世界にゾンビが蔓延してる中、私はマザーらしい。   作:Htemelog / 応答個体

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ディードゥヌ-生死と英雄の章
ディードゥヌ-英雄の影に在るモノ


 既に個体数という点で見れば、人間よりもゾンビの方が多い。人間が減れば減る程ゾンビが増え、その逆が起きないのだから当たり前。いくら生前の記憶を思い出せるといってもゾンビであることには変わりなく、その理念は生者を同胞にする、という、人間側からすれば他のゾンビとなんら変わりのない猛進さを持って襲い掛かってくるのだから堪らない。

 そもそもナンバーゾンビは蟲毒によって早期に知性を得たゾンビであり、現在の彼らの方針……知性無きゾンビは保護し、脳が馴染むまでは守る、という方法では脳の活性機会が減り、知性獲得もまた遅れるだろう。つまり、今までの環境より停止し難くなったせいで、逆に今までと一切変わることなく普通に人間を襲うし、同胞にするためという目的あっての襲撃でなく、殺害を……単純に害を与えんと向かってくる結果となったのだ。

 

 組織だった動きで攻めてくるゾンビと、猪突猛進に突っ込んでくるゾンビ。どちらもが脅威で、しかし対策はそれぞれに変えなければならない。

 ゾンビが出現してから未だ八か月半と少しの年月しか経っていない現状では民間人の訓練もままならず、軍や兵は疲弊して行くばかり。

 

 正直に言えば詰みだった。

 

 ──各地で、英雄と呼ばれる存在が同時に現れる事が無ければ。

 

 

 

 

 В

 

 

 

 

 ジョゼフ。ジョゼフ。

 

 彼は自身の名を呼ぶ声に目を覚ます。

 その声は聞き覚えのある……というか、自身が最も愛する幼馴染の声で。

 いつものように愛称でなく、彼の名をそう呼ぶということは、何か相談ごとだろうか。

 

 そうして、目を開けて。

 

「──」

「ジョゼフ……ジョゼフ、ごめんね……」

 

 沢山の──夥しい量のゾンビに全身を噛まれ、もがれ、その命を散らそうとしている彼女の姿を目にして。

 彼は瞬時に全てを判断し、愛剣を握り締めて彼女に纏わりつくゾンビ達を払おうとして──ゴツン、と。額を何かにぶつけ、仰け反った。

 

「……痛い」

「は──ミ、ミザリー! 大丈夫、大丈夫か!? 噛まれて、あ、いや、その」

「寝坊助さん。もうお昼だよ?」

「……あ、あぁ……夢か。夢、か。……ふぅ。いや、すまん。痛かったよな……」

 

 改めて周囲を見渡せば、そこはいつもの拠点。とある廃ビルの一角に作り上げた居住スペースは暑い日差しを遮り、眼下に広がる故郷を一望できる高さを持って鎮座している。

 唐突にジョゼフが起き上がったせいだろう、ジョゼフと額をぶつけたらしい彼女は痛そうにその部位をさすっている。その体に血のにじむような場所はない。周囲に奴らの気配もない。

 

 ジョゼフは大きく、安堵のため息を吐いた。 

 

 ゾンビが出てきてから八か月半。ジョゼフを取り巻く環境は一変し、世界は混沌に包まれた。元々治安の良い街ではなかったけれど、それでも揺らめく影が這いまわる地獄のような場所ではなかったはずだ。知り合いも友人も大勢死に行ったし、動く死体にもなった。

 その中で変わらず自身を支えてくれた女性……幼馴染にして恋人のミザリー。料理が上手で、ジョゼフは完全に彼女に胃を掴まれている。彼女がジョゼフの好みの味を作ってくれているのか、彼女の作る味がジョゼフの好みに成ったのかわからない程だ。

 ()()()()()()()()()である彼女とは以心伝心の仲であり、愛剣以上に信を置いている存在だとジョゼフは思っている。

 

 だから、ジョゼフにとって彼女は何よりも大事な存在だ。もし彼女が損なわれるようなことがあれば、自らの心がどうなってしまうのか……そんなことは考えたくないと独り言ちる。戦う力のない彼女を守る。それが彼の原動力であり、彼の力の源だった。

 幸いにしてジョゼフは他の人間よりも強く、ゾンビをいとも容易く屠れるだけの才能があった。それでもこんな悪夢を見るのだから、メンタルの方は人一倍弱いのかもしれないな、なんて苦笑する。

 

「ミザリー、組合からの返事は来たか?」

「うん。もうすぐ堀が完成するから、タワーに集会所を移行するって。その際の掃討と護衛をジョーに、だってさ」

「ああ……勿論だ、と返しておいてくれ。タワーさえ出来りゃ、被害者はもっと減るだろう。これ以上……辛い思いをする奴を失くせるんだ、死力を尽くすさ」

「死なないでね?」

「当たり前だぜ、それはな」

 

 肥大ゾンビを除き、走るゾンビまでのゾンビは人間以上の能力を有していない。持久力と言う概念こそないものの、握力や脚力は人間の範疇を超えることなく、故に人間でも行くのに苦労するような場所に拠点を作れば、それだけ安全性も上がる。

 肥大ゾンビ……主に脚部や腕部の肥大したゾンビに対してはその限りではないが、それはどこにいたって同じ。それらを狩るのはジョゼフのような戦える人間の仕事で、安全を第一に考える者達が考えなければいけない事柄ではないのだ。

 

「ミザリーは、その、大丈夫なのか。俺が居ねえ間……奴らに怯えてるんじゃ」

「それは心配しすぎ。大丈夫だよ、ジョー。いざとなれば、私だって……奴らの一人くらい」

「いや、それはダメだミザリー。ここを捨ててもいいから、逃げろ。お前を失えば、俺は自ら死を選ぶ。俺を殺したくねえなら逃げろ。頼む」

「……わかった」

 

 悪夢だとわかっている。あんなのは夢だとわかっている。

 けれど。

 

 怖かった。怖いのだ。

 ジョゼフは強い。強いから怖い。本当は弱い。

 

「……そろそろ行ってくるぜ。今日も奴らを掃除する。もう、人間に戻せるとか考えるのは止めた。お前の安全の方が何倍も大事だからな」

「無事に帰ってきてね。待ってるから」

「おう!」

 

 その日ジョゼフの手によって屠られた一体の知性ゾンビが、とある島に救援を要請した。簡単な言葉を解すにまで至っていたそのゾンビの死は"手が付けられない程強力な人間がいる"という言葉と共にとある島のゾンビ達に届けられ、その彼らが出張る事なる。

 

 担当するゾンビはII──アイズ。二度目の邂逅はすぐそこに見えている。

 

 

 

 Ж

 

 

 

「……」

 

 椅子に座った女性のゾンビが難しい顔をして資料を眺めている。湿度の保たれたその部屋はかつて研究室と呼ばれていた場所で、椅子はマザーと呼ばれていた女性の座っていたものだ。彼女の対面には男性ゾンビが座り、これまた書類を眺めている。

 

「ヴェイン、どう思う?」

「……マザーの下にあった頃から、人間の国を探っていた身から言わせてもらうのなら……異常だな。いや、報告に上がっている"英雄"は俺達の発生以前からいたことが確認されている……が、ここ最近の成長速度が尋常ではない。元人間の感性で見てもアイツらは化け物で、この身体になってからもわかる。アレらはおかしい」

「そうよね……何よ、拳一つで鉄骨ビルを倒壊させる、って。鉄パイプをぶん回して同胞三人を両断? 冗談じゃないわ」

「イースの指揮している人間たちも妙な統率があるようで手を焼いているな。一人一人は大した事はない……が、集団になると全員が上空から盤面を見ているんじゃないかと思う程的確に連携をとってくる」

「私達の全体の質は上がっている……と言いたい所だけど、知性アガリをする子が減っているのは事実なのよね」

「ああ、島に保護した同胞は明らかに成長速度が遅い。マザーがこの島に何か仕掛けを施していた、と考えるのは恐ろしいが……」

「やっぱり拠点を変えるべきかしらね。あの女の影がチラつくこの島は住み心地が悪いし、交通の便も悪いわ。大陸のどこか……落とした国をそのまま私達の国にするべきよ」

「……そうだな」

 

 女性の名はVI(ウィニ)。男性はV(ヴェイン)

 イースを含むこの三人のゾンビは知性強化型で、生前の知識は勿論新しく吸収した知識も扱えるほどの知性を有していた。

 今二人が見ているのは各地に散らばった知性あるゾンビから送られてきた報告書であり、汚い文字や単語だけのそれでありながら膨大な情報量を持つソレに一喜一憂している……という状況だ。

 

「イース……イースか。イースは何故人間なんかの指揮をしているんだ」

「イヴもそうだけど、子供の考える事なんかわからないわよ。あの女から真っ先に逃げた時は慧眼だと思ったけどね」

「そういえばイースもマザーを恐れていたんだったか」

「も、って何よ。別に私は恐れてなんかいないわ。ただ気持ちが悪いだけ」

「……マザーか」

 

 ヴェインは少し、思い出に耽る。

 マザー。自分たちを蘇らせた研究者。その頭脳、その知識は自分たちが至る事の出来る領域になく、紛う方なき天才。人間からすれば天災だったのだろう。

 そんな彼女は今、島の端にある墓碑の下で永遠の眠りについている。

 

「そういえば、あの女は人間たちにも命を狙われていたわよね。その都度守ってやってたの?」

「ああ、主にイヴがな。加え、妙に勘が良いというべきか……長距離狙撃や爆発物などは、それが当たらない所にまでそそくさと逃げていたはずだ」

「……ただの研究者よね? アイツ」

 

 天才という冠が付くがな、と答えようとして、ヴェインはふと思い当たる。

 

「そういえばアイズを連れ帰ってきた時は一人だったな……他の同胞を連れてはいなかった」

「連れ帰った、って……アイズの体重がどれほどあると思ってるのよ」

「アイズを肩に担いで帰ってきた時は何も思わなかったが、今考えると異常だな」

「いやすぐに気付きなさいよ、それ。……あの女に異常な身体能力があった、ってことよ。わかる?」

「わかるが、なんだ」

「"英雄"。異常な身体能力や成長速度を持つ人間たちのことよ」

「マザーが関わっていると? だがマザーは死んだ。それは俺がこの目で確認したんだ。なんなら今から墓を掘り返すか?」

「死んだのは本当にあの女だったの? よく似た別人じゃない可能性は無い?」

「無い……とは言い切れんが、よく似た別人が何故この島にいる。あの時俺と幾つか話をしたが、マザーの言動におかしな点は無かった。万が一、本当に別人だったとして……その場合マザーは俺達の反逆を見抜いていたことになる。それに、"英雄"は俺達の発生以前からいたと言ったはずだ。もし、もし、もし本当にその段階からこうなる事を見越していたのだとしたら」

 

 焦るように。

 ヴェインは矢継ぎ早に考えを口に出す。いくつもの可能性を、繋がっていない文脈を乱雑に。

 けれどそれらは──一つの答えに繋がってしまう。

 

「否定しきれないわ。だってあの女は──死んだ人間を蘇らせる事が出来たのよ」

 

 古来、不可能だとされていた事はいくつかあるが──その中でも絶対に無理だとされていた、誰もが無理だと知っていた常識を覆した研究者。

 それがマザーだ。普段の言動はいたって普通の女性。少し天然で、素っ気ないようで、ちょっと頑固な……普通"らしい"女性。マザー。

 だが、彼女は天才だ。鬼才だ。その証明が自分たちであり、今の世である。

 

「……それが"そう"だとして、だったらなんだというんだ。マザーが今も生きていて……英雄を作っているとして」

「私達が全滅する可能性があるわ」

「そんな──」

「そんなことはない、と言える? 私達を蘇らせたあの女の手によって旧人類は絶命しかけた。それはあの女が私達側にいたからで、今私達はあの女の手を振り払い、敵に回してしまった。……そしてあの女は人間に手を貸して、私達を屠るための英雄(道具)を作り始めている」

「……しかし、そうだとして、どうすればいい。マザーがどこにいるかなどわかるはずも」

「"英雄"よ」

「……そうか」

「"英雄"の傍に、必ずあの女がいるわ。いるはずなのよ。今、アイズが"英雄"の下に向かっていたわよね」

「肉を切らせて骨を切る──アイズが負けるとは思わんが、"英雄"をアイズに引きつけさせ、マザーを狩るか」

「ええ、さっそく手配しましょう」

 

 立ち上がる二人。

 彼女たちは今──最悪の手を打とうとしていた。

 

 

 П

 

 

「よぉ、ジョゼフ。久しぶりだな」

 

 それは、日差しのキツイ昼下がり。

 タワーへの移住のため民間人の護衛をしている……その真っただ中のことだ。

 

 上半身裸。腰から下に黒い衣服を纏い、足には鉄片の入った靴を履いた灰緑色の肌の男が、ジョゼフの前に現れた。

 堀の向こうで人々に動揺が走る。今までもゾンビはいた。しかしそれは知性無きゾンビであり現れた……影が見えた次の瞬間には屠られている程の弱さしかなかった。ジョゼフ("英雄")が居れば安全だと、何も心配する事は無いと思っていた所の、矢先。

 言葉を解すゾンビの存在は多少は知らされていた。それでもカタコト程度であり、尚且つ意味を為さない言葉……聞いた音を反芻するだけのものが大半で、それは獣と変わらぬ脅威度として見られていたから……この男の出現は、動揺に動揺を呼ぶ結果となる。

 

「あれは……人?」

「だけど、ゾンビだろう。どうみてもゾンビだ」

「でも……」

 

 人間は知性を認めてしまった存在に弱い。相手が話せるとわかれば自身の道徳観を適用する。人間大で、話せて、理性がある相手は"人扱いするべきだ"と。たとえ自身に害を為す存在と見た目が似ていても、自分たちの分かる言葉を話す時点でソレは"知性ある何か"であり、排他を躊躇すべきであると。

 もしこれが彼らと違う言語を扱っていたのなら話は違ったかもしれない。けれど、流暢で聞き馴染みのある言語で彼らの耳にそれは届いてしまった。

 

「ゾンビは……もしかして、ゾンビは、人間に戻る、のか?」

「じゃあ、あの人も……」

「あの子も……」

 

 その希望は。

 緊張を安堵に変える。張り詰めていた、急がなければいけないと誰もが感じていたそれを……緩める。

 

「馬鹿野郎が、早く行け! こいつに関しちゃ他の奴に構ってられねえんだ、助けられねえ! すぐに──」

「つれねえこと言うなよ、ジョゼフ。おーいお前ら! 見た目はこんなんになっちまったが、俺ぁマルケルさ。覚えてる奴、いるだろ? 訓練所で風呂の壁に大穴開けた仲間もいくらか生き残ってるんじゃねえか? なぁ!」

 

 呼びかける。

 その声に……タワーへ移住する民衆の中から、幾人かが堀の縁まで躍り出た。体に傷があったり、部位欠損があったり、杖を突いていたりと様々だが、生きている。生者の、もう戦えなくなった軍人たちの、比較的若いのが、男を……マルケルを見た。

 

「ま──マルケルだ! 本当にマルケルだ……」

「おおいマルケル! 酒飲んで全裸になって謹慎処分受けたマルケルじゃねえか! お前……本当にお前なのか!」

「うるせえ、余計な事覚えてんじゃねえよ、レオン!」

「だって……だってよ、俺ァお前は死んじまったって……おいジョゼフ、何剣向けてんだ! マルケルは敵じゃねえだろ、一緒に酒酌み交わそうぜ再会の酒だ!」

 

 ジョゼフは剣を降ろさない。

 反対にマルケルは自分を思い出した時の苦悩とは打って変わって軽薄な笑みを浮かべ……根は真面目で頭が固く、上っ面だけはムードメーカーなあの頃の彼のように振舞って、肩を竦めて苦笑する。

 

「俺を殺すかよ、ジョー」

「殺す。お前はもう、ゾンビだ」

「ジョゼフ、気でも狂ったか!? マルケルはお前の相棒だろ、忘れたのか! アイツが死んだ時、みんなで墓作って花を添えたじゃねえか! それが、生き返ったってんなら──」

 

 その言葉は、突然響き渡った鉄と鉄のぶつかる音によって遮られた。

 ジョゼフがマルケルに斬りかかったのだ。

 

「お、おい! くそ、アイツ! ぶん殴って止めてやる!」

 

 その行為に、かつての仲間が……レオンと呼ばれた男が、堀へと降りる。片腕の無い男だが足腰はしっかりしているようで、なんなく堀を降り切り──え、と。

 小さく()()()を上げた。

 

「え?」

「……レオンが、消えた?」

 

 その行く末を見守っていた足を引き摺った男と杖を突いた男が、呆然と先ほどまで彼のいた場所を見つめる。堀の底。皆で苦労して掘った深い堀の奥底。

 マルケルの蹴りとジョゼフの鉄剣がぶつかり合う音が響く中──レオンの消えた場所の土が。

 盛り上がるのを見た。否。

 

「手──」

 

 そこから生えたのは、手。腕。

 灰緑色の、腕。それは一度上へ伸びて、地に着き……穴から身を這い出させる。その体は。片腕の無いその体は。紛う方なき──レオン。レオンだ。灰緑色になった、レオン。

 

 ゾンビだ。

 

「な……」

「ッ、土だ! 地面の中にゾンビがいる──全員早くタワーに入れェ!」

 

 瞬時に判断し声を上げる事が出来たのは腐っても軍人というところか。

 しかし声を上げた足の悪い男自身はすぐに動くことなど出来ず、今度はすべての人の目に留まる形で足首を掴まれ、地面に引き摺り込まれる。そこは堀でないにも関わらず、だ。地面から伸びてきた腕が、彼の足を掴んだ所を民衆は見てしまった。

 動揺。恐慌。焦燥。それらは一瞬で全員に伝播する。

 

「お、おいマルケル! やめさせてくれ、俺達は仲間だろ!」

「仲間だった、だ! だけど、お前達も同胞になりゃ──また仲間になれる! 何を怖がる、お前達も死のない次なるステージへ行こうぜ! 俺みたいにな!」

 

 ジョゼフと打ち合いながら、マルケルは高らかに謳い上げる。彼はマルケルだ。マルケルだった。

 でも。

 

「……」

 

 ゆらゆらと、佇み、堀の壁をなぞっては滑り落ちるだけのレオンだったものが、堀の中にいた。

 その姿に知性など欠片も無く。その顔にレオンの面影など一切無く。

 

「い、嫌だ……」

「嫌だ、死にたくない!」

「助けてくれ!」

 

 拒絶。

 それが、返答だった。

 

「だそうだ──お前達、やっちまえ! 大丈夫さ、今は怖いだろうが、なっちまえば何を恐れていたのかさえ忘れるだろう。この身体は良いぞ、あまりにも自由だからな!」

「早く逃げろ、お前ら! 戦える奴は戦え、死ぬな! 死んだら全部終わりだ! 自分と、自分の大事な奴を何が何でも守り切れ!」

 

 マルケルとジョゼフ。

 両者一歩も引くことなく……故に、明らかに組織だった動きをするゾンビ達に、彼を"英雄"と仰いでいた者達は数を減らしていく。

 

「くそっ!」

「悪態吐きてぇのはこっちだよ、ジョー。バケモン過ぎるだろお前……! 間違いなくどの人間よりも強えよ、お前は!」

「後ろの奴らを守れねえ強さに何の意味がある!」

「別に殺すワケじゃねえ、一旦眠ってもらうだけだ。そんで、時間が経てば俺達みたいな死から解放された存在に成れる。悪い話じゃないと思うんだが、な!」

「全員がお前みたいになれるわけじゃない──違うか!」

「さぁ、どうだろうな!」

 

 既に半壊。引き摺り込まれた者はゾンビに成り、まだ生きている者を襲う。そこに知性はなけれど、先ほどまで共に生きようとしていた誰かを振り払える者は少なく、また一人、また一人とゾンビになっていく。

 ジョゼフが守らんとしていたものは、もう。

 

 その時だった。

 

「ジョゼフ!」

 

 声。それは、タワーとは反対方向……マルケルの後ろから聞こえてきたもの。

 女の声だ。否、それは……幼馴染の、恋人の。

 

「ミザリー!?」

「ん? お、ミザリーちゃんじゃねえか! おお、覚えてるか? 俺だよマルケルだ……何度か家でパーティさせてもらったんだが、どうかな」

「なんでここに──」

 

 ミザリーの、後ろ。

 そこには、無数の影があった。息を切らせて走るミザリーを引き摺り込まんとする夥しい影が。

 あの悪夢を思い出させるような光景が。

 

……おいおい、脚部強化型から逃げてきたってのか……? 冗談だろ?

「ジョゼフ──助けて!」

 

 その言葉は。

 その言葉は──彼が、求めて止まなかったものだ。ごめんね、ではなく。悲鳴ではなく。もういい、でもなく。

 今なら、今であれば、助けられる。

 守れる。今、目の前に、掴み取れるものがある!

 

「うおっ!?」

 

 ジョゼフはマルケルを横合いに吹き飛ばし──ミザリーを抱き留めた。

 その小さな身を背後に隠し、愛剣を大きく振りかぶる。その背に極細の針が刺さった事など気付きもせずに。

 

 そしてそれを、強く、強く振り抜いた。

 

「な──」

 

 背後、民衆を襲うゾンビ達よりも多かったミザリーを追っていたゾンビ達……その全てと、その方向にあった廃ビルの街。

 それが、()()()()()、切れた。

 呆然と声を漏らすのはマルケル。当たり前だ。それは、そんなことはもう、人間の範疇どうこうではなく……ファンタジーだ。あり得ない。それはもうあってはならない現象だ。

 

「……ジョゼフ」

「安心しろ、ミザリー。お前は俺が守る。だから、お前は俺を支えてくれ。ずっと」

「──うん」

 

 車両の板バネで作られたスクラップの剣を肩に担いで、マルケルを見据える。

 生理反応などとっくに止まっているはずのマルケルの額に汗が浮かんでいるように見える程、マルケルは怯えていた。ゾンビが、人間に。

 

「もう一度言う。俺はお前を殺すよ、マルケル。先に謝っておく。次会う時は地獄だ。そこでなら、酒だって酌み交わしてやるさ」

「……化け物め。呪い殺してやる……死ぬなよ、相棒」

「──ああ」

 

 剣が振り抜かれる。

 そうして、マルケルは──アイズは。永遠に、活動を停止した。

 

 

 

 Д

 

 

 

 振り返り、すぐさまタワーへ逃げる人々を助けに行くジョゼフ。

 彼がそちらへ行った事を確認し、アイズの死体に近寄る。両断された事で断面の見える頭蓋。その脳の一部を切除。試験管に入れたソレを密封し、その場を離れる。

 

 ……あそこまで人間らしく……ううん、完全に人間になったゾンビの貴重なサンプルである。この菌の培養と、この状態で人間の脳に侵入した場合の実験と、うんうん、やることはいっぱいあるね。

 

 ちょっと。

 ちょっとだけ、ジョゼフ("英雄")を強くしすぎちゃった感はあるけど……まぁ、それはそれで。

 

 パワーバランスが人間側に傾いたら、またゾンビを作ればいいだけだし。

 完全な死者蘇生……もうすぐ、かな?

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