なんだかやけに鮮明な夢を見た。
揺りかごの中にいるような安心感に包まれ、夢から現へ浮上する最中、玲は思う。
あの雨の日から、玲は幾度も彼の夢を見てきた。自分が楽郎に向ける感情の名前が『恋』であると知ってからは、彼と交際する夢も。
それは例えば、彼と勉強会をする夢であったり、彼と共に食事をする夢であったり、彼と出かける夢であったり。
だけど、今見ていた夢は、覚えている夢の中でもずっと鮮明だった。彼と二人で、デートを、する、夢。
頭がほわほわとするほどの体温の高まりも、バクバクと耳元でうるさい心臓も。彼が自分に触れた感触も、彼が自分にくれた言葉と、その声色も。
全部が全部、現実味があった。
ふと、なんで身体が揺れているんだろう、と疑問に思い、玲の意識は一気に現実へ浮き上がる。呻きながら目の前にあるものに顔を擦り付けると、胸がドキドキする匂い。
「あ、起きた?」
その声にパチリと目を開けた玲は『楽郎に自分が背負われている』という現状をやっと認識した。
「~~~~~~ッッ!?」
「っっ、危ないからっ、玲さん今バグるのはちょっと抑えて」
(お、抑えてと、言われましてもっっ)
楽郎にさらに迷惑をかける訳にはいくまいと、玲は必死で平常心を手繰ろうとする。
「ほら玲さん、深呼吸。吸ってー……、んで、吐いてー……」
言われるがまま深呼吸をするも、楽郎の匂いが胸いっぱいに広がり、ちっとも落ち着けない。
「どう? ちょっとは落ち着いた?」
「ひぇ、ひゃいっ」
「うん、あんま落ち着いてないな」
ふっと、息を吐くように笑う声。玲には楽郎の顔が見れないけど、どんな顔をしてるのかはわかった。
目を焼くようなオレンジが透けて、彼を照らす。黒くはねっ気のある髪、形のいい耳、大きな背中。彼に背負われている玲が見れるのは、それくらい。
彼の背中に密着している胸から、痛いほど鳴っている鼓動が聞こえてしまうんじゃないか、なんて。
「玲さん気絶しちゃったからさ」
もう帰る頃だったし、今斎賀家に向かってるとこ、と楽郎が言う。
玲は楽郎と付き合っている。つまり先ほど夢だと思っていたのは、今日あった現実で。『デート』というだけでいっぱいいっぱいだった玲は、楽郎からの刺激で気絶してしまったらしい。
「すみません、こんな……」
「いや、俺のせいもあるし。ごめん玲さん」
もう大丈夫? と楽郎が玲に聞く。
「えと……もう自分で歩ける、のですが」
「うん」
その優しい声にも背中を押されて。せっかくくっついているのだから、と顔が見えない分、いつもより少しだけ勇気を持って、わがままを。
楽郎の首に手を回し、彼の耳に囁く。
「迷惑じゃない、のなら……も、もう少しだけ、このまま」
楽郎の歩みが一瞬止まり、再び何事もなかったかのように歩き出す。
「もう少し?」
「はい、もう少し」
「うん」
もう少し、ね。
彼が確認するよう繰り返し、玲を下ろさずそのまま歩く。目の前にある耳は、夕焼けに照らされているからか赤く見えた。