千里に思える道のりを   作:ぽんる

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 影狼戦直後時空


黎明

 ────夢を、見た。

 あの雨の日、彼の笑顔を見る前の、淡々として起伏のない日常。色褪せた日々。

 

 あの時彼を見かけていなかったら、自分はずっとあのモノトーンの世界にいたんだろうな、と夜更かしをしていつもより遅く起きた玲は思う。

 『パラダイムシフト』なんていう世界が変わる瞬間は確かに存在していて、玲にとってそれが、あの雨の日、彼の笑顔を見た時だったのだ。

 

 憂鬱な雨の中、楽しそうに笑っていた彼は太陽みたいで。鮮明に残った印象は、何回思い出そうともすり減ることなく、今でも色鮮やかに思い出せる。

 

 彼の笑顔を見ていなかったらどうなっていただろうか、とよく考える。

 憂鬱でなかったなら、きっとこれほど鮮明に残っていなかった。少し時間がズレただけで、あの時彼を見かけることはなかっただろう。

 その後彼の笑顔を見かける可能性だってある。実際玲は何度も何度も、彼が笑顔で帰って行くのを見続けていた。

 それでも、少しロマンチックかもしれないが、玲はあの日彼の笑顔を見た偶然を『運命』と名付けたい。

 

 あの日彼の笑顔を見ていなかったら、目指す大学も、高校ですら違っていた。ゲームなんて触れることすらなかった。恋なんてものを経験せず、お見合いをして、彼とまったく関係のない人と、家と繋がりのある人と結婚して。モノトーンな世界で、平らかな日常を淡々と過ごしたのだろう。

 

 だから今、彼と共にゲームができることは奇跡に近く、彼が楽しいと感じている中に自分がいることが、堪らなく嬉しい。

 

(───レイ氏と、呼ばれちゃいました)

 

 本名を少し変えただけのプレイヤーネームを使用していたのは僥倖だった。自分の本名を呼んでもらうことに成功した玲は、昨晩の事を思い出し、幸せを噛み締める。

 

 過去、幾度も姉に「レイ」と呼ばれ、その度に「姉さん、私はゼロです」と訂正していたのはすでに過去の事だ。「サイガ-0」は昨晩より「サイガ-0(ゼロ)」ではなく、「サイガ-0(レイ)」である

 

 姉が執着し、彼に痕をつけた、『シャングリラ・フロンティア』というゲームでも最強と呼ばれる七体の内一体、ユニークモンスター、夜襲のリュカオーン。それを彼と共に挑み、分け身であれど倒す事ができた。彼と共にゲームを楽しむ事ができた。彼の隣で戦う事ができた。彼と共に見た昇る朝日が目に焼き付いている。

 どこを切り取っても昨晩の事は大切な宝物だ。

 

 フレンドとして、またパーティーを組んで攻略をできる可能性もある。レイ氏呼びといい、一晩で大躍進だ。

 

(さて、今日は何をしましょうか)

 

 シャンフロで次にやらなきゃいけない事を考えながら、浮かれきっている玲はまだ知らない。

 彼に『レイ氏』と呼ばれる度、壊れるくらい動揺してしまうことを。不意打ちで食らう名前呼びの恐ろしさを。

 玲は、まだ知らないのだ。

 

 




 玲さんにとっての運命の転換点は、あの時楽郎くんを目撃したことなんじゃないかな、の話

2021年8月9日追記
この小説は本編787話『12月15日:開戦』前に書いたため、若干の矛盾がありますがご容赦ください。
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