「お兄ちゃーん、朝だよー」
「おー」
扉を開け入ってきた瑠美の声にそこそこ重たいまぶたを上げ、その横に表示された『69』という数字に首を傾げた。
「あ?」
……ゲームはログアウトしたはずなんだが。
咄嗟に頭を確認するも、特に機械はついてない。寝ぼけてるのかと思い、目を擦るもそこにはまだステータスのような無機質な『69』という数字は瑠美の横に浮き続けている。なにこれ。
「なにお兄ちゃん、私になんかついてる?」
「ついてるっつーか、浮いているっつーか」
「……寝ぼけてんの?」
ほら、ご飯だからはやく、と急かす声にとりあえずベッドから降りる。ゲームのやり過ぎで幻覚が見えるようになったのかもしれない。何回瞬きしても消えないそれに、まあどうでもいいか、と俺は思考を放棄した。
……
…………
頭が冴えたら消えるだろ、と高をくくっていたが、朝飯を食っても数字は特に消えることはなかった。瑠美だけじゃなく父さんと母さんにも数字は浮いており、登校中、すれ違う人それぞれにも、一人一つずつ数字が浮いている。
……ここはリアルのはずなんだがなぁ。
何の数値か明記しといてくれませんかね? 父さんと母さんは大体『80』とかそこらで、そこら辺にいる知らん人は大体『0』とか『1』ばっかだから個人ステータスではない気がするんだが。
あと、財力パラメーターだったら父さんと母さんは共有で浮いてしかるべきだろ。
俺の数値が見えればなー。不便な事に自分の数値は見えないらしい。リアルでステータス表示ができるようになった訳ではなく、ただ他人になにかわからない数字が見えるようになっただけ。なにかわからないのだから良いも悪いもさっぱりだ。
「ら、楽郎君!」
その声に、後ろを振り返る。
「あー、玲さ、ん?」
は? 『12971』?
「えと! お、おはようござい、ますっ!」
「あー、うん、おはよ?」
「はい! おはようございますっっ!」
返事をした瞬間、一気に数値が上がった。表示されてる数字は現在『12977』。え、これ、上がるのか。知らなかった。いつものようにぶんぶんと手を振りながら二回目の挨拶を返した玲さんの数字は、また一つ上がって『12978』になった。なにこれ。
「えと、な、なにか、ついてます、か?」
視線を向けすぎたからか、わたわたと髪の毛を抑え始めた玲さんに「いや、なにもついてないよ」と慌てて返す。
……えげつなくないか? 今まで見てきた最高が父さんの『85』だったのに『12979』って……
うぉ、また上がった。『12980』。完璧超人ステータスだからだろうか?
話していたらまた上がり、学校に着くまでには『12982』になっていた。
……
…………
「今日めっちゃ斎賀さん見てんじゃん」
追っていた視線を剥がして、その声がした方へ振り返る。
「……そんなに見てたか?」
「見てる見てる。つーか、今も見てたじゃねぇか」
雑ピの横に表示された数字は『63』。玲さんのことを除けばなかなか高い。
「なに~? ゲームバカもついに気になる人を目で追うような人間性を取り戻したか」
よよよ、と泣き真似をする雑ピに少しイラッとする。
「いや、気になるというか、数字が気になるというか」
「は?」
何言ってんだこいつ……という視線から逃げるように顔を前に向け直すと、視界に入った玲さんの数字は一つ上がって『12983』になっていた。
……
…………
昇降口で、玲さんと誰かが話している。玲さんの数字は見てない間にまた上がっていたようで、現在『12985』である。
玲さんと話している男……たしか生徒会長は『-44』。これマイナスにもなんのか。生徒会長っつーくらいだから頭も良さそうだし、インテリジェンスな数値ではなさそうだな、これ。いや、生徒会長の蜂に対する慌てっぷりはわりとアホっぽそうだった気も……うーん、これ以上考えるのはよそう。
遠目から眺めていただけなのに、玲さんと目が合った気がした。数字がまた一つ上がり『12986』になる。会話が終わったらしい玲さんが生徒会長にお辞儀し、こちらに駆けてきた。
「ら、楽郎君!」
「ん? 話してたのにいいの?」
「は、はいっ! 大丈夫です!」
「そっか。どうしたの?」
そう聞くと、数字が一つ上がって『12987』になる。
「あの、今日!」
「うん」
「一緒に、えとかぇっ……、えと、ろっ、ロックロールに、行きません、か……?」
拳を握りしめながら、不安そうに下からのぞきこむ玲さんの言葉を反芻する。この数字について聞きに行こうと思ってたから、渡りに船だ。
「ロックロールね、俺もちょうど行こうと思ってたとこ」
「本当ですか!」
「うん」
俺が頷くと数字は一気に上がって『12993』になった。
……
…………
「岩巻さんに相談があるんですけど」
「へぇ~?」
その瞳がキラリと光った。そのまますっとレジから千円札を取りだし、玲さんを手招きする。
「玲ちゃん、千円あげるから、ちょっとそこのコンビニでお菓子買ってきてくれない?」
「え?」
「今から三人で食べるからサ、ちょっと買ってきて」
「え、はぁ、」
困惑を滲ませながら、玲さんは受け取った千円札を眺め、チラリと一瞬だけ俺を見て、岩巻さんに視線を戻す。学校からここに来るまでに徐々に上がっていた数値は、また上がって現在『12998』。
「レジから、お菓子のお金を出しても、いいんですか?」
「いいのいいの。あとでまた入れとけばいいし」
あなたが食べたことないのとか買ってきなさい、との言葉に、未だ困惑しながら頷いて、玲さんは店の扉から外へ向かっていった。
「で、楽郎くん。相談って?」
輝きださんばかりの笑顔で、岩巻さんはそう言った。
「人の周りに数字が見える~?」
「はい。寝ぼけてんのかと思ってたのに今も見えるので、寝ぼけてる訳じゃなさそうっすね」
うろんげな目線をこちらに向けながら、岩巻さんは頬杖をつく。
「ちなみに私と、あと玲ちゃんの数字は?」
「岩巻さんは『58』で、玲さんはさっき……たしか『12998』でした」
うろんげな視線が気のせいじゃなければ更に据わった。
「……他の人は?」
「あー、親が80台、妹が60台、友人が40~60くらい? で、知らん人は0とか1でしたね」
「へぇ~」
「あ、岩巻さん『57』っす」
下がるんだこれ。玲さん以外は変動しなかったし玲さんの数値はみるみる上がってくから知らなかった。
思った事をそのまま話すと、岩巻さんの数値はまた一つ下がって『56』になった。
「楽郎くん、あなたさぁ、」
そう言って、俺の顔を見た岩巻さんは、一瞬停止し、にんまり笑う。
「ねえ、本当はもう、その数字がなんなのかわかってんじゃないの?」
真っ先に私に聞いてくるくらいなんだからサ、と言った岩巻さんが促した先に、コンビニから戻ってきた玲さんがいた。行っていた間に数字はまた上がっていたようで、現在『12999』。そのまま辿るように玲さんの顔を見て、ドアを挟んでパチリと目が合わさる。
───玲さんの数字はまた一つ上がって『13000』になった。
逃げ場がない
そもそも、恋愛マスターに最初に相談しようとした時点でわかってましたよね?