいジョー、お前とうとう目が腐ったかよ! って、ゾンビの俺に言われたらおしまいだぜ!」

 

 母親の方も、息子の方も、今初めて聞いた声で、今初めてちゃんと見た顔で──まるで昔馴染みのような言葉を吐く。

 ジョーは、震えて──唇を震わせて、聞く。

 

「お前達は……誰だ」

 

 一瞬、時が止まった。

 そして、はぁ? と、小馬鹿にしたように嗤う。

 

「俺は、マルケルだよ。お前に殺されかけたマルケルだ」

「俺ぁマルケルだよ。ジョゼフ、お前に殺されかけたマルケルさ」

 

 そしてどちらもが、そう、名乗った。

 

 

 

 Й

 

 

 

 マザーが第二次パンデミックと呼んだコレは、ゾンビの楽園にも届いていた。

 

「……」

「疲労か、ウィニ。俺達が疲れるなど、あるはずもないが」

「肉体の疲労はそうでしょうけど、精神は疲弊するわよ。……本当は殺したくなんてないんだから」

「まぁ、そうだな。だが仕方がないだろう。島に来て早々殺し合いを始め、周囲にいた同胞をも巻き込んでの争い……それにアテられたのか、知性アガリをした周囲の同胞までもが争いを始める始末。正直、何がなんだかわからんさ、俺も」

「マザーが消えて、敵は旧人類だけになって……死や食料のリスクを解決した私達が、今更身内で争うとか、無益にも程があるわ。それに加えて……」

「アイズを名乗っていた、か……」

 

 ウィニとヴェインは、知性を獲得してすぐの同胞を保護する活動を続けている。そうすると知性の獲得が大分遅れてしまうのだが、それでも無為に崩れるよりはいいと、どの道水さえあれば維持費などかからないのだからと、活動をしてきた。

 しかし先日保護した三人の同胞の内二人が島に着くなり殺し合いを始め、彼ら彼女らの周囲にいた同胞までもがその戦いに参加し、多数の死者……停止者が出る始末となった。

 その原因となった二人の同胞はどちらもが自身をアイズだと名乗り、双方を偽物と否定。エインとイヴが謎の失踪を遂げ、ヴィィが使い物にならない今、この島を治める事が出来るのはウィニとヴェインしかいない。

 それなりに仲間意識の強い二人は、しかし全体の被害と自身らへの被害、および目的への影響を踏まえてこれを処断。知性を得てから初めて殺した同胞の感覚に、ウィニはとても、ヴェインは少しだけ疲弊を覚えていた。

 

「……どこに行っちゃったのかしらね、あの二人」

「海へ落ち、危険生物に食われたか、自らこの島を後にしたか……」

「マザーの墓碑があるこの島をイヴが離れるとは思えないわ。エインは……まぁ、書類仕事に嫌気が差して、とか?」

「エインこそ仲間意識の強い男だ。……いや、アイズを喪っているから、単身人間の国へ……"英雄"に立ち向かった可能性はあるか」

「そうね。それならでも、仕方ないわ。どうしようもない。……問題は、マザーの手が入っていた場合よ」

「またマザーの仕業だと? ウィニ、流石になんでもかんでもマザーのせいにしすぎじゃないか?」

「……それを言われると、弱いけれど……でも、"そう"だと女の勘が告げているのよね」

「オカルトな……」

「私達がそれをいうの?」

 

 死んだと思っていた仲間が帰ってきたことは喜ばしいはずなのに、その仲間が増えていて、更に仲違いをし、島のゾンビを脅かし、かつての仲間だと名乗る者を殺さなくてはいけない。

 その心情の苦労は計り知れないもので。

 裏切り慣れているヴェインはともかく、ウィニは本当に疲弊しているようだった。

 

「あの同胞……大陸中央部の街から連れてきたと思うんだが」

「ええ、そうだけど……まさか」

「ああ、あそこにいる俺達が見つけられなかった同胞全部……アイズだったら、とか、考えてしまった」

「それは……悪夢ね。紛う方なき悪夢よ。起きて見る悪夢」

「夢ならば覚めて欲しいものだ……旧人類を全て同胞にしても、同胞同士で争ってしまっては意味が無い」

「そうね。争いなんて無益な事、止めて欲しいわ」

 

 二人は憂う。同胞の未来を。

 ……その憂いは、然りと、的中する。

 

 

 

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「クソ、どうなってやがる……!」

 

 マルケルは夜の街を疾走していた。否、疾走と呼ぶほどのスピードは出ていない。それもそのはず、小さな子供の体躯では、彼の生前、あるいはアイズだった頃に想像しうるような速度が出せるはずもない。

 

 マルケルは死んだはずだった。

 ムカつく程強く、誰よりも焦がれた相棒、ジョゼフ。彼に挑み、しかし埒外の強さを見せた彼の一振りによって、身体を両断された。未練が無かったとは言わないが、あの場においてはスッキリと死んだ。はずだった。

 しかし今、マルケルはこうして生きている。

 ゾンビであることには変わりないが、こうして活動している。誰とも知れない、子供の躰に詰められて。

 

「はははは! 見つけたぜ偽物──俺を名乗るなら、もっと背を伸ばしてからにするんだったな!」

「うるせえ、デカイ身体だからって──調子に乗るなよ、偽物!」

 

 横合い。長身の男が思い切り蹴りを入れてくるが、そのリーチの把握が出来ていないのか、がつ、と地面を蹴るのが見えた。だからマルケルはここぞとばかりに先ほど拾ったガラス片で以て男の喉を掻っ切らんと飛び込み──。

 

「残念だったな、クソガキ。見えてんだよ」

「ぐ、ぅっ……!」

「いいか? お・れ・が、マルケルだ。あの世で復唱しな」

 

 首を掴まれ、そのまま持ち上げられた。

 リーチの把握が出来ていないのはこちらも同じだ。つい先ほど子供の躰になったばかりで、把握もなにも出来るわけがない。

 そのまま男は腰に付けたポーチからナイフを取り出し、マルケルの首に当てる。ゾンビの弱点……首と胴の分断が為されようとした、その時。

 

「ぎぃ!?」

 

 男の側頭部に巨石がぶつかり、思わずマルケルを手放した男はそのまま10m程を吹き飛ばされた。その頭部は拉げ、ゾンビとしての活動を停止したことが伺えた。

 

「俺を名乗る癖にガキに手ぇ出すたぁ良い度胸じゃねえか。ゾンビにするため、ってんならわかるが、ただ殺すためにガキを殺すのはダメだろうが。馬鹿野郎、偽物を名乗るならせめて俺の信念くらい理解しておけよ」

「……」

 

 石を投げたのは──十八歳くらいの少女。不機嫌そうに首を回しつつ、唖然としたままのマルケルに近づいて、手を差し伸べる。

 

「大丈夫か、ガキ。全く、どうかしてやがるよな、最近の奴らは。同胞をなんだと思ってんだ。あれからどんだけ時間が経ったのか知らねえが、ウィニやヴェインは何してやがんだか。新人教育とは言わねえが、殺し合いをするな、くらいは言えるだろ」

「……」

「ん、おっと。ガキに聞かせる事じゃなかったな。悪い。あーと、俺はマルケルってんだ。お前は?」

 

 マルケルは──答えなかった。

 先ほど同じように名乗って、殺されかけた。勿論自身がマルケルだというプライドがありありと誇張してきたが、鋼の精神でそれを捩じ伏せ、口を開く。

 

「ワイニー……だ」

 

 咄嗟に口を衝いたのは、マザーが昔探していたVII(ヴィィ)の次の言葉を解すゾンビ。VIII(ワイニー)

 それを聞いて、一瞬、マルケルを名乗る少女は眉をひそめたが、すぐに降ろす。マルケルには彼女の内心が手に取るようにわかった。「ワイニー? ……まさかな、考えすぎか」。そんなところだろう。

 

「おう、ワイニー。よろしくな」

「よろしく?」

「ん? だってお前、ガキだろ? まぁ俺達ゾンビに年齢なんてものは関係ないんだが……さっきみてぇに俺の偽物に殺されちまったら、俺の寝覚めが悪い。睡眠なんかとらねえけどよ」

「偽物……なのか」

「ああ、そうか、わからねえよな、ぱっと見じゃ。んー、なんて説明したらいいか……俺はさ、元は別のゾンビだったんだよ。それで死んで、気付いたらこの身体だった。とりあえず周囲にいる奴らに話しかけて、同胞の拠点にしてる島へ行く手段を確立させようと思ってたんだが、驚いたことにソイツも俺を名乗りやがる。況してやソイツこそが本物だ、とか言いやがる。だから今みたいにとっちめてやったのさ。そうしたら今度は"同胞同士で争うのは良くないぜ、無益だ"とか言いながらよぼよぼの爺さんが話しかけてきて、なんとソイツも俺を名乗りやがった。悪夢かと思ったぜ」

「……ああ、悪夢、だな」

「だろ? そんなんを繰り返してる中で、今ここに遭遇したってわけさ。ったく、俺を名乗るんだったら子供には手を出さない、って信念くらい知ってろって話だよ」

「助かった……礼は、言っておく」

「ん? 気にしないでいいぜ、ワイニー」

 

 悪夢だ。正に。

 だって、マルケルも──ほとんど同じような諍いを経て、今ここにいる。

 マルケルは確信していた。叫びたてるプライドを無視して──彼女もまた、マルケルなのだと。

 自分もマルケルで、彼女もマルケル。

 

 そんな異常事態を引き起こせる者などマルケルは一人しか知らない。

 

「これから、どうするんだ」

「とりあえずウィニとヴェイン……ああ、昔の同僚な。そいつらがいるところに殴り込みにいくよ。何やってんだ、ってな」

「……ついていく」

「おう! まぁアイツらのトコに行くのに危険はねぇだろ」

 

 こうして。

 子供の自分と、少女の自分という、奇妙な二人旅が始まった。

 


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