世界にゾンビが蔓延してる中、私はマザーらしい。   作:Htemelog / 応答個体

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レッツノム-懐かしく、久しく、遠い残照

 現状のゾンビ達にとって"生前"とは記憶の内にあるもの、あるいは知識として刻まれた記録でしかない。思い出せる情景、馴染み深い光景。そのどれもがデジャヴュでしかなく、実際に体験した事ではない。ないが、その事実に気付くことのできるゾンビはいないだろう。かくいう私も、つい最近まではそうだったのだから。

 今活動を続けているゾンビ達……つまり"死後"こそが現在であるはずの彼らは、けれど成長することが無い。彼らは"生前"を模しているに過ぎず、誰かを再生しているに留まるのだから。

 

 ホントウの所、彼らは。ゾンビは、死んでいる。

 死んで、止まっている。

 生前でも、死後でもなく──言葉にして表すのなら、死途(しで)とでもいうべき状態。

 死ぬことも、死に続ける事も出来ないその状態を、私は人間とは呼ばない。

 

 だから、やっぱり、彼らはゾンビで──人間ではないのだろう。

 

 

 

 Б

 

 

 

 彼の様子がおかしい事に気付けたのは、ワイニーが本当に何も知らない子供ゾンビではなく、アイズの……"マルケル"の記憶をしっかりと有したゾンビであったが故の事だろう。

 いつもであれば抱えられるはずの彼が、隣にいるマルケルを蹴り飛ばし、自身も横へ逸れる。

 その直後、二人の間を巨大質量が通過した。灰緑色の肌。あるいは壁。空気を切り裂く音と共に放たれたソレは遅れて轟音を轟かせ、背後の地形を割断する。

 

「何しやがんだヴィィ! 俺だよ、見た目は違うが──」

「マルケル、って言うんだろ? 知ってるよ、偽物。お前達で三十人目だぜ、クソ野郎ども」

「んだとっ!?」

 

 記憶にあるカタコトのヴィィとは違う。流暢に……それも、覚えのありすぎる口調で話す彼に、ワイニーは事態を悟る。

 

「マルケル! 対話は無理だ、コイツも──」

「俺が、マルケルだ!」

「わーってるよ!」

 

 その見た目は、明らかにアイズではないのに。紛う方なき"同胞"ヴィィの姿なのに。

 目の前の存在は自身をマルケルと謳う。少女となって尚、自身を疑わなかったマルケルも、ワイニーと名乗って尚、マルケルであるという自負の消えないワイニーも。

 やはり全員そうなのだと歯噛みした。歯噛みして、舌打ちをして、叫ぶ。

 

「この島にいたゾンビはどうしたんだ!?」

「ん? 全員、偽物だったから、殺したよ。チビ、お前も俺を名乗るか?」

「おうおう待てよ偽物! ソイツはワイニーってんだ、お前も俺を名乗るなら、せめてガキを殺さねえ信条くらい覚えとけ!」

「偽物はお前だが、確かに俺もガキを殺すのは信条に反する。ほれ、どっかいっとけチビ。あー、ワイニーつったか? 大陸生まれの"同胞"ってとこか、歓迎するぜ。コイツを黙らせたら歓迎会でも開いてやるさ」

「……そうか。本当に、そうなんだな」

「ワイニー、どっかいってろ! 巻き込まれても知らねえぞ!」

「ワイニー。見ての通り、俺の腕はデカくてな。巻き込まねえ自信がねぇんだ。隠れててくれねぇか?」

 

 腕部肥大強化型──マザーが存命であった時、最後のナンバリングを受けた最重強化ゾンビがヴィィである。単なる肥大でも、単なる強化でもなく、重複した進化は思考能力を大幅に奪い取った。

 それが自身と同じ程になっている、となると。

 

「……死ぬなよ」

 

 ぼそ、と呟かれた言葉は、ヴィィの姿をしたマルケルには届かなかった。

 少女マルケルだけがニィと笑って、手のひらに拳を打ち付ける。

 

 凡そ勝ち目のない決闘は、轟音と共に開かれる──。

 

 

 

 χ

 

 

 

「で」

「……お前が、ウィニか」

「いいわよ、下手な演技をしなくても。下の馬鹿二人なら騙せたんでしょうけど、私には効かないわ」

「そうか。話が早くて助かる。ウィニ、現状をどれだけ把握している?」

「記憶を取り戻したアイズの意識がパンデミックを引き起こして世界がめちゃくちゃ。旧人類も同胞もアイズになって、私達でさえ危ぶまれる程の感染力を持っていて……まぁ、大ピンチよね」

「そうだな。この島に来るまでは知らなかったよ。ちなみに大陸も割と同じ感じだ。"マルケル"同士が殺し合って数を減らし、未だ"英雄"は健在……。"マルケル"をどうにかしない限り、俺達は詰みだろうな」

「アンタも"マルケル"でしょ?」

「そうだが、他の奴らと違ってそこまで排他意識がない。……他の奴らも"マルケル"だと気付いたから、だろうな。いや、俺も……元の"マルケル"の偽物、あるいはコピーでしかないのだと」

「うわ、その話し方、マルケルってよりはアイズね。懐かしいわ、辛気臭い奴」

「放っておけ」

 

 奥の部屋への扉が拉げた、マザーの研究室。部屋の外で響く轟音をBGMに、二人は対面して言葉を交わす。肩や女優として活躍していた美女。肩や乞食に見紛う少年。

 

「エインとイヴは?」

「行方不明よ。ある日突然、いなくなったわ」

「……大丈夫なのか?」

「さぁね。ちなみにヴェインは今イースの所へちょっかいをかけに行っているわ」

「あぁ、別にヴェインはどうでもいい。アイツがいて役に立つ事など無いだろう」

「辛辣ね。私もそう思ってるけど」

 

 静かな会話だった。

 理性的な会話であるともいえるだろう。意外にもウィニはワイニーの事を"マルケル"ゾンビとしてでなく、アイズとして扱い、ワイニーもまたウィニを対等に見ている。あるいはワイニーが偽りとして名乗った知性強化型同士の会話……のようなものが展開していた。

 

「抗菌薬、でしょう」

「……流石にわかるか」

「ええ。同胞(私達)が生き残るにせよ、旧人類が生き残るにせよ、"マルケル"というパンデミックは止めなければならないわ。そのためにはあの扉の奥……マザーの実験室にあるかもしれない抗菌薬が必要」

「"マルケル"は今数を減らしている。自分同士で食い合っているからな。だから、一か所に集めて……あるいは最後の一人を、抗菌薬で殺す」

「あっても少ないだろう、って考えよね。いいわ、楽観的過ぎる"マルケル"とは正反対の考え。辛気臭いアイズが本当に帰ってきた、という感じね」

「いちいち茶々を入れるな、ウィニ。……ヴィィの事は、残念だが」

「ヴィィなんてどうでもいいのよ。それより、貴方と、貴方のツレ。アレも死ぬことになる、というのはわかっているのかしら」

「アイツはわかっていないだろうな。そもそも抗菌薬の話自体していない」

「へぇ、やるわね。見た感じ、相方、って雰囲気だったのに。相方って、何の躊躇も無く殺せるものなのかしら」

「躊躇したさ。アイツ、楽しそうだからな。その上で今がある。もう覚悟の上さ」

「……辛気臭いのに、暑苦しいわね。アイズとマルケルのハイブリッドって感じ」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 立ち上がる。

 ワイニーは、立ち上がって、拉げた扉に手を掛けた。

 

「止めないのか?」

「私も死ぬ可能性があるから、って?」

「ああ、用心深いお前の事だ。この島に引き籠っていれば、あるいは平穏無事に暮らせるやもしれん。それを壊す行為だ、お前にとっては厄介事でしかないだろう」

「馬鹿ね。この島に引き籠っていても、"マルケル"は大勢やってくるわ。下のが言ってたでしょう。三十人目だ、って。大陸で"マルケル"が蔓延っている限り、私に平穏は訪れないのよ」

「成程、俺達の試みはお前に多大な利を齎すのか。性悪女め、自分の手を汚す事を覚えろ」

「腹黒男に言われたくないわぁ~」

 

 ギ、ギ、と。

 深く、古い音を立てて──扉が開く。

 ひんやりとした空気がワイニーの肌を撫でた。

 

「──じゃあな」

 

 別れの言葉。

 ワイニーは、そう発して、少しだけ開いた暗がりの中へ身を躍らせた。

 

 

 

 Ж

 

 

 

「……じゃあな?」

 

 自分で、自分の言った言葉に疑問を持つ。

 少し前、ミザリーと別れた時もそうだった。確かあの時、自身は「リザ」と口にした。けれどそんな名前は知らないし、聞いたことも無い。

 暗い階段を下って、ところどころが壊れた足場に気を付けながら、冷たい空気を感じていく。

 

 冷たい。

 ……ゾンビが?

 

「まさか。……冬の海の冷たさも、焚火の熱さもわからんのが俺達だぞ。たかが暗がりの、地下の冷気で……体温を覚える?」

 

 コツコツと音を立てて階段を下っていく。

 暗い。背後から差していたはずの灯りも届かぬ程に、暗い。深いのだ。

 

 そんな深いワケ。

 

「……」

 

 ようやく、()()()()()()

 階段の一番下。仄かな緑色の光。

 

 ゆっくりとそこへ降り立ち、中を見る。

 

「はは」

 

 そうして、笑ってしまった。

 笑ってしまったのだ。無理もないだろう。少しでも怖がった自分が馬鹿みたいだと、笑って。

 

 誰もいない。ただ灯りが付いているだけだ。そこには何もない。

 ただ、光があるだけ。

 

 何もないのだ。

 

「……そんなワケがないだろ。抗菌薬だけじゃない、ここには色んな薬品があって……気色の悪い生物のサンプル、粉、石……色々あったのを覚えている。どういうことだよ。どういうことだよ!」

 

 叫ぶ。響く。

 ヴィィがマザーを殺した時、廃棄したというのだろうか。そのような記憶はない。じゃあウィニが? それならああして送り出す事は無いだろう。

 じゃあ、ヴェインか? 否、こういうタイプの絶望を好む奴じゃない。アイツは裏切りたいだけだ。ならば失踪したというエインとイヴ? 可能性は高い。だが、動機は?

 

「イヴとエインを見つける必要が──、あ?」

 

 ふと、眩暈を覚えた。立ち眩みと言ってもいいだろう。ゾンビになってから久しく感じていないそれが、急に。立っていられない。何もないこの部屋で、思わず膝を突く。呼吸が荒い。呼吸? 何故呼吸なんか。心臓が激しく脈を打っている。長らく──長らく動いていなかった心臓が、バクバクと音を立てている。あぁ、喉が渇いた。腹が減った。血が足りない。視界が鮮明になる。静寂が煩い。

 蹲る。自身の膝──その色に、灰緑色が見られない。

 ゾッとした。

 

 震える手を持ち上げる。明るい色だ。襤褸布を纏う足。明るい色をしている。口の中に湿り気。瞳も、否、全身に水気を覚える。蓄えているソレではなく、必要な──活力としての水が。

 心臓が苦しかった。痛い。痛みなど、どれほどぶりに感じたか。

 痛むから、苦しいから──生を実感する。生だ。

 

 生きている。

 

「ァっ、は──ァア!」

 

 ばくん、と。一際大きく心臓が跳ねた。

 その振動に弾かれるようにして仰け反り、仰向けに倒れる。

 段々と、次第に、少しずつ動悸が減っていって、呼吸も落ち着いてきた。

 血が足りない。栄養が足りない。

 皮膚の下を流れる活力を感じる。骨の軋み、筋肉の疲労を感じる。不快な汗が噴き出ているし、苦痛が涙を呼んでいる。

 

 ──生き返ったのだと、直感した。

 

 何もない部屋だ。

 ただ、破壊された瓦礫の向こうに、何か良い匂いを覚えた。久しく感じなかった食べ物の匂いに、重い身体を引き摺って、這って進んでいく。

 暗い。先ほどの階段より何倍も暗い。暗くて寒くて──そして、深い。どこまで続いているのだろう。海抜0mはとうに越えている。海よりも深い場所。あの実験室はそんな深い場所になかったはずだ。そこから続く瓦礫の穴が、どうしてこんなにも深く在れるのか。倒壊の危険性は? どこに繋がっている?

 

 わからない。わからないが、進むしかない。

 

「……俺は、ワイニーだ」

 

 自分で付けた名前を呟いた。

 VIII(ワイニー)。八番目。マルケルでもアイズでもないと、ここに宣言する。

 何故そうしたのかはわからない。だけど、進んで、進んで、進んでいくうちに、自分が誰なのかもわからなくなっていって、だからその度に名乗る。

 ワイニーだ。ワイニーだ。

 

 ワイニーだ。

 

「うん。ようこそ、ワイニー。あるいはもう一つの(アイズ)。お腹空いたでしょ、ご飯、出来てるよ」

 

 不意に声がかかった。

 気付けば開けた場所にいて、気付けば灯りのある場所にいて。

 目の前に置かれたのは、何の変哲もない──美味しそうなシチュー。

 

 貴女が誰なのか、と問う前に、身体が動いた。

 スプーンを手に取って、その白を掬い取る。我慢ならないのだ。我慢できないのだ。出来なかった。

 

 もう──半年以上、何も食べていない。一年に到達するやもしれない。味だ。味を感じる。舌に覚える熱さと味。内頬を灼く温度。喉を通るソレらが全身に行き渡り、その感覚が"美味しい"と呼ばれるものである事を思い出す。

 美味しい。美味しい。美味しい。

 余りにも──美味しい。

 特別な味がするわけではない。料理という面での上手さはそこまででもないのだろう。だけど、美味しかった。それで十分だ。

 

 一杯。二杯。三杯。止まらない。最小限にまで胃袋が縮んでいるのだとわかっていても、食べる手を止められない。胃が破裂しても構わないから──今は、食べたい。

 生きたい。

 

「美味しい?」

 

 頬杖をついて、笑顔で、こちらを窺ってくる少女。

 コクコクと頷く。声を出している暇はない。

 

 食べて、食べて、食べて──実感する。

 今、生きているのだと。

 

 結局鍋を丸々一つ分食べきるまで、己が手は止まらなかった。

 

 

 

 Ξ

 

 

 

 流石に食べ過ぎた、と思う。少々気分が悪い所まで行っている。

 

「改めて、初めまして。貴方を待っていたんだよ、ワイニー」

「……俺を、知っているのか。誰なんだ、アンタは」

「私はリザ。簡単に説明すると、君達の言うマザーを作った人、かな」

 

 あっさりと明かされた衝撃の事実に、しかし驚きは少なかった。何故か、そんな気がしていたから。

 

「作った……か。やはりマザーは人間じゃないんだな」

「うん。ゴーレムって言ってわかるかな。砂のお人形さん。性格は私に似せたけれど、あんまり性能は上げなかったから、思いやりとか慮るとか、そういう感情の部分がダメダメだったと思う。私も得意じゃないんだけどね」

「それで、そんなマザーの製作者が、何故俺の名を知っている。俺の名前は……自分で付けたものだ。誰かに呼ばれてのものじゃない」

「そうかな。順当なナンバリングな気がするけど。アイズでも良いとは思うけどね」

「マザーの記憶もある、という事か」

「え、ないよ。無い無い。あの子……というかあの子達が何をやってるかとかは推測するしかないし、最近は何無駄な事やってるんだろうって呆れてたくらいだし」

「だが、俺をアイズと呼ぶのは」

「ある意味君は二番目だからね。一番目はあの子……ほら、腕の伸びる子」

「イヴか」

 

 リザと名乗った少女はコロコロと笑う。マザーとは似ても似つかない容姿で、けれど、その言葉の端々に面影を感じないでもない。

 ゾンビの頃よりクリアになった思考が様々に考えを走らせるけれど、そのどれもが実を結ぶ事無く散っていく。与えられた知識が少なすぎて、情報を実像につなげる事が出来ないのだ。

 

「俺は……生き返った、という事でいいのか?」

「うーん、少し違うかも。君は生死を繰り返す事が出来るようになった、という感じ。ほら、人間って眠るでしょ? アレと同じ。君は生きて、死ぬ。ただ人間がまた目覚めるように、君はまた生きる。生き返って終わりじゃないよ。君にもう終わりは来ない。生きて(起きて)死んで(眠って)、ただそのサイクルの中で続いていく。だから、もう一つの形」

「……それは」

「あの子……マザーの手元にいるそのイヴって子も完成形の一つ。彼女は生きたまま、死せる者……ゾンビの性質を獲得した。彼女の場合はもう眠らない。精確には睡眠をエネルギー源にして覚醒し続けているから、自身が睡眠に移行する事は無い、という感じかな」

「……どうして、俺なんだ。俺がその完成形になった理由は?」

「蟲毒だよ」

 

 その言葉を久しぶりに聞いて、顔を顰めた。

 久しい言葉だ。まだ俺達がマザーの元にあった頃……知性すら獲得していなかった頃。

 知性無きゾンビを密室や回転車に入れ、殺し合わせ、蟲毒を為して生き残った個体に進化を促す。ナンバーを持つゾンビ……つまり俺達は殺し合いをしなかったが故にそれ以上の進化は望まれなかった。そのはずだ。

 それが。

 

「"マルケル"ゾンビは自分たちで殺し合ったでしょ? それはまさしく蟲毒だよ。ただまぁ、"マルケル"として蟲毒を勝ち抜いたのは君だけじゃないけどね。君は知性において"マルケル"の蟲毒を勝ち抜き、ここに至った。多分どこかには武力で蟲毒を生き抜いた"マルケル"や他の進化で生き抜いた"マルケル"がいるんだろうけど、それはまだ中途半端。君は唯一あの部屋に辿り着いて、気化した抗菌薬を全身に吸い込んだ。本来はここに普通のゾンビが入ってこないようにするためのトラップだったんだけど、君は"マルケル"だったから、なんとか終わらずに耐えきって、生死を獲得した」

「……じゃあもし、大陸にいる"マルケル"ゾンビ……蟲毒を生き抜いた奴らに抗菌薬を投与したら」

「そこで停止するか、克服するか。前者なら何でもなく活動停止するだろうし、克服すれば三番目、四番目になれるんじゃない?」

「その場合、彼らは……いや、俺も含めて、ゾンビなのか? また感染するようなことは」

「ううん、人間だよ。抗菌薬は正常に効いている。君達の脳に巣食う菌は抗菌薬によって新たな耐性を獲得し、他者への感染から宿主の中での増幅を優先するようになる。ゾンビ化細菌が侵入してきても抵抗できるし、自分から誰かにゾンビ化細菌を与える事もなくなる。君は人間だよ」

 

 人間。戻りたいと願った事は無かったのに。

 何故か──酷く安心した。

 

「さっき、俺はもう終わらないと言ったよな。それは、どういう意味だ? ゾンビの様に脳を潰されても、か?」

「え? それは普通に終わりだよ。人間でもゾンビでも終わるような外傷には耐えられないよ。それに耐えられるようなら、人間じゃないもん」

「……じゃあ今までと何も変わらないんじゃないか? 今こうして生きているが……人間として死ぬような行いをしたのなら、またゾンビになるということだろう。そこから生き返るにはどうしたらいい? ゾンビの身体は自然治癒が起きないだろう」

「んー、臓器類なら適当に移植すればいいし、体表なら縫ってくっつければいいし。移植に失敗してもまた死ぬだけだよ。生き返る事が出来るまで何度だって挑戦できる。脳が潰れない限り終わらないんだから」

「そういう適当な所、マザーにそっくりだな」

 

 ふぅ、と息を吐いた。

 疲労だ。話す事、消化すること。すべてにエネルギーを使う。食事がエネルギーへ変換されているのを感じると同時に、久方ぶりに動いた臓器が際限なくエネルギーを消費してしまっていて、どうにも疲労が抜けない。

 

「寝てもいいよ。点滴とか微調整とか、寝ている間にやっておくからさ」

「助かる……と言えるのかわからんな。今までのマザーの所業を省みると……」

「あんな無駄の多いのと一緒にしないでほしいかも。折角完成した一点物に手なんて加えないよ、勿体ない」

「……そういう所がそっくりと言っているんだが」

 

 瞼が重い。

 眠い、という感覚が心地良い。

 

 そういえば、アイツ……勝ったんだろうか。

 そんなことを思いながら。とても気持ちのいい眠りに落ちていった。俺らしくもない。どこまでも──安心して。

 

 

 

 ξ

 

 

 

 さて、忙しい忙しい。

 ワイニーの点滴や各種計測器をぱぱっぱぱっぱと用意して、室温ちょっと暖かめにして、一応通路を遮断しておいて、その他部分を指差し呼称してチェックして、よし。

 

 一応おやすみ、とだけ言っておいて、部屋を後にする。

 足早に階段を上がって行って、扉を開く。沢山の木々に囲まれたそこをもう一度隠して、更に歩を早めて外壁を乗り越え懐かしの路地裏に入って私達の家に着いて……椅子に座って、ふぅ、と落ち着いた。

 

 イースが帰ってくるまで、もう少しくらい時間の猶予がある。けど、余裕はあればあるだけいいからね。

 

 こうも忙しいと自分がもう一人くらい欲しくなるけど……まぁそれは失敗だってあの子達が示してくれているし。忙しいのも生を実感する術の一つだよね、なんて思ったり。

 

 お茶を淹れて、一息。

 うんうん、やっぱり味を感じるって大事だよね。

 

 今日はどんな料理を作ろうかな。

 

 

 

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