世界にゾンビが蔓延してる中、私はマザーらしい。 作:Htemelog / 応答個体
悲しい事実が発覚した。
恐れていた通り、ゾンビは言葉を解すほどの知能を得ても外界での経験が乏しければ……脳の活性が少なければ記憶を取り戻す事は無く、二か月、加えて一ヶ月ほどを島内で過ごさせたゾンビに目新しい変化が訪れる事は無かったのである。
よって私はアイズ以外のゾンビへの外出禁止令を解き、この島は今まで通りの環境となった。相変わらずウィニの行方は掴めず、イースは私から逃げているようで之も断念。
今は手元に残ったアイズから菌のサンプルを取り出して培養し、それを現存のゾンビや新しい人間に投与する実験をする毎日で、それらの実験も結果は芳しくない。
死者蘇生の研究。ゾンビ化の研究。
これらは一応、結果としてみれば完成……完結した、と言ってもいいだろう。ゾンビ化した人間はおよそ半年の時間を活動し続け、且つ常に脳の活性が行われている状態にあれば、記憶や人格を取り戻す。その際ゾンビの状態で保有していた人格・記憶はそのまま維持されるが、手癖などの無意識部分は生前に寄り、個体によっては生前の人格を優先するようになる……まさに死者蘇生が叶うというわけだ。
……それだけなら、よかったんだけど。
「マザー! 我らは新しき人類として貴女によって生み出され、こうして自我を取り戻しました。世界中に散らばった同胞たちも少しずつ知能を取り戻し、旧き人類の同胞化も恙なく進んでおります。全人類の同胞化は目前──どうか許可を。今まで様子を見てきた旧き人類のコロニーを襲撃する、その許可を頂きたく!」
「んー」
増長、になるのかなぁ。
イースとウィニ、イヴを除いたナンバーゾンビ達は生前の自我を取り戻し……なれば湿度さえ保つことが出来れば停止することの無い身体を進化と称し、新人類を名乗り始めた。意外にもその筆頭はアイズであり、彼は生前の仲間たちをいち早くゾンビ化するべく日夜計画を練っている。
曰く様々な要因で死にかねない人間であるより、死の原因が限られているゾンビであった方が良いとのことで。
言いたい事はわかる……というかそういう目的でゾンビ化の研究をしていたから、言われたらその通り、なんだけど。なんだけど。
ゾンビ達は口をそろえて言うのだ。全人類、同胞にするべきだ、って。
……いやぁ。
ゾンビには生殖機能が存在しない。彼らだけでは新しい命を生み出す事は出来ない。死なないのだから新しい命は生まれなくていい、というゾンビもいた。が、種の存続だけが新しき命に期待する事柄ではないと私は考えている。
個人が生み出せるものには限界がある。個人が浮かび得る発想には限度がある。人間というのはそういう発想の上限を有していて、他者と交わる事で相手の保有する発想を取り入れ、上限を突破して成長していく。その過程で起きるのは"交わった他者"との同一化であり、類は友を呼ぶとでも言えばいいか、その発想や行動は似てきてしまうものだ。
意見や言葉を交わす回数が多ければ多い程、共にいる時間が長ければ長い程、個は他と交わりて一つの個になる。初めに10人の人間が……まぁゾンビがいたとして、それが長きに渡って交わり続けたら、一人のゾンビと何ら変わらない結果しか出せなくなるのだ。群と言う名の個の器官に成り下がる、といえばいいかな。
新しい命が生まれなくなったら、最終的にそれが起きる。
世界全土に蔓延るゾンビは次第に同一になり、新たな発想というものは潰えてしまうのだ。
私はそれを嫌う。研究者である。科学には発展し続けて欲しいし、何よりいつまでも同じと言うのは飽きる。飽きは大敵だ。飽きは何よりもの死因だ。どれだけ死を恐れていた者でも死を失って幾星霜を過ぎれば死を欲す。終わらない事が怖いのではなく、変わらない事が怖いのだ。
だから、その許可は出せなかった。
人類すべてをゾンビにしてしまう。悲しい事に、既にゾンビ側の戦力はそれが成し得るくらいにまで膨らんでいた。初めの頃より無為に崩れ去るゾンビも減って、知能あるゾンビが知性無きゾンビを教え導くようにして守り、それらがまた新しい知性を獲得する、といった具合に。
ナンバーゾンビは私が確認している上での言葉を解すゾンビであるが、私の把握していない所で言葉を教わっていたり、あるいは新しい言語を作る、生前の使用言語を思い出す、などをしているゾンビもいることだろう。
新しい命が生み出せない事以外は、真実新人類と言っても差し支えないのだ、彼らは。
……そうであるように、そうなるように作ったから、当たり前といえば当たり前なんだけど。
「マザー。お願いいたします。我らは生前の知己が、意味もなく寿命などと言う欠陥で命を散らす様を見たくはないのです。彼らの欠陥はあまりに残酷だ。血液を失った程度で、身体部位を欠損した程度ですぐに動けなくなる。死してしまう。その先に何を残す事も何を為す事も出来ず。それは余りにも──恐ろしい」
「んー」
その通りだった。だから私は死者蘇生の研究に手を染めた。
言い分はごもっとも、だけど極論過ぎる、というのが今の所感。
「マザー!」
「……うーん、やっぱりダメかな。人間がいなくなっちゃ意味がないし」
「……そうですか。では──マザー」
先ほどから。
随分と熱心に私を説かんとしていたヴェインが、ス、と。目を伏せた。
まぁそうだよね、なんて思いながら、半歩後ろに下がる。
伸びてくるは剛腕……イヴのものとは違う、人間を圧殺せんとする巨大質量の腕。それは私の鼻先を掠め、機器類や薬品類の揃えられた壁にめり込んだ。間を置かず、パシュっという空気の抜ける音と共に天井付近へ網が射出される。そそっとその降下地点外に逃げて、ヴェインに視線を向けた。
「ヴェインとヴィィだけ?」
「……いいえ、マザー。イースとイヴ以外の同胞は既に」
「ありゃ。じゃあもしかしてウィニが黒幕かな」
「流石です、マザー。そのご慧眼……我ら新人類と共にあってくれたら、どれほど助かった事か」
下剋上、になるのかな。
今まで散々マザーマザーと慕っていてくれた彼らだけど、生前とほぼ同等の知識を取り戻した現状にはもう不要、ということらしい。むしろ目的を邪魔する障害って感じかな。
「殺す? それともゾンビにするつもり?」
「殺します。申し訳ございません。マザー、貴女のその頭脳は、その思考は、我ら同胞となりても変わらず障害となるでしょう。貴女だけは……残しておくことはできない」
「そっか。うーん、もう少し効率的なゾンビ化の研究をしたかったけど、ラボも壊されちゃいそうだしなぁ。まぁそんなに特別なものはないし、いっか」
「……最終通告だけ、させていただきます。人間の国を襲う許可を。全人類を我らが同胞にする命令を。それさえ出していただけるのであれば、我らが貴女を害すことはありません」
「ダメだよ。そんな袋小路は認められない。私はね、ヴェイン。死んだ人間を蘇らせたいんだから」
最後の言葉を発し終わる前に、腕が来た。
人間嫌いの腕部肥大強化型ゾンビ、
ζ
さて──そもそも何故、彼女がマザーと呼ばれていたのか、という話になる。
初めに彼女をマザーと呼んだのはエイン……ではなく、島に帰る事を拒んだイースだった。イースは少年ゾンビで、母親と引き裂かれてゾンビ化し、知性を獲得したその時の第一声として彼女をマザーと呼称したのだ。
エインとアイズは言葉を解せど、それを応用する程の知能は無かった。少なくともその頃には。
だから、考えるゾンビ……本当の意味で一番に知性を取り戻したゾンビというのはイースであるのだろう。育ち切っていない脳が故、菌の掌握が速かったのかもしれない。イースはいち早く知性を取り戻し、知能を高め、かなり早い段階で島を出る事を選んだ。
マザー。マザーと呼んだ──あの研究員の彼女を、誰よりも恐れたから。
誰よりも賢かったイースがマザーと呼んだのだから、彼女はマザーだとゾンビ達にも定着した。あるいはその意味を理解していなかった者もいたかもしれないが、それでも彼らにとって彼女はマザーとなり、彼女を慕うようになったのだ。
心酔し、溺愛し、種族が違うながらも仲間として、最優先に守るべき対象として見定めた。
それが変わったのは、
ウィニ。六番目のナンバーを持つゾンビ。女性ゾンビで、生前は女優やモデルだったのだろう、ゾンビになって尚衰えぬ美貌を有していた。彼女は自己研鑽の塊であり、ある種ヴェインにも通じた身だしなみ、おしゃれなどといったところに気を配る事があった。生前の記憶を取り戻していないにも拘わらず、である。
そんなウィニは、あまりマザーと関わりたがらなかった。島内ではマザーの研究室に近寄らず、マザーが島内の観察に出向かおうものなら決して出くわさぬよう逃げて回る程。
どうして、何故なのか。
その頃既に島にいなかったイースと生まれていなかったヴィィ以外のゾンビは彼女に問うた。
返ってきた答えは単純明快。
──"アレがマザー? よしてよ、気持ち悪い。アレは私達とは別の生き物なのよ?"
不快なのだと。彼女が近くにいる事が、不快。
そんなこと考えた事は無かった──けど、確かにそうだと思う者もいた。彼女は同胞ではない。そもそも自分たちに子供や親という概念は無い。そんなところは既に脱している。誰もが同列で、誰もが一緒で。死を克服した自分たちにとって庇護してくれる存在は必要でなく、ならば彼女は──不要だと。
不要だった。自分たちだけで生きていけるゾンビが母親を要する事などない。要らない、邪魔なもの。その功績は褒め称えられるべきだろう。同胞を生み出す機構を作り上げた。それだけは褒められるべき行いだ。彼女の頭脳は自分たちに比べるべくもない程の性能を持っているのだから、その言葉に意味はあるのだろう。
新しき同胞を増やすために日々の研鑽を積んでくれている──その間は、素直に従うのも良い。恐らく自分たちで無暗に動くよりは余程効率が良いのだろうから。
けれど。
結局どこまで行っても彼女は違う種族で──自分たちが彼女に並び立つほどになれば、その優先度は自ずと下がる。
知能と言う点において少しだけの劣りが見えたイヴを除き、その考えは次第にゾンビ達に浸透していった。ウィニが島を出ても、各自が島を出ても、ヴィィが生まれても、その考えは変わらず──むしろ何をゆっくりしているのか、という苛立ちさえ嵩む程に。
エイン、アイズ、ヴェイン、ウィニ、ヴィィ。五人の大人ゾンビは、ひそかに、静かに下剋上を企てていて──それが今、成ったのである。
ゾンビ達は、自らが生ける屍でありながら死者を弔い、島に墓碑を作った。墓碑にはMOTHERの文字が刻まれ、彼女の実験室は完全に封鎖されることとなる。研究所内にはゾンビ化に対する抗菌薬もあったため、下手に触るより埋めてしまった方が良いと決断したのだ。
純粋にマザーの死を悲しむイヴを除き、ゾンビ達はようやく消えた障害に安堵する。名前も知らない研究者・マザー。彼女に安らかな眠りを。我らの様に目覚めることなく、新しい時代の礎となってほしい。
そう、願って。
そうして──彼らは邁進する。
全人類の同胞化。今まで加減し、様子を見てきた人間の国を襲い、懐かしき友を新しき命に変える、崇高な使命を開始するのである。
С
当然だけど。
どうせそんなことを企てているんだろうな、って。思っていた。考えていた。
私はそこまで馬鹿じゃないというか、一応、曲がりなりにも君たちを生み出した研究者をなめ過ぎだよ、というか。
知っていた。だから、用意していた。
アレはクローンである。私の。当たり前だ。私だって私の希少性というか、今の知識の大事さは心得ている。今までも各国のエージェントから命を狙われる事があったし、それで怪我をした回数だって少なくない。だから、クローンを作っておいた。
私も私の希少性を理解しているから、自分がクローンでも問題ない。
私が二人いるならそれはラッキーで、私が三人いるなら、それはとてもラッキーで。群は交われば個となる。
知識や経験の共有ができるわけじゃない。けど、そういう状況にあれば私は何を思い、どういう行動を取るのかを予測する事は出来る。あの場で死んだクローンが何を思ったのか、何を考えたのか、何に至ったのか。
簡単だ。
ゾンビ側が増長するのなら──人間を強くすればいい。
人間を殺させないよう、新しき命が次も生まれ出でるよう、調整すればいい。
「メイズ」
「うん。じゃあ、行こうか」
大陸のとある国──大きな湖と、周辺を流れる川に囲まれた豊かなこの国は、
「反撃の時間だよ──イース」
「うん、メイズ。見せてあげようよ、みんなに──人間の底力ってやつを」
頼もしく、大きくなった背中を見つめる。少年は何の疑いもなく私の手を握り──人々の前に立つ。
同い年。親のいない身で、共にゾンビを倒してきた仲間。人間側に寝返ったイースの最初の友達。
それが私だ。
絶望する大人たちを説き、若者たちをまとめ上げ、この国は今ゾンビ達への反撃の嚆矢を掲げている。見た目を取り繕っているイースは神童として、そして英雄として彼らに認められ、まさしく希望として輝きを放つ。その傍らで黙して佇む
それが、私。
国の誰にも明かしていない秘密は、しかし私にだけは明かされている。彼がゾンビで、とある島の、とある研究者の手の元から逃れてきた事。いつか彼の諸悪の根源を倒し、人類に平和を齎し……自分は死ぬつもりであるという事。
秘密を。彼は、私に話している。明かしている。
「ねぇ、メイズ」
「なに?」
「マザーは強大で、恐ろしい相手だけど……僕たちなら、僕達が力を合わせれば必ず倒せるから」
「うん。信じてる」
「……うん。頑張ろう」
彼の冷たい手が強く握りしめられる。私もそっと、その手を握り返した。
この私は、人を導いて調整に当たる。それが私の役目である。
Ч
「よぉ──帰ったぜ、ミザリー」
「今日も怪我は?」
「勿論無傷さ。はは! そろそろ信じてくれよ、
「信じてるけど、心配だから」
筋骨隆々の大男が、快活に笑いかけてくる。
肩に担いだ大型車両の板バネで作られた剣を地面に下ろし、ドカッと私の目の前に座る。そして、良い具合に焼かれていた串刺しの肉に、豪快にかぶりついた。
「あ~、生き返るぜ。ここでお前の手料理があるって考えりゃ、死ぬ気なんてサラサラ起きねえけどな」
「手料理って、今回はお肉焼いただけだけどね」
「つれない事言うなって。……ははは、まぁ、よ。今回も……仲間が一人、逝っちまった。守り切る力が欲しいぜ、まったく」
「十分強いと思うけどね、ジョーは」
「ああ──自分でも自覚がある。随分と強くなった。けど、それはお前が一緒にいてくれたからだ」
ジョー。ジョゼフ。
この街にいる人間の中で誰よりも強く、誰よりも優しい男。
彼は私の幼馴染で、私の恋人だ。体の関係もある。──私は生殖できないんだけど。
「……なぁ、ミザリー」
「なぁに?」
「……マルケルを、覚えてるか。隊の……相棒だった奴だ。家に招いたこともあっただろ」
「ん、覚えてるよ。酔って裸で基地まで行って三週間謹慎処分食らった彼だよね。普段は真面目だったのに、って」
「そう! その……その、マルケルだ。……驚かないで聞いてくれよ。アイツに……会ったんだ。この前な」
「へえ、じゃああの人もゾンビ狩りをしてるの? 元気だった?」
「……いいや。マルケルは、死んだ。そうか、言ってなかったな。言う機会がなかった。アイツは死んだんだ。奴らが発生した時、民間人が一人残ってるからって奴らの群れに一人戻って……死んだ」
「え……じゃあ、その……ゾンビに?」
「ああ。ゾンビになってた。だけど、だけどな? 何度も戦ったら……アイツ、生きてた頃の事を思い出したんだよ。俺の名前も、俺の話も、思い出してくれた。奴らは……人間に戻せるんだ」
一喜一憂、百面相。
喜怒哀楽を様々表情に浮かべて話す彼は、希望に満ち溢れていた。
ゾンビを人間に戻す事が出来る。そう、嬉しそうに語る。
「……けど」
「けど、どうしたの?」
「マザー、って呼ばれてる奴がいる。ゾンビ達の親玉だ。ソイツが、マルケルを連れていっちまった。……俺はまた、守れなかったんだ。もう三ヶ月も前の事なのに……俺はそれを、ずっと引きずってて……」
お肉と一緒に。
お酒を、少しずつ進めていくジョー。私はその大きな肩を撫で、慰める。大丈夫だよ、と。
「ミザリー、俺はっ! もし、もし、お前に危機が迫った時──お前さえも失ってしまったら、俺は!」
「大丈夫。私はジョーを信じてる。ジョーは必ず、私を守ってくれる。大丈夫、ジョーならもっと強くなれるよ」
「ミザリー……」
えぐえぐと嗚咽を漏らし、私の胸の中で縮こまる彼は酷く小さく見えた。いつまでも変わらないね、なんて言って、大男たる彼をあやす。
その内ジョーは静かな寝息を立て始め──私は彼の首筋に、痛みをほとんど生じさせない極細の注射針を刺し、その中身を注入する。
「大丈夫。ジョーは強くなれるよ。私が、強くしてあげるから」
この私は、人を強くして調整に当たる。それが私の役目である。