世界にゾンビが蔓延してる中、私はマザーらしい。   作:Htemelog / 応答個体

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再開
※少々前話と被る描写があります。


レッツノム-愛らしく、芳しく、白い陰影

 あるいは。

 

 彼女──メイズを名乗る少女が、()()()砂人形であれば、裏切り者・ヴェインの目論見も成り得たかもしれない。イースの用意した針が少女の指先の柔肌、その薄く浅い部分を刺し貫いて、そこから砂が零れ落ちる事で"英雄イースの統べる人間の国の崩壊"は成し得たのかもしれない。

 しかし。だが。けれど。

 残念ながら、それが現実となる事は無かった。

 

 すやすやと眠る少女の指先からは赤い液体が零れ落ち──それは布団や床に落ちて尚、砂塵に還ることなく、赤く紅く浸み込んでいったのだから。

 それは紛う方なき証明だった。

 彼女が砂人形でなく、人間であるという証明。"英雄"イースに寄り添う少女が、どこまでも普通の少女であるという裏付け。ヴェインの浮かべた、あたかも心配しての提言であるかのような教唆煽動の前提と根底を覆すその原拠が、ヴェインの出鼻を挫き、イースの背中を押した。

 何よりメイズはあの時無数のゾンビ達に襲われかけている。イースがそれを守ったのだから、その矛先がどこを向いていたのかだってわかっている。

 

 メイズは、違う。砂人形ではない。マザーではない。

 勿論、ゾンビでもない。

 

 果たして。

 

 その()()に最も驚いたのが──イースでも、ヴェインでもなく。

 他国から(きた)る"英雄"の片割れ、"英雄"セイであったのは、誰にとっての想定外であったのか。

 

 追い出されるようにして国を出たヴェインが肩を落とすその背後で、静かに入った罅による軋みが産声を上げ始めていた。

 

 

 

 Й

 

 

 

 確実に"マルケル"ゾンビの数が減ってきている。

 その報告は、イースにとって非常にありがたいものだった。

 どれほど彼の存在の弱点に関するデータを集めた所で、地力の部分に大きな差がある。今までは知能が人間以下だったから、人間が集まれば倒す事の出来ていたゾンビだ。"マルケル"になった事より、知能があがったこと自体が最大の難点で、怪我の許されないただの人間と、脳以外の損傷をものともしない人間並みのゾンビの戦いが拮抗するはずもない。

 確実なジリ貧。それがこの国の現状。だった。

 シンとセイの到着によって齎された少しばかりの余裕でさえ、根本的な解決には至らない。"マルケル"ゾンビをなんとかしないことにはどうしようもない。

 それが、色々と策を考えた結果、時間というものに救われつつあるのである。

 

「時間が全てを解決してくれる、か……。陳腐な言葉だけど」

「全て、かな」

「ん……そうだね、全てじゃないか。大体は、だね。多分、もっともっと深い部分……ゾンビの根絶。それは時間じゃ解決できない」

「ゾンビの根絶……本当に成し得るのでしょうか」

「シン、臆病風に吹かれているのですか?」

「いや……そうは言わない。だが、現実も見なければならない。この地球と言う星は広く、大きく、その全てにゾンビが蔓延っている。それの断絶、となれば……途方もない時間がかかるのは事実だろう」

「それについては僕に考えがあるよ」

 

 作戦会議室。イースとメイズ、シンとセイ。"英雄"三人と参謀が卓を囲む。

 彼らがこうして集まっていられるのも、"マルケル"ゾンビの襲撃が減ってきた事に助けられたもので。

 

「ほう……その考えというのは?」

「その前に。……かつて一部の国がゾンビに対する抗菌薬、というものを売っていた事を知っているかな」

「あぁ、我が国では流通しませんでした故眉唾でしたが……本当に存在したのですか?」

「うん。海を渡った向こうの国ではいくつかね。けど、その流通……供給かな。それはある日ばったりと途絶えた。どうしてだと思う?」

「ふむ。普通に考えるのなら、それらの国で創薬……薬を作っていた科学者が死んだか、ゾンビになったか。その辺りでしょうか。そのような人材、最優先で守るべきだとは思いますが、万が一という事はこの世において失くせぬもの。して、答えは?」

「半分は正解。薬を作っていた科学者が死んだんだ。けど、その科学者がいたのはそれらの国じゃない」

「国ではない……?」

 

 イースのその口ぶりに、メイズが少しだけ躊躇するような表情を見せた。「いいの?」と聞かれているような気がして、イースはメイズににっこりと微笑む。

 そうして、頷いて。

 また口を開いた。

 

「それらの国は、その科学者と取引をしていたんだよ。対価を渡す代わりに抗菌薬を、ってね」

「……国家に所属しておらず、しかしゾンビ化を防ぐ……治療できるような薬を創る事の出来る科学者、ですか」

「うん。流石は"英雄"だね、気付くのも早い」

「……何者なのですか、それは。この……この世界を、混沌に貶めた──ゾンビを世に放ったその愚か者は……!」

 

 怒りの表情を見せるシン。当たり前だ。紛う方なき根本。主犯、主謀、原因要因……諸悪の根源がいる事を知ったのだから。それらと取引なんてことをしていた国にも怒りを抱くけれど、シンとてそれら国が……"海の向こうの国々"が次々と崩壊している事も知っている。怒りを向けた先のモノが滅んでいるなど、そんなに虚しい事は無い。

 だからこそ、シンはその何者かに怒る。果たして、この場にいる者で、確かに正当な怒りを持っているのは彼だけなのだろう。

 

「マザー。そう呼んで……呼ばれている。女性の科学者、らしい」

「マザー……なんともおあつらえ向きな名ですね。ですが、その存在は死んだと先ほど仰られたような……?」

「うん。死んだ、らしい。僕も伝え聞いただけだから真偽の程はわからないんだけど、少なくとも抗菌薬を取引していた国は突然の取引終了に大混乱で、マザーのいる場所に送られていたエージェントは皆口々にマザーは死んだ、殺された、って言ったらしいよ」

「……では、この怒りはどこへぶつけたら……!」

 

 ヴェインから齎された情報は何もゾンビ側の事情だけではない。各国の動向、情勢、対抗手段や怪我人の数、"英雄"の有無など、裏切り者の名に恥じぬ諜報活動によるレポートが事細かに並べられていた。これでこちらを狙ってこなければ果てしなく有能なんだけどね、とイースは口の中で溜息を吐く。

 メイズをチラ、と見遣って、その左手の指先を確認する。見た目、傷がついたこと自体わからないだろう刺し傷は、けれど多少の痒みがあるようで、メイズが頻りに指先を見ているのがわかった。罪悪感。

 

「シン、落ち着いてください。その上で考えがあると、イース殿は仰っているのです」

「む……そうだな。すまなかった、イース殿。続けてほしい」

「うん。そう、それで……マザーは死んだ。各国と取引をしていたマザーは、ね」

「……まさか」

「そう……君たちは既に経験しているよね。死んでも死なない人型。同じ素材の人形」

「砂人形、ですね」

 

 メイズがマザーで、砂人形……などと言う妄言は嘘と断じたけれど、マザーが生きていて、砂人形として世界に蔓延っているという考えはあながち間違っていないのではないかとイースは考えている。あの島に、マザーの部屋に生活感が無かったのは事実だ。加え、マザーが死んだ後に第二次パンデミックが起こったという時系列を聞かされたことが、彼女の生存説に拍車をかけた。

 全ゾンビが進化という形で強化されるならともかく、アイズ……"マルケル"という人格が蔓延するなど、偶然と考えるには余りにも恐ろしい。

 人為的に起こす事が出来る、と言うのも勿論恐怖だが、偶然の方がもっとあり得ないと、そう考えた。

 

「君達の話を聞いて、思い至ったんだ。マザーは砂人形で、世界各地にいる。とすれば……」

「マザーの作っていた抗菌薬の入手手段がまだある、という事ですね?」

「そう。これだけの短期間で世界中の人間をゾンビに出来たんだ。途方もない時間をかけてゾンビを殺して回るよりは遥かに少ない時間で、世界中のゾンビを無力化するような薬も生み出せるんじゃないかなってね」

「成程。それで、マザーという存在の心当たりは?」

「ゾンビの出現と共に現れた僕達"英雄"。その周囲にいる存在──」

 

 金属音が響いた。

 発生元は、メイズの眼前。セイの柳葉刀、イースのシミター。そしてそれに防がれた、シンの槍。三人が三人、武器は壁に立てかけていた。けれど、イースの発言から一秒と経たぬ間に衝突が起きたのは、やはり"英雄"が故だろう。あるいはその覚悟のせいか。

 

「シンさん!」

()()()()()()()()!」

 

 書類の置かれた机に駆けあがってまでの横蹴り。

 それは確実に彼女を吹き飛ばした。

 

 メイズ──ではなく。

 

 セイを。

 

「共に生まれ出でて──二十余年。幾度となく打ち合い、幾度となく助け合った……我が最愛の妹よ」

 

 メイズを抱え、部屋の後方に下がるイース。

 彼の視界で今、嵐が生まれようとしていた。

 

「貴様か」

「……残念です」

 

 それは、小さな小さな傷だった。

 金属による切り傷ではない。紙だ。資料用の紙片によって切り裂かれた、小指の外側の浅い皮膚。

 メイズからは流れ出たソレは──しかし、セイから零れ落ちる事は無かった。

 

 彼女から、彼女の指からサラサラと落ちたのは、美しき砂塵。

 

「イース殿。メイズ殿を連れ、お逃げください。私は妹を無力化し、必ず御前に連れて戻ります。ああ、ご安心を。ここを破壊するつもりはありません。国外へ飛ばし──」

「待ってほしい、シンさん」

「……」

「セイさん。貴女がマザーで、けれど人類を守るつもりがあるというのなら、協力してくれないかな。曲がりなりにも"英雄"であるというのなら……」

「それは叶い得ませんね。私達はそれぞれに役割がある。製薬は私の役割ではありません。ですが、ご安心ください。私は戦闘用にある程度チューンアップされた個体ですので、如何様にでも使い潰していただくことが可能です。ご慧眼が通り、この身は砂の人形。元来の用途通り壁にでも駒にでもお使い頂けます」

「その役割、というのは……つまり、出来るけど、やらない。そういう事だと受け取ってもいいのかな」

「はい。知識はあります。ですが行いません」

 

 傷が直る。治癒ではなく修繕。紛う方なき人形。

 その用途を提示したところで、あぁ、やはり、人間への理解が余りに足りない。

 

「どうして、メイズを狙ったのかな」

「……こちらこそ問いたい。お前、何者だ。我らではない……初めから、我らではなかったな?」

「何を」

 

 そして、足りないのは人間への理解だけではなかった。

 砂人形同士は遠隔での意思疎通が出来るわけではない。あくまで口頭での情報共有か、"自分ならこうするだろう"という推測でしか同じ砂人形を図り得ない。

 だから信じ込んだ。

 だから勘違いした。

 

 メイズ。

 セイが見た、覗き見た、昨夜の一幕。皮膚下に赤い液体を流す仕組み、など一朝一夕に作り得るものではない。それはセイ自身が、あるいはマザーとしての知識が、歴史が知っている。自己の改造は簡単だ。けれど無から有を作り出す事は何よりも難しい。

 そして、今も完治していない傷を維持する、というのが、セイら砂人形(ゴーレム)にとってどれほど難しい事か。それを知らぬ砂人形は存在しないだろう。

 

「もう、いい。セイ……お前は人間でなく、マザーなるものに連なる存在であると知れた。安心しろ、殺しはしない。否、お前達は殺す事が出来ないのだったか。故、四肢を切り落とし、製薬に首肯するまで痛めつけてやろう。家族として──容赦はしない」

「お前は何者だ。我らを知り、我らの目的を知り、なれど我らではないお前はなんだ。名を名乗れ!」

「……イース」

「うん、大丈夫だよメイズ。君が人間だというのは僕が証明する」

 

 ひし、とイースにしがみつくメイズの姿は、どう見てもか弱き乙女そのものであった。そう、そうあるべきと、その役割を課せられた存在であると知っている。知っているからこそ、セイにとって昨晩の出来事は想定外が過ぎた。

 マザーやセイ……つまりゴーレム達は、自身を自身であると疑わない。自身でない者が自身である事があり得ない。あり得ない事があれば、エラーを起こす。バグを見つけたらそれを排除せんと動く。

 

 腐っても"英雄"。常人にはあり得ぬチューンアップをされたセイから放たれた斬撃は、しかし同じく"英雄"のシンによって阻まれた。二人は同格故に、隙を突くこと等出来はしない。

 

「邪魔をするな、シン! ソイツが──ソイツこそが、すべての元凶だ!」

「狂ったな、セイ。我が国を滅ぼした原因が何を言うのだ」

「勝手に滅んだ人間の肩を持つか、シン。我らは人間に仇為す者ではなかったというのに」

「……その思想。やはりもう、お前は"英雄"ではないな」

 

 不毛なやり取りである、と言えるだろう。

 争う二人の論点は全く別の所にある。相互不理解。セイにとっての敵はメイズのみ。シンを殺す気も、イースの正体を明かす気もない。あるいはこの時点でイースが少しでも疑問を持つことが出来ていれば、違った未来も見えたのかもしれない。

 自身の正体を知っているはずのマザーらしきセイが自身に言及しない事。セイが自身の保身を考えているのだとすれば、それは余りにおかしい事なのだから。

 そこまで考えが至らなかったのは、イースもまた、マザーの考えなど露知らぬ存在であったから、というだけの話。シンを止めることなく、セイをなだめることなく。

 

 かくしてその悲劇は起こる。

 

 "英雄"イースはこの国の希望で、神聖視される存在。

 それがいる部屋で、他所から来た二人の"英雄"が争う声が聞こえようものなら、イースを守らんと会議室に押し入るのも無い選択肢ではない。本来は単なる作戦会議で、特に入室の制限もされていなかったが故に。

 この国の兵士──それを纏める立場にある者が会議室に入ってくるのは当然の帰結で。

 二人の"英雄"の内、妹の方が柳葉刀を持つ腕を根元から槍に貫かれ──それが砂塵と化す瞬間を目撃してしまうのも、おかしくない話で。

 

 統率と団結によって成り立ってきたこの国に"砂人形"の概念が伝わってしまったのは、余りにもどうしようもない軋みであった。

 

 

 

 Ю

 

 

 

「暇だな」

「そう言うな、ほら、チェックだ」

「そこ動かすならチェックメイトだがいいのか?」

「う……待て、無し、今の無し。頼む。今の無しだ」

「へいへい」

 

 岩肌の無人島──。

 

 元は娯楽の娯の字も無い、文字通り何もない島だったここは、主にアイズの要望によって様々なカードゲームやボードゲームの散乱する、リゾート島よりも生活感溢れる場所となっていた。

 暇なのだ。

 シエルという名の女性の身体を手に入れたアイズだが、この島に外敵はいない。日夜研究室に籠って研究を続けるマザーと、海で泳いだり、周囲の危険生物と遊んだりして暇な様子のないイヴ、何故かマザーの世話を甲斐甲斐しく焼き続けるエインに囲まれ……超絶暇だった。

 することがない。やることがない。

 泳いで大陸にでも行こうかという素振りを見せようものなら焦るエインがウザ……鬱陶しい。それでもこっそり島外へ行かんとすれば、いつの間にか意識が落ちて島に引き戻されている。マザーの仕業だろうと知ってはいるが、流石のアイズとてイヴとエインを敵に回してまでマザーを殺したいとは思えない。難しい、というのもあるだろう。

 腕部肥大型のイヴは奇襲及び中遠距離での戦闘能力に長け、アイズでは微妙に相性が悪い。何よりイヴを蹴りたい、殴りたいという意識が湧かないので却下。

 

 結果、暇なのだ。

 こうしてボードゲームに興じる以外時間の潰し方が見つからない。

 

「その体には、慣れたのか?」

「ん? あぁ、まぁな。女の身体ってのは……あー、死んでりゃ男女なんか関係ねえだろ?」

「そうか……そうか? ウィニを思い出すとどうもな……」

「ありゃ特別だろ。自意識が強すぎんだ、アレは。まぁ、なんだ。お前がソウイウ事に興味があるっていうんなら、貸してやってもいいぜ?」

「はぁ。マルケルの意識を取り戻してから、本当に下品になったな、お前は。イヴの教育に悪い……」

「真面目ちゃんめ」

 

 暇だ。

 暇だが、まぁ、それも良いか、と思えた。

 思えるほどに平和で、平和で、平和だったからだろう。

 生前も死後も激動の連続だったアイズにとって、この時間は何よりも得難い"日常"だったのかもしれない。

 

「皆は……どうしているだろうか。何も言わずに出てきてしまったが……」

「んー、まぁヴィィはいつも通りとして、ヴェインはどうせ人間の国にちょっかいかけてるだろうし、ウィニは……ウィニは何してんだろうなぁ。自分磨きと、策謀謀略策略……」

「全員いつも通りか。まぁ、それならいいんだが」

「どちらかといえば俺ぁイースのが気になるね。あのガキンチョ、何してんだろうなぁ。いっちょ前に女でも作ってるかね?」

「人間のか? それとも同胞の?」

「どっちでもいいだろ、ンなの。アイツの好みは……やっぱデカいのかね?」

「だからその下品さをしまえ。それに、あまり下品に大きくとも美しくはないだろう。慎ましやかな方が……」

「お」

「……だから嫌なんだ、こういう話をするのは」

 

 ゾンビは生殖機能がない。生殖活動が行えない。

 だからと言って、という話である。男が二人いるのだ。余りに暇なれば、する話など一つ。

 

「そういやマザーは小さい方だよな。顔も良いんだ、もしかしてソウなのか、一番目(エイン)サマよ」

「そんなことがあるわけないだろう……マザーは確かに美しい容姿をしているが、多少、整い過ぎている。俺はもう少し現実味のある……」

「ん、もし次があったら参考にするね」

「小さい方が良いのは認めるんだな」

「研究するにあたって邪魔にならない造形にしたんだけど、そういう観点で見られる事があるんだね」

「……あの、マザー。今の話は忘れていただけると……」

 

 いつの間にか。

 いつの間にか、研究室から出てきていたマザーが、そこにいた。

 隣にはイヴ。イヴだ。

 

「イヴ、今の話、聞いていたのか」

「?」

「ああ、よかった。わからないならそれでいい。それで、マザー。研究室から出てきたという事は……」

「うん。とりあえず形にはなったかな。まぁまだ臨床研究に踏み入れてないからこれからなんだけど」

「そうですか。それでは……大陸へ?」

「うん。付いてきたいの?」

「行きたい!」

「俺も俺も!」

「アイズ、幼児化するのは止めてくれ。見ていて痛々しい」

 

 けれど。

 

「……その、私も行きたいです。マザー、貴女の道程を、この目に焼き付けたい」

「うん。いいよ」

 

 許可はあっさりだった。今まで幾度となく引き戻されていたアイズも、それを見ていたエインも拍子抜けのあっさりさ。

 マザーはそのまま部屋を出て行こうとする。

 

「何してるの? 行くよ?」

「も、もう行かれるので?」

「……え、うん。準備とかあるの?」

「置いてっちゃうよー?」

 

 準備。

 そんなもの、あるわけがない。だって自分達は。

 

「エイン」

「……ああ」

「行こうぜ」

 

 肩を組まれて、エインは頷く。

 これより始まるは──ある意味で、新しきパンデミックなのだろう。

 

 それが第二次でなく、第三次であると彼らが知るのは、もう少し先の事。

 

 今はただ──ささやかな旅の始まりを。

 

 

 

 И

 

 

 

「……なぁ、この島であってるのか」

「んー、多分?」

「違う島、という説はないか」

「あり得なくはないな」

「……誰もいないぞ、この島」

「おっかしいなぁ~」

 

 ずぶ濡れ、二人。

 もうすぐ。

 

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