世界にゾンビが蔓延してる中、私はマザーらしい。   作:Htemelog / 応答個体

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レヴェロフ-不死の章
レヴェロフ-寄りて邂う運命の果実


 ソレに気付いた時、真っ先に動くことが出来たのはジョゼフだけだった。

 反応できずにいるマルケルを守るようにして、伸びてきたモノを剣で防ぐ。"英雄"の判断力は攻撃者を深追いする事より身を固める事を優先し、強く、大きく、その剣を周囲へ振り抜いた。

 飛ぶ斬撃──物理法則に適わぬソレが、夜闇を切り裂いて──そして、弾かれる。

 

 足音は四つ。遅れて臨戦態勢に移ったマルケルと背中合わせに、ジョゼフは警戒を強める。

 

 果たして。

 

「──な」

 

 呼気が漏れたのは、マルケルだ。

 前方。ゆっくりと歩いてくる、白。一瞬見えた遠距離攻撃は灰緑色だった。けれど、この白を──白衣を纏っているのは肌色を持つ存在だ。夜だというのに、真っ暗な荒野だというのに、月の光だけで十二分に輝く不思議な髪色の、女性。

 

 足音は四つだ。前に二つ。

 ──横合いに一つ。

 

 ジョゼフがまた攻撃を防ぐ。今度は斬撃。先ほどのは打撃。

 暗闇でありながら、正確にこちらを狙ってくる。狙いは何故かジョゼフではなく、マルケル。ゾンビを狙う者。他の"英雄"だろうか、と思案し、しかしそれを捨てた。

 気配でわかる。四人の敵の内、三人はゾンビだ。腐臭や足音がそれを物語っている。

 

「心当たり、あるのか」

「馬鹿、お前……一回会った事あるだろ!」

 

 またも打撃。今度は二方向から。否、これは。

 

「おいおい、行方不明じゃなかったのかよ……なんで、なんでお前ら!」

 

 月明かりがようやく全貌を映し出した。白衣を纏う、浮世離れした雰囲気の女性。その傍らで、異様な長さの腕を振り回す少女。ジョゼフたちを挟むようにして立っている二人の男女。

 

「エイン、イヴ……それに、マザー……!」

 

 ジョゼフはもう一度、その剣を振り抜いた。

 

 

 

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「マザー、ごめんなさい。アレ……強い」

「ああ、うん。大丈夫。イヴじゃ勝てないよ、あれは人間を超えてしまっているし」

「……ごめんなさい」

 

 まさかこんな所で出くわすとは、というのが感想だろうか。

 "英雄"とゾンビが二体。私達クローンの一人が作り上げた"英雄"は、どうやら埒外の領域までその強さを増してしまっているらしい。彼についていたクローン……ミザリーの姿が見えないのは一体どういう事だろうか。

 プラスして、ゾンビは……あれは"マルケル"かな。どうして"英雄"と共に行動しているのか気になる所。イースについているクローンのメイズには会えなかったし、もしかしたらこの辺りで何かが起きているのかもしれない。

 

「久しぶりだな、アンタ」

「うん? うん、そうだね。少し前に見た気がする。確か、麻酔があんまり効果無かった個体だよね。ジョゼフ、と言ったかな」

「おう、名前、覚えててくれたんだな。あん時は俺の相棒が世話になったな」

「あの頃はまだ異常個体だと思っていたからね。あの後ミザリーと情報共有をしなければ、今でも脅威として認識していた自信があるよ」

「へぇ、今は脅威じゃないってか」

 

 私達(クローン)はテレパシーだの遠隔通信だのが出来るわけではないので、担当者とでも呼ぶべきクローンと口頭で会話をするか、何らかの手段で近況報告をしてもらわないと情報収集に粗が出る。あの島に引き籠っていた時は他のクローンの所業を知らな過ぎて、イースの謀反や"英雄"の出現に酷く驚いたものだ。

 今はそれなりの数のクローンと情報交換をするようにしているから、そんな驚きは滅多にないんだけど。

 

 ジョゼフ。この"英雄"は、個体名ミザリーが持てる強化手段のあらん限りを込めて作り上げた、埒外の怪物である。とっくのとうに人間を超え、ゾンビも超え、どころか地球上の現行生物の最頂点にあると言っても過言ではない強さを持つ真実化け物だ。

 その強さは私達ゴーレムを作り出した錬金術のようなオカルトにまで片足を突っ込んでいるようで、先ほど弾いた飛ぶ斬撃なんかは普通の人間がどうやっても辿り着くことのできない領域の技法の一つである。

 

 人間側の強化要素としては最適だろう。彼と、あと二人くらい"英雄"がいれば、人間の国を保つことが出来る。

 

「おいおい、その世話になったヤツ抜きで話を進めんなよ、ジョー」

「……またか」

「なぁジョー、俺も大概下品な自覚はあるんだけどよ、ボディスーツはどうかと思わね? 嫌だわぁ、俺が好んでアレ着てると思うと」

「安心しろ、どっちもどっちだ」

 

 少しだけ違和感を覚えた。

 こちら側にいるアイズと、あの"マルケル"。妙な差異……というか、あちらの方が成長している?

 否、正確に表現するなら、成長ではなく馴染んでいる、というべきだろうか。いつか、ゾンビが知性を獲得するために必要な工程として様々な事柄を経験する、つまり島の外で経験を積む、という行為が必要であると導き出したけど、まさにそれら経験を十二分に積んだ個体なのかもしれない。

 知性を獲得する……それは元の脳に菌が馴染む事だと理解した。アイズのゾンビ化細菌はその進行速度が高く、元の人格を取り戻さないだろうと予想したが、もしかしたら、という可能性に辿り着く。

 

「おいおいジョー、お前、ミザリーちゃんはどうしたんだよ。そんなヤツを侍らせて、っかぁ~、モテる奴は違うねぇ!」

「あぁ、ミザリーは死んだぜ」

 

 ──?

 一瞬、思考が白んだ。死んだ?

 

「死んだ、だと?」

「あぁ、死んだ」

「……ばか野郎、何に代えてでも守れよ。なんで……クソ、馬鹿が。くそが、なんでそんなヘラヘラしていられる! ミザリーちゃんは……お前にとって、誰よりも、何よりも!」

「お前に言われなくても、わかってるさ。どれほど悔やんだことか。だがな、マルケル。俺はいつまでも悔やむ事にしたのさ。悔やんで、悔やんで、悲しんだまま──人類を救う。俺はミザリーに作られた"英雄"なんでな、アイツの願いを最後まで遂げるさ」

「願い? 作られた? ……何を言って」

 

 ……なるほど。

 何があったのか、どういう経緯だったのかはわからないけど、本当に個体名ミザリーは死んだらしい。自壊した、という事だ。

 自壊。私達はゴーレムだから、生物の自死と同じように自壊を選ぶことが出来る。けれど選んだが最後、再生は出来ない。外部刺激による単なる破壊と違い、自身の再生の選択肢を奪う自壊は、単純に言ってリソースの無駄である。

 私達クローンは砂と岩さえあれば量産できる。出来るけど、それなりの時間を要するし、他のクローンに知識や経験を共有をしないままに自壊するなんて、無駄中の無駄だ。何か死ななければならない……死んだ事実を作らなければならない事件があったのなら、一旦砂に戻る事を選べばよかったのに。

 そうすれば人間の立ち去った後、もう一度再生して外見を作り変えて、それで良かったのに。

 ……理解不能。経年劣化か、バグか。個体名ミザリーがジョゼフと過ごした二十数年を完全に無駄にしたのだ。無為に消えたのだ。あるいは、何も得るものが無かったから、別に構わないと踏んで自壊を選んだか。

 

 彼女の事を、あるいは人間風に表すのなら、一言で──。

 

「無駄死に、というやつだね」

「──!」

 

 飛んできたのは、斬撃でなく複数の小石だった。

 物凄い速度で飛来したソレは、しかしイヴの伸びる腕が全て叩き落す。

「クソ野郎が」

「クソ野郎が」

 吐き捨てるように。

 その言葉は、ジョゼフではなく"マルケル"から発された。

 

 二人の、マルケルから。

 

「おい、アイズ?」

「……すまん、エイン。やっぱりダメだったわ。俺は、どうやってもコイツとは相容れねえみたいだ」

「言うに事欠いてソレか。テメェ、全部わかってて、ソレか」

 

 シエルという名の女性エージェントの身体に入った"マルケル"。未成熟な身体の、少女と言って差し支えない姿を持つ"マルケル"。その二人が私を睨みつける。

 正当な評価だと思ったんだけどね。まぁ、怒るにしてもジョゼフの方で、この二人がそうだとは思ってなかった。怒っても冷静に、なタイプだと思っていたんだけど、見込み違いかな。

 

「マザー」

「エイン、貴方はどうする?」

「私は……」

 

 眼前にジョゼフと"マルケル"。左前方にアイズがいて、右前方にエインがいる。エインがどんな悩みを抱えようと、その位置取りでは蚊帳の外になるのは仕方のない事であったと言えるだろう。

 

 次の瞬間、私はイヴを遥か後方に投げ飛ばした。

 

「え、マザー!?」

「うん。邪魔だから」

 

 イヴは一応、完成形の一つである。新しい菌は一応完成したものの、まだ臨床研究が未開拓に等しい。これを人間に対して色々やって、その反応や効果を見て、もし失敗したら研究し直しだ。その時にイヴが死んでいては困る。

 あの島に一人で残すより連れてきた方が管理しやすいと思った上での同行許可だったけど、流石に"英雄"と強化ゾンビ二体を相手にしている時に彼女を守る、なんて芸当は私には出来ない。私はあくまで人間プラスアルファ程度の身体能力しか持っていないためだ。

 あるいは作業用ゴーレムや、大陸中央部に配置している個体名セイという"英雄"用に調節されたクローンであれば話は別なのだろうけど、私はそこまで強くない。

 

「死ね──」

「壊れろ!」

 

 アイズのナイフによる刺突が私の喉を精確に貫く。防御が間に合わなかったのではなく、"マルケル"によって両腕を潰されていたが為だ。

 ただ、私の喉はナイフをずぶぶと飲み込み、折られ砕かれた腕も瞬時に再生する。完全に破壊された場合は一日程度の再生時間を要するけど、この程度なら一瞬だ。喉から飲み込んだナイフは鉱石として分解し、リソースにする。

 

「なんっ!?」

「コイツは砂人形だ! 普通に殺すのは意味がねぇ、とりあえず拘束して動けなくしろ!」

「チッ、俺に命令……ああ、いや、いい。今は気にしねえ、それよりコイツをどうにかしねぇと気が収まらねえ」

「そうかい、ありがとよ!」

 

 なんだ君たち、仲良いじゃん。なんて事を思ってみたり。

 何故か第二次パンデミックは形を変え、"マルケル"同士の殺し合いなんてものが起きていたみたいだけど、本来自分同士というのは排他し合わないものだと思う。その体現者が私達なのだし。自身がこの世に一人しかいない、壊れたら終わり、なんて危なっかしく勿体の無い状況に比べ、バックアップが沢山いる、と考える事が出来れば、途端自身たる隣人はありがたいものとなるはずだ。

 作業の効率は上がり、並行して行いたい事、時間短縮を要する事など、様々な研究、作業に貢献してくれる。無論自身も知の探究、死者蘇生の研究は行いたいから、それが集まれば、増えれば、そんなに嬉しい事は無い。

 

 どこかにいるオリジナルが私達をクローンとして生み出したのもそういう理由だろう。一人じゃ足りないから、二人に。二人では手が届かないから、四人に。そうやって増えてきた。ただ、どこかで知識の共有が為されなかったのだろう。今となっては私達の中に自身の製造理由を知る者はいない。

 

「アイズ、今まで私がやってきたこと、見てなかったの?」

「ッ、おいテメェ、コイツの薬品類には触れるな! 針に刺されるのも、肌に薬液がかかるのもダメだ! 問答無用で停止するぞ!」

「あいよ! 大丈夫だ、こちとら格上との戦闘にゃ慣れがあるんでね!」

 

 言葉の通り、単純な身体能力の面ではエージェント・シエルの素体の方が勝っているはずなのに、動きの良さは少女"マルケル"の方に軍配が上がるようだった。なんというか、馴染み方が尋常ではない。アイズは女性の身体を無理矢理男性が動かそうとしている、という感じが否めないのに対し、少女は少女らしいしなやかさを存分に発揮している。

 私の刺突や投擲を、弾くのではなく避ける避ける避ける。月明かりがあるとはいえ夜闇。五感の内、視覚を最も頼りにしているはずのゾンビが、そこまで避け切れるものなのか。

 

「格上扱いは心外だけど。うん。なんか一応、私はマザーらしいから」

 

 とりあえず眠っていてくれると嬉しいな、って。

 

 

 

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 ゾンビであるにもかかわらず、頭に血が上っている、と表現し得る二人を尻目に、彼らはどこか冷静な面持ちで対面していた。

 

「……君が、ジョーか」

「おう。アンタは……もしかして、エインってヤツか?」

「う、あ、あぁ。私を知っているのか?」

「マルケルの奴がな、お前らの事を楽しそうに話すんだ。おかげで覚えちまったよ」

「マルケル……というと、やはり、あの少女がそう、なのか」

「もう二百人近く、屠ったよ。その内の一人……あぁ、二人か、あいつらは」

「……」

「お前はマルケルの親友、みてぇな奴だって聞いてたが、いいのか、行かなくて」

「それは、そちらも同じだろう。話の流れを察するに、マザーに貶されたのは君の恋人。そうだろう? 君こそ激昂するべきだと思うんだが……」

「俺だって怒ってるさ。本当なら今すぐにでもアイツらに加勢に行きてえ。驚いたよ、マルケルが……二人、仲良く共闘するなんて。ホント、嫌になる程良い奴だよな、アイツ」

「それには同意しよう。アイズは本当に良い奴だ。どこまでも適当で、けれど真面目で……昔のアイズは辛気臭い所があったが、今のアイズは、本当に、頼れる存在になったと思う。ああ、いや、違うか。元々そうだった、のだったか」

「……ゾンビからも慕われてんのか、アイツ」

 

 何がモテねぇ、だ。なんて、ジョゼフが吐き捨てるように笑う。

 そして。

 

 そして──剣を、エインへと向けた。

 

「何を──」

()()()()()()()()()()()

 

 ジョゼフの双眸は一切揺らがない。

 仇敵ともいえるマザーにも、それに抗う二人のゾンビにも、一切気を取られずに、集中する。

 目の前の敵に。

 

「ゾンビってのは、色々種類がいるらしいな。俺達が幹部ゾンビとか上位ゾンビって呼んでる肉体の一部が強化されたゾンビは上から数えて三番目。その上に知性強化型という身体能力は高くないが知力に振り切ったゾンビがいて、その更に上、上から一番目──知性を持ち、身体能力が向上したゾンビがいる」

「……」

「ヴィィ、とかいうゾンビが巨大な腕と、それを自在に操る腕力を併せ持つ強大なゾンビだった、ってのは聞いた。アイツが殺したらしいが。その時、他に強い奴がいるのかを聞いた」

 

 月が雲に隠れる──。

 少しずつ減っていく灯りの最後を、ほとんど錆びた鉄の剣が吸っていく。

 

「アイツは、お前の名前を答えたよ」

「……買い被りだ。生前の私はとあるホテルのオーナーで、アイズのように軍人だったわけじゃない。ただ私は一番目に知性を獲得したというだけで、強さが一番目なわけでは、」

「その場にいた全ゾンビを捩じ伏せて、生き残った最初の勝利者、だろ?」

 

 辺りが暗闇に落ちる。

 先ほどまで聞こえていたマザーとマルケル達の戦闘音さえも遠のいて、静かに、静かに、何かが這い寄ってくる。

 

「随分と、ゾンビの製法に詳しいようだ」

「持つべきものは口の軽い相棒だよ。ゾンビに対抗するための知識を沢山くれた」

「成程。成程……。良い友人を持ったものだな、お互いに」

 

 その音を、ジョゼフは聞き逃さなかった。

 

 聞き逃さなかったが、反応できなかった。殴られた後頭部。痛みは無いに等しい。愛剣を用いて体勢を整え、目星もつけずに地面から抜き放った剣を振るう。飛ぶ斬撃。けれど手応えはない。

 また音。地面を踏みしめる強い音。スクラップの剣で防がんとするが、腹部に痛烈な打撃を受けた。然して痛みはないが、衝撃で吹き飛ばされる。

 

「……本当に人間か、君は」

「ゾンビは人間を超えない、とかアイツに聞いた気がするんだがな……!」

 

 エインとアイズは、共に脚部強化型のゾンビである。

 彼らの頃に行われていた蟲毒は粗雑なもので、回転車を用いた、お世辞にも効率的とは言えない、且つB級映画を思わせるようなソレであった。

 故にこそ二人は脚部が強化され──しかし、その強化は違うパターンによった。

 アイズは跳躍力──つまり蹴りの威力へ。

 

 そしてエインは、単純に走行速度へ。

 

「認識を改めよう。君は"英雄"……人間でない怪物だ」

「一番速いゾンビ。お前が一番、危ねぇって聞いてるぜ」

 

 月はまだ、その姿を見せない。

 

 

 

 С

 

 

 

「わ、すごい。これ全部ワイニーが作ったの?」

「あぁ、時間だけはあったからな……。どうだ、口に合うか?」

「ん~……んー! 美味しい。やっぱり食事って生を実感するよね」

「そうだな。生き返ってみてから、強く感じるようになった」

 

 久しぶりに帰ってきたリザ。いつまで閉じ込める気なのか、と問い質したい気持ちもあるが、五感が正常に戻った事、疲労して眠る、という楽しさを思い出してしまった事を原因に、ここでの生活を楽しんでしまっている俺がいた。

 もしかしたらマルケルの奴が俺を探しているのかもしれない、という一抹の不安はある。というか今ある不安事項はそれくらいだ。人類に関しては、まぁ、ジョーの奴がなんとかするだろう、という信頼が強くなっている。

 

「今、地上はどうなっている?」

「ワイニーは指名手配されてるよ」

「……どういう」

「んー、ワイニーと一緒に行動していた"マルケル"がこの国のリーダーにお触れを出すのを依頼したみたいでね。ワイニーは絶賛指名手配中。ただしONLY ALIVE。生け捕りのみだって」

「あぁ、やはり探し回っているのか。……大人しく捕まって、アイツに合流すべきだろうか」

「指名手配されているのはゾンビのワイニーという少年、みたいだけどね。知ってた? 今のワイニー、元のワイニーとは全然違う見た目になってるの」

「一応わかっているつもりだ。浴室で顔を洗った時……少しだけ、驚いたが」

 

 リザの言う通り、俺の容姿は乞食のような少年のものから見違える程綺麗になっていた。こう表現するとナルシストのようだが、文字通りなのだ。

 痩せこけていた頬やくぼんでいた目、ガリガリだった身体に肉が付き、肌つやを帯び、枯れ果て萎れたアビエスの葉のようだった身体や顔が、その葉が蘇るようにして潤いを取り戻している。健康、という言葉を使うに相応しいこの肉体は、ゾンビだった頃と似ても似つかない。

 

「今行って、名乗って、捕まえてもらえるかな」

「……この緊急時、子供が出向いてもあしらわれるだけか。……ん? ということは、似顔絵が出回っているのか?」

「うん。これ。ゾンビの頃のワイニーにはそっくりだよね」

「おお。あぁ、この描き方はマルケルだな。旅の途中、何度か見た」

「へぇ~、これあのマルケルが描いたんだ。"英雄"ジョゼフの方かと思ってた」

「ジョーが絵? はは、よしてくれ。アイツの絵は……犬とキリンの区別が付かないような、控えめに言って酷いものだ。あぁ、まぁ、俺も然して絵が得意とは言えないんだが」

「得意じゃないの?」

「ん? あぁ、人並みではあると思うが、これほど巧くはない。これに関してはアイツの才能だろう」

「……」

 

 怪訝な顔をするリザ。

 まぁ、その気持ちはわかる。俺も"マルケル"だ。その過去に、誰かに絵を習うとか、絵が上手くなるような事柄は無かった。だから当然、アイツにもないはずだ。

 それでもアイツは絵が上手い。多分アイツの、というかアイツの身体の、あの年でなくなってしまった少女が得意だったのだろう。

 

「……」

「どうした?」

「うん。うんうん。良い、良い兆候。ちょっとやる事出来たから、またね。ここで軟禁するのももう少しの辛抱だから、あと少しだけ待ってくれるかな」

「ん、あ、あぁ。それは構わないが……」

「うん、ありがとう」

 

 言って、リザは部屋を出て行く。恐らく地下室なのだろう部屋を、階段を上って出て行く。

 

 階段に続く扉は──閉じられなかった。

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